第二十九話 王宮に潜む悪意
狩りで汚れた体を、ダレナと部屋の風呂にゆっくり入って落とした。
身も心もさっぱりしたので、暴君大竜をもう一度見に門の外に出た。
僕が門の外に出ると、見物に集まっている群集から拍手が起こる。
僕は手を振って応える。
やっぱり大きい。駝鳥竜より何倍も大きいな。
ブレッド連隊長がなにやら指揮している。
パイプのようなものを暴君大竜の体の何箇所かに刺している。
辺境連隊の兵士達が魔法を唱え始めた。
パイプのような物から血が流れ出ている。
「ブレッド連隊長。何してるの?」
「おう、チート様。血を抜いているのでござる。ゼットブ殿が、どうしても魔王様や王都の人々に、この暴君大竜を見せてやりたいと言うものですから。いつもなら、狩った竜はすぐ解体してしまうのですがな」
狩りでは獲物はすぐに解体して袋に入れて保存の魔法を掛けていたな。
血を抜き終わると、パイプを抜いて、布のような物をかぶせ始めた。
暴君大竜が布のような物に覆われると、また魔法を掛け始める。保存の為の魔法だろう。
「よし、これで肉の味が落ちませぬ。我々では、この大きな暴君大竜を一週間以内に王都までは運べませんから、後の事はチート様にお願い致しますぞ」
「そうだね。このままの大きさだと僕しか運べないよね」
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翌日。
家族やゲラアリウス領の者達を連れて王都に戻ってきた。
チート車には解体した駝鳥竜なら四頭くらい乗せられるのだが、いかんせん暴君大竜は大きすぎる。仕方無いので予備のチート車を繋げて上に括り付けている。予備のチート車の屋根はへこんでしまって、まるで小さな山を乗せているようだ。
二両編成となった僕の引くチート車は、少し遅くなり十五刻(三時間四十六分)程度掛って王都に着いた。
さすがに王宮の門は大きく、通す事の出来た暴君大竜の括りを解き中庭に降ろす。
一足先にルールーが着いていたので、魔王様家族が出迎えてくれている。重臣達も一緒で大勢だ。
王国の四分の一を占めているゲラアリウス辺境伯であるパパンの、久しぶりの王都訪問なのだ。
皆、チート車の後ろに引かれている布に覆われた小さな山のような物を、いぶかしげに見ている。
僕らが暴君大竜を狩った事は知らないはずだ。たとえ知らせが届けられていたとしても、翌朝に出発した僕らの方が早く王都に着いたはずだからだ。
ゼットブ様がチート車から降りて開口一番。
「魔王様! ブリア様の結婚の祝儀の品を、ジョージ殿と共に持って来ましたぞ!」
「おうゼットブ。ジョージ達を迎えにゲラアリウス領に行っておったのか。祝儀の品? 結婚式は次の日曜じゃぞ」
「早く渡さねばなりませんからな。生ものですので」
「生もの?」
そこへパパン達も近づく。
「魔王様。ブリア様の結婚式に参列の為、まかり越しました。誠におめでとうございます」
「おう、ありがとうジョージ」
「ありがとうございますジョージ殿」
パパンはブリア様と手を握り合う。そして魔王様とはがっちりと手を握り合い、抱き合った。
僕ら家族は、魔王様家族と挨拶を交わした。
「おーほっほっほっほっほ!! チート殿、チート車の後ろにある、大きな物は何ですの?」
ジュリアが扇子で指して聞く。
「うん、暴君大竜ですよ。僕とアレックとゼットブ様とルールーで竜の地まで行って狩って来たんです」
「おいチート、俺に言わせろよ。まったく……ブリア坊ちゃん、いやブリア様、マリー様、結婚おめでとうございます。このゼットブとゲラアリウス家一同より暴君大竜を、結婚の祝儀にお持ち致した。お納めを」
アレックが魔法を唱えて覆いとなる布を一気に取った。
中から現れた暴君大竜に集まっている王宮の人々はびっくりしている。
「なにっ!! 暴君大竜!! 狩れたのか!! 本当に狩れたのか!! いやはや……お前達はすごいの~!!」
「それから魔王様。チートが止めを刺したので、勇者だと宣言しましたから。よろしく」
「う~む……まあ暴君大竜を、竜の地で止めを刺したなら、勇者……だわな」
魔王様はおもむろに剣を抜いて頭上に掲げた。
「あっぱれである!! 竜の地より、暴君大竜を狩りし者達!! ゼットブ! アレック! ルールー! そして止めを刺した、勇者チート!!」
ウォ~~~~~~!!!!!
