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第九話 初めての狩り



「サリア様、開拓団をお手伝いいただき、誠に有難うございました。お手伝いがなければ、どれほどの時間が掛かった事でございましょうか。重ね重ねのご厚意、忘れは致しません」


「いいえ、メイデンさん。こちらこそ、開拓団を率いて来て、領地を開拓して下さって有難う。きっと、この開拓地はゲラアリウスに恵みを持たらす事でしょう」


 ママンが挨拶を交わしている。

 僕らは三々五々、親しくなった開拓団の人々とお別れする。

 

 辺境連隊の人々はどこかウキウキしている。城に帰れば開拓の手伝いの特別手当てが出るそうなのだ。狩りに行く精鋭達、二百名程はさらに張り切っている。狩りが大猟なら特別手当は更に高額となるからだ。

 

「チート様、これを持っててやってくだせえ。モウルの角でございやす。牛の角は武運長久のお守りと言われておりやす」


 モースさんがモウルの角の先を首飾りにしたお守りをくれた。

 

「ありがとう。大切にするよ」


 モウルは昨日僕が見舞って眠った後、朝には冷たくなっていたそうだ。

 

 アレックは、僕が狩りに行く場合の為に辺境連隊の人から、大森林の奥深くへ行くルートを聞いている。

 狩りに行く気は無かった僕だが、モウルの大切な命を頂いた事で何かが変わった。

 動物を殺すのが嫌だから狩りをしたくないと言うのが、おかしく感じてきたのだ。城に帰ればパパンに狩りに行く許可を貰おうと思っている。

 

「それでは皆さん、ごきげんよう!」


 僕が引っ張る大きな馬車の天井を開いて、身を乗り出してママン達は手を振っている。しだいに開拓団の人々も見えなくなってきたようだ。

 それでもいつまでもママン達は手を振り続けていた。

 

   

−−−−


 

 暗くなる前に城に帰り着いた。

 

「お~! みんな、お帰り」


 パパンが城門まで迎えに来ていた。家族も、仲良しのブレッド連隊長もタルタリムト導師もいなかったので、ずいぶん寂しかったようだ。

 

「あ~ジョージ! 帰ったわよ!」


 ママンはパパンに抱きつく。僕も姉ちゃもダレナも抱きつく。アレックだけ少し離れている。アレックも抱きつけばいいのに。恥ずかしがりやだな……。

 

「お~チート。聞いたぞ! 巨木倒しに材木運びに大活躍だったそうだな! さすが(わし)の息子よの~」


 パパンが目いっぱい背伸びして手を伸ばし、僕の頭を撫でてくれる。えへっ、てれるな~。

 

    

−−−−


 

 久しぶりに部屋の風呂に入った。ダレナに背中を流してもらった。前世が日本人のせいなのかシャワーよりも風呂が好きだ。身支度を整えて、食事部屋に向かう。

 

 食事部屋では先に席に着いていたパパンとアレックが話していた。

 

「メイデン団長が託した礼状で、チートと共にアレックを大層褒めておったぞ。失敗が少なく収穫が多くなる、作付けの仕方、時期、そして灌漑の方法、計画の進め方、住居の位置や向き、大きさ……何から何までお教え下さって有難かったと。ようやった、アレック。さすが儂の息子よの~」


 パパンがアレックの頭を撫でようとするが、アレックはパパンの手を軽く流す。


「お館様。俺はお館様の臣下です。臣下としてお扱い下さい」


「う~ん、アレックは相変わらず杓子定規じゃのう。この城で生まれて、儂らが育てたのだから息子でよいではないか」


「そうよアレちゃんは、この頃、(わたくし)が抱きつこうとしても避けるのよ。チートちゃんなんか結婚してても、ちゃんと抱きつき返してくれるわよ」


 席に着いたママンが会話に加わる。

 

「何? アレック、それはいかんぞ。サリアが抱きついたら、抱きつき返さねば。親しい仲にも礼儀ありだぞ」


 う~ん。なんだか理屈が解からないが……。アレックも何とも言えない表情だ。

 

「そうよ! 抱きつき返さなきゃだめよ! アレちゃんよく頑張ったわ。メイデンさんがアレちゃんの事を褒めてたから、言ったのよ。私の息子は天才なんだって」


 ママンはガバッとアレックに抱きついた。仕方ないという表情でアレックは抱きつき返す。

 でも僕にはアレックの表情が良く読めるのだ。少し頬を赤らめて本当に喜んでいるアレックの表情が。

 


