第十六話 悪役令嬢の正体
円盤で沢山遊んだ後、城に戻ると、ジュリア様が王宮からやって来ていた。
「おーほっほっほっほっほ!! チート殿にアレック殿。お久しぶりで御座いますわね。運動会と言うのを観覧に来ましたわ。おーほっほっほっほっほ!!」
扇子を優雅にユラユラ揺らしながら、僕らに挨拶する。
ジュリア様は、いつも芝居がかって見える。
ジュリア様が何故か自然にルールーの背中を撫でている。
「ジュリア様、ようこそいらっしゃいました。ごゆっくりしていって下さい」
僕もアレックも、目上の者に対するお辞儀をする。
−−−−
ジュリア様を囲んでの食事会だ。ゲラアリウス領の中心メンバーは皆参加している。
城から離れた地方の代官たちも、運動会観覧の為に城下に来ている者が多い。多くの者が食堂に集っている。
いつもは一緒に食事しているルールーの姿は無い。さすがに王族と狼を一緒に食事させる訳にはいかない。
「先ほど会いましたけれど、……狼を飼ってらっしゃるんですね。ルールーでしたっけ。大きくて、かわいらしい……狼ですわね。私も、昔から……狼は大好きでしてよ」
ルールーの事が話題になった。
ジュリア様は狼と言う度につっかえるな。
王都では狼を飼うのかな? ゲラアリウス領では、飼われてる狼はルールーだけだろうと、アレックが言っていたぞ。
「私も、……狼が欲しくなったわ。ルールーのような、良く馴れた……狼は、どこに売っているのかしら?」
「まあ、ジュリア様。ルールーは買ったのでは有りませんわ。狩りの途中に出会って、チートの後を付いて来たんです。チートには、牛使いと同じような、動物と心を通わせる能力があるそうなんです。珍しい事に、金色狼と心を通わせたようなのです。残念ながら、狼を売っている店はゲラアリウス領には有りませんわ」
「そうなのですか。残念ですわ。王都には……狼を飼う習慣は無くて、ルールーを見て、このゲラアリウス領ならば……狼を飼う習慣があるのかと思ったのですけど」
姉ちゃの答えに、ジュリア様は落胆している。随分、狼が好きなんだな。
「狩りと言えば、チート殿は竜を二十頭も仕留められたそうで。それも素手で倒されたと評判ですわ」
「いえいえ、それは噂ですよ。僕が素手で倒したのは一頭だけです。それに狩りの指揮は、こちらのブレッド連隊長が取って、沢山の仲間達と共に竜を狩る事に成功したのです」
「ワッハッハ! 王女様。チート様の活躍がなければ、竜を二十三頭も狩れた、などと言う事は有りえませなんだですぞ」
「まあ、ゲラアリウス領の方々は武に優れてらっしゃるのですね。大森林に面した、この辺境の守りは大変重要ですわ。皆様のような精鋭に守られて、王国は安泰ですわね。おーほっほっほっほっほ!!」
やっぱりそうだ。かなり自然には見せているが、ジュリア様の笑いは芝居だな。
笑い方は誰かの真似に違いない。ジュリア様の表情は読みにくい。楽しんでいるという事が解かるくらいだ。
アレックを見ると、いつも通りの無表情だが、ジュリア様を興味深そうに眺めている。
絶対アレックも何かに気づいている。はっきりとは表現できないのだが、ジュリア様は普通の人と違うのだ。王族だからでは無いと思う。
その後、ジュリア様とは、僕の家族も加わって、色々な話しに花が咲く。
「今、ゲラアリウス領では、黒白というゲームが流行っているのですよ」
何気なくママンがそう言った。
「黒白? 聞いた事のないゲームですわね。どの様な物ですの?」
「ご興味が、お有りでしたら後ほどサロンに参りましょう。お教えいたしますわ」
ママンの黒白(囲碁)熱は冷めず、城の中にサロンまで作っていた。
そこには、貴族や商人、その奥様連中まで幅広く通っていた。
−−−−
僕とダレナと姉ちゃとは、ママンのサロンに付いて行く。アレックは蔵書部屋に引っ込んで、パパン達は飲んで盛り上がっている。
「おーほっほっほっほっほ!! 新しいゲームは楽しみですわ」
「本当に面白いゲームなのですよ。我が家の天才アレちゃんが発明したゲームなのです」
「アレちゃん……ああ、アレック殿がお作りになられたのですか」
