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第三十一話 王宮の陰謀



 ブリア様とマリー様の婚礼から一ヶ月。九月に入り、王国の季節は真冬。ゲラアリウス領より北にある王都では雪の降る日も、いくらか多い。


 大学生活は順調だ。実技の学科では、魔法こそ取り止めてしまったが、弓では中級クラスに上がった。剣ではすでに上級クラスの単位を全部取っているから、弓も順調に行けば二つも実技の単位が取れる。

 座学の数学、地学、生物学は、上級クラスの単位を順調に取れている。もしかすると卒業出来るかもしれない。

 ダレナは優秀で、たった七ヵ月で生物の上級クラスでの単位を全て取ってしまった。魔法科学も上級クラスで順調。数学では単位取得扱いだったから、座学は二つの学科の全単位取得。魔法、弓、剣は共に中級クラスに上がった。

 

 ダレナと共に卒業できたら嬉しいな。

 

 今日はチラチラと雪の舞い散る中、僕とアレックとゼットブ様で剣の稽古をしている。

 アレックに授業が無く、ゼットブ様の騎士団での仕事が無い時は、いつも剣の稽古をする事にしているのだ。

 

 ヒュヒュヒュヒュヒュヒヒヒヒヒヒーーーーー

  

 アレックの剣とゼットブ様の四肢剣。五本の剣が起す風切り音は、剣を振っているとは思えない程の物だ。

 常人には……いや剣の達人と呼ばれる人でも剣筋は見えないだろう。唯、二人が向かい合っているようにしか見えないと思う。

 

 僕とアレックとゼットブ様。僕らはとんでもない剣の領域まで到達してしまった。

 アレックの剣は、もはや以前のアレックの剣ではない。

 全ての可能性を考慮して、剣筋を見極め思考力によって勝つ可能性の一番高い受け筋、剣の軌道を決定するというアレックの剣は、今は賭けの剣になっている。

 相手が動き出す前に動き出すのだ。それでゼットブ様の四本を使う四肢剣と五分に渡り合えるように成れた。

 

 キンキンキンスッ!

 

 アレックの剣はゼットブ様の首へ。

 ゼットブ様の右足の剣がアレックの首にピタリと当てられている。

 

「くそう、また引き分けか。俺が勝てなくなって何回目の引き分けだ?」


「百二十五回目です」


「俺達がチートに勝てなくなってから何回引き分けている?」


「ゼットブ様が七十二回、俺が七十七回です」


「よし、じゃ次は俺がチートとやる」


 ゼットブ様は四肢剣を構える。足の四肢剣で地面に刺さる事なく、上手く立っている。

 

 ダッ!!!

 

 僕は後ろに飛んだ。

 背中の双剣を抜く。

 

 ダッ!!!

 

 反転してゼットブ様に目掛けて斬り掛る。

 

 全速力でぶつかって行ってもゼットブ様は粉砕しない。アレックもだが、自ら薄い防御壁を張って、マナの相殺を起さずに僕の防御壁をスルリと躱す技を身に付けたのだ。

 

 ヒュヒュヒュヒュ!!!

 

 僕は速度を足を止めて双剣で斬り付けるが躱される。

 

 ダッ!!!

 

 また後ろに飛ぶ。

 

 ダッ!!!

 

 ヒュヒュヒュヒュ!!! キンキンキン!!!

 

 また反転して来て足を止め双剣で斬り付ける。僕はこの戦法で、ゼットブ様やアレックに負けなくなった。初めから足を止めて斬り合うと、どこかの時点で僕の隙を付かれてしまう。が、全速力でまず突っ込む事により相手は防御から入らなければならなくなる。

 

 ダッ!!! ダッ!!!

 ヒュヒュヒュ!!! キンキン!!!

 

 ダッ!!! ダッ!!!

 ヒュヒュヒュヒュヒュ!!! ズクッ!!

 

 んっ。

 

「チッ!!」


 僕の肩の筋肉にゼットブ様の右手の四肢剣が食い込んだ。

 

「参りました」


「いや、すまん。止まらなかったようだ」


 僕は負けた事よりも血が流れている肩よりも、見切れたはずの剣筋を躱せなかった事に驚いていた。

 

 ゼットブ様も自分自身に驚いている。右手の四肢剣を上手く制御できずに僕の体に傷を付けたからだ。

 

 ゼットブ様……だけでなく僕もアレックも、今の剣の技量なら、髪の毛ほども剣の制御を乱さないはずなのだ。

 

 アレックがじっと僕とゼットブ様を見ている。

 

 アレックが小石を集めている。

 集めた小石を手に持ってアレックが言う。

 

「チート、この石を地面に着く前に剣で弾いて見てくれ」


 パッ!

