第七話 農耕牛モウル
ゲラアリウス辺境連隊が到着するまでの三日の間、開拓団は僕が倒した巨木の枝を刈っていた。
倒れている巨木を僕が動かそうとしても、僕の体が地面にめり込むばかりで踏ん張りが利かずに動かないのだ。
開拓団は巨木を縦に引いて材木にする為の巨大な鋸を持っていないので、刈り取った枝を薪にして燃料を作る作業に集中していた。
僕は大きな枝を鉄の鉤爪で切ったり、それを運んだりしていた。
アレックはメイデンさんと作付けや集落の設計について話し合っていた。
持ってきた大鍋で作るダレナの料理は、旅の間、簡素な食事を続けていた開拓団の人々に大変好評だ。
一番忙しかったのはママンと姉ちゃだ。この世界では医者は人間も動物も診る、羊達には伝染病の後遺症が残っていて医者達は離れられず開拓団には医者は同行していないそうだ。旅の間に怪我した者や病気した者も多く、ママンが開いた簡易的な病院は朝から晩まで患者が続いた。
僕らが到着してから三日経った夕刻にゲラアリウス辺境連隊は到着した。開拓に必要な大量の物資も運んで来た。百頭以上の農耕牛も連れてきた。
−−−−
「いや~チート様! これほど開拓が進んでいるとは思いませなんだ。巨木が全て倒れているでは在りませんか! これはチート様が倒したのですかな?」
「うん! そうだよ!」
ブレッド連隊長の問いかけに僕は得意になって答えた。辺境連隊がテントを設営した後、夕食を食べている。開拓の仕事は明日からだ。
「チート様。一番大変な仕事を終わらせましたな! すばらしい手柄でございますな!」
「まことに。『神の子』をお降りになったチート様が、まさに神の如きお働き。神の御心は計りしれませんな」
ブレッド連隊長もタルタリムト導師もべた褒めだ。
むふっ。こんなに褒められると、こそばゆい。てれちゃう。
僕らと今日到着した面々とでテーブルを囲んで食事をしている。
教会関係者もタルタリムト導師の横に三人の若い女性が座っている。辺境連隊からは中隊長以上が座っているので、この若い女性達も地位が高いのだろうか? それぞれエルフ族、魔族、獣族の血が濃いように見受けられる。タルタリムト導師が人族の血が濃いようなので人口の多い四属そろい踏みだ。
僕が若い女性達を見ているのに気づいたタルタリムト導師が言う。
「チート様、妻を紹介していませんでしたかな?」
「えっ! 奥さんなの?」
タルタリムト導師は老人に見える。かなり若く見える人が多い、この世界で老人に見えるという事は相当な老齢なはずだ。横にいる若い女性達は三人とも十代後半にしか見えない。三人の内誰が奥さんなのかな。
「導師の妻のテリアです」
「導師の妻のメリアです」
「導師の妻のカリアです」
……三人とも奥さんって。聖職者だよな……。
「三日も馬車に揺られるので、若い妻を連れてきました。この開拓団は大きいので儀式の手伝いが必要と思いましてな」
「若い妻って……何人奥さんがいるの?」
「今は六人ですな。亡くなった妻が二人おります。導師の中では一番少ないのですよ。上の妻達が、妻の数が少ないのは恥ずかしいと言うものですから去年、テリアとメリアとカリアを娶りました」
「教会の人達って、そんなに奥さんが多いの?」
「ハッハッハ! そうですな、これも神の御心でしょうな!」
う~ん。そう言えば妻の仕事である夫の下の毛の処理なのだが、教会の人達は自分で処理するとアレックが言っていたな。関係があるのかな。
夫婦を増やす事には、夫婦全員の同意が必要で貴族達でも中々難しいとも聞いた。教会の人達が妻が多いっていうのは不思議だな。
モ~ モ~
農耕牛達の鳴き声がする。牛さん達は良く躾けられていて柵も無い場所に居て、繋がれてもいない。僕は動物が大好きなので傍に行って撫でてやりたくなった。
「ねえ、ブレッド連隊長。牛さん達はどこから連れてきたの?」
