第八章 黄昏の森へ(3)
楽しんでいただけたら幸いです。
少女たちの歓声と期待を一身に受け止めて、俺は村の門前で待機するケティとエマの元へと駆け寄る。走ってきたせいか息も上がり、二、三回ほど荒くなった呼吸を戻すために大きく深呼吸をした。
そんな俺を腕を組みつつケティは、
「遅いぞアラタ。あまり団体行動を乱さないでほしい」
遅れてきた俺を諫めるように少々語気を強めて注意してきた。
誰のせいだ誰の、と俺は遅れてきた原因が彼女の一言であると思いカチンと来たが、ここは年上でもあり男でもある俺が折れる方が、万事上手くいくと悟ったので素直に頭を下げることにした。
「・・・・・・悪かったよ。次からは気を付ける」
「そうしてほしい。何とか夕刻には森の入り口には辿り着きたい。それに夜になっての移動は危険だからな」
「? なんで夜になると危険なんだ? もしかして野生動物が活発になるとか?」
夜行性の危険動物はたくさんいる。特に肉食動物は夜行性の物が多いので、彼女の気持ちは分かるのだが・・・・・・。それだけでこんな大袈裟に言うであろうか? ここは異世界だ。魔女がいるのだからもしかして”魔物”とかがいるとか?
いやいや、まさかな・・・・・・、俺は自身の考えに何だか馬鹿らしくなってすぐさまその考えを否定する。
ゲームの世界じゃあるまいし、そんな空想チックな生物が現実に生息するはずない。
だが、ケティの口から出た言葉は、俺のそんな否定を根底から覆すものであった。
「夜になると魔物が活性化するんだ。しかも、今回向かう黄昏の森付近は生息する魔物が特に多い。私一人なら何とかなるが、此度の遠征は子供であるエマがいるのでな。魔物は弱い者から捕食する傾向がある」
―――――――――――魔物って肉食なんですか? というか弱い奴から捕食する?
衝撃の事実を耳にした俺は動揺のあまり、幼子のようにケティに同じ質問を繰り返し聞いてしまう。
「え? なに? 魔物って人喰うの?」
「? だからそう言っているだろう。少なからず知性があるから動物より厄介なんだ。まぁ、さほど強くはないから大丈夫だろう?」
にこやかな笑みでプレッシャーを上げる旨の発言を口にするケティに、俺は動じてない表情を浮かべる裏で聞きたくもなかった真実に嘆き憂いでいた。
しかも、なんでか知んないけど俺がすごい強いみたいに勘違いしてるし!! お願い、俺もエマと一緒に守ってください!! 普通の野生動物でも無理なのに、魔物とかもっと無理なんだけど!!
と、今すぐにでもケティに本当の事を打ち明けてしまおうかと口を開こうとするが、やはり男の無駄なプライドと見栄が邪魔をするせいで、結局誤解は解けぬままこのまま出発する運びとなった。
とりあえず並びの先頭はケティ、間にエマ、後尾に俺という形で出発することになった。そりゃあ非力なエマは間に入れるのは分かるけど・・・・・・、後ろを歩くというのも中々に怖いものがある。
俺は堂々と歩く二人とは対照的にビクつきながら、ただただ置いて行かれないことだけを考えていた。今はまだしばらく道なりに歩くだけだからそんなに心配はないのだが、まぁ用心に越したことはない。
前を行く二人は何事か喋りながら陽気に歩いていて、さながら気分はハイキングかピクニックか。こちとらそんな余裕はないよ、ったく。
いつ横合いから背後から動物らが襲ってこないかと気が気でない。もう村からだいぶ離れたし、と最早遠すぎて点にしか見えない村の遠景を眼に焼き付けつつ一言も発することもなく進んでいく。
昨日森に狩りに行った方向から少し西寄りの道を三人で歩く。遮るものがない青空には白い雲が無数にゆったりとした速度で過ぎ去っていき、その雲の間を縫うようにして飛び交う一羽の鳥の姿がはるか上空に見えた。
その鳥は物凄い速度でこちらに向かって急降下してきたのを視認した俺は、
「お、おい!! あの鳥こっちに向かってきているぞ!!」
半ばパニックに陥り、慌てて腰に提げた剣を鞘から抜き放とうとするも、鍔が引っかかって中々上手く引き抜けない。そんな俺とは対照的にケティらは平然とした様相でこちらに向かって来る鳥の姿を目で追っていた。
急降下してきた鳥はこちらに狙いを定めたのか、羽を小さく畳んでさらに速度を上げて急降下してくる。やがて目標をケティに定めたのか「ピィー!!!」とけたたましい鳴き声を発しつつ、今まさにケティの肌を切り裂かんばかりに鋭いかぎ爪で引っ掻こうとするも――――――――。
今まさに襲うとした相手がケティだと気づいたのか、鳥は急降下していた勢いを殺すべく慌てて畳んでいた羽を大きく広げて必死に羽ばたくと、あまりの強さに辺りに砂埃が舞い上がる。舞い上がる砂埃から眼を守るため腕で覆い、やがて砂っぽさが無くなったのを確認した俺は両目に当てた腕を外す。
すると、先ほど俺たちを襲ってきた鳥は、なんとケティの肩にお行儀よく乗っていた。灰色の立派な羽毛が特徴的な、立派な体躯をした大鷲であった。鋭いかぎ爪が食い込んで痛くないのかと思ったが、そう言えば彼女は鉄製の鎧を身に着けているので大丈夫かと気にしないことにした。
