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帝王様の、思い通りにならない世界  作者: 渋谷マコト><。
序章 王宮での非常識な日常と旅立ちに向けての準備
5/45

#5 傍聴と膨張

 おかしいと思った。いや、おかしいのはおかしい所だらけだが。

 

 帝王と俺がそっくりだったんじゃない。帝王という容れ物に俺が入ってるんだ。そう考える方がしっくりくる。

 だから皆にはどこからどう見ても帝王にしか見えなかったんだ。声も同じなはずだ。本物の体なのだから。声の調子がおかしいなとか思ってたのだけども、こっちが本来の声なんだな。

 

 鏡は青ざめた顔の男を写している。その容姿は平凡だった元の俺とは似ても似つかない。

 それにしても絵に書いたような美男子だな。うん、これならいいや。

 

 ――なわけねーよ!

 

 中身が入れ替わったってことは、元々入ってた本物の帝王の中身はどこにいったんだ?

 いや、それよりも俺の肉体は? やはりあの時に朽ち果ててしまったのだろうか。ビルから転落した、あの時に。

 

 うむ。実に混乱してきてござったでざます。誰かに相談できることでもなし。

 中身は偽者なんですけど、なんて言ったらやっぱり極刑かも知れないし、何か悪いものが憑いてるってことになって、ひどい目に遭わされるかもしれない。

 

 だが、事態は好転した。とも言えなくもない。

 外見が帝王のそれなら多少食い違った言動を取っても、偽者だと疑いはしないだろう。実際、昨日は誰にも疑いを持たれなかった様に思える。

 苦し紛れに儀式とやらの影響を匂わせたことも功を奏したに違いない。

 

 事実を打ち明けられないことは変わってないのだから、帝王に成り代わるしか選択肢がないのもまた同じだ。

 容姿が帝王のままだと分かったのだから、成り代わりが容易になったのだと思うべきか。

 いや、本物の帝王と再度入れ替わるという選択肢が消えたのだから、どちらにせよ選択肢はもう一つしかなくなってしまったわけなのだが。

 

 鏡を眺めつつ考え込んでいると、扉の外からリン、という鈴の音が響いた。

 

 昨日も聞いた音だ。この音がしたら扉が開いていたような。

 そう思って扉の方に視線をやると、扉の内側に取り付けられている鈴が揺れている。外じゃないんだな。向こう側から何かしらのアクションを起こせば、連動してこちらが鳴る仕組みなのだろう。

 

 それから扉はゆっくりと開いていく。

 扉を開ける時の通例儀式のようなものなのだな、と考えると合点がいく。

 見るからに重厚な扉だから、ノックしても音が弱いゆえの措置なのだろうな。

 

 

 扉からぴょこっと顔を出してから現れたのは、身長150センチもないほどの、小さな女の子だった。俺の感覚では、10歳くらいに見える。

 

 昨日のカレットと同じデザインの、白を基調としたメイド服を身に着けていて、それを見て小間使いなのだと納得する。

 

 少女は平伏した後に、こちらに歩み寄る。

 昨日のカレットはしゃなりしゃなり、とした歩き方でおしとやか、麗人という言葉が合っていたが、ぱっちりとした瞳に赤茶色の短い髪がよく似合うこの少女は、テコテコ元気よく歩き、快活という言葉がよく似合う。

 

 少女も美人だった。いや、美人というよりは可愛らしい、と言った方がいいな。

 女子小学生にしか見えないこの少女が、小間使いという仕事を与えられているのかと思うと不相応に思えるのだが、この世界では普通のことなんだろうか。

 

 少女は俺の目前まで来るとにんまりと元気いっぱい笑ってから、口を開いた。

 

「ロザリンにございます。帝王様におかれましては、今朝もご機嫌麗しゅうございますですわ。起こしに伺いましたのですけれども、既にお目覚めあそばしたのでございましたのですわね」

 

 尾目鮫はまた遊ばせてもらえるのか。いいなあすっげえ可愛がられてんじゃねえか。

 なんだか言葉の端に違和感を覚える少女――ロザリンは、笑顔を絶やさぬまま続ける。

 

「カレットさんよりお話は伺っておりますですわ。記憶がおぼつかない程、御不調であらせられるとか――その後はいかがでございますですかしら?」

 

