第四十二話 没落の悪役令嬢
大学の講堂壇上には美しい二本の角を生やした新魔王のブリア様が堂々と立っている。
ブリア様が角を生やして、僕が魔王様の角を斬ってしまう、それで魔王が継承されると言うのはジュリアのアイデアである。ジュリアは従兄弟のブリア様が似合わないからと角を切っている事を知っていたのだ。それをアレックは計画に組み入れた。
壇上に堂々と立つブリア様を見るとジュリアのアイデアは成功だと思う。
ブリア様は立派な魔王に見える。
「さて、ソフィア様、ジュリア。あなた達は今回の叔父上の無法な行為とは無関係と察する。よって后、王女の座を退く必要はない!」
「いえ、ブリア……新しき魔王様。私はバロアの妻。常に一緒に居るのが夫婦と言うもの。バロアが隠居するなら私も后の座を降りましょう。ただジュリアだけは……ジュリアの事はよしなに……」
うん、やっぱりソフィア様は上手いな。ブリア様も練習でかなり上手くなったが、ソフィア様の演技は本当に素晴らしい。
「あぁ、今日は何て日なのでしょう。私はつい先ほど、成績優秀者として卒業の挨拶を行ったばかりだったのに……」
おう、ジュリアの独白が始まった。物語のクライマックスだ。
ジュリアに講堂に居る王国の者達の意識が集中する。魔法のようだ……というか魔法なのだ。レイナが注目が集まるマナを作り、それをアレックがジュリアに移したのだ。
レイナはゲラアリウスの城に引き取られて今では家族同然だ。今回の計画でも重要な役割を果たしている。
レイナがマナを違うマナ……注目を集めるマナに変えて、それをアレックが台詞を言う者に移している。マナを利用したスポットライトである。違うマナなので、マナを感知できる魔法の達人レベルの者でも何が起こっているか解からないはずだ。ただ台詞を言う者に意識が集中してしまっているだけなのだ。
「……私はこの王国の王女です。ですが、その前にお父様の娘なのです。お父様の行った事に責任が無い訳がありません。お父様が魔王として勇者と戦い敗れたのです。お父様が魔王を降り、お母様が后を降りるならば、私も王女を降ります。いえ貴族も降りましょう。そう平民として生きましょうぞ」
「お待ちになれジュリア様。平民となれとまではブ、ブリア様もおっしゃっておられんぞ」
パパンがすこしつっかえた。おしい。
「いえ、ゲラアリウス辺境伯様。父が没落するなら、娘である私も没落してごらんに入れましょう。それが私の矜持。この王国の娘の矜持で御座いますれば。おーほっほっほっほっほ!!」
そこでジュリアが扇子をユラユラゆらす。
「「「「「「「ジュリア様~~!!」」」」」」」
ジュリアの取り巻きである高位の貴族の子女が声を上げる。泣いているようだ。
「おーほっほっほっほっほ!! そうです私は没落して、この王国を追われ流浪の民と成りましょう。貧しい流浪の民と成りましょう……うぅっ」
ジュリアの目に涙があふれ、そのまま壇上で跪く。
ジュリアの嗚咽が、王国の者達の涙を誘う。
隣のダリアを見ると涙を流している。姉ちゃも泣いている。
おいおい、僕らは演じてる側だよ。
嗚咽しているジュリアに近づいていく者が……。
ルールーだ。その背中にはジェームスが。
ジュリアの側に来たルールーが伏せて顔を舐める。慰めているようだ。
ジェームスもジュリアの横にしゃがみ頭を撫でる。
「ねえ、ジュリア様。僕の家においでよ。ゲラアリウスはいい所だよ。魔王様もソフィア様も一緒においでよ」
「うぅっ。ジェームス殿……」
ジェームスは欠伸をして目をごしごしする。
「う~ん、眠たくなっちゃった……」
ジェームスはルールーの胸に体をうずめる。
「ルールー……疲れたろう。僕も疲れたんだ。なんだかとても眠いんだ……ルールー……」
ルールーとジェームスは何故か壇上の真ん中で眠る。
監督したジュリアには悪いが、ルールー達がここで眠る意味がまったく解からない。
しかし王国の者達の心を読むと、魂を揺さぶられている事が伝わる。可愛いルールーとジェームスの寝顔のせいなのだろうか? それともジュリアへの同情なのか?
