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帝王様の、思い通りにならない世界  作者: 渋谷マコト><。
序章 王宮での非常識な日常と旅立ちに向けての準備
6/45

#6 後宮とハーレム

 携帯に便利だし噛むことで空腹を紛らわせる効果もあるから、お出かけの時に小腹が空いたら噛むことが多いんだってさ。

 しかも歯をツルツルにする効果まである! すごいね!

 

 どうしてそんなものを朝っぱらから食わなきゃならんのだ。俺が言ったからだ。ああ、うん。

 普通の人なら絶対に頼まない。しかし本物の帝王は頼んだことがあったらしい。誰もが想像だにしないことをやってのける人物だったようだ。

 

 そこにはシビれないし憧れもしないし、いい迷惑だ。

 ただの奇人変人のような気がしてきたぞ。

 

 

 □

 

 

 食事が終わると暖かい茶が全員に配られる。食後のコーヒー、ではなくて紅茶みたいな色をした緑茶風味のものだったから、世界観がバラバラだと思った。

 

 それが全てに行き渡ると、メイドさん達は続々と奥の部屋へ消えていった。それを最後まで見届けてから議論が再開する。

 

 俺はその議論を聞いている風を装ってはいたものの、小難しかったり聞き覚えのない単語の連発でどうにも頭に入らない。それでも病み上がりだからか知らないが、俺に意見は求められずに話は進んでいく。

 

 そんなことよりも俺の頭の中では、先ほどの食事の反省会で忙しかった。もっと具体的に話せば良かった――と。今後は献立の一切合切をお任せしよう。トラウマレベルだわ。

 

「して、帝王様。王宮のどの辺りからご覧になりまするか」

 

 不意に話を振られたので、ビクッと体を震わせてしまう。

 いつの間にか議論は終息を迎え、俺の王宮見学の話に移行していたようだ。

 

「ど、どこが良いかのう」

 

 聞かれたところで、どこに何があるかもわからない。

 主大臣はにこりと笑って言う。

 

「そうですな。では後宮を巡られるのがよろしいかと存じまする。帝王様が、床に伏せてしまわれるまでは足繁くお立ち寄りなさっていた場所にありますれば、お記憶を取り戻す良いきっかけにもなりましょうとも、後宮におわすお方々も帝王様とのご再会を心待ちにしておられるでしょう」

 

 俺は冷静を装いつつも心中歓喜した。

 

 今、確かに“後宮”と言った。言いましたとも。

 後宮ってのは間違いない、あれだ。側室が美女でハーレム祭りのムフフなことをする所だ。楯祭りなんかとは事の重大さが違う。

 

 美女のメイドさんをブス扱いする帝王のことだ。後宮ともなればよほどの美人の集まりに違いない。俺こそお会いしたいしお愛したい。

 

 昨日はカレットを見て、モロに好みだ、と鼻の下を伸ばしていたのにも関わらず、今日は後宮と聞くやこの有り様だ。実に悲しい男の性である。しょうがないよね!

 

「うむ。ではそのように計らえ」

 

 主大臣は「はい」と言うとそれが議会の終焉の合図だったかのように言う。

 

「皆の者、聞いた通りだ。帝王様はこれより後宮に向かわれなさる。従って、誰であろうとも面会はまかりならぬ。各々の持ち場に戻られよ」

 

 それを聞いた面々は、平伏した後退室していった。

 部屋には俺と主大臣だけが取り残される。

 

「帝王様が参られると聞けば後宮のお方々も、さぞ喜ばれることにござりましょう」

 

 主大臣はすっかり冷めてしまった茶を一口飲み込むと、ふうと息を漏らした。俺が後宮へ行くってことが、平常運転へのきっかけになるかもしれないから、勝手に期待して勝手に喜んでいるわけだ。

 

 あっはー! 平常運転じゃなくて暴走しちゃうかもしれないんだけどな!