 

 アレックが小石を上に放る。小石の数は二十個くらいだ。

 簡単な事だ。

 

 ピッピッピッピッピッピッピッピッ……

 

 僕は小石を剣で弾く。

 

 ポトッ。

 

 …………一つ落としてしまった。弾けなかった……。

 

 アレックはまた小石を集めている。

 

「ゼットブ様」


 ゼットブ様は真剣な顔をしている。

 

 アレックが放った小石はさっきより少し多い。が、ゼットブ様なら難なく弾けるだろう。……いつもなら。

 

 ……ポトッ。ポトッ。

 

 二つ落とした。

 

 ゼットブ様はじっと石を見ている。

 

 おかしい……。

 

 僕らの体に何が起こっているのだ?

 

「……ゼットブ様。前魔王様御夫婦がお亡くなりになられた時の病状をご存知ですか」


 アレックが口を開いた。

 

「魔王様と奥様……ゾロア様とサリー様が亡くなられる一週間前に、ゾロア様の右手が動かなくなった。少し前から調子が悪いと思っていたそうだ。そのすぐ後にサリー様が歩けなくなった。……二人とも段々体の自由が利かなくなり、医者達も何とかしようと原因を探っていたが解からずじまいで……そのまま……」


「アレック! 僕達が同じ病気だというの!?」


「とにかく王宮に戻って医者達を集めましょう」


 話を聞いていたゼットブ様に付いて来ている女性の一団が、ゼットブ様に駆け寄る。

 

「心配するな」 


 ゼットブ様は義手を着けていつものように女性達の胸をモミモミしている。女性達の顔は不安そうだ。

 

 

−−−−



「申し訳ありませぬ。我々では解かりかねます。毒物はゼットブ様、チート様からは検出されません。解かる限りの伝染病でもございませぬ。というか病気である兆候も有りませぬ」

 

 魔王様直属の医療団であるが、結局何も解からない。解かったのは毒物は体に無いと言う事だけだ。

 

「ゾロア様が手の調子が悪いと仰ってから実際に動かなくなるまで何日掛ったか言ってみよ」


 ゼットブ様の言葉に、壮年の医師が思案する。

 

「確か二週間ほどでしたかと……」


 と言う事は三週間で僕とゼットブ様は死ぬかも知れないのか……。

 


−−−−



 アレックの部屋で対策を練る。

 姉ちゃ、ダレナそれにジュリアにも来てもらった。

 ゼットブ様は女性の一団には何でもなかったと言って帰していた。

 

「ゼットブ様とチートが同時に同じ病気にかかるのは無いとは言い切れません。竜の地に狩りに行きましたし。そうすると未知の伝染病と言う事に成ります。が、多分、前魔王様御夫婦と同じ病気です。これはおかしい。偶然の一致と言うのは出来すぎです。国の重要人物が未知の伝染病に四人だけ侵されるなどと言う事は無いと断言できます」


「つまり、どう言う事ですの?」

 

 ジュリアが問う。

 

「何らかの方法で攻撃されています」


「こ、攻撃! ちょっと、どうしてチートと、このゼットブのおやじが攻撃されるのよ! 勇者に王国の英雄でしょ! 誰から攻撃されるのよ!」


 ジュリアが興奮する。ゼットブ様の事をおやじとか言っている。

 

 姉ちゃとダレナはびっくりして目を白黒させている。

 ゼットブ様はにやりと笑う。

 

「ああ、ジュリアお嬢ちゃん。それで行こう。俺はアレックやチートを信頼している。お嬢ちゃんも信頼しているようだな。アリアもダレナもチート達に話すように話せ。上下関係は無しだ。俺達は仲間内って事だ」


 興奮して言葉が悪くなったジュリアも気を取り直す。

 

「解かったわ。アリアさん、ダレナさん、私は普通はこんな感じなの。アレックとチートは知っているわ。で、誰が攻撃してるって言うの?」


「解からない。ただ、暴君大竜を王宮に持ち帰った時にチートが感じた悪意っていうのが関係あるかもしれない」


「なんだい、その悪意ってのは?」


「チートはある程度、人の心が読めるんです。沢山の人の中で、強い感情も感じる事ができるんです」


「なるほどな。それも魔法を唱えなくても出来る訳だ」


「ゼットブ様、帝国からの調査での進展はありましたか?」


「ああ、奴隷商人達の事だろう。王都で知られていない事があったぞ。ヤーキンと言う首領はアレックが処刑したのは王都でも知られている。しかしチートが、以前からヤーキンと行動を共にしていた魔法の達人を斬った事は帝国でしか知られていなかった」


