第二十七話 ゼットブ様と対戦
午後の授業が始まる時間になってゼットブ様がやって来た。
モミモミ。モミモミ。
肌の露出が多い服を着る女性の一団に囲まれて、両脇の女性の胸をモミモミしている。
モミモミ。モミモミ。
両脇の女性は、午前の授業の時と違うな。
そうか、違う女性の違う形の胸をモミモミすることは義手の訓練の為に良いに違いない。うん、そうに違いない。
「さあ、午後の授業を始めるぞ。一人ずつ、俺と対戦だ。自分の剣でいいから全力で掛って来い」
指名された順に生徒がゼットブ様に打ち掛かっていく。
初級クラスと言えど、生徒は皆、剣の初心者という訳ではない。
しかしゼットブ様に打ち込む生徒の剣は、体に触れるどころか、ゼットブ様が義手で持つ剣にもなかなか触れない。
剣に触れたと思っても、剣同士がぶつかる音すらせず、すっと受け流されてしまう。
二回、三回と生徒が剣を振るって、ゼットブ様がそれをいなし、ピタリと首筋に剣を当てる。それだけを一人の生徒に何度も繰り返す。
見学している人達からは、ゼットブ様の剣が生徒の首にピタリと当てられる度に拍手が起こる。
僕以外の全ての生徒は、ゼットブ様との対戦を終えていた。皆嬉しそう。ゼットブ様ファンの生徒達に取って人生最良の日になったのは間違いなさそうだ。
「ようし。チート、掛って来い」
「はい!」
僕の番だ。
ゼットブ様に渡された双剣を両手に持ち、手をクロスさせて二度三度、双剣を振る。
う~ん。とても自然に剣を振れる。午前中に練習しただけなのに、まるで以前から双剣を使っていたと錯覚してしまう。
僕の体型や力の具合に双剣が合うと見抜いたゼットブ様の眼力はさすがだ。
いくぞ
ヒュ! ヒュヒュヒュヒュヒュ!
僕は双剣でゼットブ様を攻める。
ゼットブ様は切っ先ぎりぎりで体を躱す。
キン!
授業が始まって、初めて剣同士がぶつかる音が響く。
が、受けられた僕の剣は、下に流されて、そのまま僕の首にゼットブ様の剣がピタリと当てられる。
「参りました」
「なかなかいいぞ。剣の振りも神速と言っていいほどだし、力の乗り具合もいい。俺に剣を流された時の対処が上手くいかなかった所だけ注意すれば、もっと良くなる。まあ、初級クラスのレベルでは無いから、初級クラスの単位は全部やろう。チート、これからは中級クラスだ」
ゼットブ様は僕に背を向けて見学している人達の方へ行ってしまう。
えっ! 中級クラスになったから、ゼットブ様との対戦は一回で終わりなのか!
「おい学長。チートを中級クラスにしちまったが、このまま教えてもいいのか?」
「は、はい。もちろんです。剣の学科に関してゼットブ様には全権がございます」
大学の学長まで見学に来ていたんだな。
ゼットブ様が僕の前に戻ってきたので、まだ対戦できると僕は胸を撫で下ろした。
「中級クラスのチート。対戦の続きだ」
ヒュ! ヒュ! ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュ!
僕は右で斬ると見せかけて左で斬ったり、フェイントを織り交ぜながら攻めるが当たらない。
キン! キン!
左の剣をいなされて、体が前にのめりそうになったが、踏みとどまって右の剣で首への攻撃を弾く。
キンキンキンキンキンキンキン!
素早いゼットブ様の攻撃に体を躱せず双剣で受け続けた。
キン! シュ!
左の剣で受けたゼットブ様の剣がそのまま、僕の剣を滑って首に向かって来る。
僕は飛んで下がって、かろうじて避けた。
「ほう! 中級クラスの単位を全部やる! さあ来い! 上級クラスのチート!」
僕は息をつく暇もないほどにゼットブ様を攻め立てる。
僕の剣をゼットブ様はぎりぎりで躱す。剣で受けても、上手く僕の力を殺すので、ゼットブ様の剣を飛ばしてしまう事はできない。僕の力がゼットブ様の剣に全部伝われば剣を飛ばしてしまえるはずなのだが。
もう一刻以上打ち合っている。
ゼットブ様の攻めもなんとか凌いでいる。
ゼットブ様が踏み込んできた! 胴が空いている!
