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幕間 裏切りの代償、そして一時の別れ

 短いですが楽しんでくれたら幸いです。

 ―――――――はぁ、はぁ、は、ぁ。


 黒煙が街の方々で立ち上がる中。まるで迷路のように入り組んだ路地裏を一人の少女が息も荒く駆け抜けていく。その背後を数匹の狼や数羽の鴉が猛追していた。


 あの動物たちは魔女たちの”使い魔”であり、先ほど魔女派を裏切った自分を捉えるために放たれた刺客でもあった。狼たちは激しく唸り声をあげ牙を剥きだしにしながら、今にも少女に組みつこうと大きく跳躍する。


 その攻撃を体を捻ることで躱すことに成功するも、その少女の背中に目掛けて鴉の群れが高所から急降下して襲ってきた。鋭い爪による斬撃を右肩に真面に食らった少女は焼けつくような痛みに喘ぐ。


 それでも、目的の場所に辿り着くまでは決して倒れるわけにもいかない。どうにか気合で弱気になりそうな自分を鼓舞し、痛みに震える体に鞭打ちながら大きく切られた傷口から流れる血など気にするでもなく、少女はただただ走り続ける。


 その少女の名はハインリッヒ・グラネス。


 一時間ほど前に魔女派を脱派した魔女の少女である。彼女は自身の裏切りによることで自分が庇護している人間の少女たちに危害がいくことを案じ、どうにか危害が行く前にこの街から逃がそうと奔走していた。


 裏切り者の自分が堂々と街の表通りを歩けるわけもないので、こうやって自宅へと続く路地裏を駆け抜けている訳なのだが・・・・・・、やはりハインリッヒの裏の裏まで読まれていたようだ。路地裏を走ってすぐ追手が来て、もうこの有様だ。


 やはり、クラリスは自分の元へ私を連れ帰そうと躍起になっている。こうなった彼女は何をするか分かったものではない。


 ハインリッヒは可愛がっている人間の少女たちに、理不尽な危害を加えられることは絶対に阻止しなければ、と意気込む。


 こうなれば自分も戦うしかない。けれど、大多数の魔女に一人で挑むほど無法者ではない。どうにか自宅へと辿り着くまでは温存しなければ。その為にはやはり逃げるしか術はないわけで。


 けれど、あまりこう何度も攻撃を食らうのも―――――――、と血に染まった右肩を抑えながら苦笑いを浮かべるハインリッヒ。


 いくら不老不死に近いと言っても痛いものは痛いし。それに必ずしも死なないわけでもない。処置が遅ければ出血多量や感染病にかかって死ぬことは十分にあり得る。


 生憎自分はそれほど回復魔法が得意なわけでもないのよね、と走る度にズキリと激痛が走り、ハインリッヒの体力を著しく消耗させていく。肩から流れる血は腕を伝ってポタポタと地面へと垂れるまでに流血してしまっている。


