第八話 いただきます
数日たって、巨木や石が片付いて土だけになった開拓地を耕す事になった。マナの濃さも戻っている。
後は耕して、アレック達が決めた要領で種籾や種芋を作付けする。そこまでが今回の開拓のお手伝いである。辺境連隊の人達は集落予定地に建てる家の基礎を作ってあげている。
「ҐՓҡʞҭ ґՓʝԸՖҸՓҞɦɵɮɕҥҭɯʌɤɵՑʐɰ」
……「「「「「ҐՓ?ʞҭ ґՓʝԸ??ՓҞɦɵɮɕҥҭɯʌɤɵՑʐɰ」」」」」……
「違う! ҐՓҡʞҭ だ」
アレックが子供相手に魔法を教えている。
種を蒔く魔法のようだ。
アレックが投げた種が、魔法の練習用に耕した畑に真っ直ぐ一列等間隔に落ちていく。
子供達は種を持たずに魔法語だけ唱えている。魔法は魔法語さえ唱えれば誰でも使える。この開拓団は、ほぼ獣族だが、獣族は魔法語を話すのが苦手なため魔法は不得意な者が多い。
魔法語は明瞭な発音と完璧な抑揚、テンポが揃わないと、魔法が発動しない。
アレックは開拓団の子供達の中で発音をテストして、魔法語を話せる可能性のある子供を集めて教えているのだ。
魔法語を深く習得するのには長い年月が必要だが、農業に使ういくつかの魔法語なら少し練習すれば唱えられるようになる。子供なら、唱えられるようになるのも早いのだ。
フラーノ領から来た開拓団は元は羊を育てて羊毛や羊のチーズを糧に生活していたので、農業に必要な魔法を覚えていない。
ただでさえ獣族の血が濃い者が多い彼らは魔法に向いていないのだ。それでも農業を本格的に営むなら最低限の魔法は必要だろうから、まず覚えの早い子供達に教えているのだ。大人達はゆっくり子供達に教えてもらえばいい。
僕はアレックが昨日作った僕用の犂を背中に着ける。牛さん用の犂は刃が一つだが僕用の犂は刃が三つある。アレックが開拓地の土の具合をみて、僕が引くのに最適の犂を、材木等と牛さん用の犂から作ってくれたのだ。首輪も着けたし、用意万端だ。
ドドン!!
「フレ~!!」
ドドン!!
「フレ~!!」
ドドン!!
「チートちゃ~ん!!」
「フレッ フレッ チ~トちゃ~ん!!」
なんだかママンの応援団化が進んでいるぞ。
あんな太鼓あったのか?
護衛の一人は旗を持っているぞ。
どう見ても前世の応援団だよ。
ママンは襷がけに鉢巻まで巻いてるぞ。
う~ん……。
僕は犂を引きながら走り出した。何も着けずに走る時の半分くらいの速さまで加速できる。僕が耕すのは開拓地の三分の二。残りは牛さん達と開拓団が協力して耕す。
はっ!! 開拓地の端まで来たので、犂と一緒に飛び上がって方向転換する。
全速での動きでの体のコントロールが大分上手くなってきた。
アレックとの訓練の賜物だ。耕された三列の犂の跡が綺麗だ。
同じ間隔で犂を引く。
「わ~!! チートちゃん!! かっこいいわよ~!!」
ドン! ドン! ドン! ドン! ドドン!!
「走れ~!! チートちゃん!! それいけ~!! チートちゃん!! かわいいチートちゃん~!! がんばれ~!!」
ドドン!!
「チート~!! かっこいいわよ~!!」「チート~!! がんばれ~ 走れ~」
僕の開拓のお手伝いも、今日で見納めなのでダレナも姉ちゃも応援している。
ドドン!!
……「「「「「お~!! それ!! それ!! それいけ!! チート様~!!」」」」」……
ドドン!!
