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第三話 ダレナが剃る


 家族に賢くなったと告げた朝から、早速アレックと勉強を始めた。家族と話している時に、前世の知識を思わず話して悪霊が取り付いたと疑われるのを避けるためだ。

 家族を困らせてはいけない。


 勉強方法は独特だ。前世の記憶と今世の記憶にある共通する概念をすり合わせるのだ。例えば『火』や『土』などの、この世界の言葉と前世の記憶にある火や土の概念とに関連付けるということだ。これは今世の記憶に言葉があれば結構簡単だった。


 問題は今世の僕があまり言葉を知らない事だった。例えば『学校』という言葉を知らなかった。


「学校というのは、子供達が勉強を教えてもらう場所の事だ」


 アレックがこんな風に教えてくれる。当然前世の記憶には学校の概念はあるのだから直ぐに覚える事が出来る。


 アレックが適切に僕の前世の記憶を質問してくるので、僕は前世の記憶についてある程度解かってきた。

 前世の言語、つまり日本語は覚えていない。前世の記憶は全て概念の記憶なのだ。

 『日本』とか『学校』という概念の記憶はあるが、前世の自分の名前や、家族の名前のような概念で捉えにくい物は記憶に無いのだ。


 勉強していくうちに、家族に前世の知識を話してしまうという危惧は無くなっていった。なぜなら、まず今世の僕の知らない言葉は話せない事が解かったからだ。そして、複雑な知識の概念を話せる言葉の知識が、今世の僕には無いからだ。十日ほど、家族と話さずにアレックと部屋にこもって勉強していたが、アレックから他の家族との話す許可が出た。



−−−−



 目覚めてから十日ほど、アレックに徹底的に質問攻めにされて前世の記憶を必死で思い出した。その合間に、この世界の言葉を沢山教えてもらった。非常に疲れていた。

 

 自分の部屋に戻ったら、ダレナがベッドメイクをしている途中だった。

 

 アレックには、ダレナやアレックと僕の関係について、「家族みたいなものだ」と言われている。ダレナとアレックはエルフ族の血が入っているそうで、姉弟ではないそうだ。ダレナやアレックはゲラアリウス家の養子なのかな……。


「あらっ、チート。今日はアレックとの勉強は、もう終わったの?」


「うん。一段落ついたんだ。知識がうまく定着しないとかで、あまりアレック以外とは話すなと言われていたけど、勉強が上手くいってるから他の家族とも話していいそうなんだ」


「あー、アレックに言われていたわ。今チートを混乱させると元に戻ってしまうかもしれないから、なるべく話かけないようにって。サリア様なんて朝早くにチートの部屋に忍びこもうとしたところをアレックに捕まってしまって、『せっかくチートが新しい人生を始めようとしているのに邪魔するつもりですか?』って怒られて落ち込んでいたわ。家族と話していいならサリア様に一声掛けてあげてね」


 アレックがうまいこと家族と会話せずに済むように取り計らっていたんだな。


「チート。寝るまでに時間があるなら散髪してあげるわ。もう二週間以上も髪を整えていないでしょ」


 そうかダレナにいつも髪を切ってもらっていたんだな。記憶がある。やっぱり城主の家族だから身だしなみは大切なのだろう。今世の僕は身だしなみなど気にかけた事なんて無いんだけど。

 

 ダレナに僕の部屋にある洗面所に連れて行かれ散髪してもらう。ダレナは鋏と櫛を使って器用に僕の髪を切っている。切った髪は僕の服や体に付くことなく床の一箇所に落ちてゆく。たぶんダレナが魔法を使っているのだろう。

 この世界には魔法があるのだ。前世の記憶を得た僕は魔法の無い世界があることを知っている。

 ダレナの散髪する姿は不思議に思える。魔法があるなら鋏など使わずに、魔法で髪を切ってしまえばいいような気がする。だが、魔法で出来る事は限られた事なのだろう。


 この十日、アレックに連れられて城内を見て回った程度だが、どうにも技術水準がおかしい。

 電気も無いようなのに、夜になっても城の中が明るい。部屋の中には照明機器は見当たらないのにスイッチがあって暗くする事も明るくする事も出来る。この洗面所もそうだ。前世の世界の技術と遜色ないのだ。水もお湯も出るし、水周りはツルツルな素材で陶磁器のようだ。トイレも水洗式。トイレットペーパーはないが、お湯が出て洗ってくれるし、乾かしてもくれる。大体、上下水道があるというのも不思議だ。魔法も使われてるのかもしれないが、前世の技術より、もしかしたら上だ。

 それに比べて、城壁の上から見た光景は、前世の記憶にある中世ヨーロッパの町並みというイメージだ。城下町の向こうにはの穀倉地帯が広がっている。牛さんに畑を耕させている。機械類が見当たらない。ビルも自動車も無い。高い建物は、この城のみしか無いようだ。技術のバランスが悪いのだ。もしかしたら、前世の世界の技術のバランスが悪かったのか?


