第十一話 駝鳥竜
帰り道は、大森林の中の草原地帯を突っ切って行く事になった。草原地帯では僕らの姿ば丸見えになるので、獲物は逃げてしまうから狩りの途中には通らなかったのだ。
「まずい! 牛氈鹿の大群が暴走している。千杖先に迫っている。数千頭はいるぞ!」
アレックが言う。僕らは草原の真ん中だ。皆、解体した獲物を担いでいる。僕はともかく、他の皆は荷物を持ったままでは逃げられないぞ。
荷物を置いて逃げれば、踏み潰されて狩った獲物はめちゃくちゃになる。
「連隊固まれ! 槍の陣を牛氈鹿の群れに向けよ!」
ブレッド連隊長が命令する。
ドドドドッ!!!
牛氈鹿の群れが地響きを立てて迫ってくる。
「防御の魔法! アレック殿! 先頭をお願いする!」
アレックが槍の形になった陣形の先頭に立つ。それに従うように二十人程が穂先の陣形で立つ。
メイデンさんら開拓村の一行と、僕ら領主家族は隊の真ん中に守られている。
「ҐՓҡʞҭ ɬԽՔՖҨɕʞҭɵҷҚʐՂɰҭҸʒԻՎʝɬɳɳҭҸʒԻՎՓҗҭҨɕɵҹɕʎɨʅԻʋՃҍɰɕɵҥɰ」
……「「「「「ҐՓҡʞҭ ɬԽՔՖҨɕʞҭɵҷҚʐՂɰҭҸʒԻՎʝɬɳɳҭҸʒԻՎՓҗҭҨɕɵҹɕʎɨʅԻʋՃҍɰɕɵҥɰ」」」」」……
アレックに続いて二十人程が魔法を唱える。
「「「「ҐՓҡʞҭ ɬԽՔՖҨɕʞҭɵҷҚʐՂɰҭҸʒԻՎʝɬɳɳҭҸʒԻՎՓҗҭҨɕɵҹɕʎɨʅԻʋՃҍɰɕɵҥɰ」」」」
上手くいかなかったのか何人かが魔法を唱えなおす。
ドドドドッ!!!!!!
多い。黒い絨毯のように牛氈鹿の群れが迫ってくる。もう僕以外は逃げれないだろう。いざとなればパパンや姉ちゃ、メイデンさん、周りにいる人を担げるだけ担いで逃げよう。
牛氈鹿の群れが迫り来る。
先頭のアレックにぶつかりそうになった牛氈鹿がスッと避ける。続くどの牛氈鹿も僕らの陣形を避けて通っていく。
ふ~。魔法は上手くいったようだ。こういう事があるからマナは残しておかないといけないんだな。
アレックが何故、槍の陣の先頭に立ったのか良く解かった。
先頭の魔法の防御壁が失敗すると総崩れだからだ。槍の陣の穂先に立つ二十人の内、後ろの方が魔法を失敗していても、先頭のアレックが防御壁を張れていると、牛氈鹿は方向を少し逸らすので、陣形にぶつからないのだ。魔法の掛け方も陣形も上手く出来ている。
牛氈鹿の群れがやっと通りすぎる。
ん! 竜だ。小さい竜だ。
百頭以上の竜が牛氈鹿を狩っているのだ!
「駝鳥竜ではないか!! ブレッドどういたす? 狩るか?」
「狩らいでか!! 勿論の事、狩りまするぞ!!」
「う~ん、どう狩るか……」
ブレッド連隊長は何やら考えている。竜の群れは狩った牛氈鹿を食べている。僕らを気にする様子は無い。
小さい竜と言っても大きい。体長は三杖以上有りそうだ。頭の大きさは獅子より大きいんじゃないか。羽毛があって小さな羽根があるが、飛べはしないだろう……だから駝鳥竜なのかな。
「取り合えず森の中まで引くぞ!」
牛氈鹿の群れは通り過ぎたが、竜の群れに備えて、アレック達は防御壁を崩していない。それを崩さないまま森の中に引いていく。竜達はまったく僕らを気にしていない。
竜を狩るのは森の中で、群れから一番離れている者を大勢で襲うのが基本らしい。
竜の仲間に気づかれれば一端逃げる。気づかれなければ、続けて群れから一番離れている竜を襲うのだ。見通しの良い草原だと、大勢で竜を襲うのを仲間の竜に見られる可能性が高い。
ブレッド連隊長が中隊長達と話し合っている。
竜を何頭か同時に仕留めれたとしても、他の竜に気づかれれば森の中に逃げ込む前に、必ず被害者が出る。
これは狩りなのだ。被害者を出せば狩りは失敗だ。
「ねえアレック、僕が象を狩ったように仕留めていくのは出来ないの?」
僕は疑問に思った事をアレックに聞いてみた。
「いやチート、小さい竜でも、竜のマナは使っている。頭、特に歯と顎はとても強いんだ。チートが頭以外を攻撃できれば、上手く倒せるかもしれないが、噛み付かれれば、チートが使うマナと竜のマナが相殺されてしまう。象のように竜は倒せないよ」
マナと竜のマナを相殺させるのは危険だ。ここ大森林だが竜の地に近いから、薄くても竜のマナの方が豊富だろう。
大体、マナと竜のマナを相殺させる戦法は過去に王国に竜が攻め入って来た時に取った、肉を切らせて骨を絶つような方法なのだ。
う~ん、竜って強いんだな……。
ブレッド連隊長達の話し合いに、パパンと姉ちゃとアレックも混じって、何やら結論が出たみたいだ。
「狙う竜は十頭。二十人程度に分かれて、竜にギリギリまで接近して待機。チート様が、メイデン殿とアリア様を運んで、チート様が竜に向かって走り、竜の首に矢を射る。矢が竜に刺されば、待機の二十人はその竜を仕留めよ。竜に鳴き声を上げさせないのが肝心じゃ。他の竜が気づいて我らに向かって来るなら、直に森の中へ退却じゃ。もし上手く他の竜に気づかれずに十頭狩れれば、次の十頭を狙う」
最初に狙う竜。接近している二十人はパパンが指揮している。竜は牛氈鹿を食べている。時々辺りを伺うが、接近している二十人には気づいていない。
僕の後ろにメイデンさんと姉ちゃが弓を構えている。
サッ!