−−−−



 僕は夕食を食べながらパパンに狩りに行く許可をもらう。

 

「パパン、ブレッド連隊長が開拓の手伝いが早く終わったから、大森林の奥深くまで狩りに行くと言うんだ。僕も連れて行ってくれると言うんだけど、行ってもいいかな?」


「ほう、狩りか。いいとも。アレックも着いて行ってやってくれ……んっ、チートの初めての狩りではないか、儂も見届けねば!」


「なら(わたくし)も連れて行って下さいな。チートちゃんが狩りをするのを応援するわ」


 ママンがそう言うと、給仕していた召使いがビクリとした。開拓の手伝いに従者として同行していた召使いだ。やっと城に帰ってきたのに大森林の奥深くまで行くのは、嫌だろうな。

 

「いやサリア、儂が城を離れるなら其方(そなた)は城に残らんとの。だいたい大森林の奥深くは危険だぞ。ダレナと一緒に残っていなさい」


 ママンとダレナはしょんぼりしている。ママンは無理を言って開拓の手伝に着いてきたので重ね重ねの無理を言えないようだ。

 

「なら、私は付いて行っていいのね。久しぶりの狩りに腕がなるわ」


 姉ちゃは王都の大学も優秀な成績で卒業したそうで、剣も弓も、辺境連隊の優秀な者達と互角以上だとアレックが言っていた。

 

「ところで、チートは狩りは出来るの? 剣も弓も練習したことないんじゃないの?」


 姉ちゃが疑問をはさむ。うん? 確かに剣や弓はおろか、どんな武器の練習もしたことないな……前世でなら剣のたぐいの武道はしていたのだが……。

 

「姉さん、チートなら大丈夫ですよ。走って行って獲物の頭を殴れば、どんな大きい獲物でも倒せますよ」


 ……アレック……僕はそんな狩りの仕方なの……。

 


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



 ママンとダレナが留守番で、僕とパパンと姉ちゃとアレックの四人で狩りに行く事になった。

 

 昨日はモウルが死んで、それを食べ、僕はこの世界を学んだ。

 前世とは価値観も違うし正義や宗教観も微妙に違うのだ。

 一晩寝て、僕は凄く元気だ。

 

 僕はモウルの角の首飾りの上から、走る時の首輪を着ける。持って行く物は無いので馬車では行かない。姉ちゃを肩車して、パパンを右肩に、アレックを左肩に乗せる。

 

「それじゃ、行って来ます」


 ママンとダレナに挨拶する。

 

 よし! 走るぞ!

 

 ダッ!!!

 

 もう人込みの中でも、全力に近い速度で走れる。まったくぶつかる心配はない。アレックとの訓練の成果だ。

 

 大きな街道に出た。周りの人には少し風が吹いた位にしか感じない程、速く走っている。

 人の間を走り抜ける時に一番難しいのが、風圧で人を押し倒してしまうのを防ぐ事だ。

 アレックのすぐ傍を走り抜けて、風圧がなるべく掛からないようにする訓練をした。理屈は解からないが、マナに対してうまく命令できてるようだ。風を起しにくく走る魔法が、上手くなったのだ。

 

「アレック、顔に風が当たらないのだが、どうしてなのだ」


「チートの能力で、チートを中心に自然に防御壁のような物が張られているのです。チートが速く走る程、この防御壁は強くなって何かにぶつかれば、それがどんな物でも粉砕します。チートが引く馬車に乗るよりも、この防御壁の中に居る方がよほど安全です」

 

 パパンの疑問にアレックが答える。


 そうなのか。僕は風を感じないのは、僕の肌が強いからかと思っていた。防御壁って、前世で言えばバリアのような物なのかな。

 

「それにしてもチート、随分安定してるわね。全然揺れないわ」


「ふふん。そうかい」


 僕は得意になって答えた。誰かを担いだ時に安定して走るのも、アレックと訓練していたのだ。ほぼ上下動の動きをなくして滑るように走る。それも速く走るのだ。

 