キン!
僕の首にゼットブ様の剣が当たっている。
僕の右の剣はゼットブ様の左手に食い込んでいる。義手の中の四肢剣に受け止められているのだ。ゼットブ様の剣を止めようとした僕の左の剣は掻い潜られていた。
「参りました」
ふ~。負けちゃった。
剣は面白いな。自然と笑みがこぼれた。
ゼットブ様も笑っている。
「よくやった。王国にお前に勝てる剣士が何人いることやら。……上級クラスの単位も全部やる。これで剣の学科の単位は全て取ったな。チートは剣の学科終了だ」
見学している人達の万来の拍手。
一緒にゼットブ様の授業を受けた生徒達が集まってくる。
僕はもみくちゃ……にならないな。皆は僕に抱きつくが、腰の辺りにすがり付くだけで、僕はびくともしない。
そして僕を胴上げだ。
……「「「「「わっしょい!! わっしょい!! わっしょい!!」」」」」……
やっぱり僕は横になっただけで持ち上がらないな。
僕は立ち上がって皆にお礼を言う。
「ありがとう。喜んでくれて嬉しいよ」
今日一日いっしょに授業を受けただけの彼ら生徒とは、随分強い一体感が生まれた。
ゼットブ様のファンだという事で生まれた一体感だ。
僕は前世の学生時代を思い出す。
う~ん。何というか……青春だな。
「よし、皆よくやったぞ。これからも剣の修業に励めよ。今日の授業は終わりだ」
見物している人達から拍手が起こる。
「おーほっほっほっほっほ!! 見事な戦いでしたわ! ゼットブ殿、チート殿」
自分の授業が終わったのかジュリアがいつの間にか見学していた。
「おう。ジュリアお嬢ちゃんじゃないか。久しぶりだな。何だ俺に会いたかったのか?」
ブレッド様の周りの女性達は皆、目上の者に対するお辞儀をジュリアに対してしている。
ブレッド様は両隣の女性の胸をモミモミし始める。非常に義手の訓練に熱心だ。
「チート様は私の大切な友なのです。おーほっほっほっほっほ!!」
ジュリアは取り巻きの一団を引き連れて扇子をユラユラさせている。
「なあ、お嬢ちゃん。その変な笑い方と、その扇子、まだ続けてるのかい。可笑しいって教えてやっただろう」
モミモミ。モミモミ。
「お嬢ちゃんも綺麗なんだからさ、お淑やかに小さく笑ったりさ、服もさ、こいつらみたいに肌を露出してみろよ。男共もたちまち虜になるぞ」
モミモミ。モミモミ。
「ええい! 余計なお世話です! だいたい、王女と話しているのに何故、女性の胸を揉んでいるのですか! この助平おやじめ!」
いかん。ジュリアもゼットブ様を誤解している。
「ジュリア様。これには訳があるのです。ゼットブ様は義手の訓練の為に女性の胸をモミモミしていらっしゃるのです。きっと義手の感度を常に保つには必要なのでしょう。僕の考えでは剣の奥義に通ずる道に不可欠な事ではないかと思います」
「へっ? け、剣の奥義?」
ゼットブ様がまじまじと僕の顔を見る。
大丈夫ですよゼットブ様、誤解は僕が解きましたから。
ゼットブ様の表情で解かった。僕が本気で思っている事が伝わったようだ。
ん、ゼットブ様が真っ赤になって俯いてしまった。
本当の事を話してはいけなかったのかな。
ジュリアも僕の顔を見ている。
「ほ、本当なの? ねえ、ゼットブ殿」
「ま、まあな……」
いつの間にかゼットブ様は義手の訓練を止めて女性達から手を離している。
「ん~……なんだ。そう、俺は王宮に暫く顔を出していないが、魔王様は元気かい、お嬢ちゃん。このチートに相撲に負けたってんで、へこんでいないかい」
「お父様はとても元気ですわよ。チート殿やアレック殿のような優秀な若者が出てきて、王国も安泰だと喜んでおりますわ。おーほっほっほっほっほ!!」
「アレックって、あの天才少年の?」
