第二十一話 魔王様と力の対決
二日目の運動会も、つつがなく終わり、全ての競技で僕が勝った。
長距離競争ではキャメロンさんが二位になって喜びを爆発させていた。二位の賞金で家も買える事だろう。
力系の二つの種目では、ブレッド連隊長が、どちらも二位だった。
今日三日目は最終日だ。僕にだけハンデのある競技が行なわれている。
午前は、僕が五鐘(五トン)の鉄の重りを担いで短距離競走と長距離競争を行なった。
思いのほかハンデにならずに僕の圧倒的な勝利だった。
キャメロンさんは長距離競争で、また二位だ。かなりの豪邸が建つ事だろう。
午後は最終競技の相撲だ。
王国での相撲は、相手を自陣に運べば勝ちである。投げられたり地面に手を付いても一向に構わない。
僕のハンデは両足を縛って、右手を背中で括り付ける。
左手しか使えない。
戦い方はトーナメント形式だ。
十六人が今までの力系の競技の総合順位の順番に、対戦するカードを指定していく。
僕と魔王様は、勝ち進めば決勝で当たる。
魔王様と対戦相手が競技場の中央で、互いに自陣に向いて対峙している。
銅鑼の音で、魔王様の戦いが始まった。
瞬殺だ。
すっと対戦相手を抱えたと思ったら、数歩走って、自陣に投げつけた。
大歓声だ。
魔王様が出場することになって、観覧席は興奮状態だ。
賭けの売り上げも倍増したそうだ。パパンとベタンコート卿が喜んで、悪い笑い方をしていた。
魔王様との対戦者は、ハンデ無しなので勝つ望みは無いな。
よし僕の番だ。
銅鑼の音。
僕は縛られた両足でピョンと飛んで相手に近づくと、グッと左手で相手の腰に手を回して持ち上げる。
ピョンと飛んで僕の陣に降ろす。
僕の勝ちだ。
どうも、あまりハンデにならないな。
−−−−
魔王様と僕は順当に勝って決勝だ。
三位決定戦も終わって、僕達は向かい合っている。
歓声は凄まじくなって来た。
ママンの応援団は、どちらも頑張れと応援しいる。魔王様は主君なのだ。
僕が『神の子』から降りる時には、ママンは魔王様にでも逆らうつもりであったのだが、それも過去の事。
魔王様がハンデ無しを、お望みなので僕の両手両足は自由だ。
「さあ、チートよ。力いっぱいぶつかって来い!」
いやいや、そんな事したら魔王様が大怪我しちゃうんじゃ……。
僕はゆっくりと魔王様にぶつかった。
「なんじゃそれは! チートが来ぬなら、儂から行くぞ!」
魔王様が僕を押す。
うっ……。僕は魔王様の陣近くまで押し込まれてしまった。
なんて力だ!
魔王様は僕と同じように自然にマナが使えるようだ。
危なかった。遠慮していて負けてしまう所だった。
がっぷり四つに組んでいる。
僕は押し始める。
魔王様も全力を出しているようだが、力は僕が少し強いようだ。
少しずつ僕の陣に近づいていく。
もらった!
魔王様の足が僕の陣に着くと思った時に、クルリと体を躱された。
しまった。僕の方が少し強いと思わせたのは、誘いだったのか!
僕は魔王様を支点にして、魔王様の陣の方向へ飛ばされる。
魔王様の陣、ギリギリの所で止まれた。背中に魔王様が迫る。
ダッ!!
飛び上がる。
魔王様を飛び越して、僕の陣に着地する。
僕と魔王様は、ゆっくりと互いに回りこみ互いの陣を向く。
フンッ!
ガッ!!
両腕を頭の前に突き出して、魔王様と手四つとなる。
ギリギリと互いに力を込めていく。
マナの流れがはっきりわかる。魔王様のマナの流れまで感じられる。
ボフッ!!!
マナの相殺が起きた。
高速度でぶつかった訳でもないのにマナの相殺が起きるものなのか?
互いのマナを使う力が、なんらかの限界点に達したのだろうな。
更にマナの流れが加速する。魔王様の力も強くなってきた。
ボフッ!!!
一瞬周囲のマナが消える。
またマナが流れ込む。
ボフッ!!!
ほんの少しだが、僕が押している。
さらに何度かマナの相殺が起こる。
沢山の観客がいて、沢山の金も集まっている。マナは豊富だ。
いくらマナの相殺を起しても、マナが薄くなっていない。
ボフッ!!!
ボフッ!!!
