第二十話 ブレッド連隊長と俵と
長距離競争準決勝の余韻も冷めて、次は力系の競技だ。
競技場には十六人の力系の決勝進出選手。僕とブレッド連隊長はシードだった。
一人一人紹介されていく。皆大きな体だが、僕やブレッド連隊長よりは一回り小さい者ばかりだ。
競技場の真ん中で競技は始まる。
一番遠い観客は五百杖以上離れているはずなのだが、今世の世界の人間は、前世の世界に比べて格段に目が良い。
はっきりと僕ら選手の表情まで見えるようだ。
集まっている決勝進出者を見てみると、ほとんどが獣族や魔族の血が濃い者達で、人族は僕だけ、エルフ族の血が濃い者はいない。
走る競技では獣族が少なく、他の種族は均一だった。
力系の競技では魔法が使われないのだ。走るのに使う魔法以上に大変難しいらしい。
今日の力系の決勝は俵運びだ。大穀倉地帯のゲラアリウス領では米も作っていて、俵も前世日本の物に似ている。ただしサイズがかなり大きく、一俵が百脈鐘(百キロ)ある。
俵をいくつ持ち上げて運べるかを競うのだ。
運ぶのは時間を掛けても良く、俵を落としたら失敗となる。三回失敗で競技終了となる。
十俵から初めて、俵の数が増えていく。試技はしなくてもよくて、前世での重量挙げに近いルールだ。
ブレッド連隊長は十俵の試技はしなかった。
僕は十俵に撒きつけてある紐を無造作に持って持ち上げる。十歩ほど歩いて規定の位置に置く。簡単に試技成功だ。
ワ~!!!
大歓声を受けて、僕は手を振る。
一回目の試技で運べたのは、僕を含めて七人。二回失敗して運べたのが一人だった。
三回失敗した選手は残りの僕ら選手と握手して、観客に手を振り去っていく。観客も拍手で見送る。
試技は進んでいく。選手が失敗するたびに観客は大きなため息を漏らす。成功すれば拍手喝采だ。
十八俵を運べたのは僕を含めて三人になった。
ブレッド連隊長はまだ試技をしていない。
十九俵を運んで観客の歓声を受けて手を振っている時、前の二人の歓声より小さい事に気が付いた。
そうか、僕とブレッド連隊長は一位と二位がほとんど決まっているのだ。と、いうことは前の二人が賭けの上では重要な三位を争っているはずなのだ。いけない、いけない、盛り上がる所を邪魔していた。
僕は二十俵からの試技をしない事にした。
二十二俵で決着が付いた。王都から来た選手が三位となった。
その後二十三俵で三回失敗して競技場から去っていった。大歓声と拍手で見送られる。
いよいよ僕とブレッド連隊長の二人だけだ。
審判がブレッド連隊長に何か聞いている。そして僕の方にやって来た。
「チート様、ブレッド様は三十俵から始めたいと仰っていますが、チート様は、どうされますか?」
「僕も三十俵からでいいよ」
試技を始めるブレッド連隊長に大声援が起こる。ブレッド連隊長の手が、俵を束ねている鉄で編んだ紐に手が掛かると観客は静まり返る。
持ち上がった!
ブレッド連隊長はそのまま止まる事なく規定の位置に俵を置く。成功だ。
ウォワ~!!!
地響きが鳴るほどの大歓声だ。
ブレッド連隊長は荒い息をしている。観客に手を振っている。
いや、目線の先には奥さんのリディアさんがいた。奥さんに手を振っていたのだ。かっこいい!
僕は俵の紐に手を掛ける。持ち上げる!
歩いて規定の位置に俵を置く。
大歓声。
僕はダレナに手を振る。ダレナと隣にいる学生服のママンが手を振り返す。
う~ん、ママンにも手を振らなくちゃ。
また審判と打ち合わせして、次は三十七俵になった。
ブレッド連隊長の手が紐に掛かる。静まる観客。
ブレッド連隊長の体に気合がこもる。……上がった!
一歩一歩、歩を進め、俵を置くまで慎重だった。絶妙にバランスを取っている。
成功だ!
大歓声!