やはりジュリアの物語は素晴らしいという事なのか。
「ブリア様……いえ魔王様。バロア様御夫婦とジュリア様は、我がゲラアリウス領で引き取りまする」
「あい解かった。ゲラアリウス辺境伯に任せる」
パパンの言葉にブリア様は答える。
ブースト兄弟が立ち上がり拍手を始めた。
その周りの者達も立ち上がり拍手を始める。
すべての者が立ち上がり拍手を続ける。
−−−−
「いや~良かったわよ。得にお母様にジェームス殿! そうそう、サリア様の一言の台詞もなかなかだったわ。ブリアもマリーも結構な物だったし。全体的に良い出来だったわ」
ルールーがジュリアにスリスリする。
「ああ、もちろんルールーも素晴らしかったわよ」
パパンとママンと兄ちゃとアレックは王の間で、ブリア様夫婦と王国の重臣達とで話し合いをしている。
残りのゲラアリウス領の者とバロア様御夫婦、ジュリアはアレックの部屋に集まっている。
「ねえねえ僕は?」
「う~んチートとお父様はまあまあだったわ。ジョージ様は……ねえ……かんじゃってたし」
結構頑張ったんだけどな……。
「ああブースト兄弟! あなた達の見事な煽り! 良かったわ。台詞の無かったゲラアリウスの皆さんも盛り上げる声が最高だったわよ」
ブースト兄弟は頭を下げている。
ゲラアリウスの面々も拍手だ。
「レイナちゃんも頑張ったわね!」
「うんジュリア。ワタシがんばったよ!」
皆で健闘を称えあって手を握り合う。
二週間の稽古で良い物語を仕上げたものだ。
王国の者達の中の帝国に攻め込もうと言う気持ちを一掃してしまった。
ジュリアが物語の話をするのをうっとうしく思っていたが、物語の力は大した物なんだな。
−−−−
重臣達との話し合いを終えたパパン達がアレックの部屋に来た。
「叔父上、叔父上達家族はゲラアリウス辺境伯付きの伯爵の位での移封という事で決定しましたよ。ジュリアに伯爵位は継がせられます」
「ほう、そう決まったか。儂も楽隠居じゃの。ジョージの所でのんびりとするかの~」
ブリア様の報告にバロア様が答える。
これで本当に帝国との戦争の危機は去った。バロア様が魔王で無くなったのは申し訳ないが、きっと帝国と戦争になってしまうより良いのだと思う。
「あ~清々したわ! これで没落する恐怖から逃れられる。なにしろ本当に没落してしまったのだからね。私も悪役令嬢卒業ですわ。おーほっほっほっほっほ!!」
ジュリアは冗談めかして扇子をユラユラさせている。
みんなにこやかに笑っている。
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一週間後。
ゲラアリウス領の者達と、魔王じゃ無くなったバロア様御夫婦、そしてジュリアをゲラアリウスの城へ送っていく。
王都所払いを命じられているバロア様は、しばらくは王都へは戻れないだろう。少し寂しそうだ。
ゼットブ様もバロア様を送って行くと言って、侍らせている女性達の胸をモミモミしながらチート列車に乗り込んだ。
バロア様を中心に動いていた王国は、一週間で新魔王であるブリア様を中心に動いている。劇的な魔王交代劇であったのだが、重臣達も納得しているようだ。
不思議な物だが王国はバロア様がいなくなっても王国なんだな。バロア様が魔王で無いなんて考えられなかったと思うんだけどね。
僕はチート列車を引き、ゆっくり走り出す。
バロア様もソフィア様もジュリアも、新しい生活に向かって走り出す。
街道には沢山の王都の民が見送りに出ている。涙ぐんでいる者も多い。
手を振る民に、バロア様もソフィア様もジュリアも手を振り返している。
街道に出ると手を振る民もまばらになっていく。
そしてチート列車は王都を後にした。




