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第三十二話 図書館からの反撃



 五日経った。

 

「おーほっほっほっほっほ!! さあ、めくり続けるのです! 其方達の力が、勇者チートを英雄ゼットブを助けるのです! 今が王国への忠誠の見せどころと心得なさい! 腕がちぎれるまで、本のページをめくり続けるのです! おーほっほっほっほっほ!!」


 ジュリアが激を飛ばしている。

 大学の講堂では千人以上の人々が両手で本を持ち、上に向かって開いて、それぞれ一定の速さでページをめくっている。

 その先には壇上に立てた櫓の上のアレックがいて、千人以上が開いている本を、上から、じっと読んでいる。

 同時に千以上の本を読んでいるのだ。

 

 僕とゼットブ様が、前魔王様御夫婦と同じ病気だという報告を魔王様に伝えた。ナイデン宰相の陰謀には触れていない。

 魔王様直属の医療団は原因を探っているが、まったく解からない。

 魔王様は出来る事は何でもやって僕とゼットブ様を助けよと命令された。

 

 僕らはアレックに王都大学に所蔵されている本を片っ端から読ませている。

 王都大学には古今東西の蔵書が豊富に所蔵されている。世界一だろうとアレックは言う。

 もし僕らに仕掛けられた、体が動かなくなる攻撃の手がかりが存在するとすれば過去からの書物の中であると言うのがアレックの考えだ。

 出来れば全ての蔵書の内容をアレックの頭の中に収めたい。

 

 アレックは両手にそれぞれ筆を持って、めくるのに失敗して読めなかった本の題名とページ、読んだ本から得られた重要度の高い先に読むべき本の題名を書き続けている。

 図書館の本を探す人、運ぶ人も数百人働いている。

 昼夜を分かたず総員で十刻人以上(一万人以上)がアレックに本を読ませる為に働いている。

 

 アレックはこの五日、一睡もしていない。頭を半分ずつ休ませていると言うが人間にそんな事が出来るのかどうか……まあアレックなら出来るんだろうな。

 

 ゼットブ様も付き合って講堂にいる。今すぐにでもナイデン宰相を締め上げて、陰謀を吐かせてしまいたいようだが、アレックに従って口を閉ざしている。

 今、目の前にしている光景。千人以上がページをめくる本をアレックが読んでいる光景を見ているのだ。圧倒的な天才さを表している光景を見て、アレックに従わないという選択肢は無い。

 ゼットブ様の周りに侍っている女性達も、愛人と言われている女性達も手伝いに来ている。百数十人の肌の露出の多い美しい女性達が本を掲げたり、本を探したりで立ち働いているのは大変に目立つ光景だ。

 ゼットブ様のファンは男子学生ばかりなのだが、皆手伝っている。

 ゼットブ様の愛人達と、ゼットブ様ファンの、どうにも冴えない男子学生が共に一生懸命ゼットブ様の命を救おうと奮闘している。

 何と言うか……とても微笑ましいな。

 

 王都大学の図書館は十刻刻冊以上(千万冊以上)の蔵書数だ。

 アレックは五日で二刻刻冊(二百万冊)は読んだ。

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



 さらに一週間が過ぎた。

 アレックはずっと図書館の本を読み続けている。すでに六刻刻冊(六百万冊)を越えた。

 

 僕は右腕に違和感を覚えている。

 ゼットブ様は左腕が動かなくなった。

 ルールーの気持ちからも走りにくいと伝わってくる。

 

 アレックから合図が出た。

 姉ちゃが聞きに行く。

 アレックは声が出にくくなっているようだ。

 

「もう頭が働かなくなって本を読み続けられないそうよ……」


 姉ちゃが肩を落として報告した。

 

「そこまでです! みなさん良く頑張りました! 結果がどうであれ其方達が王国の為に必死に働いた事には変わりません。大儀でありました。あっぱれですわ! ……」

 

 ジュリアが作業の終了を宣言した。

 

 僕が足も不自由になったアレックを担いで壇上の櫓の上から降ろす。

 その様子を見れば、働いていた者達にもアレックが、僕らと同じ病気に罹ったという事が解かる。

 希望であった、『天才少年アレック』の痛々しい姿を見て、どこからか啜り泣く声が聞こえる。

 

 僕らは、悲しみに包まれている大学の講堂を後にする。

 

 

−−−−



 アレックの部屋に僕らは集まっている。

 

「解かったのね」


 ジュリアが目を輝かせている。

 

「ああ、全て解かった。 すべて(・・・)な……」


 アレックが歩きながら答える。アレックはまだ病気の影響を受けていないのだ。

 声が出にくいと言うのも芝居だ。

 僕らは病気の原因を探し出す事に失敗したと装ったのだ。


「鍵はアリムト教会の聖堂だ。そして……」



−−−−



「これはこれはジュリア様。ゼットブ様もチート様、アレック様も一緒ですか。いかがなさいましたかな」

 

 聖堂でウッドムト最高導師が迎える。

 

