第八章 黄昏の森へ(9)
楽しんでいただけたら幸いです。
「――――――ふぅ、ようやく一息つけるな」
俺はエマをお姫様抱っこの態勢を保ちつつ、駆け足で向かった大木の下へと無事に辿り着けたことにホッと息を吐く。大木の下にはケティがすでに到着していて平らな場所に枯れ木を置いて、今まさに火をつけようと奮闘していた。
火打石を鳴らしていたケティは俺たちの存在に気づくと、一旦作業していた手を止めてこちらへと顔を向ける。
「あぁ、漸く来たか」
「漸くって・・・・・・、俺たちを放って先に来た奴の台詞かよ」
「まぁ、そう言うな。何も私も理由もなくお前たちを放って来たわけではない。火をつけるのは中々に大変な作業だからな、先に来てやっておこうと思ったのだが・・・・・・」
そこまで口にした後、ケティは申し訳なさそうに頭を垂れる。
「先ほどの戦いで火打石を損壊してしまったようだ。これでは火がつけられない」
と、手に握った黒い石のような物を見せる。すると、右端の部分が大きく欠けているのが分かった。
確か火打石同士を叩き合わせることで生じる摩擦で火をつけるんだよな? 確か火花を枯草かなんかに灯すんだよな・・・・・・。
けど、欠けていても粉々じゃないんだから使えるんじゃと思ったが、ケティの言葉の感じじゃあそうもいかないらしい。
「ここまで損傷してしまうと、火花が生じる前に粉々に砕け散ってしまう。困ったことにスペアの石は持ってきていないし・・・・・・。火を付けれないと暖も取れないし食物を焼いて食べる事も出来ない」
ここにきての衝撃的事実にエマもショックに打ちひし課れていた。
そうか、この時代の人間はマッチとかライターとか知んないんだよな。それにこの世界に急に飛ばされた俺だってそんな便利道具なんて持っていないし・・・・・・、そりゃあったらいいなとは思うけど。
俺は悲しむ二人を見てほぼ無意識的に背負っていたカバンの中をまさぐる。一縷の望みで”もしかしたら”マッチとかがあるかもしれない。
しかし、そんな奇跡はきっと起きないであろう。だって俺は着の身着のままでこの世界に飛ばされたのだ。荷物なんて図書館の個室に置きっぱなしだし、仮に持ってきたとしてもマッチやライターなどリュックに入れてないから、そもそも無駄な足掻きなのだが。
だが、このままジッとしているのだけなのも何だか忍びなく―――――――、しばしカバンの中を探っていた俺の手に何か固い感触が当たり―――――――薬瓶とは違う――――――――、一体何であろうと違和感を抱いたので、その違和感の正体を探るべくその固い物体を取り出してみることにした。
すると、それは俺が向こうの世界で嫌というほど見慣れたことのある、手のひらサイズの簡易発火道具――――――――ライターそのものであった。
俺はあまりにも現実味のない出来事を目の当たりにして、一瞬これが本物か疑わしくなり、ついこれが本当に現実なのかどうか確かめるために、思い切り頬を抓ってみることにした。
・・・・・・うん、確かに現実だ。
俺は痛む頬を擦りながら、ライターのスイッチを押してみると、シュッボという音と共にオレンジ色の小さな火柱が出現するのを視認した俺は、この際細かい事は気にせずにこのライターを有難く使わせてもらうことにした。
今は火をつけることが先決だ。細かい事はおいおい考えていけばいい。
俺はライターを握り締めながら、しょげているケティとエマへとなるべく明るい声を意識しながら呼びかける。
「ケティにエマ。どうやら何とかなりそうだぞ」
「えっ!? アラタ予備の火打石を持っていたのか?」
「これで温かいご飯が食べれるの?」
と、俺の発言に沈みかけていた気分が持ち直したのか、期待に瞳を輝かせた二人がじりじりと俺の方へとにじり寄り、その手に握られていた”ライター”の存在に気づく。
初めて見る物なのか、ケティとエマは興味深そうに瞳を真ん丸にして、俺へとこの得体のしれない物体について詳しい詳細を聞くべく質問してきた。
「なぁ、アラタの持っている、この小さい四角い物はなんだ? エマは知っているのか?」
「ううん、エマも初めて見た」
「あぁ、これは・・・・・・、俺の世界の物で”ライター”と言って、簡単に火を起こせる物なんだ」
俺の説明を聞いたエマとケティは胡散臭そうに眉を顰めると、