一緒に城を出た時には牛さん達はいなかった。
「あ~、この付近の村々から協力を募ったのです。開拓地がかなり大きいので百二十頭ほど連れて来ましたぞ」
「牛さん達の所に行ってもいいかな?」
「いいですとも。近くに牛使い達がいますから何でも命じて下され」
−−−−
夕食が終わって僕は牛さん達の所に来た。まだ明るい。
子供達が纏わり付いて来る。僕が仕事をしていなくて一人の時を狙っているみたいだ。
牛さん達の所にも子供達がいる。牛さん達を遠巻きに見ているようだ。僕と牛さん達は、子供達に大人気のようだ。
「やあ、こんばんわ牛使いの皆さん」
「はっ! これはチート様。あっしは牛使いを率いておりやすモースと申しやす。何ぞ御用でごぜえやすか」
代表らしき者が言った。農耕牛用の道具を手入れしていた数十人の牛使いが皆手を止めて畏まっている。
「うん。牛さん達を撫でていいかな?」
「はっ! もちろんでござえやす。慣れた牛らですから、どうぞ、どうぞ」
「皆さん。僕を気にしないで仕事を続けてね」
畏まっている牛使い達に言って、代表らしい牛使いに連れられて牛さん達の真ん中へ移動した。
近くの牛さんを撫でると鼻を擦り付けてくる。頬ずりするとペロペロなめる。他の牛さんも寄ってきて僕に鼻を擦り付けてくる。頬ずりすると皆ペロペロなめてくる。
「うひょひょひょ!」
僕は動物が大好きだ。前世の僕も子供の頃から犬や猫を飼っていて大好きだった。
王国では宗教的に食べる為だけに動物を飼育する事は無い。この牛さん達も農耕牛であり家族のように可愛がられているのだろう、毛並みからも、良く手入れされている様子が伺える。
子供達が僕と牛さん達が戯れているのをジッと見ている。牛さんが大きすぎて近寄れないのだろう。前世の記憶に比べて牛さんが、とても大きくて筋肉質な気がする。
「牛使いさん。子供達にも牛を触らせてやって」
代表らしいモースさんに頼んだ。
「へいっ。お安い御用で」
子供達の元へ牛さん達を連れて行って、子供達を抱え上げて触らせてやる。子供達も顔をペロペロなめられる。
「うへぇ。 うふふ」
十人以上いる子供達を抱えて牛さん達の背に乗せてやる。牛さん達もおとなしくしている。子供達はワアワア喜んでいる。
子供達は牛さんをペタペタ叩いて、僕にもペタペタ叩いてくる。
僕と牛さん達との扱いが同じだ。そうか……僕が動物に寄せる愛情を、子供達は僕に寄せているんだな……何か複雑な気持ちだ……。
牛さん達と子供達と交流を深めていると、一頭の牛さんが妙に僕に擦り寄ってくる。その牛さんを撫でていて、どうも知っているような気がした。
「モウルでやす。十年程めえにお館様が視察にお見えになった時、チート様も連れていらして、チート様がえらくモウルを気に入って下さってです。お館様が視察なさる間、ずっとモウルに乗ってらっしぇえました」
そうか。ぼんやりとした今世の記憶がある。僕が動物が好きなのも、その時からかもしれない。
四歳くらいの僕がモウルを大好きになったのだ。モウルの顔を良く見る。白い物も混じっている。結構年寄りみたいだ。モウルに頬ずりする。モウルが僕をペロペロなめる。
うふっ。十年前の事を覚えていて僕に懐くなんて……なんてかわいいんだ!
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「モゥ~~ル」
僕は、喜んで鳴いているモウルの胸を撫でてやる。今日は朝から、巨木を材木に切り分けして集落を作る予定地に運んでいる。半年ほど材木を乾燥させてから家々を建てる予定だ。
モウルら牛さん達は材木を運んでいる。僕は材木を牛さん達が引く橇に乗せてやる。モースさんに引かれている先頭のモウルは往復する度に僕に擦り寄ってくる。
うふっ……かわいい!