 この世界に来てから初めてであろうか、こんな大怪我をしたのは。地上にいたころはそれはそれは毎日のように大小の怪我を負っていた。


 勿論、魔女という理由でだ。


 それでも、ハインリッヒはまだ自分は恵まれている方だと自負する。


 それは何故かって? 私は彼女たちが知らない感情を知っているから。


 その感情は、家族からの”愛情”である。


 ここにいる多くの魔女は家族からの愛情も知らない者がほとんどで、それはここに暮らす人間の少女たちにも当てはまる。


 だからハインリッヒはせめて、この街に暮らす人間の少女たちには”家族”というのは、一体どんなものなのか知っておいてほしかった。


 いや、彼女たちを給仕として雇っている時点で家族ではない気がするが、それでもハインリッヒは皆の目が届かない自宅では少女たちと本当の家族のように接してきた。


 給仕として雇う以外、クラリスたちは許してくれなかったのだ。


 だから、精一杯働いてくれた分の報酬を与えたし、待遇も破格のものを保証した。


 ハインリッヒは彼女たちを本当の妹のように思ってはいたが、本当は彼女たちは自分の事も他の魔女と同じように思っていたかもしれない。


 それでも、自分は彼女たちに無償の愛を捧げるつもりでいる。これまでも、そしてこれからも。


 だから、私は。行かなきゃいけない。


 家族を助けるのは、姉が妹を助けるのは、普通の事だもの。


 血を流し過ぎたのか、意識が朦朧とするのを感じながらも、どうにか追っ手の手を躱し自宅へと辿り着くことに成功した。


 庭先にはハインリッヒの帰りを心配そうに待つ、数十人の少女たちの姿があった。彼女たちは血を流しているハインリッヒの姿に気づくと、


「お姉さま!!!!」


「大丈夫ですか!!!!!」


「酷いッ!! 誰がこんなことを!!」


「そんなの決まっているわ!! あいつらよ、魔女派の連中の仕業よ!!」


「お姉さまが穏健派なのが気に食わなくて!!!」


「そうよそうよ!!!! あいつらほんと野蛮なんだから!!!!!」


 ハインリッヒの周りを取り囲み、彼女の怪我の具合を心配する。そんな優しい少女たちを暴徒と化した魔女たちから守るべく、


「――――――――アリスはいるかしら?」


「はい、お姉さま。アリスはここにおります」


 痛みのあまり失神しそうになるのをどうにか堪えながら、少女たちの中で一番最年長の少女の名を呼ぶ。少女の名はアリスといい、ハインリッヒが最初に我が家に迎え入れた人間の少女であった。


「いい? これから言うことをよく聞いて」


「はい」


「―――――――もうじき魔女派の魔女たちがあなた達を捕らえるべく、この家まで押しかけるでしょう。そうなる前にあなた達は速やかにここを去りなさい。これは、命令よ」


「・・・・・・お姉さまは? 一緒に逃げないのですか?」


「私は、しばらく魔女の相手をした後、身体の傷が癒えるまで身を隠すわ」


「そんな・・・・・・」


 絶望的な表情を浮かべるアリス。ハインリッヒの言葉から聡いアリスはハインリッヒの思惑を薄々感じ取っとていた。


 もしかしたら、もうハインリッヒとは会えなくなるかもしれないと。


 彼女は己が命を賭けて、自分たちを助けようとしているのだ。


「駄目、駄目です。お姉さまを置いて逃げるくらいなら、私たちも武器を手に戦います。ねぇ、みんな?」


「そうよ!! お姉さまだけを放ってなんか行けないわ!!」


 と、少女たち全員がアリスの同意を求める声にそう叫ぶ。


 そんな少女たちを見て、ハインリッヒは自分の思い過ごしだったことに気づき、一瞬でも彼女たちの事を疑った自分を恥じた。


 そしてそんな彼女たちだからこそ、自分は助けたくなるのだ。


 ――――――――私の命でみんなが助かるのなら、こんなに嬉しい事はない。


 彼女たちの言葉を聞いてハインリッヒの考えは固まった。


「ありがとう。けれど、お願い。私の為にあなた達には生きていてほしいの」


「お姉さま・・・・・・」


「家の地下に街の外に繋がる地下通路があるわ。そこを通り、ルーシアの元へと行きなさい。彼女ならあなた達を快く迎え入れてくれるだろうから」


「・・・・・・でも」


 なおもぐずるアリスに、ハインリッヒはある妥協案を提案した。


「なら、こうしましょう。町の外まで出た後、夜が明けても私が来なければ行きなさい。その際に道案内として私の使い魔を遣わすわ」


 と、どうにかアリスを納得させることに成功した。


 未だ名残惜しそうではあったが、アリスはハインリッヒの言いつけ通り、少女たちを連れて家の中へと引っ込んだ。恐らくルーシアの元へと行く準備を整えているはずだ。


 彼女たちが無事に逃げ出すまでの時間稼ぎをしなければ・・・・・・。


 ハインリッヒは震える手で己が杖を手に取り、それを支えにして立ち上がる。視線の先には複数の人影がこちらに向かって来るのが見え、ハインリッヒは歯を噛み締めながら杖に魔力を通わせつつ対戦の準備を整える。


 もし危険になれば頃合いを見計らって逃げ出すつもりだ(逃げ出せればの話だが)。


 ハインリッヒは再度、今まさに逃げ出そうとしている少女たちを思い浮かべつつ、人生最大級の喧嘩を吹っ掛けるべく呪文を高らかに唱えるのであった。




 ――――――――――――その後、ハインリッヒの姿を見たものは誰もおらず、無事に街の外に逃げ出したアリスたちは、自分たちの元に訪れた黒猫の姿を見て全てを悟り涙を流したのであった。



 裏切った後のハインリッヒを軽くですが書いてみました。

 彼女の行方はどうなったか、ここでは詳しく明言しませんが、

 またそれは別の機会に書けたらいいなと思います。

 それでは次回から新章が始まりますので、よろしくお願いします。

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