 走る。走る。風景がどんどん後ろへ流れる。気持ちいい。

 馬車を引いて往復した道だけど、全力に近い速度で走ると、また違った感覚だ。

 おっと、馬車が多くて道を塞いでいる。狩りに行かなかった辺境連隊の兵士達が、城に戻る途中なのだ。

 

 ピョ~ン。

 

 三百杖くらいひとっ飛びだ。地面に降りる時に担いでいる皆に衝撃を与えないように……そっと着地する。飛ぶのも気持ちがいいな。

 

 ピョ~ン。

 

 うん気持ちがいい。

 

「やっふ~!! チート、すごい。飛んでるわ!! 気持ちいい!!」


 ピョ~ン。

 

「やっふっふ~!!」


「のうチート。別に飛ばなくてもいいのではないか……」


 ピョ~ン。

 

「やっふっふっふっふ~!!!」


「チート、だから飛ばなくても……」


 パパンは飛ぶのが嫌いかな……。

 

 ピョ~ン。

 

「ぐ~!!」

 

 ピョ~ン。ついでに一回転ひねる。

 

「ぐ~ぐる~!!」


「チート、回らなくても……」


 姉ちゃは、ノリノリだが、パパンはあまり嬉しそうじゃないな。王国の英雄が怖いわけ無いから単純に飛んだり回ったりするのが嫌いなんだろうな。



−−−−


 

 姉ちゃが楽しそうなので、何度も飛んだり回ったりしながら、あっという間に開拓地に着いた。

 

 パパンが僕から降りてしゃがみこんだ。僕の肩に座っていてしびれたのかな?

 

「あっ! チート様、もう戻ってきやすったのですか。あっ! お館様もいらっしゃるじゃごぜえませんか」


「おう。そちは確か牛使いのモースではなかったか? この開拓団の手伝いに来ておったのか。ご苦労である」


「へへ~っ! モースでごぜえやす。覚えていてくだせえやして、有難うごせえやす」


「あれ、モースさん。まだ帰ってないの。もう牛さん達はいないみたいだけど」


「へえ、いまから子牛達が来るのでごぜえやす。この開拓村の中から牛使いに向いてる者を探して、子牛達の世話が出来るように教えてやってほしいと頼まれておりやす」


「それは大変だね。牛使いが出来る人が開拓村に居ればいいね」


「ええ、おりやしたよ。もともとフラーノ領から来た開拓団でやす。羊達と心を通じ合わせていた者がたくさんおりやした。牛使いが出来る者も普通の村より多ごぜえやした」


 開拓村となった開拓団の人達がたくさん集まってきた。でもメイデンさんの姿が見当たらない。

 

「ねえ誰か、メイデンさんを呼んできて」


「メイデン様は、連隊長殿達と一緒に狩りに出ております」


 辺境連隊の馬車の番で、開拓村に居残っていた兵士が答えた。

 

「辺境連隊に付いて行けば、危険も少ない。自分達だけで狩りに行くよりも大物を仕留めれる確率も上がる。開拓村の食料を豊かにしておきたいのだろう」


 アレックが説明してくれた。

 

 僕らはすぐにブレッド連隊長を追う事にした。

 

     

−−−−



「五刻の方向へ」


「九十八刻の方向へ」


 肩に乗ったアレックが進む方向を指示している。まもなくブレッド連隊長に追いつくはずだ。

 

 見えた。槍を持った辺境連隊の兵士の姿が。

 僕は速度を緩める。

 

「おい!! ブレッド連隊長に伝えろ。お館様が、お出でになったとな」


 アレックの声に、最後尾の兵士がびっくりして僕らの姿を見る。

 

「はっ! ははっ! かしこまりました」


 ブレッド連隊長がやって来た。

 

「おう、これはお館様までいらっしゃいましたか! まさか、チート様の初めての狩りを見たいが為に、政務を放り投げて来た訳ではございませぬよな」


「うぐぐ……」


 パパンはどうも痛い所を付かれたみたいだ。

 

「……何を言っておるのだブレッド。開拓団が開拓の作業をとても早く一段落着けたとの報告があって、団長のメイデンとやらを褒めに参ったのだ。そしたら、狩りに出ておるとの事なので、ここまで参った。それだけの事である。まあ、チートの初めての狩りは、ついでに見ていくがの」


 何かパパンの言い訳は苦しいな。ブレッド連隊長と共にやって来ていたメイデンさんも驚いているようだ。

 