サロンには、いつも数十人の人が黒白(囲碁)を打っているのだが、今日はジュリア様を招いての食事会という事で誰も居ない。
使用人が黒白盤(碁盤)を持って来た。
ママンが黒と白の石を掴んで説明しようとしていると、見る見るジュリア様の顔色が変わってきた。
赤くなって興奮しているようだ。
「こ……これは! アレック殿はどこにいますか!」
「へっ? どうなされましたジュリア様?」
「いいから! アレックはどこなのよ!」
ジュリア様が非常に興奮しているのが解かる。どうしたんだ。
「どこにいるのよ!! 早く言いなさい!!」
ジュリア様は僕の胸倉を掴んで揺さぶる。
怖い。そうだ、困った時は某画伯の真似だ。
「ア、ア、アレックはどこに行ったのかな。ぼ、ぼ、僕は、し、知らないんだな」
「何を、……某画伯みたいなしゃべり方してんのよ! あんたらいつも一緒に居るじゃないの! どこに居るのよアレックは!」
突然のジュリア様の剣幕に皆驚いている。僕はオロオロしている。
「ジュリア様、どうなさいました。あなた様はアリウス王国の王女様ですよ。そんなに取り乱す物では、御座いません事よ」
さすがママンだ。落ち着いている。
はっとしたジュリア様も落ち着きを取り戻した。
一番ほっとしているのは、ジュリア様に付き従っていた執事と従者のようだ。
「おーほっほっほっほっほ!! 私、少し興奮いたしましたわ。ごめん遊ばせ。アレック様の発明されたと言う、このゲームがあまりに素晴らしそうだったので褒め置きたいと思っただけですわ。後でゆっくりお会い致します。おーほっほっほっほっほ!!」
ママンが黒白(囲碁)を教えている。ジュリア様も大人しくしている。
「は~、このようなゲームだったのですね。なかなか難しいものですね」
ジュリア様は、ママン達と和気あいあいとゲームを楽しんでいる。
僕は先ほどのジュリア様の様子を思い返してみる。
どうも腑に落ちない。なぜジュリア様は某画伯の事を知っているのだ?
そう言えば最初に会った時も悪役令嬢がどうのと、おかしな事を言っていたな。
ジュリア様の普通の人とは違う雰囲気……それは僕自身が持っている雰囲気なんじゃなかろうか……。
ジュリア様は僕と同じように前世の記憶があるのかも。それも、某画伯を知っているのなら、日本で、時代も近しいんじゃ……。
「チートちゃん、アレちゃんは蔵書部屋でしょ。ジュリア様は、お休みになるそうだから、その前に案内してあげて」
ママンはジュリア様をアレックに会わせても、大丈夫だと思えたようだ。
一緒に来ようとした姉ちゃとダレナを引き止めて、黒白(囲碁)で遊んでいる。
ママンは何かを感じ取っている。ジュリア様の事は、僕とアレックに任せるつもりだな。
−−−−
「どうなされました? ジュリア様」
蔵書部屋に入って挨拶もせずに、じっとアレックを見ていたジュリア様に、アレックが声を掛けた。
ジュリア様が、執事と従者に人払いを命じた。残ろうとしていた従者は、ジュリア様の強い命令で、しぶしぶ部屋の外に出た。
蔵書部屋には僕とアレックとジュリア様の三人だけだ。
「あなた、……この国以外の国の記憶があって?」
ジュリア様は僕をチラチラ気にしながらアレックに質問する。
もう間違いない。ジュリア様も前世の記憶があるのだ。
アレックは蔵書部屋にあった地球儀を取り出す。そして僕に渡した。
「俺は王国から出たことはない。行った事が無いはずの場所の記憶も無い」
アレックは全て解かったようだ。僕もアレックの意図が解かった。
僕は地球儀の一点を指さしてジュリア様に見せる。
「仲間だね」
『日本』に相当する言葉はこちらには無い。
ジュリア様は『犬』に相当する言葉が無いので、『狼』と言いなおしていた。
今も『日本』と言おうとして『この国以外の国』と言いなおした。
きっと独学で、この世界の言葉と、前世の記憶の概念との整合を行なったのだろう。
僕はアレックのような天才的な教師がいたので、言葉がつっかえないのだと思う。
「うふふっ。仲間なのね。チート殿の方なのね。私にも、ここの記憶があるわ」
ジュリア様も僕が指さしている地球儀の日本の位置を、指さす。
