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第二話 賢くなったチート

「で、お前は誰なんだ?」


 アレックの右手は剣の柄を握っている。


「……ぼ、僕は、チ、チートなんだな」


「変な話し方はやめろ!」


 んっ! 某画伯の真似は通用していなかったのか!


 アレックは剣を抜いた。


「誰なんだと聞いている」


 どうしよう……。でも不思議と恐怖は無い。

 何と言うかアレックは特別なのだ。

 僕はアレックと一緒に育ってきた。あまりはっきりしない今世の僕の記憶でも、アレックと一緒に行動している物がほとんどなのだ。

 

 なぜ恐怖が無いのか? それは、剣を抜いて迫っている相手がアレックだからだ。

 

 アレックが僕を傷つける事など無いと、心の底から信頼しているのだ。

 

 前世の記憶を使って合理的説明を考えようかとも思ったが、それは止めた。

 正直に話してしまおう。


「チートだよ。違う世界の人の心が混ざっちゃったみたいだけど、チートだよ」


 アレックは表情を変えない。

 僕にはアレックがどんな気持ちなのか、ぼんやりと解かる。生まれてからずっとアレックと一緒に居るのだ。ずっとアレックの顔を見てきたのだ。

 アレックは葛藤している。表情はほとんど変えていないが、僕には解かる。

 

 今浮かべているアレックの表情には見覚えがある。

 大森林の中で、僕を襲った熊の親子を斬った時の表情だ。

 僕が不用意に小熊に近づき、怒った母熊に吹き飛ばされた所を駆けつけたアレックが斬った。残った小熊も仕方なく斬った。その時の表情だ。

 もし僕がチートでなければ斬る。仕方なく斬る。そういう表情だ。


「そうか」


 アレックはそのまま剣を収めた。僕が本当の事を言っているのが解かったのだ。

 僕がアレックの表情がよく解かるように、僕の表情からアレックへの信頼を解かってくれているのだと思う。

 そう僕らはずっと一緒に育ってきたのだ。


「で、チート。違う世界の人って、どんな人なんだい?」


 いつものアレックに戻った。


「この地球じゃない地球の人なんだ。えっと……という国に……あれっ! 国の名前が言えないな……」


 僕の話しているのは日本語じゃない。日本語が話せないようだ。

 『日本』という言葉も、今話している言葉では表現できない。

 う~ん、思考のなかで『日本』と考えても言葉ではなく概念のようなもので捉えているようだ。


「……とにかく、ある島の国に住んでいたんだ。僕は多分四十歳くらいまで生きていたと思う。どうやって死んだのかは記憶にないんだけど、四十歳くらいの記憶はあるんだ。奥さんと三人の子供がいたよ」


「ふーん、面白いね。チートが三人の子供の父親かー。奥さんはどんな人だったの?」


「うん、とても綺麗な人だよ。僕は大好きだ。子供達も良い子だよ」


 前世の家族の事は良く覚えているのに、どうも遠く感じる。不思議だ。

 前世の記憶の方が、今世の記憶より分厚いのだから、前世の人格が僕の人格になってもよさそうだが、僕は自分がチートだと思っている。前世の名前を思い出そうとしても、チートとしか思い出せない。前世の家族の名前も思いだせない。

 

「ところでアレック、僕は今何歳なの?」


 今世の僕の記憶では、数を把握するのが困難な事が解かる。自分が何歳なのか? アレックは何歳なのか? 兄ちゃや姉ちゃは何歳なのか? さっぱり解からない。


「チートは今十四歳。俺は十六歳。兄さんは二十七歳。姉さんは二十四歳。ダレナは二十歳。お館様は七十六歳。サリア様は六十八歳だ」


 アレックは感がいいんだな。僕が疑問に思った家族の年齢を全部答えてくれた。パパンもママンも随分年寄りなんだな。四十歳くらいにしか見えないが。今世のこの世界の人々は歳を取りにくいのかな。うん?まてよ、一年の長さが前世と違うかもしれないぞ……。


「一年は三百六十四日。一日は百刻。一刻は千脈。そして一脈はこの拍子くらいだよ」


 アレックはそう言って手拍子を鳴らし始めた。


 パン! パン! パン! パン! ……


 アレックの頭の回転の速さに驚いた。僕が疑問を持った表情で、前世との時間の比較に気づいたのだろう。そして、時間について説明しようとしている。


 パン! パン! パン! パン! ……


 多分、手拍子の間隔は一秒よりほんの少し短いようだ。そして一秒で二拍子はない。一拍子が〇.八秒位。つまり一脈は〇.八秒、えっと、一刻は八百秒か。十三分として一日千三百分、二十二時間くらい。

 一年は前世の世界とほぼ同じくらいか、ほんの少しこちらの世界が短いくらいかな。


「ありがとうアレック。よく解かったよ」


 アレックが面白そうな表情になった。ほぼ変化が無いように見えるが、僕には解かる。きっと僕が理解できたことを面白がっているんだと思う。

 僕が考える事が出来るというのが解かったんだと思う。んっ! ひょっとして、どのくらい考える事が出来るか試したのかな?