そんなことより、俺は襲ってきた鳥がなんでケティの肩に乗っているのか。そちらの方に疑問を抱いてしまう。彼女とこの鳥は一体どういう関係なのであろうか、と。
俺は思い切ってケティに尋ねてみることにした。
だってエマはどうでもいいのか聞いてくれないんだもん。
「な、なぁ。その鳥とお前は一体どういった関係なんだ?」
「ん? あぁ、これは私の相棒である大鷲のアローだ。悪戯好きでな、困った奴なのだが・・・・・・、それでも敵の索敵能力に優れているので何かと重宝している」
ケティの声に応えるように「ピュイィ」と低い鳴き声を上げるアロー。どうやら人語を介しているので相当頭はいいことが窺えた。
しかし、アローを連れて行く事に何の利点があるのであろうか。索敵に優れているとはいえ、今回向かう”黄昏の森”は動物が住めないとされる森だし、敵だってジャンヌ・ダルク一人だけだ。森の範囲がどれほどかはまだ分からないけど・・・・・・、今回ばかりはこのアローを連れていかない方が賢明なのではないかと俺はそうケティに告げると。
「あぁ、今回はルーシア様との連絡を取り合うために、アローを”伝令”として連れて行こうかと思っているんだ。この子は早いから、森から村までの道を三十分ほどで行き来できるんだ」
ケティの誉め言葉に気を良くしたのか、誇らしげに胸を張るアロー。なるほどアローって名前はそこから来ているのか(アローは”矢”という意味)。
にしても、俺って実は鳥が苦手なんだよな。いや、鶏肉は好きだよ。特にから揚げが一番好きだ。けれど生きている鳥は苦手なんだよな。触るどころか見ることも本当は嫌なのだが、ケティのペットであるアローを嫌がるわけにはいかず・・・・・・、何とか慣れる努力をしようとアローを見つめ続けるが。
三十秒とももたなかったので、極力アローの事は見ないようにしようと、挙動不審な俺を不思議そうに見つめるアローに罪悪感を抱きつつも、自然な動きでアローが視界に入らない位置まで移動する。
「それで、これからどうやって”黄昏の森”へと行くんだ? 地図とかは持っているのか?」
話題を変えるべく俺は今一番の懸念事項を解消すべくケティに尋ねる。
「あぁ、もちろん。しかし、私は学はないので、今一つ地図の読み方が分からず困っているのだ」
「はぁ、お前地図も読めないの?」
とんだアホの子発見!! 今どき小学生の子すら日本地図を読めるってのに、こいつはいい大人になって地図が読めないとか(笑)!!
まぁ、中世時代を地で生きているケティには少々荷が重すぎるか、と若干優越感を抱きながら、半ば引っ手繰るようにして地図をケティから受け取ると、怏々しい態度でその地図を広げてみる。
地図を広げてみた瞬間、俺は先ほどの発言を撤回したくなった。それほどまでに俺が手にした地図は非常に分かりにくかったのだ。
あ~、あれだな。現代の地図は高性能だし、カラー印刷だもんな。うん、そうだよ。俺がこの地図を読めなかっても、何の問題もないさうん。
と、言い訳がましく自己弁護しながら、俺はそっと手にした地図をそっくりそのままケティに返す。俺から地図を受け取ったケティは逆襲とばかりに、
「どこの誰だっけかな~。偉そうに言っていたのは~。ふぅ~ん、地図を読めると豪語していたアラタも読めなかったんだ~、ふぅ~ん」
「ぐっ!! そうだよ、読めなかったよ!! 文句あるのか!!!!」
「ちょ、逆ギレするんなんて男らしくないよ!!」
「なんだと!!」
「何だよ!!」
互いに低く唸りながら額をくっ付かせて睨みあいを開始する。いつしか軽口が喧嘩にまで発展してしまった。
そんな大人げない喧嘩を展開している俺とケティに、今まで黙っていたエマが行動に移す。
それは、ケティの持っていた地図をひょいと取り上げて、徐に地図を広げて、
「あたし、地図読めるよ」
サラッと爆弾発言を口にしたのだ。
まさか、俺とケティが読めない地図を読めるなどと口にしたのだ。まだ十にもならない少女がだ。そんなエマを見ていて何だか罵り合っている自分たちが情けなく思えてきて、俺たちはどちらともなく謝罪し和解したのであった。これ以上言い争っても時間を無駄にすると分かったからだ。
俺とケティはエマに黄昏の森へと向かう為の最短ルートを示してもらうべく、地図を解読してもらうようにお願いするのであった。
俺たちのお願いを聞いたエマは頼られたことが嬉しかったのか、太陽が燦々と輝くような満面の笑みを浮かべて、
「うん!! 任せて!!」
と元気よく答えたのであった。
――――――――――――黄昏の森まで、あと5K。
リアルに魔物がいたら、怖いでしょうか? 愉しいでしょうか?
私は恐らく怖いと思います。だって普通の動物ですら怖いですしね。
あれはやはり空想の産物であるから楽しいんだと私は考えます。
実際にいたらパニック映画ですよね(笑)。
では、次回に。




