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第四章 魔女(1)

 (―――――――あ、れ? ここは、どこだ?)


 俺はぼんやりとした意識の最中、寝ている演技をしている途中で本当に寝てしまった事に気づき、ついで今自分がいる場所があの茂みの下でないことを触感と嗅覚で悟った。


 あの青臭い草木の匂いでなく、ふんわりとした心地よい香りに肌触りの良い布と肌が擦れる感触に、俺は思わずうっとりとした息を漏らす。


 ここはもしかして、天国か?


 俺はあの時極度の空腹感と疲労感から、半ば意識を失うようにして気絶してしまったのを思い出し(本当は寝ているフリをしていたからなのだが)、遭難しているときに寝てしまうのは死を招く行為だと本で読んだことがある。


 ということは、俺はとっくに死んでいてここはあの世なのではないか? そんな滑稽無形な考えが脳裏をよぎってしまう。


 でもこの感覚は生前に俺が感じていた感覚そのものであり、ならここは現世ではないか? とそんな考えも湧き上がってくるのも確かである。


 なら、いっそのこと今閉じている瞼を開けて、今自分が置かれている状況を視認してからでも遅くはないはずだ。


(よし……! 開けるぞ、開けるぞ……!)


 と、決意はするものの、なかなか実行に移せない。チキンでヘタレな俺。


 だって、もし本当にあの世だったらと思うと中々、ね。


 誰だって、いざ瞼を開けてみて視界に広がるのが一面の菜の花畑だったら嫌だろうし、現実逃避だってしたくなる。


 生物として“死ぬ”ことは何を置いても怖い事なのだから。


 しかし、このままでは埒が明かないことも重々承知しているつもりだ。なら……、ここは思い切って―――――――。


「……あら、まだ目が覚めないの?」


 瞼を開けようとした矢先、聞きなれない女の声が左側から聞こえてきたのに驚き、思わず身体を固くして再び狸寝入りへと移行する。


 だってここで意識を回復したらどうなるかは……、うん。どんな展開になるかは想像に難くない。


 それに声だけでも得られる情報は結構あるし、身構えられる準備も欲しいというヘタレ思考からなる行動では決してないよ。


 と、下らない事を脳内でのたまわっている間に、今度は俺から見て右側の位置から別の女の声が聞こえてきた。どうやら女は一人ではないらしい。


 何を話しているのか興味を抱いた俺は、少しばかし話し声に耳を傾けてみる事にした。


「――――――えぇ、思ったより消耗が激しかったようで。体の傷の方はルーシア様に処方していただいた塗り薬が効いたようなので、もうじき傷は塞がるかと」


「そう。それはなにより。けれど……、まさか“男”がユートピアにいるなんて驚きだわ。だから彼女たちは森に立ち入ることを禁止したのね」


「ルーシア様は知らなかったのですか?」


「えぇ、私は皆から敬遠されているから。知らされていなかったとしても不思議ではないでしょう。それに私とヴァネロペはあまり馬が合わないし、魔女の多くはヴァネロペの派閥に所属しているしね」


 なるほど……、彼女たちの会話から得た情報は二つほどある。


 ルーシアという女も魔女であることと、彼女は他の魔女とは違うということだ。


 ならば、寝たふりを無理に行う必要はもうないということで、なるべく自然な動作を意識しながら俺は次の行動に移ることにした。


「……ぅうん」


 そう、寝たフリときたなら、次は意識が今戻ったフリだ。


 いかに不自然に見えないか演じるのがキモなのだが……、自然に見えるかどうかの自信は今のところない、が。


「あっ、ルーシア様!! 目を覚ましたようですよ!!」


「あら、どうやらその様ね」


 心配は杞憂だったようだ。


 すっかり騙されたことに気を許した俺は、少しばかし大仰な態度でムクリと上半身を起こした。


 改めて状況を確認してみると、見慣れない部屋に置かれた粗末なベッドの上に横たわっており、ついで視線を下方へと移動させると、ボロ雑巾だった上着は脱がされて上半身一面に真っ白な包帯が巻かれていた。


 綺麗な巻き方だなと、包帯に覆われた胸をなぞりながら感心していると、


「どうかしら? 傷はもう痛まない?」


 不意に声をかけられた事にビックリした俺は、ほとんど条件反射のようにして俯きがちだった顔を声がした方に向ける。


 すると、温和な表情を浮かべた妙齢の美女がベッドへと腰掛けて、俺の方へと上半身を傾けていた。


「る、ルーシア様!! 不躾ですよ!!」


「いいじゃない。私も少々興味があるのよ、あの男嫌いで有名な“大魔女”がそこまで執着する男にね」


「はぁ……、けれど男など私たちにとっては“不浄”な存在でしかありません。あのような汚らわしくおぞましい生き物など、一刻も早くここから追い出してしまいたいです」


 ―――――おい、“男”の前でよくそんな暴言言えるよな。


 どこかはっきりしない意識の中、心の中でそうツッコミを入れた。


 しかし、どうも落ち着かない。


 まぁ、理由は簡単至極。


 俺の右隣りで冷やかな視線を送る白衣姿のプラチナブロンドを持つ美少女と、俺の腹に掌を乗せて身を寄せるようにしてベッドに腰掛ける赤髪美女の存在であるからして。


 優良健康男児の俺にとったら目に毒な状況の訳で……。痛む体を総動員させながらどうにかして彼女たちから逃れようと試みるが。


「あ~ら、駄目よ。今動いたら傷が広がっちゃうわよ。しばらくは安静にしていないと。今度傷口が開いたら……」


 美女がにっこりと微笑むと、おもむろに俺の耳元に唇を寄せ、


「―――――死んじゃうかもね、貴方」


「!?!?!?」


 あまりの衝撃発言に言葉にならない叫びが口から零れ落ち、体が硬直し始めてしまい手負いの体に鋭い痛みが走りその度に悶絶してしまう。



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