うん、魔王様に思いっきり褒められている。
僕は家族を見る。
ダレナが涙ぐんで笑っている。
ママンも姉ちゃも涙ぐんで笑う。
家族がみんな微笑んでいる。
嬉しい!
「ありがとうございます!! これほどの物をいただいて。ゼットブ殿、ゲラアリウス家の皆様、結婚する私達の為に誠にありがたき事。感謝致します!!」
ブリア様と、マリーさん……いやもうマリー様かな、が深々と頭を下げてお礼を言ってくれる。
王宮の皆は拍手している。
僕らは手を振って拍手に応えた。
皆、笑顔だ。
王国に暴君大竜を仕留めるほどの勇者が誕生したのを、嬉しく思っているのだ。
そういう気持ちが僕に流れ込んできて、僕も嬉しい。
……んっ。
一瞬だが、僕に対する悪意を感じた。強い憎しみだ。
おかしいな、ここには魔王様の家族の他は王宮の重臣達がほとんどだぞ。
僕は他の人の表情で気持ちが解かる。アレック言う所の『読心の術』と言う奴だ。
最近は強い感情なら表情を見なくても感じてしまう。走る事や力を使う事と同じで強さが増しているようなのだ。
ゲラアリウス領でも王都でも、僕に対する悪意など感じた事は無い。少しの嫉妬や、僕が『神の子』だった事への何がしかの貶めるような感情を、表情から読み取った事ぐらいしかない。
僕は初めて、僕に対する強い悪意を感じた。
誰なのだろう。
−−−−
「ねえチート、あんた勇者にまでに成っちゃったのね。どうすんのよ。お父様と戦うの?」
「だからジュリア、何度言ったら解かるんだい、ここは物語の世界じゃないの! 勇者と魔王は戦わないの!」
アレックの部屋である。
「そんな話よりも、チートが感じたという強い憎しみの感情と言うのが問題だ」
「憎しみぐらい誰にでも感じるでしょう。私だって、ブリアが取られると思ってマリーさんをちょっとは憎んだわよ。あんまり、いい子だったんで、今ではブリアと結婚が決まっても結構好きな方よ」
「いや、チートは憎まれるはずが無い。生まれた時から知っているがチートはずっと天使のようだった。憎まれるとすれば、チートが前世の記憶を持った後の事か、それともゲラアリウス家に対する物だろう。あの場にはお館様がいたから、ゲラアリウス家に対する憎しみならお館様に向いたはずだ。とすれば前世の記憶を持った後の事。考えられるのは一つしかない」
僕は憎まれる可能性のある出来事に思い当たった。
「あの悪党共……シイテル村で沢山の人を殺した悪党共を倒した事かい」
「ああ、その話は聞いてるわ。帝国領から三百人の奴隷狩りが来たのでしょう。でもおかしいわ、帝国領の奴隷商人やその手下と、王宮の者達が関係あるわけ無いでしょう」
「だから、そこが問題なんだ。チートが憎まれるはずがない。しかし憎まれている。憎まれているとしたら帝国領の悪党共と関係のある人間しかいない。ところがそれが王宮の者達だ。王宮の者達の中に帝国領の悪党共と関係する者がいる。これは明らかに王国に反逆する者だと言う事になる」
「たまたま、王宮の者の家族が帝国領に流れ着いて、奴隷商人に協力したと言う事はないの?」
「ジュリアは良く知っているだろう。王宮に勤める者の家族は徹底的に調査される。帝国領に行く者などはいない。もし家族に帝国に住む者がいれば王宮には上がれない。重臣達はもっと厳しい」
「う~ん、大問題なのね。チートの勘違い……て事は無いわね」
アレックの話を聞くうちに僕の勘違いだったら良いのにと思ってしまった。
「とにかく、俺は調べてみる。チートもジュリアも王宮の者達に注意していてくれ」
僕とジュリアは頷いた。