竜との距離は百杖と少しか。なるべく音を立てずに、竜に向かって走り出す。
半分ほど竜に近づいた時に、メイデンさんと姉ちゃが矢を放つ。
ヒュ!
僕には小さい風の音が聞こえた。
近づく僕に竜が気づいた。逃げないで僕の頭に噛み付こうとする。
ガチッ!!
案外速い。僕は際どい所で体を躱した。躱さなければ、僕の頭があったであろう空間を竜は噛み付き、歯を打ち合わせた。
出来れば、手刀を首に打ち込みたかったが、手が届かなかった。
ブスッ!! ブスッ!!
矢が竜の首を襲う。
やった! 僕の体の影になって矢が飛んで来るのに竜は気づかなかった。
矢は正確だ。胸から少し上の首に二本の矢が刺さる。
気道が切り裂かれて鳴き声が上げられないはずだ。
ズバッ!!
矢が刺さると、すぐさまパパンが竜の首を後ろから切る。両断は出来なかったが、深手だろう。
続いて槍が胸を襲う。竜は鳴き声を上げられないまま事切れた。
僕はパパンが斬った竜が事切れるのをメイデンさんと姉ちゃを小脇に抱えて次の竜に向かいながら見た。
時間との勝負だ。他の竜に気づかれるまでに同じ事を続けるのだ。
サッ!
ビシッ! ブスッ!! ブスッ!!
今度は僕の手刀を当てれた。
ズバッ!!
パパンと同じ様にブレッド連隊長が、竜の首を後ろから切る。僕の手刀もあって、槍で刺される前に竜は倒れた。
他の竜を伺うが気づいていない。次だ。
サッ!
ビシッ! ブスッ!! ブスッ!! ズバンッ!
今度はアレックが竜の首を切った。アレックは竜の首を両断した。
−−−−
順調に七頭の竜を仕留めた。他の竜は気づいていない。
八頭目。
サッ!
ガッ!!! ボフッ!!
ブスッ!!
僕の手刀に噛み付かれてしまった。
マナと竜のマナが相殺されたのだろう、竜の口の中から爆風が吹いた。
僕は体を、なんとか躱して、竜の首に一矢当たったが、もう一矢は口の近くに当たって弾かれた。
まずい。
竜の首を後ろから切りかかった兵も、竜の頭の近くに当たってしまって剣を弾かれた。
僕は噛み付かれている右手に沿って、左手を竜の口の中に入れる。両手で竜の口をこじ開けようとする。
危なく右手を噛み千切られるところだった。
竜が暴れる。僕が竜の口を開こうとする力と、竜が僕を噛み砕こうとする力が拮抗する。
兵達は竜の心臓をや首の後ろを狙って、攻撃しようとするが、竜が暴れるし、後ろ足の爪で槍や剣を払おうとする。
竜は喉の矢と、僕が口を開けつつあるせいか、鳴き声を上げない。
兵達も一言も発せずに攻撃している。
静かな戦いだ。
竜がバタバタと足や小さな羽根を動かす音だけが聞こえる。
拮抗していた僕の開く力と、竜の閉じる力の決着が付いた。
僕が勝ったのだ。
竜の口は裂け、僕はそのまま両手をいっぱいまで広げた。兵達も心臓に槍を突き立てた。
ふ~! 他の竜を伺うが、気づいていない。
−−−−
一順して、十一頭目。
サッ!
ビシッ! ブスッ!! ブスッ!! ズバンッ!
パパンが竜の首を両断した。アレックが竜の首を両断したのを見ていたのだ。
竜の首を両断できたのは、アレックとパパンだけだ。
−−−−
二順した。二十四頭目を狩ろうとしていた時。
「あっ!!」
二十九頭目に狩るはずの竜に接近すべく移動していた兵が、躓いて竜の前に飛び出てしまった。
牛氈鹿を食べていた竜に、気づかれてしまう。
まずい。
僕はその竜に突っ込んで行った。
躓いた兵を竜が襲う。兵は辛うじて一撃目を躱した。
体当たりしようとした僕に竜が気づき、噛み付こうとする。
ボフッ!!
マナと竜のマナが相殺された。
僕と竜は共に弾かれ合った。
弾かれた竜が僕を不思議そうに見る。
自分より小さい僕に弾き飛ばされたのが信じられないのか。
僕は手で兵達に逃げるように合図する。兵達は森の中に逃げる。
どうするべきか。
僕は竜の口に両手を突っ込んで裂いてしまう攻撃ぐらいしか出来ない。
もう少し助走する距離があれば手刀で首を切り裂けるのだが……。
竜に痛みを与えれば、僕が脅威と解かって竜は鳴き声を上げると思う。
だめだ。
竜に鳴き声を上げさせてしまうと、他の竜が気づいてしまう。兵達を危険に晒してしまう。
竜が僕を噛み砕こうと攻撃する。
一撃。
二撃。
三撃。
躱した。
狩りの仲間は、皆森の中へ逃げ込んでいる。よし、僕も森の中へ。
僕は森の中へ逃げ込んだ。