「ほれ、そこにいらっしゃるわ。アレック殿、アリアさん、ダレナさん、ゼットブ殿をご紹介しますわ」
遠巻きに僕らを見ていたアレック、姉ちゃ、ダレナがジュリアに呼ばれてゼットブ様に紹介された。
「アレック殿は一日で大学を卒業されたのですよ。色々な分野で天才だと言われていますのよ。剣は、ゲラアリウス伯爵と同じくらい強いのでわと評判ですわ。おーほっほっほっほっほ!!」
「ほう、ジョージ殿とな……」
ゼットブ様の目がギラリと光った。
−−−−
ゼットブ様とアレックが対峙している。
ゼットブ様の両手は四肢剣となり、美しく輝いている。
アレックは剣を正眼に構えている。
ゼットブ様の申し出で、対戦する事となった二人。
授業が終わって、帰ろうとしていた見学の人達も、この展開に固唾を呑んで二人を見守っている。
どちらも動かない。
まだ動かない。
動いた!
ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュ!
両者の剣の風きり音だけが聞こえる。
「剣筋が全然見えないわ……」
姉ちゃが言う。
僕はぎりぎり剣筋を追えている。両手が四肢剣のゼットブ様の手数がわずかに多い。
キン!
ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュ!
キン! キン!
剣の風きり音に時々剣の打ち合う音が混じる。
姉ちゃでも剣筋が見えないなら、ここにいる見学している人達のほとんどは音だけしか聞こえていないはずだ。
ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュ!
キン! キン!
ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュ!
キンキンキンキンキンキンキン!
音が止まった。
ゼットブ様の首にはアレックの剣が当てられている。
しかしアレックの首にもゼットブ様の右手の四肢剣がピタリと当てられている。
引き分けだ。
「これまでだな」
「はい。稽古を付けていただいて、ありがとうございました」
アレックは表情を変えずにそれだけ言った。
「お前の剣は面白いな。剣であって剣でない。お前の剣は、お前の頭脳だな。修練の必要ない剣だ。ただ、いくら完璧でも、体の筋力と、剣の速度で限界点が決まってしまう剣でもあるな……」
アレックはただ聞いている。
ゼットブ様は対戦してみて、アレックの剣が天才的な思考能力から来る物であることを見抜いた。
見学している人達の大拍手が鳴り止まない。
「アレックすごいね。ゼットブ様と引き分けたよ!」
僕は興奮してアレックに抱きつく。
「ああ、ありがとう」
しかしアレックは喜んでいない。
とても悔しがっている事が、その無表情な顔から読み取れる。
そうか、ゼットブ様は両手でしか四肢剣を使っていない。両足の四肢剣は使わなかったのだ。アレックはハンデを貰って引き分けたのだ。
−−−−
「あれっ、チートしかいないの。アレックは?」
アレック部屋に勉強を教わりに来たジュリアが言う。
「うん、僕もアレックを待っているんだけど、まだ大学にいるのかな」
僕はアレックの居場所を考えた。
あれっ、解かるぞ。アレックの居場所が解かる。
ルールーの居場所が解かるのと同じ原理かな。
「ジュリア、アレックの居場所が解かるよ。大学の体育館の裏だよ」
「え、何でそんなところにアレックがいるのよ。……ちょっと行ってみましょう」
−−−−
ヒュヒュヒュヒュヒュ!
真剣な顔でアレックが剣を素振りしている。
自分の剣には練習は必要ないと言っていたアレックが剣を素振りしている。
暫く見る僕とジュリア。
あまりの真剣な様子に僕とジュリアはそっとアレックの部屋へ戻った。