 

「左様か」

 

「もちろんでござりますとも。これで帝王様がご想起あそばせば、私めは心嬉しく存じ申し上げまする」

 

 ここの世界では随分と色んなものを遊ばせているのだな。ごそうき……誤送鬼! 「アンタ! また送り先間違って!」「えーんごめんよお母ちゃん。ガオー」

 俺の脳内ミュージアムは、またしても大変なことになった。

 

「その暁には儀式の成否も明らかとなることにござりましょう」 

 

「儀式が成功すると具体的にはどうなるのじゃ?」

 

 これは気になっていたことではあった。帝王が倒れたから結果がわからない、ということは目に見えてはっきりとした結果が出るわけではないのだろう、と推測できたからだ。

 

「破魔の宝玉――秘石とも申しますな。それを授かります」

 

「破魔の宝玉とな?」

 

 俺が基礎知識に疑問を投げかけるのも、もう慣れた様子の主大臣は「はい」とさしたる動揺もなく答える。

 

 こっちの人間が皆、回りくどくてわかりにくい喋り方をしているのは、ここが王宮で俺が帝王だからだろう。

 かしこまった喋り方でしかなくて、普段遣いの言葉ではない、ということがわかるのは、ロザリンの喋り方がぎこちなかったからだ。慣れない言葉を無理して使っている感じがした。俺も同様なので妙に親近感が湧いている。

 

 妙な言葉遣いの皆の中でも特に主大臣は、謙譲語だか尊敬語だかよくわからんけれども、それを巧みに使っているのか一番長ったらしくて難解な喋り方をしている。

 

 主大臣が一生懸命説明してくれているのだが、俺は言葉の意図を汲み取るのにワンテンポ遅れてしまって、それでも主大臣は先を続けるのでついていくのが精一杯だった。

 

 

 そうしてようやく要領を得たところによれば。

 

 破魔の宝玉は数多の神々から授かる物らしい。これを施した武具は神の力を宿す、と言われていて、その武器で魔物を倒す、というわけだ。

 逆を言えば破魔の武具でなければ強力な魔物には傷一つ付けられないと。

 

 伝説の装備ってところだな。うむ、ますますゲームっぽくなってきたぞ。 

 

 破魔の宝玉、つまり秘石は儀式を執り行った術者の元へどこからともなく降ってくる、と言われているのだとか。

 

「主大臣はそれを見てはいないのかのう」

 

 ふいに質問を投げかける。これは会話についていくのが精一杯な、俺の苦肉の策だ。間を繋ぐためのもの。

 秘石を見てたんだったら成功してたに決まってるし。俺にくどくど聞いてくるわけねえ。

 

 そして主大臣はやっぱり、と言うべきか、頷いた。

 

「残念ながら。儀式が執り行われる、儀式の間へは術者しか立ち入る事を許されておりませぬ。帝王様が儀式をお始めなされてから、5日経ってもおいでになられなかったゆえ、禁忌ではござりますけれども中へ立ち入らせて頂いた次第にござりまする」

 

 俺は冷えた茶を口へ運びながらも、主大臣の言葉を脳内で咀嚼する。

 破魔の儀式ってやつは、帝王が単独で行わなければならないってわけだな。それにしても5日もほっとくとか長すぎだろ。放置プレイかな?

 

「そうしたらわしが倒れておった、という訳じゃな」

 

「左様にござりまする」

 

「その時に秘石は――」

 

「ござりませんでした」

 

 言って主大臣は首を横に振った。

 

「ならば――」

 

 失敗したのだろう。と言いかけたが、主大臣が不憫に思えて口をつぐんだ。捨てられた子犬みたいな目をしてるし。たぶん言ったら泣いちゃう。

 それを見越したのか、主大臣は食い気味に言う。

 

「なれど、秘石が術者の手元に降りる、とは限らないのです」

 

「どういうことかのう」

 

 首をかしげた俺に、主大臣はまたしても長ったらしい説明をする。

 

 術者の元へというのは、術者の近い所へという意味であると捉えられているのだとか。

 どこか別の、離れた場所に奉じられることもあれば、また時を隔てて降ることもあると言われていて、これの期間は最長で7日間らしい。

 そして、それは術者本人にしかわからないのだそうだ。なんでも、儀式が成功すると神の声で秘石のありかが聞こえるとかなんとか。

 

 なるほど。だから帝王の記憶しか頼りがないというわけか。

 主大臣がそこまで気にするのも無理もない話だな。

 その場で秘石を見てないからといって、失敗したとは限らないようだ。

 

