第八章 黄昏の森へ(1)
短いですが楽しんでいただければ幸いです。
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さて、とうとうこの時が来た。
俺はまだ朝日が昇る前に起床し、今一度持っていく物の不備がないかを確認する。カバンの中の底の底まで浚って確認した俺は、必要な物は全部揃っていることを視認しホッと一息つく。
しかし、一つだけ持ち物の中に何か分からない物があったのを思い出して頭が痛くなる。
昨日の夜アンナたちが置いていった薬瓶のような物なのだが・・・・・・、昨日寝る前に少しだけ考えてみたのだが、一向に何の薬なのかどのような効能があるのかさっぱりであった。
そして俺が早起きをしたのはこの薬の事をアンナたちに聞くのも理由の一つであり、まだ起きているかは定かではないが、取りあえず用意も済んだことだし下の階に降りてみるかと、俺は火を灯した真鍮製のランタンを手に取ると自室を後にするのであった。
部屋の外に出てみると、人の気配は全くなく辺りは静寂に包まれていた。
どうやらまだみんな寝ているみたいだ。時計がないから正確な時刻は分からないが、体感的に午前五時をちょっと回ったところか。廊下右側の窓から見える家々は一切の明かりが点いていなかったので、その住人が就寝中なのは容易に分かった。
昨日、ミリアが言っていたこの村の人たちの起床時間は六時とか言っていたから、早い奴はもうそろそろ起きているであろう。
俺だって村を出立する時間は七時過ぎだったから、今からだと村の滞在時間はたったの二時間しかない。この際あの薬瓶の中身が何なのか聞けなくてもいいから、もう少し食料面を確保しておきたい。
となれば必然と今向かうべきところなのはどこか。
それはこの村唯一の食事処である”スノー・ベリー食堂”である。
この村唯一のということは、その分この食堂に負担がかかるという事。三十人ちょっとの朝食の準備をするということは並大抵のことではない。
ということはこの村の住人がいつ朝食を取るのかは不明だが、少なくとも朝八時と仮定し、それから時間を逆算すると・・・・・・・朝食を作る時間が二時間~三時間ほどかかるとして、そろそろ起きてくる時間か。流石に寝起きすぐには朝食を作らないであろうから、一時間以上前にはもう起きているはずだ。
と、俺は自身の仮説が当たっているかを確認するため、廊下の壁側に備えられている窓の傍まで歩み寄りガラス面に顔が触れる寸前まで近寄せると、村の奥の小高い丘の上に一軒だけポツンと建っている食堂の方へと注視する。
すると、食堂には微かな明かりが灯っており、その食堂の主であるクリスがとうに起床しているのを知らせていた。
どうやら俺の仮説は当たったようだ。
ならば幸いと言わんばかりに俺は食料をもう少し分けてもらおうと、クリスに直談判すべく食堂へと足早に向かうのであった。
「―――――――? あれ、どうしたの? こんな朝早くに。まだ五時過ぎだよ」
と、食堂に駆け込んできた俺の姿を見て驚きに目を真ん丸くしたクリスの姿がそこにあった。彼女は今から料理の準備に取りかかる予定であったのか。少々薄汚れたエプロンらしき腰布をほっそりとした腰に巻こうとしている最中であった。
「あ、あぁ。何だか眼が冴えちゃって・・・・・・」
と、挨拶もそこそこに俺はクリスにどう切り出したもんかと、彼女の顔色を窺いながらモジモジと体を縮こまらせていると。
「何? どうしたの? あぁ、もしかしてお腹が空いたとか?」
う~ん、惜しい。腹は減っていないんだけど、後日食べる食料は欲しいというか。
「いや、腹は減ってないんだけど。その~、まぁ~、なんていうか」
「ハッキリしないな~、アラタも男だろ? もっとはっきりと言ってみたら?」