走ったり飛び上がったりすると応援しやすいみたいだな。
はっ!! また端まで来た。飛び上がるのは気持ちがいい。
僕は何度も何度も、開拓地の端から端を往復した。
−−−−
昼を挟んで、僕が開拓地の三分の二を耕し終えた時には、牛さん達と開拓団の人々も耕し終えていた。
応援に疲れたママン達をねぎらった後、牛さん達の所に行って、モウルを探すが見当たらない。モースさんを見つけたので聞いてみる。
「モースさん。お疲れ様。モウルが見当たらないけど、どこにいるの?」
「おう、これはチート様。ご苦労様でごぜえやす。モウルは昨日の晩から具合が悪うごぜえやしてタルタリムト導師様ん所で休んでおりやす」
ママンからタルタリムト導師が引き継いだ簡易病院で休んでいるのか。
「今回の開拓の手伝いでは老齢の牛が二頭、神ん様ん所に召されておりやす。モウルも結構老齢でやして心配しておりやす」
「えっ。そんなに悪いの?」
「牛達は倒れてしまうぎりぎりまで働きやす。具合が悪うなった時は、本当に悪うごぜえやす。持ち直さねえ事も多くごぜえやす」
僕は心配して簡易病院に行ってみた。モウルは伏せして寝ていた。僕に気が付いて立ち上がって尻尾を振る。
「モゥ~~ル」
ペロペロと僕を舐める。うひょうひょ。
僕もモウルの胸をさする。ペロペロとまた僕を舐める。良かった元気そうだ。
「モウル、ゆっくり休んで元気でいてね。さあ、もう寝ときなよ」
僕はそう言ってモウルの首を下に押す。モウルも解かったのか伏せの体勢に戻った。いっとき頭を撫でてやっていると、モウルはスヤスヤと寝息を立て出した。
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「ҐՓҡʞҭ ґՓʝԸՖҸՓҞɦɵɮɕҥҭɯʌɤɵՑʐɰ」
「ҐՓҡʞҭ ґՓʝԸՖҸՓҞɦɵɮɕҥҭɯʌɤɵՑʐɰ」
「ҐՓҡʞҭ ґՓʝԸՖҸՓҞɦɵɮɕҥҭɯʌɤɵՑʐɰ」
種を蒔く魔法語を唱える声が、開拓地中でしている。
昨日アレックから教わった魔法を子供達が使っているのだ。大人達は蒔かれた種に土を掛けていく。
作業は午前中に終わりそうだ。これで僕達の開拓の手伝いは終わる。城から何往復かして物資を運んでいた馬車も開拓地に来ていた。
昼の食事を皆でして開拓団とはお別れだ。
僕は辺境連隊の人達と、種に土を掛けるのを手伝っている。ゆっくりした仕事だ。
「いや~チート様、一ヶ月は掛かるだろうと思っていた開拓の手伝いも、二週間ちょっとで終わってしまいましたな。これもチート様の活躍のお陰ですぞ」
ブレッド連隊長は種に土を掛けながら僕に話しかける。連隊長なんだから作業しなくてもいいのだが、皆と働くのが好きみたいだ。僕と同じだ。連隊長が働くものだから中隊長以下全員で作業している。
「予定が早まったので、某らは大森林の奥深くに入り狩りをしようと思っております。まあ、精鋭だけ連れてまいるつもりですがな。チート様が犂を引いて耕す様子を見ていましたら、身のこなし、動きの正確さ、どれをとっても素晴らしい物です。大森林深くのマナがほとんど無い所だとしても相当に動けると思いますぞ。どうですか、チート様の初めての狩りを某と共に行ないませぬかな」
う~ん狩りか……。動物を殺すのは気が進まないな……。辺境連隊の精鋭と一緒に、狩りに連れて行ってもいいと思ってくれる程、僕を評価してくれるのは嬉しいんだけどね。
「嬉しいんだな。ママン達を城に送ってから、パパンに狩りに行ってもいいか聞いてみるよ。行ってもいいならすぐに、戻ってくるよ」
一応、はっきりとは断らないでおこう。
−−−−
「全能の神よ、今ここにある神より使われし……」
タルタリムト導師が昼食前のお祈りをしている。寂しいがこれが開拓団と一緒に食べる最後の食事だ。
ひゃっほう~!! あのおいしいお肉だ。
あの皆が静かになってしまう程、おいしいお肉が皿によそってある。
僕は涎が口の中に広がって来るのを感じた。
きっと中々獲れない肉なんだろう、今回の開拓の手伝いでは三回目の、あのおいしいお肉だ。
「……神の元、人間と共に在りし者よ……」
僕は待ちきれなくて、お祈りしているタルタリムト導師の方を見ている。このおいしいお肉の時のお祈りは、いつも随分長いな……。
んっ。モースさんがタルタリムト導師と並んでいるぞ。
「……我ら人間の糧となり、我ら人間の血となり肉となる……」
モースさんは随分沈んだ顔をしている。モウルに何かあったのか?
「……神よ、我らの仲間、共にこの地を開拓せし、我らの友、その尊い魂を御身に、その尊い血肉は我ら人間に……」
僕はじっと目の前の皿のお肉を見つめる。涙を浮かべているモースさんを見る。モウルと一緒にじゃれあった子供達を見る。子供達も静かに俯いてお祈りしている。小さな子供達でもお祈りの意味が解かっているのだ。
僕は理解した。
この国に生まれたなら幼い子の内に理解するであろう事を、今理解した。
前世の知識があるにも関わらず、結びつける事ができなかった、このおいしいお肉と牛さんとの関係。
食肉の為だけに動物を飼ってはいけないアリムト教。
アレックを見る。頷いている。
ママンを見る。心配そうに頷いている。
ダレナも頷いている。姉ちゃも頷いている。
僕らが食べるのは生き物だ。
生き物の死があって初めて僕らは食べる事ができる。
前世では、その知識はあっても心から感じていなかった。
今世の僕は何も考えられなかった。
家族は僕に大切な教育をしていたのだ。教えない事で……。
僕自身が自分で気づく事で……。
「……神よ、我ら仲間、我ら共の大切な命をいただきます。アーリムト」
「いただきます。アーリムト」
モウル……。モウル……。
僕は涙で前が良く見えない。
腕で涙をぬぐう。
いただきます。
あなたの命。
大切な命。
いただきます。