「で、ござりますゆえ、成功したのであれば、まず秘石を見つけなければ出発もままなりませぬ」

 

 帝王から誰かに秘石を渡して魔物退治に行かせるんだろう。さしずめ伝説の勇者ってとこか。

 勇者の血を引く少年に秘石とロクに買い物もできないようなはした金を渡して旅立たせ、死んだら死んだで「おお、情けない!」とか言う仕事なのかな。自分は一歩も動かないやつ。

 

「出発する者は決まっておるのかのう」

 

「これは異なことを。私の目の前にいらっしゃるではありませぬか」

 

 えっ。

 

「――なんと申した?」

 

「帝王様の他に誰がいると申されるのでござりまするか」

 

 えっえっ。

 

「魔物討伐の話であるぞ?」

 

「私もそのつもりで話しておりますれば」

 

 えっえっえっ。

 

「わしが? 行くのかの? 魔物と戦いに?」

 

「それ以外に何があるとおっしゃりまするか」

 

 ちょっと待ってストップ。ストップ・ザ・タイム。やめて捨てられた子犬のようなその目で見ないで。

 

「そういうのは騎士とか戦士とか勇者が行くものではないのか?」

 

 戦闘を生業としている人間がいるのならそいつに任せればいいものを。俺は凡人であって、剣を振るったことはおろか、握ったことすらない。さっき部屋で握ったけど。あんなもん回数に入れちゃいかんだろ。

 

「騎士団の話にござりまするか? かの者は手練にはござりまするが、儀式にて神の力を賜った術者でなければ、魔物の前には無力でござりまする」

 

「それは初耳であるぞえ」

 

「説明が足りず、失礼仕りました。破魔の儀式には術者本人に神の力を付与させる、というありがたい実りもあるのでござりまする」

 

 全然ありがたくねえ。俺が戦わなきゃならんフラグが立ってしまっているじゃねえかよ。

 

「神童となった術者本人が近くにあらざれば、秘石はその本領を発揮すること叶いませぬ」

 

 これは異なことを。つまり俺に化物退治に行けって言ってるんだ。

 儀式が成功していたとして、帝王は神童になったかもしれないが俺は平凡な一般人だ。「はーしんどー」くらいしか言えない。

 秘石ってのさえあればどうにでもなるのかと思ったら、とんだ勘違いだった。

 

「なれど、魔物は町や村の中へは入って来ませぬ。これは嘲笑の意味合いも含まれているやも、とは思いますれば、まずは記憶を戻されるのが先決かと」

 

「入ってこない?」

 

「左様で。ですが外に出れば襲ってきますゆえ、国内の移動も命懸けとなってしまうのでござりまする」

 

「ふむ。物資の運搬などにも影響があるだろうな。じゃが、魔物は何故湧いてきたのであろうか」

 

「まるでわかりませぬ。……魔物が突如として現れ始めたのが二年前。魔物達は手始めだと言わんばかりに、町や村から醜い女共をさらって行き申した。……なぜ醜女をさらって行ったのかは、わかりかねまする。魔物の考えていることは予想だにできかねまするゆえ」

 

 ふむ、と相槌を打つ。魔物が現れて人間をさらう、なんてのは、ゲーム好きの俺からしたらありがちの設定なのだが、なぜ醜女なのだろう。そこは当然美女とかじゃないのだろうか。それか無選別。奴隷とかの要素だな。

 

「その魔手が王宮まで届くかどうか、と思われた時に、それはピタリと止んだのでござりまする。それから今現在まで、町や村の中に魔物が侵入した、とは聞いておりませぬ」

 

「それは何故かのう」

 

「私にもわかりませぬ。恐らくはこれも嘲笑かと。いつでもやろうと思えばできるのだ、と。あるいは挑発やもしれませぬ。そして、これには統一した意思を感じまする。つまり手綱を握っている親玉が存在するやもと」

 

 それは俗に言うラスボスというやつだな。それを倒せばハッピーエンドってわけだ。うむ、実にわかりやすい。

 

「いつ魔物の一斉攻撃が始まるやもしれぬと、国民は不安の日々を過ごしておりまする」

  

 だから帝王様に倒して欲しいってか。この世界に来たばかりで、なんの愛着もない人間にそんな慈悲を持ち合わせているのか、俺は。

 

