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第十四話 黒白の嫁姑戦争



 一夜明けて、ゲラフラーノ村の人々は辺境連隊の兵達と共に大宴会の後片付けをしている。

 近隣の村の人々は帰っていった。生活雑貨などを売っていた商人は、もうすこし村で売ってみるようだ。

 

 僕は朝早く起きて、アレックとルールーとで、大森林に入って実験した。

 ルールーがマナを使えるかどうかの実験だ。

 僕が全速力で走って、ルールーに追いかけさせてみる。やはり、駝鳥竜を襲った時の速度は出ない。

 ルールーは竜のマナだけしか使えないようだ。

 しかしマナが使えなくとも、普通の金色狼よりも、ずっと足が速いとアレックは言う。

 ルールーは走る事が大好きなようで、体も普通の金色狼の倍くらいある。僕との共通点があるルールーに、とても親しみを覚える。

 

 今日は城に帰る。

 帰ると思うとダレナにとても会いたくなってきた。ママンにも少し会いたいかな。

 

 メイデンさん始め、ゲラフラーノ村の人々とはお別れだ。

 とくに狩りに一緒だった者とは一ヶ月間も一緒にいたのだ。抱き合って別れを惜しむ。

 姉ちゃはとても仲良くなったメイデンさんと涙を流し合っている。僕達は、ひとしきり、お別れを言い合った。

 

 行きはパパンと姉ちゃとアレックを担いで来たのだが、帰りはルールーがいる。

 どうした物か……。

 ルールーと一緒に行動しないという選択は、僕の頭の中には無い。

 アレックが長い帯のような物を、居残っていた商人から買って来た。その帯でルールーをおんぶして、ゆとりを持たして縛る。

 ルールーは後ろから僕の耳を舐めている。前が見えた方がいいだろう。後は行きと同じように、姉ちゃを肩車して、右肩にパパン、左肩にアレックを乗せる。

 

 よし帰るぞ。

 

 ダッ!!!

 

「オウ~ン!」


 速い速度にルールーが興奮している。

 竜のマナで、同じくらいの速度で走れるルールーは、この速度感覚を知っているはずだ。

 僕の顔の横に顎を置いているルールーは、ずっと前を見ている。

 

 暫く走っていると、パパンがコックリコックリしだした。昨日の大宴会でブレッド連隊長と飲みすぎたんだな。テントに戻っても二人で飲んでいた。

 パパンの足を、右手で押さえて、極力揺らさないように走る。

 

「飛べ~! チート~!」


 姉ちゃは飛び上がるのが好きなんだな。

 

 ピョ~ン。

 

「やっふ~!!」


「オオ~ン!!」


 着地した時にパパンが目を覚ましそうになったが、またコックリコックリしだす。

 

「回れ~!! チート、回れ~!!」


 ピョ~ン。一回転ひねる。

 

「ぐ~ぐる~!!」


「ワォオオ~ン!!」


 ピョ~ン。今度は二回転ひねりだ。

 

「ぐ~ぐ~ぐる~!!」


「オ~ワォオオ~ン!!」

  

 

−−−−



 繰り返し飛んだり回ったりしながら、僕らは城に着いた。

 姉ちゃとルールーは興奮している。パパンは眠っている。アレックは意味なく飛んだり回ったりした僕にあきれている。

 皆を降ろす。

 

「パパン! 城についたよ!」


「おっ……おおぅ。チート、もう着いたのか。お~城に帰りついたぞ。やっぱり城が一番じゃな」


 不思議だな。僕も城に帰り着いてホッとしている。前世でも旅行や出張から帰ると、家が一番いいと思っていたな……。

 

 ダレナもママンも出迎えに出てきていない。そうか、僕らが帰る事を知らされていないはずだ。僕らが一番に帰ってきたのだから。

 

 僕は城の中に向かう。途中、付いて来たルールーにびっくりしている衛兵に、大丈夫だと言って、ルールーも城の中に連れてくる。

 ルールーにとっても、この城が我が家となるのだ。

 

 城に入ると、使用人達はルールーを見て固まってしまうが、僕にお帰りなさいと挨拶する。

 ダレナの居場所を尋ねると、ママンと食堂に居るとの事。



−−−−


 

「待ちなさい! そんなに攻めると死んじゃうじゃない!」


 食堂の前に来ると、ママンの大声が聞こえた。

 

