第十話 象に一撃
狩りに来て十日たった。
大森林のかなり深くまで来ている。
最初に大鹿を三十頭仕留めてから、小さな象の群れ八頭、牛氈鹿の大群に出会って、その内の八十頭。
今は、仕留めた八十頭の牛氈鹿の解体作業が終わり、一息ついている所だ。
十分な狩りの成果で、後は帰途に就くのみだ。
「チート、ちょっと実験をしようか」
「なんだいアレック、実験って」
「狩りではマナを節約するように言ってきたけど、後は帰るだけだから少々マナを使っても大丈夫だろう」
「ふ~ん。で、何をすればいいの」
「まず、ここにある岩をおもいっきり殴ってみてくれ。それから……」
アレックが実験について説明する。
−−−−
バシッ!!
い……痛い。手がジンジンする。
「アレック……痛いよ」
「そうか。続けて」
僕は岩から五十杖ほど離れる。思いっきり走って来て岩を殴る。
バシッ!!!
「うっ!」
痛い。拳から血が出てきた。
「アレック! 血が……血が……」
「そうか。姉さん、治してやって」
姉ちゃが来て、僕の拳を摩りながら魔法を唱える。
「ҐՓҡʞҭ ՂʝՂՓՂʝՂՓԻҭұҝʐҚ」
痛みが消えた。
「続けて」
僕は岩から百杖ほど離れて、同じように走って来て岩を殴る。
ドゴッ!!!
岩は二つに割れた。僕の拳は痛く無い。
「今度はこっちの岩で、続けて」
僕はアレックの指した岩から百五十杖ほど離れて、走って来て岩を殴る。が……
ドゴ~ンッ!!!
拳が岩に触れる前に、岩が粉砕された。
……「「「「「お~!!!」」」」」……
僕らが何やら面白そうな事をしていると、集まって来た兵達が拍手している。
「なるほど、おもしろいね。じゃ今度はこれを頭に着けて」
三杖ほどある木の棒が括り付けてある兜だ。
僕はその兜を頭に着ける。
「俺がこの岩の上に立ってるから、岩ぎりぎりを通るように周囲をグルグル回ってくれ。木の棒を寝かせるんじゃないよ」
何だか解からないけど僕は全速力でグルグル回る。木の棒を寝かせないようにするのは結構難しい。
スパンッ!
スパンッ!
スパンッ!
僕が岩の傍を通る度に、アレックが飛び上がって木の棒の先を剣で切っていく。
スパンッ!
スパンッ!
スパンッ!
……
ガガッ!!
……「「「「「お~!!!」」」」」……
アレックの剣が吹っ飛んだ。
柄はアレックの手にあるから、剣が折れて飛んだのだろう。
「チート止まれ!」
僕が止まると、アレックは折れた剣を調べる。剣は辺境連隊の予備の剣を何本も持ってきている。
そして僕の着けていた、兜の先の木の棒を調べる。
「なるほど、おもしろいね。チート、もう兜は外していい。今度は俺の横二杖くらいを通ってグルグル回ってくれ」
僕は言われた通り、アレックの二杖横くらいを全速力で走りぬける。アレックが剣を振る。
シュッ!
シュッ!
シュッ!
ガガッ!!
……「「「「「お~!!!」」」」」……
剣が吹っ飛ぶと歓声が上がるんだな。
アレックは止まれと言わないので、僕はそのまま走り回る。
アレックは新たな剣を持つ。
シュッ!
シュッ!
ガガッ!!
アレックは同じ事を繰り返す。
−−−−
「チート止まれ!」
僕はアレックの所に行く。
「ねえ、アレック。何か解かったの?」
じっと見ていた姉ちゃが、アレックに問いかける。
「チートが全速力で走ると、見えない防御壁が出来ます。これに当たると何でも粉砕されるようです。ここまでは解かっていましたが、鋼鉄の剣も粉砕されました。鋼鉄も粉砕されるなら、全速力のチートに粉砕出来ない物は無いのかもしれません。そして、防御壁はチートの頭の上一杖、横も同じでチートの重心が中心の球形です。地面すれすれまで防御壁はあるのに、地面は削られないと言うことは、防御壁に粉砕される物体が選別されているようです。また、全速力が出ていなくても、ある程度の速度が出ていれば、チートの体自体に防御壁が出来るようです。」
「つまり、速度を加減すると、岩を粉砕したり割ったりが調節できるということね」
なるほど、そういうことか。
−−−−
ドッカ~ン!!!
