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第二十六話 英雄ゼットブ様

 


 今日はゼットブ様が剣の初級クラスの授業をする。

 僕は朝早く起きて身支度をしている。

 

「まあチート随分早いのね。ゼットブ様の授業は誰でも見学していいのよ。こんなに早く起きなくても……」


「いや、僕は授業を受けたいんだ。三十人の満席にならない内に並んでおくよ」


 僕は大学へ。ルールーも付いて来る。

 

 掲示板で確認するとゼットブ様の授業は屋外で行なうようで、まだ満席になっていない。やった。

 僕は三脈で並ぶ位置まで走る。

 うっ、すでに並んでいる。

 並んでる生徒を数えてみると、僕は二十七人目。よかった授業を受けられる。

 

 僕の後ろにも三人来て授業を受けられる三十人が決まった。

 ゼットブ様は女性に大層もてるそうだが、並んでいた三十人は全て男子生徒だ。それも初級クラスだから皆、初々しい少年だ。

 

 僕は一番前に並んでいた男子生徒に話しかけた。

 

「ねえ、君はいつから並んでいたの?」


「あっ、はい。チート様ですよね。魔王様に相撲で勝った……」


 僕は結構有名だ。それに僕は大きな体だし、ルールーも連れているので、かなり目立つ。

 

「……昨日の夜から並んでいました。どうしてもゼットブ様の授業を受けたいんです」


「ふ~ん。僕もゼットブ様が大好きなんだな。君も好きなんだね」


「それはもう。僕の両親が『王国帝国戦争』の時にゼットブ様の活躍で助けられた地方に住んでいました。小さい時からゼットブ様の活躍する話を、御伽噺のように聞いて育ったんです。ゼットブ様は神様のような英雄です」


「まさに。ゼットブ様は神です」


「まさにまさに。みなさん解かってらっしゃいますね~」


 なんだか並んでいた生徒達が僕らの話に加わってくる。


「……やはりゼットブ様の魅力は四肢剣ですよ。戦場で輝く四肢剣はそれは美しかったと聞いています」


「たしかに四肢剣は素晴らしいです。しかしゼットブ様の持つ何者にも負けぬ不屈の闘志こそがゼットブ様のゼットブ様たる証と思います」


「はあ確かに四肢剣もゼットブ様の闘志も素晴らしい物があります。その上で……」


 並んでいた生徒達は、ゼットブ様の事を語りだしたら止まらない。僕もゼットブ様の魅力を語っていた。

 皆が仲間になったようでとても楽しい。



−−−−


 

 ゼットブ様のファンである同士達との楽しい語らいで、あっという間に授業が始まる時間となった。

 

 ゼットブ様の授業を見たいと、沢山の生徒や教授達も集まっている。アレックや姉ちゃ、ダレナの姿もある。

 

 見学している人達を分け入って、女性の一団が僕らの元にやって来た。


 女性達は皆、肌の露出が多い服を着ている。

 

 モミモミ。モミモミ。

 

 女性達の真ん中に、両脇の女性の肩に手を回している男性。ゼットブ様かな。

 

 モミモミ。モミモミ。

 

 ずっと両脇の女性の胸をモミモミしている。

 

 モミモミ。モミモミ。

 

「俺が王国騎士団団長のゼットブだ。今日は特別授業を行なう。午前はお前達の剣の腕を見る。午後は俺と対戦だ」


 モミモミ。モミモミ。


 う~ん、ゼットブ様だよね。でも……。

 周りのゼットブ様ファンの生徒達を見る。やはり腑に落ちない顔。

 

 ゼットブ様と言えば四肢剣。『王国帝国戦争』の初期に敵に手足を斬られ、不屈の闘志で四肢に剣を埋め込んだ四肢剣を極めた。そして『王国帝国戦争』の末期に大活躍して王国の英雄となったのだ。

 

 どうも目の前で、女性の胸をモミモミしている男性とゼットブ様のイメージが合わない。

 

 そんな雰囲気を感じたのだろう、ゼットブ様だと言う男性は前に出た。

 

「ほらっ、見ろ。これは義手だ」


 そう言って、左手の手首を掴んで引っ張る。左手の肘から見事に光る剣が現れた。

 

 わぉ! 四肢剣だ!

 

……「「「「「わ~!! ゼットブ様~!!」」」」」……

 

 僕ら生徒はゼットブ様に駆け寄る。

 ゼットブ様はもみくちゃになる。

 感激した僕らはゼットブ様の胴上げを始めた。

 

……「「「「「わっしょい!! わっしょい!! わっしょい!!」」」」」……


「わかった! わかった! もういい!! 降ろせ!!」


 僕ら生徒は落ち着きを取り戻してゼットブ様を降ろす。

 

「まったく……。毎年毎年……。生徒は変わるのに、どうして反応が一緒なんだ!? 必ず胴上げもするし……」


 胴上げが終わると、見学している人達から拍手が起こる。なんの拍手なんだか意味は解からない。

 

「授業を始めるぞ。……さっきから気になっていたんだが、そこの山のように大きいの。お前だよ」


 ゼットブ様が僕を指す。

 

「お前、そんなに大きくて、力も強そうなのに、何で初級クラスなんだ? ちょっと基本の型をやってみろ」

 

 僕は基本の型を演舞した。

 