 そんなわけない。そんな聖人君子みたいな人間だったら、呟きアプリが炎上したりネット上にコラ画像バラ撒かれたりしてないやい。

 

 ラーメンにぶっ刺したはずのスティック糊が頭にぶっ刺さっていたし、その状態含め縮小回転されたやつが更にぶっ刺さっていたんだぞ。

 あいつらの発想やべえんだぞバカにすんな。

 それから10時間後くらいには、それらの連鎖で大蛇の如きとぐろを巻いていたんだぜ。

 そんな英雄見たことないし、要らないし。

 

 絶対やだ。死んでもやだ。バッドエンドしか見えないぞ。命懸けで化物と戦えなんて冗談でもない。絶対死ぬ。死にそうな戦いに身を投じるなんて死んでもやだ。死しかねえじゃねえか。

 

「うむ。だがそなたが先程も言うた様に、まずは記憶を戻さねばなるまいて」

 

 とりあえず先延ばし作戦でいこう。ゆっくり考えればいい作戦も思いつくかもしれないし。

 

「仰る通りにござります。さて、随分と話し込んでしまいました。そろそろ参りましょう」

 

 主大臣はわずかに残った茶を飲み干して席を立つ。俺もそれに続く。

 その時またゴーンと鐘の音が響いた。何なんだろこれ。今聞いてもいいけどこの人話長いし、かえってわかりにくいから他の人に後で聞こう。

 

 

 冒険に旅立つのは延ばすに延ばすとして、とにかく今はハーレムを堪能しなければ。

 どうしても化物と戦う羽目になったら逃げ出せばいいさ。そうだ、逃げればいいんだ。どうして思いつかなかった。

 それは逃げてもどうしようもないからだ。勝手のわからない世界で独り立ちできるはずもない。とはわかってはいるのだが、命には代えられない。いざとなったら逃げる。これでいこう。

 

 

 部屋を出ると、ロザリンが待ち構えていた。にんまりと笑って会釈する。

 

「随分と遅うございましたですわね。お待ち申し上げましたですわ」

 

 ずっと待っていてくれたんだな。その小さな体で。これから俺は卑猥な所へ行くのだ。すまん。

 

「帝王様はこれより王宮内を回られる運びと相成った。そなたは王室の掃除でもしているがよかろう」

 

 主大臣が代弁すると、ロザリンはどこか寂しそうな表情をして去っていく。いくら寂しそうな顔をされても連れていけないし、子どもは知っちゃいけません。

 

 

 主大臣に先導され、またしばらく歩く。廊下を歩いていると、窓から外の様子が見えた。そこにはひどく見覚えのある植物の群れが見える。

 

「主大臣、あれは何ぞや?」

 

 視線は窓の外のままに問う。

 

節樹ふしじゅでござりまするか?」

 

 節樹と言うのか。俺から見たらどう見ても竹だったが。木のようなものはそれしか見当たらないので、あの竹は節樹と言うんだな、と納得する。インプットしとかないと。

 もしも間違って竹とか言ったら、何がそんなに高いのかと問われかねない。

 

「節樹がどうかなさりましたか?」

 

「いや、なんでもないぞえ」

 

 まったくこの世界は洋風なんだか和風なんだか、はたまた中華風なんだかはっきりしていただきたい。

 部屋や服装は洋風なのに言葉は日本語だし、やたら漢字を使っている風でもある。

 だが、この世界に来て以来見慣れたものなど何一つなかった俺にとって、それは心を落ち着かせるものだった。

 何の変哲もないただの竹だ。なのに窓がある通路を過ぎるまでずっと視線を逸らせないでいた。

 

 

 □

 

 

 しばらく進み、階段を降りると奥に通路があり、右手側には赤い手すりが否応なく目立つ、優雅な橋があった。ちょっとアーチ状になってるやつ。

 一階から吹き抜けになっていて、そこに橋がかかっている。通路の向こうにはまた階段が、橋の向こうには芸術的だけれども悪趣味な、宝石とかいっぱい使っちゃってる贅を尽くしたような扉が見える。

 

 橋を渡るとそこが後宮なのだと言う。つまりあの贅を尽くした扉を開ければ、そこが後宮なのだ。

 渡りながら下を覗いてみると、エントランスと思しき空間が広がっていて、巨大な鉄扉が見える。出入り口に間違いないだろう。つまりここは王宮の二階部分なのだと知る。

 

 扉の前まで来てピタリと歩みを止めた主大臣は、くるりとこちらに振り返り、満面の笑みとなる。

 

「ささ、どうぞ。これより先は帝王様の私物にござりまする」

 

「う、うむ」

 

 こっから先はみんな俺のもの。自然と有頂天になった。

 さぞ沢山の美女が居るのだろうな。体持つかなあ!

