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第八章 黄昏の森へ(10)

 楽しんでいただけたら幸いです。

 アローは大きく一声鳴くと、ケティの差し出した腕へと舞い降りると、彼女の柔肌に爪を立てないように器用に足を掴み乗り、鋭い唇で酷使した羽を労わる様に羽繕いしていた。


 ケティはそんなアローの頭を優しく一撫ですると、アローの足元へと視線を這わすのだが、どうやらお目当ての物が見当たらない様子。そんなはずはないと何度も注意深く調べてみるが結果は変わらない様だ。


「アロー、ルーシア様の手紙はどうした?」


 愛鳥の不手際がないか確認のためにアローに問うと、彼は金色の双眸をゆっくりと瞬きさせると、鳴き声とは違う声帯でもって語りかけてきた。


『その必要はないわケティ』


「そ、その声はヴァレンシア様!! 一体どうしたのですか? 何故にアローの口からヴァレンシア様のお声が」


 思いっきり動揺するケティ。まぁ、それもその筈か。別に人の言葉を話せる種類の鳥でもないアローが、戻って来たと思ったらいきなりヴァレンシアの声で喋り出したら怖いよな。正直俺ですら引いているもん。


 でもあいつらは魔女だし、この手の方法はお手の物なのかもしれないが、それでもいきなりやられると心臓に悪い。


『この鳥の体を借りているのよ。ちなみにルーシアは酔いつぶれて寝てしまっているから、エマの迎えは私が行く事にするわ』


「そうなのですか。それであの件はすでに承知済みでありますか?」


『えぇ、勿論。その件はルーシアと協議して速やかに行う予定よ。だから、貴女はアラタを三日間無事に護り通す事だけを考えなさい。いざとなれば、”私”が貴女を助けてあげるから』


「―――――――はっ、誠心誠意努めさせていただく所存です」


 何事か不穏なワードも交えながらヴァレンシアの言う事に相槌するケティ。


 それにしてもわざわざアローの体を借りてまで会話するほどの内容じゃないよな、と話している内容を盗み聞きした俺はふとそんな疑問を抱く。もっとこう重要な事を伝えに来たと思いきや、少し拍子抜けであった。


『ところで、もうじき黄昏の森へと到着するわよね?』


「はい、この坂を下った先にございますので、そうですね。あと1・5Kくらいかと」


『そう、それにしても何だか”きな臭い”わ』


 と、アローの五感を通じて、俺たちがいるこの場の雰囲気や情景を鋭敏に感じ取ったヴァレンシアがそう呟く。魔女ゆえのなせる業なのか、村から遠く離れたこの地の事をまるで”見てきた”ような旨の発言をするのは流石というかなんというか。


 それにしてもきな臭いとはどういうことなのか。


 ったく気になったら聞かなきゃおれない性質なんだよな俺って。


 よせばいいのに、俺はアローに憑依しているヴァレンシアへとその発言の意味を問う。


「その”きな臭い”ってどういう意味なんだ?」


『―――――――言葉通りの意味よアラタ。もうここは敵陣地間近だというのに、何も仕掛けてこないのは少々不気味に感じないかしら?』


「そうか? ここに辿り着く道中にたくさんの魔物に襲われたけど、それは関係ないのか?」


『えぇ、全くの無関係とも言い切れないけど・・・・・・・、それでも魔物のレベルが低すぎるわ。ゴブリンやワーウルフなんて低級の魔物だもの。数が多かったからケティは少し苦戦しただけで、単体ならば楽勝で倒せる魔物よね?』


「えっ、あれで低級なのか? 俺にはとても強そうに見えたけど」


 ヴァレンシアの発言に俺は心底驚いた。だってどう見てもあの魔物たちは強敵揃いに見えたからだ。しかし、ヴァレンシアの言葉を黙って聞いていたケティは、


「はい、確かに私もそこは疑問に思っていました。数が多いだけで魔物自体のレベルは大したことはないと」


 間髪入れずにヴァレンシアの言葉に追随したのを見て、思わず「マジかよ」と口に出してしまう。あんな強そうなワーウルフやゴブリンを雑魚扱いとは・・・・・・。


 じゃあ、なに。ゴブリンらがクズなら強酸性スライムってなに? カス以下の存在ですか? じゃあそれに苦戦していた俺もカス以下の存在ということですねと、死んだ魚の目でブツブツと呟く俺を気持ち悪そうに見つめるエマ。


 そんな俺をひとまず無視して、ヴァレンシアは話を続ける。


『罠魔法や妨害魔法を仕掛けた痕跡も感じられないわ。まるで”あなた達”が来るのを待ち構えている・・・・・・、そんな風に思えてくるのよ私には。それに私自身もジャンヌ・ダルクがどんな魔女なのか詳しくは知らないから、例え何らかしらの魔法が仕掛けてあったとしても気づく術はないでしょうね』