牛使い達はひとり三頭か四頭の牛さんを指揮している。牛さん達それぞれ橇を引いて縦に一列になって移動している。本当に良く慣れた牛さん達なのだ。
百二十頭の牛さん達の橇に材木を積み終わったら、今度は僕用の橇に材木を積む。
牛さんが運ぶ材木の二十倍位の量だ。足元が滑らないぎりぎりの量がこの位なのだ。
「走れ~!! チートちゃん!! それいけ~!! チートちゃん!! かわいいチートちゃん~!! がんばれ~!!」
ママンが応援している。医者代わりで忙しかったママンだが、タルタリムト導師も三人の奥さんも医療を修めているそうで交代していた。
……「「「「「お~!! それ!! それ!! それいけ!! チート様~!!」」」」」……
護衛や従者達も応援している。ママン達は僕が材木を積んでる時には応援しにくいのか、橇を引いて走り出すと応援しだすのだ。
ダレナは食事の支度。
姉ちゃはアレックと一緒に、メイデンさんやブレッド連隊長と話し合っている。
「走れ~!! チートちゃん!! それぬかせ~!! かわいいチートちゃん~!! ぬかせ~!!」
……「「「「「お~!! それ!! それ!! それいけ!! チート様~!!」」」」」……
前の牛さん達を抜いて走っていると応援が激しくなる。恥ずかしかったママンの応援も段々嬉しくなってきた。
百二十頭の牛さんを抜かし、集落予定地に付く。
僕を応援しやすいように、小高い丘に陣取っているママン達が拍手している。
僕はいち早く僕が運んだ材木を降ろして、積み上げる。そしてまた開拓地まで戻って材木を積んで集落予定地へ。
ママン達の応援。
牛さん達をまた抜かす。
ママン達の拍手。それを五回程度繰り返す。
すると先頭のモウルが到着して僕に擦り寄ってくる。僕が五往復程度する間に、牛さん達は片道を材木を運んで歩いてきた。
「モゥ~~ル」
モウルの胸を撫でてやってから、材木を降ろして積み上げる。これを百二十頭分続ける。そしてまた先頭のモウルが開拓地に着くまで、僕は橇を引いて材木を運ぶのを繰り返す。
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僕らが開拓地に到着して一週間。辺境連隊が到着して四日経った。
辺境連隊と開拓団は僕が倒した巨木を木材にする仕事をしている。あわせて千人以上の人々が掛かりきりの大変な仕事である。
僕と牛さん達はその材木を運ぶのが仕事だ。
他の者は料理を作ったり、大森林へ食料調達へ行くのが仕事である。
ママンは僕を応援するのが仕事になっている。
辺境連隊のお陰で開拓団に足りなかった物が実現できている。
最たる物はトイレやシャワー室である。
辺境連隊は手馴れた様子で二千人が使えるトイレとシャワー室を一日で用意した。簡易的な物なのに、なんと水洗でお湯が出るのだ。一本のホースを川から引いてきて、水を浄化させ循環させるという箱のような物を取り付けただけなのだが。前世と比べて遥かに高い技術にいつも驚かされる。
トイレの度に穴を掘らせ幕を張っていたママン達女性陣は大喜びだ。手で持てる洗浄装置のような物は持ってきていたのだが、やはり水洗トイレがあるのは僕も有難い。
「全能の神よ、今ここにある神より使われし……」
タルタリムト導師が食事前のお祈りをしている。それぞれのテント付近で食事の配膳を整えた二千人の人々が手を合わせている。アレックが使っていた拡声器のような器具を使ってタルタリムト導師はお祈りを唱えている。
−−−−
「……をいただきます。アーリムト」
やっと、お祈りが終わった。タルタリムト導師が城でするお祈りよりも、ずっと長かったな。昨日のお祈りよりも長かった。僕はいい匂いがする皿から目が離せなかった。
「いただきます。アーリムト」
ハフッハフッ。うん、おいしい。今日も肉が入ってるぞ。辺境連隊が来て大森林へ食料調達に行くようになって毎日肉が食べられる。今日は特に肉が多いぞ。
おいしい……本当においしい。
ん。どうも静かだ。いつもはワイワイ騒いでいる開拓団の子供達の声も聞こえない。ブレッド連隊長も黙々と食べている。
……そうかこの肉だ。
この開拓地に来てから始めて食べるこの肉は歯ごたえがあって竜の肉に勝るとも劣らない程おいしい。
前世の日本で言えば蟹を食べる時に静かになるようなものか?……おいしい物は人を静かにさせてしまうのか……。
開拓のお手伝いをすると、時々このおいしい肉が食べられた記憶がある。
開拓団ではお代わりできないのが残念だ。貴族も平民も入り乱れているので、料理は注ぎ分けてしまう。
注ぎ分けてしまわないと貴族が食べ終わるまで、平民がお代わりできなくなるからだと思う。
僕は大きな皿に注いでもらっている。パン類は誰でもいくらでも食べていい。ゲラアリウス領は大穀倉地帯なのだ。穀物は豊富なのだ。
開拓のお手伝いは本当に楽しい。
朝から晩まで大好きな力仕事と橇引きだ。
食事はおいしい。
モウルをはじめ牛さん達も可愛いがれる。
ママンは僕の仕事を応援してくれる。
夜になれば開拓団や辺境連隊の人達とおしゃべりしたりゲームをしたりだ。前世の記憶にあるキャンプみたいなのだ。
材木にならない木切れも夜に燃やしているからキャンプファイヤーのようだ。
就寝となればダレナと共にテントに入りイチャイチャする。
アレックに厳しく勉強を教わる事も無いし、仕事をすれば皆に感謝されるしで、雷に打たれてから、これほど楽しい日々は無かった。あ~ずっと開拓だけして暮らしたい。
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ドッカ~ン!!!
ドッカ~ン!!!
ドッカ~ン!!!