 ダレナとはいろいろな事を話した。ダレナがこの城にやってきて、あまりに立派な城なのでびっくりしたとか、アレックの頭の良さに驚いたとか、他愛もない話だ。


「チートとこんなに普通にお話ができるなんて夢のようだわ」


「そうなの。僕もうれしいよ」


「じゃチート、髪の毛は終わったから、次は下の毛ね」


「え! 下の毛……!?」


 ダレナが何を言ってるのかと思ったが、今世の僕がダレナに下の毛を剃られている記憶が思いだせた。う~ん、今世の僕は性的には幼かったようだ。しかし今は前世の記憶がある。妻も子もいたのだ。家族のような人とはいっても、ダレナは若くて美しい女の子だ。なんと言って断ったらいいだろうか?


「いや、その……今日はいいや。今度自分で剃るよ」


「へっ? チート何言ってるの? 下の毛の処理は結婚している貴族の身だしなみよ。夫の下の毛の処理は重要な妻の務めよ」


「おっ、夫? つっ、妻?」


 自然と某画伯の真似になってしまった。ダレナが僕の妻? 僕は十四歳だったよな……。今世でのダレナとの出来事を思い出すと、その中に二人並んで聖職者のような人の前で手を握り合っている場面を思い出せた。結婚式なのだろうか?


「えっと……。そうだ! アレックに用事があったんだ。忘れていたよ!」


 そう言い残して部屋を出てきてしまった。



−−−−



「アレック! おっ、夫。つっ、妻。ダレナ。下の毛……」


 あわてて伝言ゲームみたいになった。アレックは自分の部屋には居なくて蔵書部屋にいた。


「なんだいチート」


 いつものように無表情な顔だが、僕は解かってしまった。目が笑っている。アレックはわざとダレナと僕が夫婦である事を言わなかったのだ。


「アレック! わざと言わなかったな! 驚くじゃないか!」


「はははっ。チートが自然に気づくかどうか試していたんだよ。別に悪気はないよ」


「でも僕は十四歳だよね。なんでもう結婚してるんだい。だいたい僕は……その……ぼんやりさんだっただろう?」


「まあその辺りの説明も、チートが言葉の意味をある程度把握してからと思って、ダレナとチートが夫婦だということを黙っていたんだ。ダレナがこの城に嫁いできたのは三年前だ。チートが十一歳、ダレナが十七歳の時だよ。チートの異世界でも十一歳での結婚は早いだろう。この世界でも早いんだよ。……それには事情があってね……」


 アレックは何故、僕がこれほど早く結婚しているのか説明してくれた。

 

 この世界では僕のような少しぼんやりした子供は、神様が赤子になったとか、天使の忘れ物とか、とかく神性を得た者とされるようだ。多くの地域で『神の子』というらしい。女の子や、大人の体に育たない男の子は、その地域で神様に近い存在として大切にされて天寿を全うするそうだ。

 成長して大人の体に成りそうになった男の子は、なんと去勢されてしまうそうなのだ。その後はやはり『神の子』として生きる。なんとも非人道的である。害獣が盛りがつくんじゃないんだぞ。僕は非常に不愉快になった。

 ただ『神の子』の男の子が性に目覚めると、大変な暴走をする場合があるらしい。その地域の娘を誰彼かまわず襲い、殺してしまったり不具にしてしまったりしたという言い伝えが多数あるというのだ。

 しかし納得できない。そんな犯罪を犯した『神の子』がいたとしても、僕が去勢されてしまうかもしれない事に納得出来る訳がない。

 去勢される事を納得できない者が、僕の家族にも居た。ママンである。僕の体が非常に大きくなってくると、教会からも、王国からも『神の子』になるための儀式……つまり去勢……をすることを催促される。ママンは僕が傷つけられるのがどうしても我慢ならなかったようだ。僕が去勢されないようアレックに命じたそうだ。天才なのだから何とかしろと。そしてアレックが導きだしたのが、ダレナとの結婚だったのだ。

 

「教会の聖職者たちは、神の名のもとに結婚を祝福させれば去勢しろだなんて言えない。王国は子どもを去勢させろと命令は出せても、結婚して成人した貴族に対して去勢しろとは命令できないんだ。かなり調べたけど結婚した『神の子』はいないんだ。つまり結婚すれば『神の子』で無くなるとも言えるんだよ。まあ、教会にしても王国にしても本気でゲラアリウス家と争おうなんて思ってないだろうけどね。きっと争わずにすんでほっとしているだろう。サリア様の剣幕に、お館様も一戦交える覚悟をしていたみたいだし」


 う~ん。恐るべきママン。


「でもアレック。もし僕が昔の『神の子』みたいに大変な暴走をしたら、どうするつもりだったの?」


「チートが領地の娘を襲い始めたなら、俺とお館様、領地に居れば兄さんとで必ずチートを止めると誓っていた。剣ででも止めるとね。それにね、チートが暴走しないためのダレナの嫁入りでもあったんだよ。チートが性に目覚めて暴走しそうになったら、ダレナの魅力でチートを虜にする予定だったんだ。まあ、まだチートとダレナはまだ清い関係みたいだけどね」