「こんにちはウッドムト最高導師。話は聞き及ばれていると思いますが、皆様が領地に帰られると言うので、最後に神の祝福をいただきたく参りましたわ」


「ほう、普段まったく聖堂に足をお運びになられぬ、あなた様達が病に侵されると神頼みですか……まあ良いでしょう。ただし、その獣は外に置いて下さい」


 王国では自由なはずのルールーだが、聖堂は教会の領分だ。仕方なくルールーに待つように心で伝える。

 

 アレックを担いで聖堂に入る。

 

 僕らは聖堂の祭壇でウッドムト最高導師に祝福を受けようとしている。

 

「お待ち下さい。彼らには王家の祝福に用いる魔王と勇者の器を、お使い下さい。お父様は出来る事は何でもしてゼットブ様達を助けろと命じられました」


「……解かり申した」


 ウッドムト最高導師は教会の者に命じて魔王と勇者の器を取り寄せた。


 鈍く光る金属製の二つの器には、厳かな気品が漂う。

 

「神よ、この信仰心低き者に祝福を賜らんことを」


 そう言いながらウッドムト最高導師は二つの器に液体を注ぐ。


 ゼットブ様がまだ動く右腕で二つの器の液体を飲み干す。

 

「アーリムト」


「神よ、この信仰心低き者に祝福を賜らんことを」

 

「アーリムト」


 僕も二つの器の液体を飲み干した。

 

「神よ、この信仰心低き者に祝福を賜らんことを」


 アレックは器を両手で持って飲み干し、そのまま器をピタリと重ね合わせる。そして重ね合わせた器を一周させて見る。それから器を返した。

 

「アーリムト。失礼、あまりに綺麗な器なので見入ってしまいました」


 アレックは随分小さな声でそう言った。


「祝福は終わりましたな」


 僕らは追い立てられるように聖堂の外に出た。

 

「何なんだ、あの、信仰心低き者ってのは、あんな失礼な祝福聞いた事がないぞ」


 ゼットブ様が憤慨している。

 

「まあ、ゼットブ様、必要な物は手に入れましたから。やはり使われなくなった魔法語で書かれていました」


 予定通り、魔王と勇者の器を重ね合わせて読み取れる文字をアレックが覚えて来たのだ。

 

「じゃあ竜の地まで行くのね。今日中に病気に勝つわよ」



−−−−



「ゼットブ、チート、アレック……領地に帰ってしまうのか。すまぬ、魔王である儂の力が足りんばかりに……」


 魔王様が涙を流している。僕らを抱きしめてお別れしている。

 

「お~ルールーや、治っておくれよ……元気になっておくれよ……」


 魔王様はルールーを撫でている。頭を撫でようとして……ルールーが頭を撫でさせている。

 魔王様は泣きながらルールーの頭を撫でる。

 

 魔王様に本当の事を言えないのが辛い。

 僕は涙を流しながらそう思った。

 

 魔王様家族や王宮の人々に見送られている。

 

 ナイデン宰相の顔も見える。いつも通り表情からは何も読み取れない。

 

 僕らは別れを告げてチート車で王宮を出る。

 王宮の人々は僕らが死への旅路に就くかのように悲しい顔で見送っている。

 

 

−−−−



 チート車には、ゼットブ様、姉ちゃ、ダレナ、アレック、そして僕らを見送ると言う名目でジュリアも乗っている。ゼットブ様の女性達や僕らやジュリア様の従者達は後から高速馬車でやって来る事になっている。病気の為、僕が少しでも軽いチート車を引きたいと理由を付けた。


 ゲラアリウス領へ向かう。

 

 途中ルールーが遅れだした。止まってルールーをチート車に乗せる。ルールーは上手く体が動かなくなってきたようだ。僕は腕に違和感がある程度だ。早く竜の地まで行かねば。

 


−−−−



 ゲラアリウスの城に帰るとママンが飛び出してきた。

 

「チートちゃん! アレちゃん! 無事なの! あ~よかった。心配で心配でたまらなかったわ!」


 僕とアレックに抱きつくママン。

 パパンや兄ちゃ家族もやって来る。

 

「アレックどうなっているんだ。ナイデン宰相が戦争を起そうとしているってのは本当なのか?」


「お館様。ちょっと待って下さい。俺達に仕掛けられている攻撃を振り払って来ます。それには竜の地に行かねばならず、チートが走れなくなる前でなければ間に合わなくなってしまいます。説明は俺達が竜の地から帰ってから致します」


 僕は両手の指が動かなくなっているのに気づいた。まずい。進行が早い。

 

「アレック、ゼットブ様、ルールーも僕に乗って。ジュリアもだったね、乗って。指が動かなくなって来たよ。みんなを掴めない」


「俺は両腕が動かなくなった。チートに乗せて括りつけてくれ」


 ゼットブ様は僕に肩車されて、括りつけられた。

 ルールーはおんぶ状態で紐で縛る。

 アレックとジュリアは両肩に乗った。

 

「チートしっかりね」


 僕の腕を摩ってダレナが言う。ダレナは心配しているが、それよりも僕を信じている。必ず生きて戻れると信じている。

 

 家族で抱き合う。みんな心配している。必ず戻る。戦争を止める。王国を救うんだ!