「チートが叩き殺したんです。俺達の誰がどの敵を殺したなんて、王都では知られていないはずだから帝国が知っているとすれば、ゲラアリウスに調査を入れたんでしょう」


 魔法の達人……シイテル村を襲った奴隷商人達の一味だったな。確かに僕が倒した。

 

「バーオブ、奴に何があるんだ」


 アレックが呟く。


 バーオブ……どこかで聞いたような……。

 

「つまり、そのバーオブって言う魔法の達人をチートが倒したって事で、チートとゼットブ様が狙われたって事なの。ゼットブ様はどう関係あるの?」


 姉ちゃが疑問を挟む。確かにゼットブ様は関係なさそうだが……。

 

 あっ!! バーオブ! トイレだ!

 

「バーオブって名前を王宮で聞いたよ! 宴会場のトイレでナイデン宰相が誰かに『バーオブ以上の者』がどうとか言っていた。バーオブって言っていたよ!」


 アレックの中で答えが導けたようだ。僕を見る。

 

「ナイデン宰相が敵だな……。チートにバーオブの名前を聞かれたと思ったんだ。チートは忘れていたようだが確信が持てないナイデン宰相は、チートを食事に誘い、ついでに敵に成りそうな者も一緒に、検出されない魔法か毒を仕掛けた」


「じゃあ、アレックとルールーも……」


 ダレナが言う。

 

「そういう事だ。潜在的な脅威を一遍に取り除くつもりだ」


 アレックとルールーも三週間後に死んでしまう。

 

「ナイデン宰相は帝国の回し者なのか?」


「違いますね。帝国と戦争を始めるつもりなのですよ」


「だとすると俺達を殺すだけじゃ足りないな。……ジュリアお嬢ちゃんか、ブリア坊ちゃんを殺すつもりだな。魔王様に取って変わるつもりか? ……いやそれは無いな」


「そうですね。魔王様、お館様、ブレッド連隊長がいなければ帝国との戦争に勝てません。俺達を殺してしまった後に帝国を攻め滅ぼす計画でしょう」


「ちょっとまって、帝国と戦争したいなら、なんで大戦力のあんた達を殺す訳? おかしいでしょう?」


「ゼットブ様は平和主義なんだよ。敵が攻めてこなければ戦う必要が無いと主張している。魔王様もお館様も同じだ。俺達を全部殺して、その罪を帝国になすりつけ弔い合戦にしようと言う寸法さ」


「う~ん、なんでそもそもナイデン宰相が帝国と戦争したいわけ? あんなに奥さん思いの人が?」


「解からん。戦争を始めたい者の心は解からん。ただナイデン宰相が首謀者だ。協力者はいるかもしれないが。王国に、この陰謀を完成できる者はナイデン宰相と俺くらいだ」


 アレックはナイデン宰相を高く評価しているな。


「よし、ナイデン宰相を捕らえてくれよう!」


「無駄です。証拠はまったく無い。チートが聞いたと言うバーオブの名前だけが間接的な証拠ですが、他人の事だと言われればそれまでです。俺達にどんな魔法が掛けられているか、はたまた毒薬かさえ解かっていません。ナイデン宰相を倒す事は出来ても、俺達は死んでしまいます。魔王様に報告しておいたとしても、俺達が死んでしまえば、内乱になって王国が潰れます。ナイデン宰相が俺達を殺そうとしている方法が解からないので、魔王様も殺されてしまうでしょう」


 アレックはみんなを見つめながら言う。

 

「まず俺達が助かる事が第一だ。ナイデン宰相の事は魔王様には報告しない。俺達がナイデン宰相の陰謀には気づいていない振りをする。ジュリアは何か理由を考えてゲラアリウス領に行け。お館様に知らせてほしい、もし俺達が死んだ時は後の事は頼むと」


「私は行かないわよ。私も殺されると思って逃がしたいんでしょ。ゲラアリウス領への知らせならルールーかチートがひとっ走りすれば、すぐでしょ」


 ダレナの表情を見ると、嬉しさが読み取れる。大好きな悪役令嬢が、やっぱり度胸の座った立派な人だったと思っているようだ。

 


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



 翌朝。

 アレックの手紙を持たせたルールーがゲラアリウスの城へ向かった。

 

 そして僕らは……僕らを殺そうとしている方法を探らなければならない。

 



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