「ヴァレンシア様の力をもってしてもですか・・・・・・・」


『えぇ、残念ながらね。ジャンヌ・ダルクはある意味で”別格の存在”なのよ。魔女としての格は勿論のこと、彼女が背負った業の重さや強さは私なんかとは比べ物にならないほどにね』


 下手したら、私やルーシア、そしてヴァネロペも叶わないかもしれない、とアローに憑依したまま器用に沈んだ表情を浮かべて見せるヴァレンシア。


 いつにないヴァレンシアの態度を間近で感じ取った俺たちは何も言えなくなり、互いの顔を見合わせてどうしたものかと暫く思案する。


 だが中々良い案というのは思いつかないものだ。魔女としての苦しみや葛藤は、俺たちには到底理解できようもない。それもそうだ。だって俺たちは魔女じゃないんだから。だからここは下手に同情して慰めないほうが彼女の為になると考えたからだ。


 しかし、このままというのも話が先に進まないので、とりあえずヴァレンシアがアローに憑依してまで俺たちに伝えたいことの内容を聞き出そうと試みた。


 早くしないとエマを村に返す予定の夕刻までに森の入り口へたどり着けなくなる。


「んで、ヴァレンシアの用件は一体何なんだ? 何か言いたいことがあるからこうしてアローに憑依してきたんだろ?」


『――――――――いえ、特にないわね』


 おい!! んじゃあ何のためにわざわざアローの体借りたんだよ。急ぎの様じゃないなら手紙でも良かったじゃん。本当に魔女ってのはよく分かんねぇ~~~!!! と頭を抱えて悶絶する俺を放置して、ケティはヴァレンシアに頭を垂れてお礼の言葉とある申し出を口にする。


「何もなくとも、貴重なご意見ありがとうございます。つきましては少々早いのですが、エマをここで連れて帰ってはもらえませぬでしょうか」


「えっ!?」


 突然の申し出を聞いたエマが驚きの声を上げて立ち上がる。その小さな手には細い木の枝が握られていて、どうやら暇つぶしに地面に絵を描いていたようだ。足元には何やら動物を模した絵が描かれていた。


 一方エマの驚きとは裏腹に、ケティの申し出を聞いたヴァレンシアはある程度予測していたのか、さほど驚くこともなくケティの申し出を聞き入れていた。


『分かったわ。さぁ、エマ。村に帰るわよ』


 と、ヴァレンシアの言葉を合図に、ケティの腕から離れたアローの金色の瞳が赤く輝き始め、その小さな体躯がみるみる内に大きくなっていき、あっという間に火と一人が乗れるくらいの大きさまで成長していた。


 その体躯は三メートルにはなろうか。ここまでデカくなると一種の恐怖心が俺を襲うのと同時に、全く魔法ってのは万能だなぁと規格外すぎるヴァレンシアの魔法力に開いた口が塞がらなかった。


 エマは巨鳥へと変貌したアローを見上げると、どこか不満そうに頬を膨らませて、こちらへとジトッとした視線でもってして抗議する。


 ケティはそんなエマの気持ちも理解はしているようだ。だが、彼女は頑としてエマの抗議を受け入れる気はない様子で、


「エマ、大人しく村へ帰るんだ。ヴァレンシア様が言っていたであろう。ここから先は何が起きるか分からない。村に帰った方が安全だ」


 どうやらケティはヴァレンシアの忠告を聞いて、エマの身の安全を第一に考えたのであろう。考え抜いた結果、少し早いがエマをここで村に帰すという結論に達した。ただそれだけのこと。


 それは勿論、エマの事が大事であるからの発言であって、決してエマの事が煩わしくなったとかそんな理由でケティは口にしたんじゃないと俺は、ケティの辛そうな表情を見て全てを悟った。


 短い旅ではあったが、俺はエマと旅ができて本当に楽しかった。それはケティも同じ気持ちだと思う。だからこそエマをできるだけ早く安全なところに避難させたい。その一心でケティはエマに恨まれる覚悟でそう頼み込んだのだ。


 まだ幼いエマはそんなケティの胸の内など理解できないのであろう。エマは必死にケティの胸元に縋りつき懇願する。


「ケティ様お願い!! 最後までお供させてください!! だってまだ黄昏の森まで案内できていないし!!」


 真面目な性格なのであろう。いや、本当にそれだけなのであろうか? 案内というのは建前で、本音で言えば”一人で置いて行かれる”のが怖いのではないか。


 聞けば彼女は最愛の人であるハインリッヒという魔女と生き別れたばかりだという。まだ幼い少女にその出来事はあまりに辛いことで、彼女の心に深い深い傷跡を残しているかもしれない。