「う、うむ。未だ記憶は戻らなんだ。おかしなことを口走るかも知れんが、よろしく頼むぞよ、ロザリンよ」

 

「あらまあ! カレットさんに伺った通りでございますですのね! 帝王様がすっかりお変わりになられたと」

 

 ロザリンは大きく開けた口に手を添えて、目を見開いた。その仕草も可愛らしい。

 

 どうせ俺が喋ったらまた驚かれるのだろうから、先手を打って弁明しておいたのではあるが、その甲斐あってかカレットの申し送りのおかげか、不審がられている印象は受けない。

 ただ単に、いつもと違うから面食らっているだけ、みたいな反応だな。

  

「そんなに変わったかのう」

 

「ええ。帝王様はあたくしの名前を呼んだことなどございませんでしたもの。それだけでも随分違いますですわ」

 

 カレットとの昨日の会話を思い出した。

 この少女にも凄絶なあだ名を付けていたんだな。

 俺が話した際に、その内容についてはおかしく思われていても、口調については誰からも突っ込まれていないから、「のうスットコドッコイや。夕飯はまだかのう」みたいな会話をしていたってことにならないか。ふざけてやがるぜ。

 

「して帝王様、間もなく朝食の儀が始まりますですわ。身だしなみを整えますのでこちらの椅子にお座り下さいませですわ」

 

 ロザリンは少し歩くと、部屋の中の椅子の一つを促した。昨日座ったところと同じ、窓際の椅子だ。

 おとなしくそれに腰掛ける。

 

 今から何かが始まるようだけれども、全然意味がわからん。

 記憶がおかしいってことになっているから普通に聞いても問題ないだろう。

 

「朝食の儀……とはなんであったかのう」

 

「臣下の者達と朝食を摂りながら、ついでに会議も済ませてしまおう。と、帝王様がお始めになったことにございますですわ。それまでは各自別々に食事を摂られていた、という話なのでございますけれども」

 

「ほっほう」

 

 親睦を深める効果もありそうだな。

 要するに今から朝ごはんの時間なのだ。ただし知らん奴らがいっぱいいると思うけど。絶対に落ち着いて食える気がしない。

 

 ロザリンは木製の小型容器に入った粘度のある液体を俺の髪につけ、櫛を通した。整髪料なのだろう。

 じわじわと浸透してきて、ヒヤリとした感覚が頭皮を伝う。

 

「皆で同じものを食すのであろうか?」

 

 まさか、と言いながらロザリンは次なる行動に移る。

 水が張られていてる木桶に布を浸して固く絞り、俺の顔を拭う。なんだか子どもになったみたいで気恥ずかしい。

 フワフワとまではいかない少し固めのものではあるが、タオルと言って遜色ない布だった。

 

「臣下の者達は同じ献立でございますですけれどもね。帝王様はお好きな料理をお選びになるのが通例でございますですわ」

 

「好きなもの? なんでもいいのかのう」

 

「ええ、食材の有無にもよりますですけれども。献立がご希望に添えなくても、味付けなどは指定されますですわ」

 

「辛いもの。とか、甘いもの。といった具合にかのう」

 

「左様にございますですわ。本日は如何なされますでしょう」

 

 うーん、と低く唸りながら手を顎に当てる。何が食いたいかって言われても、何があるのかわかんねえもん。

 そこで俺は例の作戦を決行することにする。

 

「わしの大好物のアレを持ってまいれ」

 

「全然何言ってるのかわかりませんですわ」

 

 体がひっくり返りそうになった。

 こっちがわかんねえよ。

 とはいえそうは言えないから、

 

「では言い直すぞえ。わしは普段、どんなものを食しておったのかのう」

 

「うーん、一概には言えませんですわね。なにせ、その時の気分で縦横無尽に変わりますので。これといって決まったものはございませんでしたのですわ」

 

 好物がそもそもなくて、何でも美味しく平らげる人物だったようだな。そして気分屋だ。

 じゃあやっぱり何かしらの指定が必要なんじゃないか。

 ますますどう言っていいのかわからなくなり、一層低く唸っているとロザリンは軽く笑いながら言う。

 