僕らが開拓のお手伝いを始めて二週間。巨木も片付いた。僕は開拓地に残された運べない程の大きな岩や石に体当たりしている。危険なので皆、ママンが応援する丘の上にいる。
二千人近くが僕に歓声を送る。
ウオ~~~!!!!!
チ~ト様~!!!!!
地響きが鳴るような歓声だ。
僕はとにかく全速力で目に付く岩や石にぶつかり粉砕していく。
今日は首輪を着けている。全速力で走る時はこの首輪がないとバランスが悪く感じるのだ。アレックから離れるすぎると引っ張られる魔法は解除してもらった。
ドッカ~ン!!!
ドッカ~ン!!!
ドッカ~ン!!!
「フレ~ フレ~ チ~トちゃ~ん!!」
ウオ~~~!!!!!
ママンが先頭に立って応援している。まるで前世の記憶にある応援団長のようだ。
ドッカ~ン!!!
ドッカ~ン!!!
ドッカ~ン!!!
−−−−
やっと開拓地にある大きな岩や石の粉砕が終わった。マナが薄くなっている感覚がある。
二千人もの人間が居る為、マナは濃かったのだが岩に思い切りぶつかって粉砕するのはマナを大変消費するのだ。
マナが復活するまでに何日か掛かる。
マナがある程度残っていないと食事の支度の為の道具も簡易トイレやシャワーも使えなくなってしまうので、僕は走ったり重い物を持たないようにとアレックから禁止された。僕が力を使う事が、他の人や魔法機器が使う魔法より優先されてマナが消費されるみたいだ。
二千人が総出で、開拓地に残る粉砕してもまだ邪魔になる大きさの石を、牛さん達が引く橇に積む。
僕もあまり石を持ちすぎないようにして手伝う。
巨木も無くなって危険も少ないので子供達も手伝っている。僕の周りに纏わりついてワイワイ言いながら石を運んでいる。
「モゥ~~ル」
モウルが僕を見つけて喜んでいる。
僕はモウルの引く橇に石を置き、モウルに付いて歩くことにした。石は集落予定地に運んで建物の基礎に使う予定との事。
「いや~、あっしも開拓団の手伝いは若い頃良くしやしたが、今回これだけの規模の開拓なのに早いこと早いこと。それもこれもチート様がいらっしゃるおかげでやすな。チート様一人で材木の積み下ろしをしてらっしゃいやすし、あっしらの牛達が運ぶんのと同じくらいか、それ以上の材木を運んでらっしゃいやす。大きな石を砕くのもチート様。大きな木を倒したのもチート様でらっしゃったそうで。わしらのゲラアリウス領はチート様がいらっしゃれば百人力……いや千人力、いやいや万人力でやすな」
モウルの横を共に歩いているモースさんが僕を褒める。この開拓のお手伝いでは皆に褒められるが、どれだけ褒められてもその度に嬉しい。
「ありがとうモースさん。みんなの役に立てて僕嬉しいよ。それにしてもモウル達牛さんは本当に良く馴れているね」
「えぇ。あっしら牛使いと牛達の間には特別な絆みてえなもんがありやして、あっしらの気持ちを牛達が、牛達の気持ちをあっしらが良く解かるのでありやす」
「ふ~ん。それは僕が走るみたいに自然に魔法を使ってるような物なの?」
「そうでやす。あっしら牛使いは子供の時に動物と気持ちを通わす事ができると解かった者でごぜえやす。チート様もその能力がありやすよ。十年めえにモウルの背に乗られた時に解かりやした」
「僕は開拓のお手伝いが楽しくてたまらないんだ。牛さん達もすごく楽しそうに橇を引いてるように感じるんだけど、気持ちが通ってるのかな?」
「えぇ。牛達は仕事するのが大好きでやす。開拓の手伝えは、たんと仕事がありやすんで牛達は大喜びでやすよ。牛達もチート様が喜んで仕事してるのが良く解かっておりやす。あっしらにも解かりやす」
「モウ~~ル」
モウルが僕の事を大好きだと言ってるような気がした。何となくだがモウルと気持ちを通わせられてる気がする。
「牛達はあっしら牛使いと一緒に育ちやす。人間と仕事するのが大好きに育ちやす。本当によく仕事するのでごぜえやす。神様に召されるまで懸命に仕事しやす。あっしら牛使いも牛達と一緒に懸命に仕事しやす。楽しいんでやす。喜びなんでやすよ」
すばらしいな。天職と言えるような仕事に出会えて喜んで仕事している。
何となく感じられるようになった牛さん達の気持ちや、牛使いさん達の気持ちからもそれが嘘では無い事が解かる。
本当にすばらしい。