「駄目です! もう待ちません! これは戦いです! サリア様お覚悟を!」


 えっ!? ダレナとママンが喧嘩してるのか! どうしよう。

 

「待ってよ! ダレナ! あなた嫁でしょう!」


「駄目です! 嫁も姑も、この戦いには関係ないのです! お覚悟を!」


 僕はオロオロして食堂の扉を開けられない。その内にママンに早く会いたかったパパンもやって来た。

 

「パパン、ダレナとママンが喧嘩しているよ」


 僕は小声でパパンに教えた。

 

「何! そんな馬鹿な! あんなに仲がいい二人が!」


 パパンも小声だ。

 

「待てといったら、待ちなさい!!」


「駄目です! これで(とど)めです!!」


 二人を止めに入らなければいけないのは、解かっているのだけど、僕とパパンは食堂の扉を開けずに、抱き合ってオロオロするばかりだ。

 ルールーも何故かオロオロしている。

 

「負けたわ~!」


 ママンの大声が聞こえる。 

  

「父上、チートと抱き合って何をしているの?」


 姉ちゃが、アレックと歩いて来た。

 

「いや、アリア、それが……」


 説明を聞かずに姉ちゃとアレックは食堂の扉を開けて入っていった。


「母上、ダレナちゃん。ただいま帰りました」


「ただいま戻りました」


「まあ~! お帰りなさい! アリちゃん!、アレちゃん!」


 ママンは姉ちゃと、アレックに抱きついて帰りを喜んでいる。

 

「お帰りなさい! お義姉さん。 アレック。 ご苦労様でした」


 四人で抱き合っている。あれっ、ダレナとママンは喧嘩していたのじゃないのか?

 

「んっ、ジョージとチートちゃんはまだなの?」


 ママンが扉の影に隠れていた、僕とパパンを見つける。

 

「まあ、ジョージ! チートちゃん! 帰っていらっしゃるなら、早くおいでなさい!」


「わ~! お帰りチート! お帰りなさいませ、お館様!」


 僕とパパンも含めて抱き付き合った。良かったダレナとママンは喧嘩してなかったみたいだ。パパンも明らかにホッとしているようだ。

 でも、喧嘩していたような、二人の大声は何だったんだ?

 

「ねえダレナ、ママンと大声で何話してたの?」


「まあチート、大声なんて出して無いわよ。サリア様と黒白で遊んでただけよ」


「黒白で……」


 『黒白』というのは、前世でのゲーム、囲碁の事である。

 アレックはパズルやゲームが好きで、僕が覚えている限りの前世のパズルやゲームは教えた。

 囲碁は僕にも思い入れがあるゲームである。十代の学生の頃は熱中して、学生の全国大会に出場したこともある。

 ゲラフラーノ村での開拓の手伝いの時に、アレックが囲碁を皆に教えたのだ。

 

「黒白って、これの事か?」


 パパンが興味深そうに、アレックが作った碁盤を見る。『黒白盤』と呼んでいる。

 石を削るのは大変だったのか、碁石は黒めの木と、白めの木を削って作ってある。

 ダレナとママンは碁盤に木枠を付けて、盤の小さい範囲で囲碁を楽しんでいたようだ。

 アレックは初心者に解かり易い中国ルールで教えていた。

 

「そうよジョージ、アレックが発明したゲームなのよ。とても面白いの。開拓村で教えてくれたのよ」


 僕の前世の世界のゲームなどとは言えないので、アレックが発明した事にしてある。


「おう、そういえば、狩りに行ったときに兵達が地面に石を置いて遊んでいたな。この黒白のようだったぞ」


 ゲラフラーノ村でも辺境連隊でも黒白が流行り出していた。もしかしたら王国中で流行るかもしれないな。


「面白そうじゃのう。アレック、儂にも黒白とやらを教えてくれ」


「お館様、政務が溜まっているのでは、ないですか」


「良い良い。アレックがやっておいてくれ」


「俺が出来る範囲の政務は、全部やっております。お館様しか出来ない事もあるのです。溜まっている仕事を片付けたら、黒白をお教えしましょう」


 パパンはうなだれた。よほど政務が嫌いなのかな。

 

「あらっ! この大きい狼はどうしたの?」


 ママンがルールーに気づいた。

 