「俺も知っている。チートから聞いたんだよ。俺達は秘密を共有する仲間だな。お互い名前を呼び合おう。チートにアレックにジュリアだ」
「いいわよ、アレック。やっぱりチートは雷に打たれた時に転生したの?」
「転生? ……うん、そうだよ。前世の記憶が混じっちゃったって事だよね。ジュリアは、疑っていたんだね。あの悪役令嬢っていうのは何なの?」
「ははっ。悪役令嬢を知らないのね。道理でね。いいわ、前世の記憶が沸いてきてからの話よ……」
ジュリアは話を始めた。
ジュリアが転生したのは、五歳になった時のことだった。
ジュリアは動物や草花の好きな子供だった。花摘みをしている時に小さな竜巻に吹き上げられ、落下し気を失って、三日ほど寝込んだ。
起き上がると、前世の記憶があった。この事は誰かに言ってはいけない事だと解かっていた。そして誰にも話した事はない。
前世での最後の記憶では三十代目前の女性の研究者だった。
研究所と自宅の往復で、趣味は物語を読むだけの生活だった。
転生は、よく読む物語の主要なテーマだった。
魔王や勇者の生きる世界に転生した主人公が活躍する物語だ。
ジュリアは魔王の娘。読んでいた物語にこのパターンは無い。
大体、勇者に転生するのがパターンなのだ。
そして、勇者は魔王を倒す。
しかし、魔王というか父は、顔こそ怖いが、とても優しい人で、国民にも善政を敷いていた。
倒されるべき魔王などではないのだ。
そもそも、勇者の家系というのが王国に存在している(ゲラアリウス家の事である)。
ジュリアは、自分は勇者では無いと考えた。
ジュリアは、勉強をしながら何をするべきかを探した。
剣を始めとした武道も一生懸命学んだ。魔法も学んだ。
何を学ぶにも、王都大学が近くにあったので、教師には事かかなかった。
少し大きくなってきて、従兄のブリアの存在が気になりだした。
二つ上のブリアは、今は亡き前魔王である伯父の一人息子である。
ブリアは美男子に成長していた。
そうか、彼と夫婦になって王国を繁栄させる物語なのだと思った。十歳の時だった。
内政である。
王国の富を増やそう。事業を立ち上げるのだ。
お金儲けしようと思うが、前世の知識がまったく役に立たない。
手始めにお菓子を作ろうとした。前世に食べた事のあるお菓子は、似たような物が存在した。それも全ておいしい。
食べ物屋は、全て駄目。
前世での、おいしいと思う食べ物を再現しても、似たようの食べ物は必ずあって、すべてが美味なのだ。
本だ……本は沢山流通していて、活版技術もすでにある。
ゴムだ……ゴムも存在した。馬車の車輪にはゴムが使われていた。
農法はどうだ……食料増産につながるような農法など知らなかった。
武器だ……爆発させるアノ武器だ。爆発させる黒色の粉を作ろうとするが、うる覚えの物質は手に入るが、混ぜて火を点けても爆発しない。いくら比率を変えて実験してもまったく成功しない。
「……おかしいのよ。前世の知識が全然お金にならないの。物語では、こんなパターンはないわ。で、気づいたの。そもそも王国の富を増やす必要がないの。王国は世界の食料倉庫で、もっとも豊かな国なの。武器を作ったって、売れるのは、昔戦争した帝国ぐらいの物なの……」
意味の無い事をしていたジュリアは愕然としたそうだ。その時十五歳。
十七歳の立派な青年に成ったブリアには恋心を抱いていた。
ブリアは王都大学で学んでいた。ジュリアもこの年、正式に王都大学に入学した。
そして一人の娘が大学に入学して来た。
「……来たのよ。来てしまったのよ。この物語での私の役割が解かる日が……」
入学して来た娘は、辺境の貧乏貴族の娘だった。
王都大学に入学するには結構お金が掛かる。本当ならば王宮に勤めなければならないはずの、娘だったのだが、頭脳明晰という事で、王国が学費その他を支給する。
ジュリアと同じ年の、その娘は、天真爛漫で誰からも好かれる、頑張りっ子だった。
忽ち、多くの男子大学生が、娘に夢中になってしまった。その中にはブリアも含まれていた。
「……解かってしまったのよ。この物語の女主人公が登場したのよ。彼女の名前はマリーネッタ。まさに物語から飛び出してきたような女主人公なのよ……」