……
マナの相殺が起こり、一瞬マナが消える度に、僕が魔王様を押し込んでいく。
マナが無い状態なら、間違いなく僕の力の方が強いようだ。
今度こそ押し出せる。
ボフッ!!! ボフッ!!! ボフッ!!! ボフッ!!! ……
マナの相殺の間隔が短くなってきた。マナを呼び込む力がドンドン強くなっている感覚がある。
お互い力の限りを尽くしている。
なんて楽しいんだ! 魔王様の表情にも愉悦が浮かんでいる。
んっ! 魔王様が僕の左肩に頭を着ける。
バフッ!!!
マナの相殺の爆風が、手だけでなく、僕の肩でも起こった。
僕は大きくバランスを崩す。
魔王様は僕の右手を振り切って、左手を手繰って僕を回転させる。そのまま僕を空に投げ飛ばす。
だめだ。空中で何も出来ない。
このまま魔王様の陣に落ちてしまう。
僕は空中の頂点で、足に手を伸ばす。
「ウリャ~!!!」
思い切り、両手で投げる。
そして魔王様の陣の手前に着地した。
僕は裸足だ。
僕の靴は重い。僕の体重と高速での走りを支えている靴は、金属を使って作ってある。
それを進行方向へ投げた。きっと大森林深くまで飛んでいっただろう。
観客は息を呑んでいる。
僕が投げ飛ばされたのに、空中で方向転換したのだ。
空を飛んでいるように見えたかもしれない。
ウウォ~~~!!!!
歓声が徐々に大きくなっていく。
ダッ!!!
ドゴンッ!!!
ボフッ!!! ボフッ!!! ボフッ!!! ボフッ!!! ……
魔王様に体当たりして、全力で押す。
押す。
押す。
ボフッ!!! ボフッ!!! ボフッ!!! ボフッ!!! ……
押す。
押す。
魔王様の力が弱まった。
足が僕の陣に入ったのだ。
僕の勝ちだ。
「なかなか、やりおるわい……」
魔王様は笑っている。
全力での戦いが嬉しかったのだ。
僕も嬉しかった。
僕も笑っている。
でも寂しくもある。
全力での戦いが終わってしまって。
観客は大喝采だ。
僕と魔王様の名前を連呼している。
観客は立ち上がって拍手している。
ママンも拍手している。泣いているようだ。
ダレナも姉ちゃも拍手している。ママンに抱きついて泣いている。
パパンも拍手している。
兄ちゃも、お義姉さんもジェームスも拍手している。
アレックも拍手している。アレックが僕を誇らしく思っている事が解かる。
僕はアレックの気持ちが誇らしい。
−−−−
運動会は終わった。
当初の予定通り、全ての競技で僕が優勝した運動会だった。
城に帰って運動会後の宴会である。
「魔王様。素晴らしい相撲でござりました。先日はチート様との試合を嗾けるような事を申しまして、まったくもって相すいませぬ」
「ブレッドよ。解かっておったわ。其方がチートと儂の戦いが見たかった事はの。儂もチートの力を見て、戦ってみたかったのじゃ。わざと其方の挑発に乗ったのじゃ。まあ、負けてしまったがの……」
「魔王様。我らも結構な年でございます。若い世代が強くなってきた事は、王国にとって良き事にございますぞ。あのチートが……あのような立派な相撲が取れるようになるとは……チートが……うっ」
パパンは魔王様を慰めるつもりだったようだが、自分が泣いてしまった。
「ジョージ。立派な息子に育てたの~。其方の子供たちは皆優秀じゃの~」
魔王様は僕の肩を掴んで言う。
「チート。其方は強い。まだ剣は使えんそうじゃが、覚えれば、もっと強くなるじゃろう。いいか、その強さを王国のため……いや、この世界の為に役立てるのじゃ。私利私欲だけの為に使うんじゃないぞ!」
なんと立派な為政者なのだろう。
僕は感激してしまった。
「はい! 魔王様! 僕は王国の為、世界の為に働きます!」
「ところでチート、あの可愛い狼はどこじゃ?」
「へっ?」
僕はルールーを呼んだ。
「おうー! ヨシヨシ! お前を撫でたかったのじゃ!」
魔王様はルールーを撫でている。ルールーの頭を撫でようとして躱されたぞ。
あっ! ルールーが魔王様の頭を甘噛みしている。
魔王様の頭はルールーの口の中だぞ。
「ハッハッハ! なんと可愛いやつじゃ! ホッホッホ!」
魔王様が喜んでいるから、まあいいか。