「何でも結構でございますですわ。今召し上がられたい物を仰ってくださればいいのでございますですわ。ご希望に添えない時もございますですけれども」

 

 だから何があるかわかんねーんだっつーのに。

 本当に今俺が食いたいものを言ったとして、出せるものなら出してみやがれってんだ。

 

「味噌汁……なんかは無いだろうな」

 

「みそしる、ございますですわよ。みそしるを所望されるのは久方ぶりでございますですわね」

 

「なんと! ある、と申すか! ならば是非それを頼む。あと米。白いご飯だ。なければ麦などでも良い。とにかく穀物を所望する。それと焼き魚があれば満足である」

 

 絶対ないと思ってたしパンとかソーセージがデフォだと思ってたのに、こんなにファンタジックな世界で一体どんな経緯があって味噌が普及したんだよ。

 

 これならひょっとしたらラーメンだってあるかもしれない。とんでもねえ世界だな。

 朝からご飯に味噌汁なんて久しぶりだ。いつもは経済的時間的観点によって、貧相なトーストばかりだったからな。本当は白いご飯と味噌汁と焼き魚のメニューが好きなんだ。だって日本人なんですもの。

 

「か、かしこまりましたですわ」

 

 ロザリンはどこか気圧されたようだった。引きつった笑みを浮かべている。

 ほどなくして俺から離れた彼女は、部屋の片隅から洋服のようなものを抱えて戻ってくる。

 

「さあ、これで大丈夫でございますですわね。後はお召し物をお取替えになってくださって出てきてくださいましですわ」

 

 そう言うと持っていた衣服を渡して、平伏からの退室コンボを決める。

 

 流石に着替えまではさせられない。自分で着ろってことなんだな。着せ替え人形にされる趣味は持ち合わせてないのでかえって助かるな。

 

 渡された服はこれまた西洋風のゲームに出てきそうな豪華な服だった。

 ワインレッドに金色の装飾をあしらっていて、肩から胸元にかけて飾り紐がある。軍服のようでもあるが丈は長く、どこかで見たこともあるような服で安心する。

 

 ここで何枚もの着物なぞ渡されてしまったら着付けなどできるはずもなく、途方に暮れてしまうとこだっただろう。

 全体的に洋風だと思っても味噌はあるようだしそれは和のものだから、気が抜けない。

 

 鏡の前に立ち、仕上がりを確認しつつ着替えてみる。

 俺の赤い髪は、さっき見た時にはボワッと広がっていたのだけれども、今見てみたら綺麗に撫で付けられていた。こうしてみるとかなり印象が違う。

 粗野な印象が抜け、冷たい威圧感を感じさせるものになっているな。冠とか似合いそうだけど、用意されてないから風習そのものがないのだろう。

 

 サンタクロースファッションみたいな、モコモコしたマントを羽織らなくていいのは好都合だな。邪魔くさそうだ。

 ご立派な服ではあるものの、構造自体は洋服の域を出ないから、着替え自体はスムーズにできた。

 

 ズボンを穿いてシャツを着て、シャツの上からベルトを締めたらオーバーコートを着て、装飾品めいた留め具を締めればハイ終了、てなもんだ。

 装飾具や飾り紐に引っかからないようにだけすれば、特に問題ないな。安心した。

 鏡を見て最終チェックをして、外に出る。

 

 扉の前にはロザリンが待ち受けていた。その左右には金属の鎧をまとった兵士風の男が立っている。洋風の。

 ゲームとかだったら主人公に「大変です! なんか攻めてきました!」とか言ったら仕事が終わりそうなモブの風体だ。見張りか何かだろう。

 

「とてもお似合いですわ。さあ、参りましょうですわ」

 

 ロザリンは言って、先導する。すぐに下りの階段があって、それを進み、右に曲がり左に曲がり直進するとまた階段があってそれを下る。

 しばらくの間歩いて思ったことは、帰りも先導してくれなければ完全に迷子だな。ということだった。それ程に王宮と思われるここは広い。

 

 

 □

 

 

 たどり着いた部屋は恐ろしい程広々としていた。

 真ん中に白い布をかけられた長方形のテーブルがあって、その上には三つ又の燭台が等間隔にいくつも置かれている。

 

 俺以外の人間は既に着席していた。それは空いた椅子が一つしかなかったことから判明する。

 