そして気づいてしまった。
マリーネッタが女主人公なら、ジュリアは悪役令嬢だという事を。
悪役令嬢というのは、物語の中で恋敵の女主人公を虐める役回りである。
そして最後は破滅するのだ。
いやだ。破滅するのはいやだ。
破滅を避けるためにジュリアは、まずマリーネッタに近づいた。
マリーネッタは本当にいい娘で、普通に親友になった。
この時点でブリアへの恋心はどこかに吹き飛んでいた。
何よりも破滅の回避だと思った。
「……それから私は、悪役令嬢を演じてきた。物語には悪役令嬢に転生するパターンもあって、破滅回避には、女主人公は虐めずに、悪役令嬢であり続けるというのが重要なのよ……」
破滅の道筋を考えてみると、魔王がジュリアとブリアの結婚を推し進めて、ブリアが反発して、魔王を排斥する。という成り行きしか考えつかない。
だが、ブリアが魔王を排斥するとは、どうしても思えないし、優しい魔王が強引にジュリアとの結婚を推し進めるとも思えない。
そして十八歳になった今年。思わぬ破滅の可能性に行き当たった。
ゲラアリウス家の次男(僕)が、雷で打たれて大層賢くなったと言う噂を聞いたのだ。
ゲラアリウス家は勇者の家系。もし転生が起こっていて、勇者となって魔王に立ち向かってきたら?
「……最初にチートに会った時は、そういう訳だったのよ。それで悪役令嬢と名乗って、反応を見ていたの。今考えると何故それで試せると思ったのか謎だわ。チートのように悪役令嬢を知らない転生者もいるのよね。チートを見ていると転生者と言うより、前世の記憶があるだけって感じだけどね」
ジュリアの言う転生者とは、前世の記憶の性格の方が強く出ているという事らしい。
ジュリアは自分では前世の記憶の性格だと、思っているようだが、あまりに思い込みが強すぎる。
前世では研究者だと言っていた。
物語と現実を混同してしまうような研究者が、いるのだろうか?
僕には、動物や草花が好きだった少女が、素直なまま大人になったように見える。記憶にある物語の影響を強く受けて。
「今回訪問して、……黒白。あれを見たときにびっくりしたのよ。遊び方は知らないけど、あのゲームは確かに前世にある物だった。チートじゃなくてアレックが勇者だったのかと思って頭に血が上ってしまったわ。結局、転生した勇者はチートって事ね。……あの国からの転生って事も物語のパターンどおりだわ」
何か色々と物事の把握がおかしいが……。
「ジュリア。まず一つだけ言っておく。チートも俺も、魔王様に立ち向かおうなんて、これっぽちも考えていないよ。確かにチートは勇者と言われても不思議は無い。ゲラアリウス家は勇者の家系だし、初代ゲラアリウス公にも匹敵する体躯だ。しかし、この国は勇者と魔王が協力して打ち立てたものなんだよ。なぜ勇者が魔王に立ち向かうの? この世界の現実は、ジュリアの前世の物語とは、まったく関係無いんだよ」
「この国の歴史は知ってるわよ。でも、勇者もいたし、魔王もいるし、竜も、魔法もある。ちょっと違いはあるけど、ここは物語の世界よ。まあ、勇者が魔王に立ち向かわないなら、それもいいわ。勇者と魔王が仲むつまじく内政するパターンもあるから」
ジュリアは頑固だ。
この世界が前世の物語の世界だと譲らない。
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その後は、僕の事もかいつまんで話した。やはり僕の前世の最後の記憶の時期と、ジュリアの前世の最後の記憶の時期は、はぼ同じ時期であった。
僕らは同じ日本の同じ時期の記憶を持ち合わせているのだ。
蔵書部屋の扉を開けると、ジュリアの執事と従者が待っていた。
「セバスチャン、待たせたわね。話が弾んでしまったわ。それではチート殿、アレック殿、お休み遊ばせ。おーほっほっほっほっほ!!」
執事と従者も、華麗な所作で僕らに礼をすると、ジュリアと共に部屋に向かった。ジュリアは扇子を優雅にユラユラ揺らしている。
「チート、悪役令嬢って、ああいう者なのかな?」
「知らないよ……」