「ひどいな。何日練習した?」


「はい、一ヵ月です」


「一ヶ月練習して、それか。剣は無理だな、あきらめろ……」


 僕は顔が赤くなって俯いて、剣を教えてくれた姉ちゃの方を見る。姉ちゃも顔を赤くして俯いている。

 なまじ前世での剣道の経験が邪魔したのかなあ。懸命に練習したんだけど。

 

 ゼットブ様が、僕の隣に座っているルールーを見て、自然に撫でる。そして僕の顔を見た。

 

「お前、ひょっとしてゲラアリウスのチートか? 神の子から降りた? 竜を倒した? 魔王様に相撲で勝った?」


「そうです、チートです。ゼットブ様、僕は剣をあきらめたくありません。パパンやゼットブ様みたいな立派な剣士になりたいです」


「剣を持たなくても、お前強いだろうに……。剣士がいいのか……。よし、それなら、剣を持たずに俺の剣を躱してみろ」


 ゼットブ様は四肢剣ではなく、義手に練習用の剣を持って僕に斬りかかる。

 

 ビュン!

 

 結構速い。僕はそれを躱す。

 

 ビュン! ビュン!

 

 ビュビュビュビュ!

 

 ヒュヒュヒュヒュヒュ!

 

 どんどん剣の速度が上がっていく。

 僕は躱し続けた。

 

「もういいぞ。ハッハッハ、何て奴だ。今の速度の剣を躱し続けられる者は、王国に十人もいないぞ」


 ゼットブ様に褒められた。嬉しい。

 

「お前に普通の剣は合わないな。おい、双剣を持って来い」


 ゼットブ様の周りに(はべ)っていた女性の一人が、二振りの剣を持って来た。

 片刃の剣で峰から柄が直角に出ている変わった形の剣だ。

 前世の日本か中国の武器の中に、こんな形の物があった気がする。

 

 渡された双剣を僕は右手と左手に一振りずつ持つ。剣が握った柄の小指側にある。

 

「振ってみろ」


 双剣を振ってみると右手の剣も、左手の剣も、とても振りやすい。剣が手の延長である感じがする。

 

「よし。基本の型を教えてやる。それを繰り返せ」


 ゼットブ様は双剣の基本の型を教えてくれた。

 

 他の生徒達もゼットブ様に、問題点を見つけてもらって、手取り足取り教えてもらっている。皆、目が爛々として、うっとりしている。大好きなゼットブ様に剣を教えてもらえて、きっと人生最良の日なんだろうな。

 

 見学している生徒や教授達も、ゼットブ様の手際のいい教え方に感心しきりだ。

 

 

−−−−



「いやあ~、まいったわね。教え方一つでチートがあんなに上手になるんですもの。チートには双剣が合っているのね。ごめんなさいね、気づいてあげられなくて」


「姉ちゃ。教えていたのはゼットブ様だよ。姉ちゃの教え方が悪かった訳じゃないさ。ゼットブ様がすごいんだよ」


 午前中、僕は双剣の基本の型を練習していたが、見違えるほど剣の扱いが上手くなった。本当に手の一部のようなのだ。

 

 屋外での授業で、姉ちゃもアレックもダレナも授業に出ないでゼットブ様の授業を見学していた。

 暖かい空の下、みんなでダレナが作ってきた弁当を食べている。

 

「お義姉様、でもゼットブ様がいらっしゃった時はびっくりしましたわ」


「ほんとほんと。ダレナちゃんもそう思ったの、私もよ。何で女の人の胸を揉んでたのかしらね~」


「やっぱり、色んな噂は本当の事なんでしょうかね~」


「まあダレナちゃん、噂というと、女たらしであるとか、せ……性豪っていう……」


「オホン!」

 

 僕は咳払いをして姉ちゃ達の話を止める。

 

「姉ちゃ、ダレナ。僕はずっとゼットブ様の表情を見つめていた。よく心が見えたよ。ゼットブ様が両脇の女性の胸をモミモミしている時にも、まったく邪な心は無かったよ。ただただ胸をモミモミしたいと考えている純粋な心だった。剣を教えている時の、純粋な剣への思いの心と同じ物だったよ。だから僕は、モミモミは義手の訓練の為じゃないかと思ってるんだ」


「「「…………」」」


「きっと、魔王様やブレッド連隊長は、ゼットブ様がもてるのをやっかんで、あんな噂を信じていたんじゃないかな。ゼットブ様は見たままの人だよ」


「み、見たままって……助平ってこと?」


「姉ちゃ、何言ってるんだい。見たままの英雄って事だよ」


「チート、本気で言ってるのか?」


「アレックまでどうしたんだい」


「「「…………」」」


 不思議だ。みんなゼットブ様の事を、剣の達人の助平おやじのように思っている。

 本当に不思議だ。

 


−−−−



「……だから義手の訓練の為だと思うんだ」


「そうだったのか! ゼットブ様の事を一瞬でも、ただの助平じゃないかと疑った自分が恥ずかしい!」


「いやそうだと思ってましたよ」


「チート様の言う通りですよ」


「本当にそうですね」


「やっぱりゼットブ様は神です」


「まさに。みなさん解かってらっしゃいますね~」


 やっぱりゼットブ様ファンの同士達は、ゼットブ様の事を良く理解しているな。

 アレックまで僕が間違ってるような雰囲気を出すから、心配になっちゃったよ。

 

 気分が良くなって、僕達生徒はゼットブ様の午後の授業を待っている。




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