「まあっ! なんて可愛いの!」


「本当にっ! 可愛いですわ!」


 いきなりダレナとママンはルールーに抱きつく。ルールーをまったく怖がらない。

 おっ、ダレナには頭を撫でさせないルールーだが、ママンには頭を撫でさせているぞ。

 ルールーは僕ら家族を群れに見立てて、序列を付けているのかな。ルールーの上位にはママンとアレックだけと言う事なのかな……。

 

 

−−−−



 城に帰ってからは、ルールーの寝る場所を僕の部屋の中に作ったり、専用のトイレとなる砂場を作ったりで忙しくしていた。

 前世で犬を飼ってた時にトイレの躾けには、時間が掛かったものだ。ルールーと僕は特別な絆があるせいなのか、トイレはここだよと言うだけで済んだ。信じられない。

 

 僕は夕食前にダレナに散髪してもらってから、部屋の風呂に入る。ダレナに背中を流してもらう。

 僕は身も心も、さっぱりした。

 

 夕食を取って、食卓を片付けると、ママンが指図して、使用人が三つの黒白盤(碁盤)を持って来た。

 アレックが作ったのは一つだったので、ママンが更に作ったのだろう。

 

「ジョージはアレちゃんに教えてもらうのね。(わたくし)はダレナちゃんと勝負よ。今度は盤を大きく使って、時間を掛けて勝負するわよ」


「ウフフ、サリア様。望む所ですわ。私もチートの妻です、戦いから逃げはしませんわ」


 ダレナとママンは、ニコニコしながら黒白で戦い始めた。

 どうも、僕らが狩りに行ってから、寝食を忘れるほど、二人して熱中していたみたいだ。

 

 熱中している二人を見ていて、前世の記憶を思い出す。

 僕の十代は囲碁と共にあった。全ての情熱を傾けた。

 職業にするには、少し才能が足りないと諦めた僕は、その後十年くらいは囲碁を遠ざけた。前世のなつかしい思い出だ。

 

 ダレナとママンの戦いを見ると、凄いのだ。とてもルールを覚えてから、ちょっとの腕とは思えないのだ。

 本来なら非常に驚くはずなのだが、別格がいるので、あまり驚かない。

 そう今パパンに黒白を教えているのが、別格さんのアレックだ。

 

 アレックは僕が囲碁を教えると、簡単な盤と石を作ってきたので、盤を小さく使ってゲームをしてみた。

 いきなり僕が負けた。信じられなかった。

 ルールを教えてから何時間も経っていないのに。

 盤を小さく使う勝負では何度やっても負けるので、盤を大きく使ってゲームをしてみた。

 簡単に負ける。何度やっても負ける。

 一子、石を置くハンデをもうらうが、負ける。二子置かせてもらうが負ける。

 ……

 八子置かせてもらって勝った時にはホッとして、アレックは神様じゃなかったんだと思った。

 ありえない程アレックは強い。

 前世の僕は五子置かせてもらえば、職業で囲碁をしている人にでも必ず勝てると思っていた。

 

「あ~、これは負けね。チートは強いわね。頭を使うゲームで、チートがこれほど上手く出来るなんて不思議な気持ちになるわ」


「そうお。ありがとう。僕も頭が使えるようになって嬉しいよ」


 僕の方が不思議な気持ちになる。僕は前世で十年近く黒白(囲碁)に熱中していたのだが、姉ちゃは初心者なのに強すぎるのである。

 アレックに教えてもらっているパパンも、直に理解してアレックと対戦している。

 パパンの打つ手を見ても、初心者が打つような下手な手は打たないのだ。

 

 アレックを見ていたから気づかなかったが、この家族は地頭が良すぎるのだ。

 辺境連隊の兵達は、黒白を教えても前世の初心者と同じようだったので、この家族が特別なのだと思う。

 僕の家族は論理的思考能力を使うゲームに関しては、多分、天才集団なのだろう。

 

「これでどうです! サリア様! 決まりでしょう!」


「オッホッホッホッホ! この手があるのを忘れているわね!」


「あっ!……」


 ダレナとママンの戦いは白熱して来て、声がだんだん大きくなって来た。

 

 皆楽しそうだ。何だかんだでアレックも楽しそうにしている。

 僕はこの雰囲気を覚えている。僕が雷に打たれる前から、こうやって家族で、何らかのゲームで遊んで、団欒していたんだね。

 

 嫁姑の白熱した戦いの声。

 家族の楽しい一時と共に、夜は更けていった。


 


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