「お初にお目にかかります。私が開拓団団長のメイデンでございます」


「おう、其方がメイデンであるか。我がゲラアリウス領を素早く開墾し恵みの穀物の種を蒔きし事、見事な働きである。あっぱれ。実にあっぱれ」


「いえいえ、チート様やアレック様。医療や食事に助力下さったサリア様、アリア様、ダレナ様達のお陰であります」


 ブレッド連隊長は、成り行きでメイデンさんを褒めてるパパンを、笑いをかみ殺したような顔で見ていた。

 

「ところでブレッド。狩りの獲物は何を狙っているのだ?」


「はあ、もう少し大森林の奥深くまで出向いて大鹿を狙いまする。二百人の精鋭と、開拓団から狩りが出来る者が二十人来ておりますので、小さい象の群れなら狩れまする。それから大森林まで動物を狩りに来ている竜も狙っておりますぞ」


 竜を見てみたいな。生物の辞典で見る大きな竜は、前世での恐竜そっくりで、羽根も生えていない。

 戦った事のあるパパンに聞いても、飛べもしないし、火を吹く訳でもないみたいだ。

 小さい竜は一般に羽根が生えていて飛べない鳥のようで、頭は恐竜みたいなのだ。

 大きくても小さくても竜ならば、最強の部類の動物の象、獅子や虎、狼よりも更に強い。

 竜のマナを使いこなせる大きな竜となると、剣も槍も皮を通さず、竜のマナが無くなった状態でないと殺す事が難しいそうだ。

 

「ねえ、ブレッド連隊長。大きな竜も見られるかな」


「いえチート様、大きな竜は、ほとんど竜の地より出て来ませんでな。竜のマナが無くなってしまうと立ち上がれなくなるので、竜の地に近い大森林の奥深くでも、見かける事はないのです」


「ブレッド連隊長、俺の二十刻の方向、五百杖先に大鹿の群れ三十頭ほどがいますよ」


 アレックが言う。辺境連隊の精鋭達も探索の魔法は使ってるはずなのだが、追いついたばかりのアレックが獲物を一番に見つけたみたいだ。単純にアレックの魔法の能力が飛びぬけているのだろう。

 

「なに! さすがアレック殿だな、我が連隊の兵士達は誰も気づいておりませなんだぞ。三十頭ですか、なかなかの獲物ですぞ」


 ブレッド連隊長が、何やら手で合図を送った。周りの兵士達がそれを他の兵士に手で合図する。いっせいに兵士達は広がっていく。大鹿の群れを二百人で囲むつもりなのだ。

 

 ブレッド連隊長の両側の兵士から合図が帰ってきた。大鹿の群れを囲み終わったようだ。耳を澄ますがまったく物音を立てていない。さすが精鋭達だ。

 

 ブレッド連隊長の手が振られた。進めの合図なんだろう。見える限りの兵士達は大鹿の群れの方向へ音を立てずに進んでいる。僕らも後に続いた。

 

 大鹿の群れが見えた。耳をピンと立てている鹿がいる。異変に気づいているのか?

 

 止まれの合図を送ったブレッド連隊長が、暫く待ってから、何か別の合図を送った。

 

 弓を持っている兵士は、矢を引き絞っている。

 

「放て!!!」


 ブレッド連隊長の大きな声が響き渡る。

 大鹿の群れに矢が降り注ぐ。半数くらいの大鹿はその場で倒れる。

 恐慌をきたした大鹿達は一番大きな角を持つリーダーだろう大鹿の逃げる方向へ、一緒に駆け出した。

 

 僕らの方向へ真っ直ぐに大鹿十頭以上が、駆けて来る。死に物狂いだ。

 一番大きな角を持つ大鹿と僕の目が合った。一番大きな体の僕を人間の群れのリーダーとでも思ったのか、そのまま僕目掛けて突っ込んできた。

 

「やっ!!」


「えいっ!!」


 僕の周りにいた兵士が前にでて槍を突いたが、一番大きな角を持つ大鹿は、止まらないで僕に角を突きたてようと頭を下げた。

 

 ガシッ!!!

 

 僕は一番大きな角を持つ大鹿の角を、受け止めた。

 

 スパンッ!