速度を落としたつもりだったが、岩を粉砕してしまった。兵達は飽きてしまったのか歓声は上がらない。それでも眺めているようだ。
「うっ!」
痛い。今度は速度を落としすぎて拳が痛い。
ドッカ~ン!!!
また、岩を粉砕してしまった。
「うっ! いたっ!」
なかなか調節は難しい。拳が痛くなったので、手刀で木を叩く事にした。
「うっ!」
う~ん。駄目か。
ズパンッ!
おっ! うまくいった。刃物で切ったように、僕の腕くらいの木が、手刀で切れた。
ズパンッ!
うん。さらに太い木も切れた。
ズパンッ!
もっと太い木も切れた。
ドゴッ!
岩がきれいに割れた。手刀だ。
「アレック、手刀の方が調節が利きやすいみたいだよ。剣でやったらどうなるんだろう?」
「たぶん粉砕してしまうと思う。まあ、やってみろよ」
ドッカ~ン!!!
ドッカ~ン!!!
ガリッ!
……
本当だ。剣ではうまく行かないな。
−−−−
かなり上手く調節できるようになってきた頃、アレックから止められた。
「チート、場のマナを使い切ってしまったようだ。俺達が纏っているマナまで使われ始めた。もう実験は止めよう」
言われてみれば、マナが随分薄い感じだ。僕が物を粉砕するのはマナを多く使うらいしが、他の人が纏っているマナまで使ってしまうんだな。
マナは人間の傍には必ずある。
たとえ一人きりで、人里離れた大森林の奥深くに入ったとしても、その人間が纏っているマナと、その人間の周囲に存在するマナがある。
沢山の人間が居れば、マナは多くなっていく。
マナを使ってしまうと、そのマナは数日間は回復しない。
これだけ深く大森林の中に入っていれば、マナは、ここにいる人数分しか無いのだ。
マナは興味深い物質(?)だ。
この世界はマナを中心に回っている。
この世界のお金は、金が必ず含有されている硬貨なのだが、金にはマナを吸着する能力があるのだ。
ただ金に吸着しているマナは一度使うと、次にまたマナの豊富な場所に行かなければ吸着しなおしてくれない。
一刻マーナ(千マーナ)は金十脈脈鐘(十グラム)の硬貨で、平均して人間一人が纏うマナを吸着する。
人里離れた場所に分け入る事も多い辺境連隊の兵達は、ほとんどの者が全財産を持ち歩いている。
いざと言う時に、お金がマナになるのである。
「チート、うまく打撃の力を調節できるようになったみたいだから、狩りをしてみよう。僕の指す方向千五百杖程先に、はぐれ象がいる。粉砕してしまわないように調節して仕留めておいでよ」
よしっ。僕は思い切り駆け出した。
何かを粉砕しない限り、僕の纏っているマナだけでも相当に走れる。
アレックの指した方向は木が多くて先が見えない。
見えた。
僕は象の正面に回りこむ。小さな木も、上手く避けて走れる。
森の中を走るのも本当に上手くなった。
全速力で象に正面から突っ込む。
象は僕が草を切り裂く音で気づいたが、もう遅い。
少し速度を落として手刀を象の眉間に振り下ろした。
ズグッ!!
象は昏倒して息絶えた。
一撃だ。
僕は倒した象を見ている。
十日前の僕なら、たとえ倒せる力があったとしても、象を仕留める事ができたかどうか? 大きな動物を殺すのに抵抗があっただろう。
僕は十日で狩人になった。
僕は倒した象に感謝している。
不思議だな狩人の心とはこういう物なのかな……。
僕が象を担いで戻ると、兵達に拍手喝采された。
素直に嬉しい。一人前の狩人だと認められたみたいだ。
「お~! チート! なんと象を狩ったのか! すごいぞチート! さすが儂の息子よ!」
パパンが抱き付いて来る。
「すごいわ! チート! 一人で象を狩ったなんて!」
姉ちゃも抱き付いて来る。
「よくやったなチート。上手く速度を調節できたみたいだな」
アレックは褒めるけど抱き付いてこない。
恥ずかしがりやだなアレックは。
僕が狩ってきた象の解体作業が終わると、僕らは帰途に就く事となった。