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プロローグ 誰か

 また懲りずに新作を投稿します。

 並行して投稿していきますのでよろしくお願いします。

『――――――この世には絶対なる奇跡はない』 



 そう、誰かが呟いたのを、今でも鮮明に覚えている。

 子供だった僕はその言葉の意味を一つも理解できなかったが、どうしてもその言葉の意味を知りたくて名前はおろか男か女かも分からない誰かへと尋ね返した。


『どうして、そんなことが分かるの?』


 今思えば何の捻りもない、直球過ぎる質問であったと恥じるも、幼かった僕にはそう尋ねるだけでも精一杯だった。


 僕の質問する声でようやく僕の存在に気づいた誰かは、


『どうして? おかしな質問をする少年だ。わたしの言葉の意味を一番よく理解しているのは、他でもない君だと思うけど』


『僕?』


『あぁ、その証拠に君は今とても不幸な身の上じゃないか。もし、本当に奇跡があるのなら、君は今こんな所にはいないはずだよ』


 誰かが放った言葉に、僕は愕然とした。


 僕が不幸? 一体何の冗談だ。


 大仰な態度で言ってのける誰かに、僕は体の奥底から湧き上がる怒りに突き動かされるようにして言い放った。


『僕が不幸だって!? 生憎だけど、僕はとっても幸せだよ。友達にも恵まれて、僕の事を心から愛してくれる両親や妹に囲まれて、これ以上の幸せはないってくらい充実した日々を過ごしているからさ!!』


 大気が震えるほどの声量を目の前の誰かへとぶつけるも、当の本人は至って涼しい表情で僕の怒声を受け止めて、少しだけ固く結んでいた唇を右斜めへとつり上げ笑う。


 その笑みは鋭利に尖った氷の様に冷淡で、僕を見下ろす底が見えないほどの湖底を思わせる青く透き通った碧眼は、まるで愚者を見下ろすかのような憐れみさえ含んでいた。


 僕と同じくらいか、ちょっと下くらいの背丈なのに、その細見から放たれる威圧感はハンパなく、まだ幼い子供でしかなかった僕はまるで大の大人から見下ろされているかのような錯覚を抱いた。


 体を恐怖心で縮こまらせている僕へと、容赦ない言葉が浴びせられる。


『君は本当に愚かだね。今の君が感じている幸福は、所詮“まがい物”に過ぎないのに』


 まがい物だって? 今のこの生活が?


 誰となしに呟いた言葉は虚空に消え、辺りは静寂包まれる。


 その言葉を虚空から拾い上げたのは、目の前にいる誰かだ。


 わざわざ拾い上げなくていい僕の呟きを拾い上げた誰かは、口の中で玩ぶようにしばらくニヤニヤと笑っていたのだが、やがて遊ぶのもたった様子。


 僕の呟きに続く言葉をまるで言葉遊びの様にして、僕へと投げ返してきた。


『そう、“まがい物”さ。いや、“虚構の世界”と言ったほうが正しい。何故なら……』


 誰かはそこで一旦言葉を切り、それに疑問を抱いた僕は俯きがちだった顔を上げると、目の前に立つ誰かの姿に驚きに目を見開いた。


 今まで黒い靄のようなもの覆われて性別不明だった誰かの正体は、まるでこの世の者とは思えないほどの見目麗しい少女だったのだ。


 神がその身を自ら造ったかのような完璧すぎる美貌の少女に、僕は驚きに口を酸欠の魚の様にパクパクと何度も開閉させてしまい、心臓も今までにないほどに激しく脈動して今にも破裂寸前であった。


 僕の熱い視線を物ともせず、誰か―――――改め少女は相変わらずの冷めた視線をこちらに向け、形の整った唇をプルン、と震わせて、


『――――――ここは私の創った世界だから』


 パチン、と指を鳴らす。


 淡々とした表情からはなんの感情も読み取れない。


 悲しみも、怒りも、虚しさも。


 まるで物言わぬ人形に魂が宿った少女の大粒の硝子玉の様な瞳に映るのは、


『……え?』


 彼女が指を鳴らしたと同時に崩れ落ちる床に吸い込まれるようにして落ちていく、事の状況が飲み込めておらずさぞや間抜け面を浮かべているだろう僕であった。


 底の見えない奈落のような裂け目に真っ逆さまに落ちる僕を冷淡に見下ろし、これ以上ないほどの大輪が咲いたような眩い笑みを浮かべた少女は、



『――――――さようなら、今までの日常。そしてようこそ、非日常へ。わたしは貴方の存在を受け入れてあげる』



 ―――――――――さぁ、奇跡の都市で心ゆくまで遊びましょう。



 謳うように囁いた言葉は落下していく僕の耳に心地よく響き、次第に僕の意識はその囁きに誘われるように眠りに落ちたのであった。


 そして、目が覚めた時には、僕の日常は一変していた。


 まるで、長い夢から覚めるように、それはいとも簡単に崩れ落ちたのであった。

 




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