 ”信頼している人”に置いて行かれるというトラウマとなって、再び少女の心身を蝕み始めているのかもしれない。


 しかし、その手の事に疎いケティは縋りつくエマを強引に引きはがすと、暴れるその小さな体を無理やりに巨大化したアローの背中に乗せる。


 俺はその時にエマが浮かべた絶望に染まった表情を忘れることはないと思う。勿論、ケティも。


 泣きそうな表情でこちらを見つめ続けるエマから視線を外したケティは、


「―――――――――それじゃあ、お願いします。直に日が暮れますので、なるべく迅速に帰村して下さい」


『分かった。では、二人とも。無事に帰ってこられるよう祈っているわ』


 と、別れの言葉を交わし終えると、エマを背中に乗せたアローが巨大化した両の翼を広げると力強く羽ばたいた。その威力はすさまじく立っていられないくらいの風がケティと俺を襲う。あまりの風圧に目も開けられなくなり、俺たちは風圧から顔面を守るべく両腕で覆う。


 すると、次第に強烈な風圧が遠のくのを感じ、覆っていた腕を外して視線を頭上に向けると、アローの姿は遥か上空に消え去っていた。


 俺はどんどん小さくなっていくアローの姿を見守りながら、真横に立つケティへと声をかける。どんな表情を浮かべているか分からなかったが、俺は恐らく彼女は泣いているだろうと思った。


 なんていうのかな。直感的というか、ともかくそう感じたんだ。


「――――――――――これで、良かったのか?」


「・・・・・・あぁ、いちいち聞くほどの事でもないだろう。それにだ、わざわざヴァレンシア様がアローの体を使ってまで危険を知らせに来てくれたのだ。私の一感情でエマを危険な目に遭わせられない。それに、もうエマの”役目”はとうに終わっている」


「えっ? それは一体どういう・・・・・・」


「アラタは、これから向かう森が”黄昏の森”などと大層な名前で呼ばれているか知っているか?」


「いや全然」


 いきなり話題を変えたケティに疑問を抱きつつも質問にはきちんと答える。俺の答えを聞いたケティはこっちの方に顔も向けず淡々とした口調で言葉の続きを口にする。


「それは、この森の出現理由から来ているからだ」


「出現理由? それは・・・・・・、一体?」


「焦るな、ほらもうすぐだ」


 と、ケティは眼下に広がる大森林へと指を指すと、それを合図に大森林に淡い光が灯り始めた。その光は徐々に大森林中央から外側へと広がっていき、やがてその光は森全体を包み込む。そして森林は黄金色に染まり、その大気中には目視できるほどの枯葉が舞い上がり始める。それは空気中を揺蕩うようにして大気中を覆いつくさんばかりに舞い続ける。


 その枯葉は大森林からだいぶ離れた俺たちの元まで飛んできたほどで、俺は一枚の枯葉を掴もうと手を伸ばすが触れる前に枯葉は細かい金の粒子となって大気中に還っていく。


 その幻想的な光景に見惚れている俺のすぐ真横で、


「・・・・・・これが、”黄昏の森”だ。かの森は日が完全に沈む前までの、ほんの僅かな時間にしかその全貌を見せず、かつその森の入り口は三日に一度しか開かない」


 ケティが聞いてもいないのにこの森の説明を口にする。それは義務からなのか、それとも何か口にしないと正気を保てないのか。


 そんな魔力が眼下に広がる光景にはあった。


「本来ならば三日に一度しか入れないらしいが、どうやらいつもとは勝手が違うらしい」


「それは・・・・・・、どういう?」


 意味なんだと聞こうとして、俺はふと黄昏に染まる大森林の中でも異様に光る場所を発見し、


「もしかして、あれか?」


「あぁ、そうだ。どうやら私たちは”招かれている”らしい」


 ゴクリ、とどちらともなく唾を飲み込む。緊張からか喉がカラカラに干上がっていた。


「やはり、エマを帰しておいて正解だったようだ」


「ケティ・・・・・・」


「さて、そろそろ行くぞアラタ。もう、後戻りはできないのだからな」


「―――――――あぁ、勿論だ」


 地面に置いておいた荷物を全て背負ったケティと俺は、今一度”黄昏の森”へと視線を下ろす。未知なる世界への恐怖に押し流されそうになるも、俺たちは一人じゃない。


 互いの顔を見合わせながら、


「覚悟は、出来てるか」


「そんなの、とうに出来てるさ」


 息を合わせるように、足並みをそろえて一歩前へと踏み出した。


 目的地への到着を目指して――――――――――。





 ――――――――――――――黄昏の森まで残り・・・・・・・・、0K。


 これでこの章は終わりです。

 次回の更新は短いですが幕間を書いて、その次々回から次章に突入したいと思います。

 次章からいよいよ魔女との戦いが始まります。主人公は無事に魔女に打ち勝てるのか。

 では、次回に。


 ※すみませんが、一日だけ更新を休ませていただこうと思いますが、もし更新できるようでしたらしたいと思っていますのでよろしくお願いします。

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