先ほどよりも荒い息のブレッド連隊長は、今度は全方向の観客に手を振っている。
そして審判を呼び競技の棄権を伝えた。
「ブレッド連隊長。もう止めちゃうの?」
「ええ、チート様。某も結構な年です。そんなに何回も俵を持ち上げれませんわ。去年の記録を一俵上回ったので良しとしまする」
僕とブレッド連隊長は握手をして、肩を叩き合う。それを見た観客は大拍手だ。
「ちょっと聞いておきたいんだけど。僕は去年、何俵運べたの?」
「ハッハッハ! チート様、忘れてお出でか。七十五俵でございますぞ」
七十五俵というと七.五鐘(七.五トン)だな。もっと運べそうなものだが……。
残りが僕一人になったからなのか、ママンの応援が始まっている。三三七拍子は観客全員で手拍子を打っている。
僕は次を五十俵にしてもらって、運び終えた。これで一位は決まった。観客の大歓声に手を振って応える。
百俵にしてもらった。
たぶん問題はバランスなのだ。開拓の手伝いで、大木を持ち上げる僕には、この重さは簡単に持ち上がるはずなのだ。
僕は百俵の重心を探りながら紐を持つ手を少しずらす。この辺だろう。観客は静まり返っている。
ひょい!
歩いて規定の位置に置く。
ウォウォワ~!!!
僕は観客に応える。
バランスだ。バランスさえ上手く取れれば、いま運んだ百俵の十倍以上は運べる。
きっと去年の僕は、たとえ簡単に持ち上げられてもバランスを取れなかったのだと思う。
次は千俵にしてもらいたかったのだが、三百俵しか用意していないそうだ。
三百俵を紐で縛る用意が整うのを待つ。
ママンの応援団がずっと応援を続けている。
僕が紐に手を伸ばすとピタリと応援がやむ。
僕は力を込める。
マナの流れが認識できた。
三百俵はすっと持ち上がった。
俵を規定の位置に置いた時、今までにない大歓声が起こる。
観覧席は最高潮となった。
僕の俵運びの記録は三百俵。その先は棄権する事となった。
正確に百脈鐘を測った俵が、それ以上用意していないので仕方がない。
しかし観客は大興奮だ。
目の前で、人間が信じられないくらいの俵の山を運んだのだ。
僕は観客の拍手と歓声に応えて手を振る。
−−−−
運動会の一日目が終わり、僕らは城に戻って食事会だ。
「チート! 凄かったよ! 速かったよ! 強かったよ!」
ジェームスが僕の側を離れない。キラキラした目で僕を見上げる。
嬉しい。甥に尊敬されている!
「そうかい。いつも通りの力を出しただけだよ」
「凄いよチート!」
隣の席に座っているジェームスは僕の体をペタペタ叩く。どうも子供の行動は共通してるな……。
「おう、確かに凄うござったな。まさか某の三十七俵の十倍近く、三百俵を運ばれるとは。それも余裕がございましたな!」
ブレッド連隊長が褒めてくれる。
「どうもチート様は魔王様の力を超えられたようですな~!! ハッハッハ!!」
魔王様の前で、そんなに大きな声で……
「なにっ!! ブレッド! 其方、今何と申した!!」
「はっ、チート様が魔王様を超えたと申しましたが……」
「ほほ~。確かにチートの足は凄まじく速い。だが力なら、儂の方が上であろう」
「まっ、口だけなら何とでも言えますわな」
「うぐぐっ……。よしっ! チート! ここで相撲を取るぞっ! まいれっ!!」
……。どうしたものか。
「まあまあ、魔王様。三日目の最終競技が、チート様にハンデのある相撲でござる。某の出場枠を差し上げますので、魔王様はハンデなしで出場されれば良うございましょう」
「良しっ!! 国民達の前で、儂の力を示そうぞ!!」
う~ん……、魔王様が盛り上がってるな。
いいのかな。僕はアレックやパパン、兄ちゃの顔を伺うが、皆平気な様子だ。僕が勝っちゃうと思うんだけど……。
「ガッハッハ!! 儂の勝利の前祝いじゃ! 飲もうぞ!」
ブレッド連隊長も魔王様も、笑って酒を飲んでいる。パパン達も笑っている。
僕ひとり魔王様に勝ってもいいのか心配しているのが馬鹿らしくなってきて、皆と共に笑って食事を続けた。
−−−−
食事が終わって、アレックに聞いてみる。
「ねえ、僕は魔王様に勝ってしまってもいいの?」
「なにを言ってるんだチート。勝負はやって見なければ解からない。勝負事には全力で当たるだけだ。走る事でも黒白でも、全力で勝とうとするじゃないか。相撲でも同じだ。全力で勝ちにいけばいいんだ。おかしな事を考えるな」
そんな物なのかなあ。