 

 大鹿を止めたと同時に、アレックが僕が止めた大鹿の首を下から剣で切り上げた。

 

 角を持って止めていた大鹿の目から、命の光が消える。アレックに切り離された首から下の胴体だけが倒れる。

 僕の手には大鹿の首だけが残った。

 

 倒れた大鹿の胴体の横に、僕はそっと首を置いた。

 

 僕らの方向に逃げて来た大鹿は、アレックが剣で仕留めた以外は、全て槍で仕留められていた。

 

 弓矢で倒された大鹿達の所へ行ってみる。

 息のある大鹿は次々と止めを刺されている。

 断末魔の鳴き声が響き渡っている。

 

「チート様、初めての狩りは大成功です。止めを!」


 ブレッド連隊長に剣を渡される。

 目の前には何とか立ち上がろうともがく、矢が数本刺さった仔鹿。

 

 仔鹿の目から涙がポタポタこぼれている。

 弱々しい鳴き声を上げている。

 

 僕は周りを見回す。

 パパンが見つめている。

 アレックも見つめている。

 姉ちゃも見つめている。

 ブレッド連隊長もメイデンさんも見つめている。

 全ての大鹿に止めが刺されている。

 僕がこの仔鹿に止めを刺すことで、この狩りが終了なのだと解かる。

 

 仔鹿の姿が歪む。僕が涙を流しているのだ。ぬぐう。

 

「はっ!!!」


 スパンッ!

 

 力任せに仔鹿の首を断ち切った。今世の僕は剣など振った事はないはずだが、力だけはとても強い。

 

 オ~!!!

 

 全員が雄たけびを上げる。

 

     

−−−−


 

「いや、仔鹿はやわらかくて本当に美味ですな。群れごと狩らないと中々仕留められません。少人数での狩りならば大鹿を狙いますからな」


「おいしいね。本当においしいね」


 僕も食べている。僕は色々経験して大人になりつつあるのだ。

 前世の僕がいくら大人だったとしても、それで僕が成長してしまってる訳ではないのだ。

 一つ一つの事が経験なのだ。

 

 大鹿はすでに解体されて、小分けされて袋に入れ、魔法を掛けられていた。一ヵ月ほど腐らないそうだ。

 アレックにそれ以上に日持ちさせる魔法は無いのかと聞くと、腐敗を止める魔法は一ヵ月が上限で、それより強い魔法は発見されて無いとの事。一度、腐敗を止める魔法を掛けると、それ以後は魔法は掛からなくなるそうだ。

 

 そろそろ日も暮れそうになってきた。すこし広い草原に出て夕食を食べている。

 基本的に狩りの時は携帯食しか食べないが、獲物があればそれを食べる。

 

「ねえ、仕留めた大鹿はどうするの」


「五十人ほどこの場に残して、開拓村まで運ばせます」


「僕が運んで上げようか」


「いえいえ、チート様には、この度の狩りにはずっと付き合ってもらいますぞ」


「ふ~ん、そうなの。そういえばメイデンさんは弓がとても上手いんだね。メイデンさんが放った矢を見ていたけど三矢とも大鹿の頭に当たってたよ」


「まあチート様。あれだけ矢が降り注いだ中で、私の矢の行方が見えたのですか? お目がおよろしいことです」


「なんと! あの群れの中の三頭を仕留めたのか! それも、あの頭目の大鹿が我らに向かって来るまでに三矢も放てたとは! いや、あっぱれ!」


 パパンが驚いている。王国の英雄も驚くぐらいの弓の腕なのか! メイデンさんすごい。

 

「すごい! 私でも二頭なのに。弓の腕は大学でも負けた事が無かったのに。メイデンさんすごい!」


 姉ちゃも結構すごいんだな。

 それにしても、三十頭の大鹿の内、この女性二人で五頭仕留めてるんだ。

 そういえば、辺境連隊の女性兵士は四分の一くらいなのに、狩りに来ている精鋭二百人の半分は女性兵士だ。単純に女性兵士が強いのか、それとも女性兵士が狩りに向いているのか。

 

 兵士達はとても嬉しそうだ。狩り二日目にして、大鹿三十頭というのは相当な大猟なのだろう。二週間程の予定だから、狩りの特別手当てがどれだけになるかと、希望が膨らんでいるのだ。

 

 僕は今世で初めて狩りをした。

 そしてぐっすり眠った。

 



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