と、うだつの上がらない俺の口調にヤキモキしたのか、若干苛立ちの混じった声を上げるクリス。このまま機嫌を損ねて食料を分けてもらえなくなったら困るので、俺は慌ててここに来た目的をクリスに正直に打ち明けた。
すると、クリスは「な~んだ!! そんなこと」とあっけらかんとした笑みを浮かべて、
「いいよ。食料分けてあげる。というかアラタは水臭いなぁ。そんなこと遠慮しないでいつでも言ってよ」
「ほ、本当か。悪いな急に言って。本当は前にもらったんで十分足りるんだけど・・・・・・。まぁ、何が起きるか分かんないから一応余分に持っていこうと思ってさ。けれど、食料に余分がないのなら、こんなこと頼んじゃマズイと思ったんだ」
「まぁ、今日はまだ狩りに行ってないから生ものの材料はないけど、それでも干し肉や乾パンはあるからね。というか、この村に住んでいる人は朝は粗食だから。一人の食事量は干し肉二枚に乾パン一つと木苺三つだけだし。だからアラタに分ける分は十分にあるよ」
良かった。どうやら俺の心配は杞憂であったようだ。
クリスは一旦厨房へと引っ込むと、少し大きめの袋を手にもってこちらのへと戻って来た。
その袋を俺の方へと差し出し、
「ほら、これが二日分の食料だよ。確か二人で森に入るんだったよね? だから食料も二人分入っているから」
「あぁ、エマが森の入り口まで案内してくれる手はずになっているんだ。道に迷わなかったら日が暮れる前に森の入り口まで辿り着けるようだ。んで、森に到着したらエマはルーシアが無事に村まで連れて帰る手はずになっている」
「そうか。確かにあの森は小さな子には酷かもね」
「? 酷ってどういう意味だ?」
「え? あぁ、アタシも詳しい理由は分かんないけど、あの森は黄昏の森の他に”死者を誘う森”って呼ばれているの。別名って言うのかな? そう呼ばれている理由は詳しくは分かんないけど、ルーシア様が言っていたには”生き物はあの森では生きていけない”だったかな?」
と、呑気そうに笑いながらサラッと爆弾発言を口にするクリス。
おいおいマジか。何、そんな危険な森に俺は行かなきゃいけないの? と俺は顔面蒼白に変色させながら、クリスの差し出してくれた食料入りの袋を受け取る。
今更やっぱ行きませんじゃ通用しないよな。というかこの雰囲気で言える奴は英雄だと思う。
俺は来た時よりもぎこちない動きでクリスに背を向けて、どうにか食料を分けてくれたことへのお礼を述べて食堂を後にする。何やら去り際にクリスが話しかけたような気がするが、正直に言って何を言ってくれたか今の俺には正確に聞き取れる余裕はない。だがこのまま無視して去って行くのも感じが悪いので、適当に相づちを打ちながら俺は食堂の扉を開けて外へと出る。
その背後で何やらクリスの驚いた声が聞こえたのだが、それに構わずに俺は一先ず自室へと帰ろうと振り返らずに食堂の外へと一歩を踏み出す。
外に出ると幾分か混乱していた思考が落ち着いてくるのを感じ、診療所へと帰ろうと俯いていた顔を上へ上げると、その視線の先に映った光景を見て絶句する。
つい先ほどまで誰も外に出ていなかったはずの村道に、全村人である少女たちがまるで俺を待ち構えるようにわらわらと出てきており、少女たちの中の誰かが俺の存在に気づいたのであろうか。
次の瞬間、一斉に俺の方へと向く約三十人分の視線に半ばパニックになるのを感じながら、それでもここでずっと佇む訳にもいかないので―――――――――。
俺は怖気づく自身に喝を入れて、衆人観衆の待つ村道へと向かうべく緩やかな坂を下って行くのであった。
この回から新章が始まりました。
この章は8回ほどを予定しておりますが、話の展開上短くなったり長くなったりするかもしれませんがあしからず。
では、次回に。