 ダレナがとても気の毒になってきた。十七歳で十一歳の僕に嫁いで、もしかしたら野獣のようになった僕の相手をさせらることになったかもしれないのだ。僕の体は巨大だ。もしかして怪物に人身御供にされた気分だったかもしれない。


「もう僕は『神の子』の状態じゃないよね。もう暴走しないよね。それならダレナを実家に帰してあげたらどうだろう」


「チート、ダレナと話してみて解からなかったのかい? ダレナはチートを本当に愛しているよ。みんなを本当の家族だと思っているよ。ダレナは母ひとり娘ひとりで母親は死んでしまっている。それにダレナは未亡人だったんだよ。ダレナの元夫はゲラアリウス家の一族で子供もいない。チートに嫁ぐ時に家は他の一族に下げ渡してしまった。ダレナに帰る家はないんだよ。それにね、チートは暴走しないだろうと俺は思うよ。しかし万一がある。絶対に暴走しないとは言えないよ。だいたい『神の子』が暴走する原因もよく解かってないのだからね」


 そうなのか。たしかにダレナからは親愛の情を感じる。それでも僕の為に申し訳ないという思いでいっぱいになった。


「チート、下の毛とか言っていたけど、まさかダレナに下の毛を剃るなとか言ってないだろうね。それは家から出て行けと言うのと同じだからね」


 ダレナには帰る家はないとアレックは言った。ダレナに家から出て行けとは、ひどい話だ。恥ずかしいけどダレナに剃られるしかないのか……というか夫婦なんだよな。



−−−−



 覚悟を決めて部屋にもどるとダレナが待ち構えていた。ダレナが剃刀を手に取って迫ってくる。目が何だか怖い。


「アレックとの用事は済んだの?」


「うん……」


「なら洗面所に行きましょう」


「うん……」


 僕はうなだれてダレナに手を引かれて洗面所へ連れて行かれる。ダレナのもう片方の手には剃刀が。

 

 ダレナが真剣に僕の下の毛を剃っている。僕の大事な部分を右に向けたり左に向けたり。

 すこしほっとしていた。剃刀で下の毛を剃られるというのは相当な恐怖感があって僕の大事な部分は大きくなったりしなかったのだ。しかし恥ずかしい。下半身だけ裸である。足を広げさせられてお尻の穴の周りも綺麗に剃られているようだ。

 だけど妻が夫の下の毛を剃るというのは王国だけのことなのだろうか? それともこの世界の慣習なのか? 夫は不倫など出来ないんじゃないだろうか。夫婦中が悪いと、この行為はめちゃくちゃ怖いぞ。


「ふー、チート。終わったわよ」


 僕の全身から緊張が解けた。


「チートちゃん。頑張ったでちゅね~。おりこうさんだったでちゅね~」


 ダレナがいきなり僕の大事な部分を掴んでプルプル振り回す。今世の記憶から、これで僕がキャッキャッ笑って終わるのがいつものパターンだと思い出した。しかし……。


「ひゃっ……うっ。あへっ……」


 不意を付かれて我慢できなかった。僕の大事な部分はこれでもかと言うくらい大きくなってしまった。


「ま、まあチート……。も、ものすごい……」


 今世の僕は性的な事は何も知らないはずだ。


「ダ、ダレナ。ぼ、僕のおちんちんは、ど、どうして大きくなってるんだな」


 困った時の某画伯である。

 ぼうっとして僕の大事な部分を凝視していたダレナが、はっと我に返ったようだ。


「あのねチート。大人になるとね、好きな女性に体を触られたりしたら、おちんちんが大きくなるものなのよ。チートが大人に成ったって事なの。本当に良い事なのよ」


 なんだかダレナは自分に言い聞かせるように話している。そうか、僕が性に目覚めて暴走したらダレナの魅力で僕を虜にする手はずだったんだ。


「そうだダレナ。アレックから言われていたんだ。僕は絶対に暴走しないそうだよ。何の事だか解からないんだけど、ダレナに伝えるように言われたよ」


 アレックはそんな事は言っていない。だが僕は性的興奮を覚えても暴走しないだろうと思う。大丈夫だろう。

 決意を込めつつあったダレナの表情がふっと緩んだ。僕はアレックの表情だけでなく家族の表情の変化も良く解かるようだ。


「そっか~。僕は大人になったんだね。ダレナが大好きだから、おちんちんが大きくなったんだね。そうなんだ~」


 僕は大事な所を大きくしたまま、洗面所に置いてあった寝巻きに着替えた。ガウンのように羽織るタイプなので素早く着られた。


「じゃあもう寝るね。おやすみダレナ」


 そう言ってそそくさとベッドに横になってしまった。


 しばらくしたらダレナが僕のベッドに入って来た。


「家族と話していいなら、今日からまた、こちらで寝るわね」


 そうだ。ダレナが嫁いできてから毎日一緒に寝ていたのだ。ただ横に寝ていただけだけど。今世の僕の記憶は本当にうまく思い出せないな。



−−−−



 結局、僕とダレナは本当の夫婦に成った。雷に打たれて新しい僕として目覚めてから十五日目の事だった。




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