 20人はいるだろうか、全員が俺の存在に気付くと、椅子を降りて平伏した。すぐに顔を上げるように言うと、その通りにした。その中には昨日見た、主大臣ら六人の姿もあった。

 

 促されるままに奥に進み、最奥の短辺の席に座らされる。

 全員が揃ったのだから、朝食の義とやらが始まるのかと思いきや、おっさんどもは小声で話しつつも座ったままだ。

 

 俺が何か言った方がいいのだろうか。いいや、そうならそうだと言ってくれるはずだ。なにせ帝王様は儀式のせいで記憶が曖昧なのだから。

 

 

 黙って待っていると、水の入ったグラスが差し出された。他のみんなのところにも。

 それを飲みつつ更に待っていたら、お寺の鐘みたいなゴーン、という音が響く。

 それを合図みたいにして、主大臣が立ち上がり、朝食の儀の始まりを告げた。

 

「これより朝食の儀を開始とする。が、見て分かる通り、本日は十と一日ぶりに帝王様がお目見えである。粗相のないようにされよ」

 

 主大臣が言うと周囲の人間は頷いた。鐘の音が合図だったらしい。やっぱり信号みたいなものなのだな。起き抜けに聞いたものとは種類が違うが。うーむよくわからんな。

 

 それから主大臣はこちらに向きを変えて言う。

 

「帝王様におかれましては麗しき尊顔を拝し恐悦に存じ奉りまする。――して、記憶の方はいかがなものでござりましょうか、私めらにお聞かせ下さりませ」

 

 楯祭り・マッスル? なんか楽しそう。更にメラとの複合技だ。こいつ、出来るな。

 

「うむ。未だ記憶は定かではないのじゃ。期待に添えないようで悪いのう」

 

 俺がそう言うと主大臣は肩を落とした。周囲からも落胆の声や動揺のざわめきが聞こえる。

 それを制す様にまた一人立ち上がる。確か水大臣の……ブロンクスって名乗ってた奴だったかな。

 

 水大臣ブロンクスは、立派な体格の中にも知性が光るような顔つきで、藍色の短い髪を七三分けにしている男だ。賢くてデキる男でモテそうな雰囲気を漂わせている。

 

 水大臣が立ち上がれば周囲は静かになる。それを見渡してから言う。

 

「帝王様が眠っておられている間、何度も医師に診せてはいたのでございます。なれど、ただ単に眠っておられるだけで、どこにも異常は見当たらぬ、と申しておりました。つまり至って健康体なのでございまする。私が思うに、一時的な記憶喪失なのかと――さすれば、じきに記憶が戻る可能性は十分にございまする」

 

 さすさすさすってれば記憶が戻るだなんて、こりゃめでたい。

 戻るべき記憶なんてないんですけどね。

 

 水大臣の言葉に、周囲から感嘆の声が湧き上がった。

 真相は告げられない。騙している気分にはなるし、罪悪感めいたものも感じてはいるのだが、俺がこの世界で生きていくためには仕方がないのだ。

 

 ここで一つのアイディアが湧く。王宮での勝手を知る為に提案することにする。

 

「うむ。そこで、じゃ。わしはしばらくの間、王宮内を見て回ろうかと思う。記憶が戻る足がかりになれば、と思うてな。誰かに案内を頼みたいのじゃが、どうじゃ?」

 

「おお、それは実に良い案にござりまする。その役目を是非私、アドニスにお任せ下さりませ」

 

 主大臣は大いに賛同し、周りも表情を明るくして頷いている。記憶が戻る足がかりではなく、そのまんま記憶したいからっていう意味なのだけども。

 

「うむ。よろしく頼むぞよ」

 

 朝食の儀が終わったら王宮見学が始まることになり、議題は他の政治のことに移り変わる。

 やれ、作物の流通がどうだとか、やれ、水路の拡大がどうだとか、やれ、内乱が起きない様にするにはどうすれば良いか――など。

 何言ってんのか全然わかんないし、わかってたとしても興味がない俺は、ただただ暇を持て余していた。

 

 

 しばらくの時間が経ったろうか。

 各自に朝食が配膳される。部屋には隣接して厨房と思しき部屋の扉があって、そこから何人ものメイドさんが出てくる。それが大変な美女軍団だったから、俺の自然と口元が歪んだ。