「で、その違う世界では、どんな生活を送っていたんだい?」


「えっとね、僕が生まれたのは、その島の国で一番大きな街で……」


 話は僕が眠くなるまで続いた。この世界で僕が解からないこともアレックに聞きながら長いこと話した。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



「なんと! チートが賢くなっとというのか? あの雷に打たれて、チートが賢くなったのか?」


 アレックの説明を聞いてパパンが驚いている。使用人を部屋の外に出して、城の食堂には家族七人だけだ。

 

 みんなで朝食を取った後、アレックがみんなに僕のことを説明したのだ。ただし、僕に前世の記憶が出来た事は伏せてある。朝起きてアレックと打ち合わせしたのだが、やはり前世の記憶というのは、まずいみたいだ。悪霊が付いたと思われるらしい。アレックは悪霊などというのは存在せず、まったくの迷信だと言うのだが。

 

「そう言えば、昨日は忘れていた食事の仕方も、思い出したわね。チートちゃんの顔も大人っぽくなった気がするわ」


 朝食で、嬉しそうに僕の食事の世話をしようとした時に、食事の仕方を思い出したと言ったら、がっかりしていたママンがそう言う。


「でもアレック、そんな事があるの? 雷に打たれたからって賢くなったなんて聞いたことも無いわ」


 姉ちゃが疑問を呈した。まあ、僕も自分が今の状態でなければ信じないだろう。


「俺もびっくりしたんです。でも昨日、時間の事を話していたら理解してるみたいなんです。大まかな刻を解かってるようなんです」


「そうだチート、いまの刻を言ってごらん」


 アレックに振られたので、今の時刻を考える。たぶん午前八時頃と思う。ということは、二十四分の八で、三分の一。〇.三三三……。


「さ、三十三刻くらいなんだな」


 アレックとの打ち合わせで、いきなり賢くなるのも不自然なので、あの変な話し方をしろと言われた。某画伯の真似復活である。


 兄ちゃが懐から何かを取り出して眺める。懐中時計かな? この世界にも懐中時計があるのかな? 


「三十二刻。う~ん、刻が解かるのもすごいんだが、チートは五以上の数は解からなかったよな。これは、ほんとに賢くなったのか!」


 えっ! 僕は五以上の数が解からなかったのか。ぼんやりさんだとは思っていたが、それほどまでに数も苦手だったとは。


「チート、ここに何人いるか言ってごらん」


 アレックがまた質問する。


「な、七人なんだな」


「それならチート、ここから俺とダレナが出て行ったら何人になる?」


「ご、五人なんだな。アレックもダレナも一緒にここに居てほしいんだな」


 ちょっとアドリブも入れてみた。

 みんなが驚いた表情で僕を見つめている。奇跡でも見ている表情だ。……多分、これは奇跡なんだろう。


「チートが……チートが……賢くなった……」


 姉ちゃが泣いている。それを見たママンも泣き出した。さらに、ダレナも泣き出した。


「うっ! チートが……賢く……かし……」


 ダレナは言葉にならないようだ。


「こんな天使のようなチートちゃんが! 神様が生まれ変わって赤ちゃんになったようなチートちゃんが! 王国中で一番かわいらしいチートちゃんが! 頭まで賢くなってしまうなんて!」


 泣いていたママンが目を爛々とさせて僕に抱きついてきた。それにつられて姉ちゃとダレナも抱きついてきた。

 僕ら家族は何かと言うと抱き合うのだ。今世の記憶にみんなで抱き合って喜んだりしている記憶が多く思いだせる。


「うぉ~! うっ、うっ、うぉ~ん! うぉ~ん!」


 野太い声でパパンが泣き出した。相当に堪えていたみたいだ。堰を切ったような泣き声だ。


「チート。チート。チート。あぁ~! チート!」


「チートは~。チートは~、賢くなくとも、我が家の立派な息子だ~。領地の中で一番の力持ちだ~。領地の中で一番足が速いのだ~。うっ、うっ」


 パパンが泣きながら僕を褒める。パパンの泣き声は僕の琴線にふれる。なんとも、悲しいような嬉しいような不思議な気分になる。


「うっ、うっ。チートが賢かったら……賢かったら……。我が家の領地は広いのだ。分家として立派な領主になれるのだ。いつも、いつも夢みていたのだ。うっ、うっ……」


「父上!これはすごい事です。チートは、勇者と謳われた初代ゲラアリウス公にも匹敵するほどの体躯じゃないかともっぱらの評判です。これに賢さまで加わったなら……すごい事ですよ!!」


 兄ちゃが、とても興奮している。兄弟の確執などみじんも無いんだな。本当に僕は家族に愛されているんだ。


「お館様。チートは賢くなりましたが、あくまで物事を理解する力を得たのだと思われます。つまり、勉強して知識を身につけなければ本当の意味で賢くなったとは言えません」


「お~アレック! ならばお前が教えてやってくれ。お前は、この領地……いやきっと王国でも数少ない天才児。チートに知識を授けてやってくれ」


 さすがアレック。打ち合わせの通りに進んだ。

 それにしてもアレックは王国でも数少ない天才児なのか。只者では無いとは思っていたが……。




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