第二十二話 悪役令嬢の誘い
「まったく、とんでもない……ずる、よね。これほどの……ずる、があるとは。チート、あなた転生の時に神様に会ったんじゃないの?」
またジュリアが意味の解からない事を言い出した。
アレックと三人だけでジュリアの部屋で話をしている。
魔王様家族を送って、アレックと二人で王宮に来ているのだ。
前世の記憶にある物語に強く影響を受けているジュリアは、『転生』であるとか『悪役令嬢』であるとか、物語に出てくる事柄を、この世界に当てはめているのだ。
「その、ずる、って言うのはなんだい?」
「……ずる、は、転生した時に神様に与えられる特権のような物よ。始めから強かったり、強くなくても、少しの訓練で強くなれたりするのよ。あなたは間違いなく……ずる、だわ。転生して半年くらいで、相撲とは言え魔王である、お父様に勝てるなんてね」
「その、ずる、っていうのも知らないし、神様に会った事も無いよ。何度言ったら解かるんだい。この世界は前世の物語の世界とは違うんだって」
「まあ、いいわ。あなたが解からなくても、間違いなく、あなたは……ずる、なのよ。余りにも強すぎるわ。走るのも速すぎるし」
『ずる』というのは、ジュリアが信奉する物語の何らかの用語なのだろう。僕がそれを神様(?)から与えられたと言うのだ。
まったく……この世界は現実だぞ。
誰かが読んでる物語の世界じゃないんだぞ。
ジュリアの頑固さにも困ったものだ。
「ジュリア、物語の話を延々とするつもりかい? 大学の事で何か話しがあったんじゃないのかい?」
アレックがあきれて、ジュリアの用件を問うた。
「そうそう、あなた達、こっちに来ない? 二月から大学が始まるわよ。チートは大学に入学すればいいし、アレックは大学で教えればいいじゃない。大学生活も楽しいわよ。いらっしゃいよ」
大学ねえ。
はっきり言うと、アレック一人いれば、どんな事を勉強するのも事足りてしまうと思う。便利な天才だ。
ママンは僕を大学に通わせて、一緒に王都で生活してみたいようだが、僕はゲラアリウス領での生活に満足している。
「僕は結婚もしているし、別に大学に通う必要もないよ」
「貴族はみんな大学に行く物よ! あなた恥ずかしくないの!」
「別に、恥ずかしくないよ。学問はどこでも出来るし、解からない事はアレックに聞けばいいし」
ジュリアは随分、僕らに大学に来てほしいみたいだな……。
「……そうだわ。ダレナさんはどうするのよ! ダレナさんは庶民の出でしょ。貴族の奥さんとして唯でさえ肩身が狭いはずよ。ダレナさん自身、大学には通っていないって言ってたわね。ダレナさんもチートも一緒に大学に通いなさいよ!」
……そうか、ダレナに肩身の狭い思いはさせたくないな。
「アレックはどう思う?」
「俺はチートの行く所に付いていくさ。チートが王都に住むなら、兄さん達はゲラアリウス領に帰っていいだろうから、俺の城での仕事は、兄さんが受け持つだろう」
アレックはゲラアリウス家の顧問という肩書きであるが、実質は僕の傳役だ。
僕は前世の記憶を得て十分に成長したとは思うのだが、アレックはまだ僕の傳役を続けるつもりなのだ。
「そういうことなら、ジュリアの誘いを受け入れるよ」
「やっふ~!! みんなで大学生活を楽しみましょ!」
ジュリアは素直に喜んでいる。
きっと秘密を知る仲間がずっと欲しかったのだろう。
僕達三人でいる時のジュリアは、悪役令嬢を演じずに素でいるのだと思う。
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「まあ! チートちゃんが大学に! 入れるの! 本当に!」
「ええサリア様。ジュリア様が仰る事なので、間違いなく入学できます。大学の学長にも確認と取ってきました」
アレックは、どういう形の大学生活になるのかを詰めて来ていた。何事にも抜かりが無い。
僕とアレックは、魔王様一行を送った翌日に大学を見学してから、ゲラアリウス領に戻って来た。明日は今年最後の日。家族みんなで過ごしたい。
「チートちゃんが大学……チートちゃんが……天使のようなチートちゃんが……大学に……入学できるなんて!」
ママンが泣き出した。
ダレナも泣き出す。
姉ちゃんも泣き出す。
「ウォ~!! オンオン! チートが大学とな!」