「まさか・・・・・・、冗談であろう。そのような細い物で火など起こせるものか」
「そうだよ、ハインリッヒお姉さまだって火打石か、魔法で火を起こしていたんだよ。そんな簡単に火を起こせる道具や魔具なんて今まで見たことないよ」
まぁ、普通はその反応だよな。
中世時代の人間ならば至極当然の反応であろう(火一つ起こすのだってあんなに苦労していたんだし)。なのに、そんな簡単に火を起こせるとなったら、自分たちが今まで当たり前のようにやって来た手法が根底的に覆されることになる。
ある意味、これも魔法に等しいのかな? と苦笑しながら、俺は彼女たちの疑いを解消すべく、ケティたちの目の前で実際にライターを使ってみることにした。
この手の道具は口で延々と説明するより、使って見せた方が早い。
なので俺は「まぁ、見てて」と、ケティが集めてきた枯れ木や枯草が積まれた場所へと歩み寄ると、ライターのスイッチを何度か押し続ける、と。
シュッポという小気味よい音と共に小さな炎がライターの先から出現するのを見て、ケティたちは大袈裟なほどに驚いていた。
――――――――原理としては、火打ち石と大差ないんだけどな。
俺はあまりの驚き様に逆にこっちが驚きつつ、火が消えてしまわないうちに枯れ木と枯草の山に火を移す。するとあっという間に火は枯草の小山に燃え移り、先ほどのケティの苦労も嘘のようにあっさりと焚火が完成した。
目の前でぼうぼうと燃え続ける焚火に、ケティとエマは信じられないものを見るように何度も目を瞬かせる。彼女たちからしてみれば、これだって十分に魔法ととれる方法であることは確実なわけで・・・・・・・。
何か質問があるのではないか、と内心ビクついていた俺であったが、どうやらケティたちはあまり気にしないでくれることに決めてくれた様子(腑に落ちない感じではあったけど)。
恐らく理解できないことを気にするよりも、今目の前に起きた現象を素直に受け入れた方がいいと判断したためであろう。
確かに俺たちにとって時間は有限にはないのだから、彼女たちの判断は賢明ではあった。
案外割り切った後のケティたちの行動は早いもので、エマとケティは着々と昼飯の準備を整え始めていた。とはいっても特段難しい事をしているわけではなく・・・・・・・、魚の捌いた物を大きめの葉っぱで優しく包み焚火の中に放り込んだりといった簡単な調理を行っているだけであった。
まぁ、それでも火がないとできない調理方法だったので、結果的には焚火を起こして正解であったようだが・・・・・・。
魚を炙りながら、ケティは大木の幹に体を預けながら腰を下ろし、凝り固まった肩を解すようにグルングルンと何度も肩を大きく回していた。恐らく先の戦闘で肩を凝ってしまったのであろう。役に立たない自分の現状に胃がキリキリと痛くなるが、人には向き不向きがあるらして。ド素人な俺が戦うよりもケティ一人で戦った方がきっと被害が最小限で済む。
もし俺と共闘して二人とも負傷すれば、この作戦は一瞬にして無に帰すであろう。それだけはどうしても避けなければいけない。
ケティには悪いがしばらくは一人で頑張ってもらわなければ。なに、黄昏の森に到着すればエマは村に帰るし、極力戦闘は避けるつもりでもいる。
それに、いざとなれば俺も戦う覚悟だ。女を見捨てて逃げるなんて男の風上にも置けないからな、と俺はケティから譲渡された剣へと視線を下ろしつつそう決意する。
・・・・・・一応、人並みに戦えるようにケティの戦いぶりを見て研究しておくか、とも。今の俺では彼女の足手まといになるのは必須。せめて土壇場の時に足を引っ張らないくらいは戦えるようにしないと。
フンスと気合を入れる俺へと、ちょうど食事の準備が出来たようで、どこかホクホク顔のエマが呼びに来てくれた。
「ケティ様にアラタ。ご飯の用意が出来たよ~」
「あぁ、そのようだな。こちらも魚の干物が上手く焼けたようで、すごく旨そうだぞ」
と、木の枝で器用に干物をくるんだ葉の入れ物を取り出すと、ケティは熱くないのかそのまま熱せられたソレを俺たちへと掲げて見せる
うん、確かに食欲をそそるいい匂いがしてきた、と魚の焼けたいい匂いに空腹が刺激され、痛いほどに胃が空腹感を主張する。グゥ~グゥ~と五月蝿いほどに鳴る腹を擦りながら、めいめいに焚火の周りを囲むようにして腰を下ろす。