 その中にはロザリンの姿もあったが、昨日のカレットの姿は見当たらなかった。全員集合ってわけじゃないんだな。

 

 そこで議論は一時中断となる。俺は顔には出さぬようにしていたが、内心喜んでいた。

 政治の話なんかどうでもよかったから、これだけが待ち遠しかったのだ。

 

 メイドさん達が忙しそうに皿を置いていく。俺以外の皆は、パンにスープ、ソーセージやサラダなどだった。やっぱりこういうのがデフォなんだな。

 

 

 で、俺の眼前に置かれたこれは何だ。

 

 穀物は穀物で正解だった。フォークを添えて、平らな皿に盛られたのは麦だったが、これはいい。

 俺は他に味噌汁と焼き魚。と言ったはずだ。

 

 小型のボウルの中には小さな四角形の実が沢山入っている。ロザリンに「これは何だ」と聞くと「みそしるでございます」と返ってくる。

 

 実鼠歯瑠みそしると書くらしい。瑠璃鼠るりねずみという鼠の歯に似た実なのでそういう名前になったとか。食べてみたらガムみたいだった。キシリトール配合の。

 

 次にこれは何だ。おもむろに木桶が目の前に置かれた。

 

 15センチ程の木桶の中で魚が悠々と泳いでいる。その魚は奇妙な声で鳴き、よくよく耳を澄ませてみると、「ちょっと今の綺麗な女の人誰なのよ」と聞こえ、その表情は膨れっ面のようだった。

 

 みなまで言うな。これは焼き魚ではない。妬き魚だ。ジェラシーフィッシュ。

 その眉間辺りをツンとつついて「こいつめー」などと言うはずもなく。

 魚の塩焼き、とでも言えばあるいは正解だったのかと思うと悔しくなってくる。

 

 静かに木桶を返す。ロザリンは怪訝そうな顔を向けた。

 

「焼いてくれ、火で、こんがりと、焼いてくれ。火を通すんだ」

 

 そう言うと、ロザリンは首を傾げながら木桶を抱えて厨房と思しき部屋へ向かう。

 桶の中で「どーせおっぱいないですよーだ」という鳴き声が響く。ねえに決まってんだろ。

 ほどなくして膨れっ面が破裂した妬き魚の焼き魚が出てきた。

 

 塩をすり込んでくれたのが唯一の救いではあったものの、小骨ばかりで捌きにくいし、まあ食えるかなと思った瞬間えも言われぬ泥臭さが襲ってきたし、まずいです。

 

 どうやら観賞用らしい。これを眺めながら食事を嗜む、という風習も存在するらしく、俺が「やきざかな」と言ったのだからそういう意味だろうと思ったそうで。

 どこの世界に女の妬み言葉を聞きながらメシ食って喜ぶ奴がいるんだよ。この世界にいるようです。

 

「帝王様……? 如何なさいましたですの? 何かお気に召さないことでもございましたですの……?」

 

 ロザリンがものすごく不安げに聞いてきた。

 お気に召さないことは大いにあるのだけども、それを言ったらロザリンの粗相になりかねないし、叱責は免れないと思われる。

 言われたものを言われたままに出しただけなのに、そりゃあいくらなんでも可哀想だよなあ。

 

「何でもないぞえ。うむ。ロザリンの焼いてくれた魚は美味いのう……オエッ」

 

 俺、頑張った。頑張ってニコニコしながら魚をつついては食べた。そしたらロザリンは笑顔を取り戻して下がっていった。

 

 残してもまた叱られる原因となりかねないから、完食するしかなかった。ガムとか飲み込んでいいの?

 ガム噛みながら泥臭い魚を食ったら、ガムが泥臭さを内包していつまでも口内に残しているし、破裂した膨れっ面からなんかドロッとしたやつ出てきててすごい怖い。これも食うの……?

 

 きっと誰も悪くはないのだ。悪くはないから何にも言えない。なんか悲しくなってきた。

 

 他のみんながとっくに完食しても、ガムをクッチャクッチャと噛む俺の音だけが、いつまでも響いていた。

 

 もうやだここ。

 

 

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