 

 

 ガチャリと開けるとそこは前室だと思われる空間で、帝王が来る、と聞いていたのだろうか。いくつもの影があった。

 それが俺に気付くと我先にと駆け寄ってくる。俺に向かって手を伸ばす。捕まえようとする。歓喜の声が方々から上がる。が、俺はその扉を2秒で閉めた。

 

 扉は重厚で、歓喜の声は遮断された。静寂が訪れる。

 

「帝王様、いかがなされ申したか?」

 

 主大臣が怪訝そうな顔をする。

 

「ば……」

 

 手の震えが止まらない。奥歯がカチカチと鳴る。

 

「帝王様?」

 

「化け物がいる!!」

 

 そう叫んだ俺を見るやいなや、主大臣が扉を勢い良く開ける。

 

「魔物め! ついには王宮の中まで!」

 

 解き放たれた扉からは、またもや歓喜の声が上がる。

 だが主大臣も2秒で扉を閉めた。そして、はっはっは、と笑う。

 

「帝王様もお人が悪うござりまする。いつも通りではござりませぬか」

 

 いつも通りだと……? 俺には魔物の宴にしか見えなかったぞ。それか獣。

 恐ろしい仮説が頭の中で構築された。真意を問う。

 

「主大臣よ」

 

「はっ」

 

「この中は後宮だな?」

 

「いかにも」

 

「この中にいるのは側室だな?」

 

「はい」

 

「わしは側室を寵愛しておったか?」

 

「それはもう」

 

「側室は美しいか?」

 

「もちろんでござりまする」

 

 主大臣の目は真剣だ。

 

 

 

 これは大変なことだ。俺からすると、この中は獣アイランドに相違ない。「けもの」の上に「ば」を付けてもいい。

 つまりこの情報をまとめると、だ。

 

 この世界では女子に対する美的感覚が真逆なのだ。この中の女達が美しいのだとすれば、この世界で美人といえば、贅肉がたっぷりとついていて……いや、つきすぎていて、毛深く、眉毛なんかは太ければ太いほどいい。

 真っ先に俺に突撃してきた女なんかは眉毛が繋がっていた。眉毛の繋がったマントヒヒだった。しかも青い毛だ。それどんな異種。

 

 美的感覚など人によって様々だ。一般人からすれば醜くても、愛らしくて仕方がない、という人間もいるだろう。

 それは素晴らしいことだ。それに対して糾弾しようとも詰問しようとも詰め寄ろうとも問いただそうとも思わない。だが俺はこの部屋に入ることは出来ない。

 

「帝王様、お加減でも悪くなされましたか」

 

 主大臣が今度は心配そうな目をする。

 腹が痛い、などの仮病を使おうかとも思ったが、それは一時しのぎにしかならないだろう。 

 治ったと取るや即座に、またここに連れてかれるに違いない。

 

「い、いや……」

 

「それは良うござりました。さあ、早く中へ。皆首を長くしておりまする」

 

 主大臣は満面の笑みを浮かべる。

 首なんか長くねえよ太いだろうが。

 

「いや、あの」

 

「さあ」

 

「あの、その」

 

「さあ」

 

 

 

 確実にこの問題を解決するために、後宮へ入らなくてもいい状況を作り出すために口を開く。

 これは折角考えた作戦をぶち壊しにするもので、しまった、と思っても後の祭りなのだった。

 

「やめた……」

 

「……は?」

 

「やめた、と申したのじゃ! 女遊びにふけっている場合ではないだろう! 記憶が無くともわしは帝王じゃ! 一刻も早く魔物を討伐しに行かなければならない! そうだろう!」

 

 

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