 

 ダッ!!!

 

 僕は竜の地に向かって駆け出した。

 


−−−−



 大森林の奥深く、ちょうどゲラアリウス城と竜の地の中間くらいに来た時に足の指先が痺れてきた。うまく走れない。

 

 走る速度が落ちてきた。

 

「チート、何とか竜の地まで行ってくれ。これから行なうのは『滅びの魔法』だ。マナを本当の意味で滅してしまう危険な物だ。なるべくマナのある場所から離れなければならないんだ」


「ねえアレック、これが『滅びの魔法』の唱え方なの。随分一般の魔法語の作法と違うのね。短すぎるわ」


 僕の肩でジュリアはアレックに渡された魔法語を見ている。

 

「でも不思議ね。私、この言葉を知っている気がする。……そのう」


 ジュリアはゼットブ様を見る。

 

「前世の記憶にあるのか。そうだと思った」


 アレックが言う。ゼットブ様に前世の事を秘密にしなくていいのかな。


「アレック。ゼットブ殿が……」

 

「ジュリアお嬢ちゃんが、人とは違うと言う事かい? 前世の記憶ってのがあるのかい? そうだろうな、明らかに他の者とは違う。チートも同じだろう。アレックは別の意味で他の者とは大きく違うな」


「チート、ジュリア。俺達とゼットブ様は一蓮托生。秘密は無しでいいだろう。生きてゲラアリウス城に帰ったら、家族にも話そう。チートはダレナに言えなくて辛かったんだろう?」


 そう僕はダレナにずっと本当の事を話したかった。

 僕が前世の記憶を持っている事を。前世の記憶を持つ前も、持った後も、ずっとダレナが好きだって事を。

 

「ハハッ。なんだ家族にも言ってない秘密を先に俺に打ち明けちまったのかい。俺もずいぶん信用されたもんだな。……足も動かなくなったぜ。俺には手足が無い分、この攻撃が早く体に回ってるようだな……」


 心臓や肺が動かなくなればゼットブ様が死んでしまう。

 早く竜の地に着かなければ。

 

 夕日が眩しい。そろそろ日没だ。暗くなる前に竜の地まで……。

 

 ますます足が重くなってきた。足の指先の感覚が無い。

 腕も動かなくなってきた。

 

 もう少しで竜の地だ。

 

 右足で土を蹴る事が出来なくなった。

 ……片足で跳ぶ。ケンケンの要領だ。

 

 ケンケンしながら前に進む。

 もう少し。

 

 必死に進む。

 

 ……

 

「いいぞチート」


 ふ~。着いたか。良かった。

 

 竜の地に何とか着いた。

 

 僕は肩で息をしている。走ってこんなに疲れたのは初めてだ。

 

 アレックがルールーとゼットブ様を降ろす。

 ルールーはうずくまる。

 ゼットブ様は荒い息をしてゼエゼエ言っている。辛そうだ。

 

「チートは魔法語は読めないだろう。ジュリアに唱える魔法を聞け」


 ジュリアが唱える魔法を教えてくれる。随分短い魔法だな。

 ……この言葉を知っている。確かに前世の記憶の中にある。なぜ前世の記憶に魔法の言葉があるのか……。

 

「俺達のこの症状は、マナの変異から来ている。魔法で攻撃されている訳では無い。毒でも無い。マナが正常な状態なら人間の細胞がおかしくなるのを防いでくれる。図書館で得た知識を総合して知識を埋めていくと、そういう結論になる。マナは人間の健康に寄与している。変異したマナは周りのマナを変異させて行く。人間の中にあるマナを変異させると、その人間の中にあるマナは次第に変異して細胞を壊していく。魔法でマナを使ってもマナは消えない、力が無くなるだけだ。変異したマナも消えない。マナを滅してしまわなければ変異したマナは細胞を壊し続けるのだ」


「そのマナを滅する魔法が、魔王と勇者の器に記してあったんだね」


「そうだ、それが『滅びの魔法』だ。過去に『滅びの魔法』が使われたという記録は見つけていない。マナを滅する範囲は広いと考えられる。だからなるべくマナから遠い竜の地まで来た。竜のマナは、マナに対する魔法語には反応しないからな」


「で、どうすればいいの」


「この『滅びの魔法』は魔法を唱える者が条件を備えていなければならない。色々な過去の国々に、ほんの少し登場した他の世界の記憶を持つ者が二人で繋がって同時に唱えるという条件だ。チートとジュリアのようなな」


 ジュリアも竜の地に同行させるとアレックが言ったのは、こういう事だったのか。

 

「いいか二人で手を繋いで、俺の合図で同時に魔法を唱えろ」


 僕とジュリアは手を繋ぐ。僕の指は動かないので、ジュリアが握っている。

 

 アレックが手を振って合図した。

 

「「ɤՎҲ」」




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