現代っ子の俺にしてみれば地べたに座るというのは抵抗感があったのものの、アウトドアと割り切れば意外と平気であった。服が地面で汚れるよりも一刻も早く空腹感を満たしたいという欲求に突き動かされていた俺は、はす向かいに座るエマへと昼飯の献立を尋ねてみることにした。
「なぁ、エマ。さっきご飯の用意をしていたようだけど、今日の献立は何なんだ?」
「献立っていうほどじゃないけど、え~っとね。ケティ様が焼いてくれた”バロズモの干物の香草蒸し焼き”と”ルゴラのチーズ”に”干し林檎とドングリの乾燥パン”かな」
また聞きなれない料理名が出た。料理方法としては特段目立った方ではないが・・・・・・、問題なのはその料理たちに使われている”材料”にあった。
空腹だからといっても流石に得体のしれない材料で作られている料理を食うのは、何というか抵抗感があるというかなんというか。
俺は水を差すようで悪いが、この材料たちが一体何なのか知るためエマたちに尋ねてみることにした。
「そのさ、この料理に使われているバロズモだかルゴラっていったい何の動物なんだ?」
「何だアラタ。バロズモやルゴラも知らないのか?」
キョトンした表情でルゴラチーズを頬張るケティ。その表情を見て若干イラついたのは内緒だ。
「知らねぇよ。つうかそんな生き物聞いたことすらねぇよ」
「そうなのか。バロズモは澄んだ池に生息する体長30~50cmくらいの白身魚なんだ。あっさりとした淡白な味で、しかも栄養も豊富だからなよく食べられている。それに海が遠いわが村では唯一獲れるといっていいほどの魚でもあるんだ」
「それで、このルゴラはね4~6mほどの大きさの牛に似た魔物でね。その乳から搾乳される牛乳は栄養豊富でクセもないから、私たちの間ではごく一般的な飲料として親しまれているの。それで旅する際はその乳をチーズなどの発酵食品にして持っていくのが習わしなのよ」
と、一通りの説明を聞いた俺はとりあえず安心して食えることが分かった所で、早速ご相伴にあずかるべく目の前に置かれた料理へと手を伸ばす。
真っ先に頂いたのは食べやすそうなルゴラチーズであった。少し独特な発酵臭が鼻につくも、食う風苦には勝てなかったので意を決して齧りつく。
すると、あの発酵臭が嘘のように無くなり、代わりに口の中に広がったのは甘みのある濃厚な味わいのチーズの味であった。舌に乗る感触も程よい硬さで力を入れて噛まなくともホロリと解けていく、今まで食べたことのないチーズであった。
こんな美味いチーズは食った事が無い、と我を忘れてチーズを貪り食いあっという間に完食してしまう。それほどまでにこのチーズは美味かったのだ。
俺の食いっぷりにエマとケティは少し驚いたように目を見開けるが、すぐさまその見ていて気持ちの良い食べっぷりに気を良くしたのか、すぐさま自身の食事に戻る。
その後にバロウズの香草蒸し焼きを食べつつ、干し林檎のドングリの乾燥パンを合間食いしたが、どれもこれも初めて食う味ではあったが、ものすごく旨かった。
空腹も手伝ったのかもしてないが、それを差し引いても十分すぎる旨さであったと確信する。この旨さならいくらでも食えるなと、満腹になった腹を擦りながら独り言ちる。
あまり会話らしい会話もないが、それでも三人の間に漂う心地よい雰囲気に、疲れた心身が癒されていくのを感じつつ、俺は満腹感から来る眠気のせいかこっくりこっくりと舟を漕いでいた。
しかし、そんな居心地の良い空間を雲散させる、独特な響きの甲高い声がはるか上空から響いてくるのを聞き取った俺たちは、
「―――――――――――どうやら、時間のようだ」
と、ケティが自身のはるか上空を悠然と旋回しながら飛び続ける一羽の鳥の姿を視界に収めながら、先ほどの穏やかな口調と表情とは打って変わった真面目な顔でそう呟いた。
そんな彼女のケティの気迫を間近で感じた俺とエマは改めて緩みかけた気を引き締めて、ケティと同じように上空を飛び回る一羽の鳥―――――――――アローの帰還した姿を視界に収めるのであった。
次回でこの章は終わる予定ですが・・・・・・、もしかしたらもう一話ほど付け足すかもしれないのでご了承願います。
チーズは苦手なのですが、本場のチーズは美味しいんでしょうか? 一度スイスのチーズなら食べてみたい気がします(固形は苦手ですが、溶けたのならなんとか食べれるので)。
では、次回に。




