第三十話 王族の婚礼
ブリア様とマリー様がウッドムト最高導師に祝福を受けている。
これで結婚式は終わり、後は大宴会だ。
「あ~マリー様は何て美しいのかしら?」
ふふん、ダレナ。ダレナの方が美しいよ。
「そうだね。ブリア様も本当に王族らしいね。似合いの二人だよね」
「でもジュリア様は、この半年お気の毒だったわ。ブリア様を思う気持ちを抑えて王女らしく振舞う姿は神々しかったほどよ。きっとブリア様には心の内をお伝えになっていないわね。ジュリア様のご学友達が何とかマリー様とブリア様を引き離して、ジュリア様の方を向かせようとしているのだけど、マリー様もブリア様も純真なのか良く解かってないようだったわね……」
ダレナはブリア様とマリー様と、そしてジュリアとの恋模様が大好きで、ブリア様とジュリア、そのご学友(取り巻き)が集まるメルビン教授の生物の学科の授業を楽しみにしていた。授業を受ける度にブリア様とマリー様の様子や、ジュリアがどうした、ジュリアのご学友がどうしたとそれは嬉しそうに僕に話すのだ。
どうもダレナはジュリアが演じている(?)悪役令嬢の世界にどっぷりと浸かっていたようだ。
ブリア様もマリー様もジュリアも生物の学科の単位を全て取って教室に来なくなり、メルビン教授の授業が楽しくなくなったとぼやいていた。
ブリア様、マリー様は魔王様家族と合流して、屋根を取り外した馬車に乗って王都を巡回する。王都の人々にお披露目だ。
僕らゲラアリウス領の一行は男女に分かれて、大宴会の席に着く。
席は決められていて王国内の位の順である。
各国からの来賓は魔王様家族に近い上位席に座っている。
僕とパパンと兄ちゃとジェームス。それに本当はゲラアリウス家の家臣扱いとなるアレックも勇者チートの一行という事で僕らと一緒だ。ゼットブ様は王国騎士団の席だ。なぜかルールーの席まである。魔王様はルールーが大好きだからな。
「おう、これはこれはゲラアリウス伯爵様ではありませんか。いつぞや以来ですかな」
テーブルの前の席に座ったウッドムト最高導師がパパンに話しかける。
「はっ。これは最高導師。久しぶりにございます」
パパンは固い表情だ。
「これはこれはチート様。話題の勇者様ですな。天才少年アレック様も一緒ですか。おや何やら動物臭いと思ったら勇者様一行の金色狼も連れていらしてるのですな」
「はい。魔王様がこちらに席を用意してあると申されるものですから」
完全に僕らを馬鹿にしている。表情を読まなくてもはっきり解かる。
タルタリムト導師からはウッドムト最高導師には気を付けるように言われていた。
なぜならウッドムト最高導師こそが、アレックのアイデアの僕とダレナの婚礼に異議を唱えた人物だからだ。最後まで僕を去勢して『神の子』として生きていくように迫っていたのだ。
王都では晩餐会で一度だけ会ったが、その時も僕の事を馬鹿にする気持ちが読み取れた。
「久しぶりですなジョージ殿。チート殿が勇者に成られた事はブリア様の結婚と同様の慶事だと王都の人々の評判ですぞ。よい御子息を持たれましたな」
ナイデン宰相だ。実は僕はこの人も苦手なのだ。表情から何の感情も読み取れない。
僕の能力である表情から感情を読み取る事が通用しないのだ。中には感情が少ししか読めない人もいるが、ナイデン宰相はまったく読み取れないのだ。
魔王様も信頼を寄せる王国の重鎮なのだから悪い人では無いと思うんだけど。
「ありがとうございますナイデン宰相。ゼットブ殿に大きな竜を狩ろうと持ちかけられましてな。チート達が良くやりました。まさか暴君大竜を狩れるとはですな。ハッハッハ」
う~ん。ウッドムト最高導師とナイデン宰相という、苦手な人の少ない僕の、数少ない苦手な人物が目の前にいる。今から楽しみな食事なのに……。
食欲が無くなっちゃうよ……。
……と思ったけど。美味しそうな竜のステーキ。僕が狩った暴君大竜だな。
暴君大竜は王都大学の校庭に三日ほど置かれていて、沢山の王都の人々が見学に訪れていた。そして今日の料理に供されたのだ。
パクッ。
美味しい!! すごい!!
パクパクパクパクパクパク……。
うん食欲は別だな。どんな時も美味しい物は美味しい。
−−−−
ふ~。お腹いっぱいだ。暴君大竜のステーキは得に美味しかった。三十皿は食べたぞ。
ウッドムト最高導師は僕に嫌味な事を言い続けていたが、兄ちゃが上手くはぐらかしていた。兄ちゃは長いこと王宮で生きてきたのだ。
アレックの顔は完全に無表情に成っている。アレックのウッドムト最高導師の評価は最低だな。
ナイデン宰相は食事を食べ終わると、各国から来賓の元に挨拶周りしている。
暫くして嫌味も飽きたのかウッドムト最高導師が席を立ち、他の貴族達への挨拶周りに行った。
−−−−
魔王様家族も王都の巡回から帰ってきて主賓席に座っている。
宴も進み、皆酒も進んでいる。
パパンはルールーを撫でながら酒を飲んでいる。ルールーの背中にはジェームスが乗っている。
若い女性の貴族達の一団がやって来た。
「アレック様、ルールーちゃんを撫でてもいいですか?」
酔っ払っている若い女性の貴族達が、アレックに許可を取る。
うんっ? なぜアレックにルールーを撫でていいかの許可を取るんだ? 僕が飼い主じゃないのか?