パパンが大声で泣き出す。
「良くやったな! チート!」
「チートさん素晴らしいですわ!」
「チートやった! チートやった!」
新年を家族で過ごすために城に残っていた兄ちゃ家族も喜んでくれる。
みんなが喜んでくれるので、僕も嬉しくなって涙ぐんでしまった。
僕はアレックの手を引っ張って、家族みんなの輪の中へ。
僕ら家族は泣きながら抱き合って、喜びを分かち合う。
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新年を迎えて僕も十五歳になった。
この世界は、どの国でも、生まれた年が〇歳で、新年に一つ年を取るのだ。
僕ら家族は城の入り口にいる。
新年会で招いた、領地の主だった者達を出迎えているのだ。
皆、パパンや僕らに新年の挨拶をして城の中に入っていく。
「お、お館様に置かれましては、きょ、去年は私共に大層お稼ぎ遊ばせて下さって、誠に有難うごんざいます。新年おめでとうさんでごんざいます。賭博の元締めのギーエンでござい上げます」
ギーエンさんが、ガチガチに緊張してパパンに挨拶している。
「おう其方がギーエンか。新年おめでとう」
運動会の賭博の上がりが大層良かったらしく、その功績を認められて初めて城での新年会に招かれたのだと言う。
今日は人相の悪い部下達と一緒でなく、奥さん同伴だ。
城の来るのは初めてらしく、大層緊張しているようだ。
緊張で一層、悪人顔になっている。
「お館様、新年おめでとうございます。おやっギーエンも来ておったのか。いや~運動会では儲かったな~」
「はっ。ベタンコート様。おめでとうございます。確かに儲かりやしたな」
「なになに。儲かったとは聞いておるが、いかほど儲かったのじゃ……」
パパン達の声が段々小さくなる。
「……な、何。それほどか……」
「ウフフフフッ」 「ムフフフフッ」 「グシシシシッ」
三人とも悪い笑い方になっている。
小さい声で話していても、周りには新年の挨拶に来ている沢山の人達がいるのだが……。
パパン、皆に聞こえているよ。
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あ~たらふく食べた。
新年会では竜の肉を使った、とても贅沢な料理が、ふんだんに用意されていた。
「いや~、チート様が大学ですか。おめでとうございます。時の経つのは早いものですな~。『神の子』をお降りになったチート様が、竜を倒し、魔王様に相撲で勝ち、そして王都大学へ入学される。神の御心は誠に持って計り知れぬ物でございますな」
タルタリムト導師がしみじみと言う。
「ありがとう。でも、こうやって食事会の度に、みんなと話すのは楽しいんだけど、それが少なくなるのは、すこし寂しいんだな」
「なに、チート様。そうやって大人に成って行く物ですぞ。人生には出合があって別れがある。コイツなども、辺境連隊を辞めて、田舎に帰って結婚するそうですぞ」
ブレッド連隊長が隣で酒を飲んでいるキャメロンさんを指し示した。
運動会ではブレッド連隊長を始め、キャメロンさんに賭けて儲けた辺境連隊の者は多くて、皆キャメロンさんに祝儀を渡していた。
キャメロンさんは運動会の賞金も含めて大層な金額を手にした。
ご褒美の一環として、新年会にも同行させて貰ってるようだ。
「はっ。明日からの任務を終えたら、村に帰って幼馴染と結婚するんです。家も立派な物が建てられそうです」
「それはおめでとう。でも明日からの任務って、新年に成ったばかりなのに、もう任務があるの?」
「おう、それがですな。我が領の西の端にシイテルと申す小さな村があるのですが、そこで行方不明になる者が年末から二名ほど出ているとの事でな、中隊を派遣して詳しく調べるつもりなのですぞ」
「シイテルと言えば、エルフ族の血が濃い者達ばかりの村ですね。手伝う事があるなら俺に言って下さい」
「おう、アレック殿の手を煩わせるには及びますまい。百人の中隊で村を調べさせまする。行方不明に成った原因が解からなければ、その時にはアレック殿に協力を仰ぎまする」
ふ~ん、行方不明か……。
犯罪の少ないゲラアリウス領で、二人の行方不明者か。
……アレックの顔を見る。
腑に落ちないようだ。
僕も何か引っかかる。
しかし百人も派遣するなら、きっと解決するだろう。