「ああ、いいですよ。頭は嫌がるから、頭以外を撫でて下さい」
礼儀がしっかりしたジェームスがルールーの背中から降りる。
若い女性の貴族達はルールーを撫でる。
「わ~! かわいい!」
「ほんと、毛がフサフサして綺麗ね~!」
「勇者チート様のご一行なのよ~! すごいわ~!」
キャッキャッと盛り上がっている。ルールーも褒められてご機嫌のようだ。
パパンがルールーを撫でる振りをして女性達の手を撫でている。ママンに言いつけてやろうかと思っていたら、ルールーに手を咥えてどけられて、頭をパクッと甘噛みされている。
ママンに言いつけるのは止めて上げよう。
それを見ていた、貴族の子供達がやって来た。
「アレック様~、チート様に触ってもいいですか~?」
「ああ、いいですよ。どこでも好きなだけ触って下さい」
「わ~! 大きい!」
「チート様は勇者なんだぞ! 暴君大竜を仕留めたんだぞ!」
「すご~い!」
子供達は僕をペタペタ叩いている。
「…………」
何故か前にもあったような……。
昼間から長く続いている大宴会も、そろそろ終わりだ。
−−−−
う~ん、ちょっと飲みすぎたかな。普段は飲まないんだけど。いいかな、おめでたい結婚式の後の大宴会だ。
僕は宴会場のトイレに入った。
「……バーオブ以上の者は中々……」
ナイデン宰相が誰かと話していた。入って来た僕をチラリと見る。
「……ということだ」
もう一人はそのままトイレから出て行った。
「やあチート殿、良い婚礼でしたな」
「はい。皆様楽しんでいましたね」
ナイデン宰相はじっと僕の目を見る。何か苦手なんだよな。
「チート殿が勇者と成られた事は王国にとって素晴らしい事で有りますぞ。宰相として是非とも親しくして頂きたい。そうですな、勇者チート殿一行を我が家にご招待致しますぞ」
「は、はあ」
「正式な招待状は後ほど届けさせますゆえ、我が家でゆるりと楽しみましょうぞ」
「え、ええ」
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三日後。
招待を受けた僕ら一行はナイデン宰相家族の王宮の中の部屋で、食事をしている。
パパン達はブリア様の結婚の次の日にチート車で城に帰した。ママンも一週間近く王都を楽しんだので満足だったようだ。
勇者一行と言う事で、僕とアレック、ゼットブ様にルールーも一緒に招かれている。
ゼットブ様は、上司となるナイデン宰相の手前、いつも引き連れている女性達を連れて来れず寂しいようだ。ルールーの背中をモミモミしている。義手の訓練に余念が無いな。
「ゼットブ殿とこうして少人数で飲むのも初めてではございませぬかな。ゼットブ殿と言う英雄。勇者チート殿。天才と言われるアレック殿。そしてそこなる金色狼のルールーも大変な力を持っているとの事。其方達のような頼もしい若者がおって、誠に王国の未来は明るいですな」
べた褒めしてくれている。嬉しいな。勝手に苦手意識を持っていたけど、ナイデン宰相はとてもいい人かもしれないな。
「ハッハッハ。ナイデン宰相にそこまで褒められると照れますな。ナイデン宰相は奥様を大事にされていると有名ですからな、俺のように愛人が多い者は嫌われているかと思っておりましたぞ」
「まあ、ゼットブ様はそんな事を気になさっているのですか? ゼットブ様は英雄なのですから愛人が多かろうが少なかろうが、王都の者は気にしませんわ」
ナイデン宰相の奥さんは、とても心根のいい人だ。たちまち好きになってしまう人だな。
ナイデン宰相夫婦は二人で王都に住み、子供達家族に領地を任せている。領地はそれほど大きくなく、古くからの魔王様の家臣だ。前魔王様が亡くなって、今の魔王様が王国を治める事になった時に宰相に抜擢された。
「……ほうアレック殿、帝国に対して、そういう見方もありますかな。帝国が持つ奴隷制は強固な物で内部から崩壊などはせぬのではありませんかな」
「崩壊せぬ構成物などありません。不合理な構成物は、どこかで必ず歪みを生み崩壊の道へ進む物です。奴隷制などは不合理な構成物の最たる物……」
何やら難しい話だな。僕は眠たくなる。ゼットブ様を見るとやはり眠そうだ。
−−−−
「いや~今宵は楽しかった。私も宰相の身、なかなか時間が取れませんが、いずれまたお招きしたいものですな」
「本日はお招き頂きありがとうございました。料理、おいしゅうございました。ナイデン宰相、奥様。これにておいとま致します」
僕らはそれぞれ礼を言ってナイデン宰相の部屋を後にする。
アレックも楽しそうに難しい話をしていたし、良い夜だったな。
ナイデン宰相の心は読めないけれど、いい人なんだろうな。
よかった。