表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帝王様の、思い通りにならない世界  作者: 渋谷マコト><。
序章 王宮での非常識な日常と旅立ちに向けての準備
4/45

#4 調査と判明

 なんだか煙草を吸う気になれない。こっちで目覚めてから、ずっとそうだ。

 メシ食った後の煙草なんて一番うまいのに、その感覚すらもどこかへ消えてしまったみたいに感じている。

 

 治まることなく続いている頭痛のせいなのかもしれないが、吸いたくもならないのならば、それに越したことはない。

 そもそも存在するかどうかも怪しいし。

 どうやっても全然禁煙できなかったのに“異世界に来たら禁煙できました”なんてひどい冗談だ。もしも元の世界に戻れたらそのタイトルで出版しようかしら。

 

 

「夜の給仕を最後に、私共は下がらせて頂くのでございます」

 

 言いながら空になった食器を片付けたカレットは、ベッドの横に配置されている燭台に火を点すと、それ以外の灯りを消してゆく。壁に設置された灯りの装置は“灯台”と言うらしい。

 

「本日は随分と遅くなってしまいました。長らく眠られてましたゆえ、目蓋は重くないとは存じまするが、明日に差し支えまするゆえ、お早めに床にお付き下さいませ」

 

 訳すと「眠くねーだろーけどさっさと寝ろ。明日辛いぞ」ってことだな。

 適当に話を合わせよう。夜も遅いとか言ってるけど今何時なんだかわからないし時計もないし。

 帝王様のお部屋なのに時計すら置いてないっつーのは、そんなシステムがないってことだ。電気もないのだから。日時計とかそんなんなのかな。

 

「うむ。随分と遅くなってしまったな」

 

「ええ。普段はもっとお早めの時間に夕食を召し上がられ、食後の余興などを嗜まれるのですから、物足りない、と思われるやもしれませぬ。しかしながら、帝王様がかような時間にお目覚めあそばすとは、思いもよらぬ事態でございましたゆえ、致し方ございませんでした」

 

 オメザメ遊ばす……さぁ! 尾目鮫! 存分に遊ぶんだ! 尻尾の目玉が嬉々として輝き、元気いっぱいに泳いでいる。

 俺の脳内ミュージアムが大変なことになった。

 

「帝王様がお目覚めになられた時。あれは観葉植物に水をやって、下がらせて頂く予定でございました」

 

 そういや驚いて水差しを割ってしまったんだっけか。いつの間にやら片付けられているが。デブ……主大臣が話している時にこっそりしてたのかな。

 

「そこから、お休みになられていた大臣様達にお声がけして回り、今に至るのでございます。ふふ、長い一日になりました」

 

 嬉しいことでもあったみたいに、はにかみながらカレットは言う。ああ、うん。主が目覚めたんだもんね。嬉しいはずだ。

 ひどい扱いを受けていたようだが、それでも主は主なんだからな。

 

 恐らくは、それほど遅い時間でもない。灯台の光は大した光量じゃないし、その中で作業するより明るい内にできるだけ事を済ませた方が効率的だし、自然だ。

 日の出と共に起きて、日が沈んだら寝る。そのくらいの文明レベルなのだろう。

 明日起きて外を車が走ってたらすげえ笑うけど。

 

 

 ランプを片手に「おやすみなさいませ」と、別れの挨拶をした彼女は退室する。

 

「カレット。遅い時間までありがとう。ゆっくりと眠るが良い」

 

 声をかけたら、その背中がピクッと動く。振り返ってにこりと笑いながら会釈をし、暗闇の中に消えていく。ギィと言う音が寂しげに響いた。

 

 俺は何時なのかもわからないままにベッドに横たわる。蝋燭の火がぼんやりと揺らめき、頬にほんのりと熱を感じる。鳥が鳴いているのか、鳩の鳴き声めいたものが聞こえている。

 

 元の世界であったならば、パソコンをいじったりゲームしたり本を読んだり。いくらでもある。

 だけどもここでは勝手がわからない。手持ち無沙汰で特にすることもない俺は、ぼんやりと考え事をする。

 

 これが全部夢で、明日目が覚めたら元の世界でいつも通りの日常が始まったりして――

 

 いつものように六畳一間のアパートで目を覚まし、水を一杯飲む。

 愛用のマグカップにインスタントコーヒーを淹れてパンを焼き、簡単な朝食を済ませて家を出て、満員電車にうんざりしつつも興奮したりしながら出社して、鬼上司の怒りを買わないようにして仕事をこなす。

 帰り道にラーメンを食ってからコンビニに寄ってビールを二缶とつまみを買って帰る。

 それらを嗜みながらゲームをしたり漫画を読んだりして、寝るまでのさほど長くもない時間を過ごして。

 次に目が覚めたらまた繰り返し。そんな日常。

 

 早くも懐かしい。懐かしいけれど戻りたいと言えるほど大事でもない。意欲的に働いてきたわけじゃないし、生きるために仕方なくそこで働いていただけ。

 そもそも借金まみれで首も回らねえ状態だったもん。

 俺って何やってたんだろ。

 

 考えてる内に、間に合わせ程度の短い蝋燭は燃え尽きて、暗闇は睡臥すいがを否応なくさせる。そうして深い眠りの中へ落ちていった――

 

 

 □

 

 

 カンカンカンカン! けたたましい音が響いた。結構な大音量だ。火事か!?

 

「何事だ!」

 

 俺はベッドから飛び起きた。豪華なベッドだ。やはりこれは夢ではないのだな。部屋の中はほんのり薄暗く、しかし部屋内の様子を窺うには十分な光量があって、つまり朝です。

 それはともかく、さっきの音はなんだったのかと思って窓を開け、首を伸ばして見渡してみる。

 

 夜明けの様相を呈している空は薄暗く、それでも風景ははっきりと見えた。

 この建物を囲むように、灰色の壁が丸く展開されている。防壁かな。

 その内側には草原の如き緑が広がっていてところどころ木があって、右手側の遠くには三角錐の屋根をした、灰色の塔めいたものが見える。何だあれ。祈祷でもすんのかな。見ててもわからないから左を向いてみたら、また同じものがあった。

 

 その更に奥、防壁の外側には、遠目に赤い屋根の中世的な建物が立ち並び、木々も多く見える。城下町ってやつっぽいな。妙にくっきり見えるのは、空気が澄んでいるからだろうか。

 

 うん、平和。

 どこからも煙は出てないし、外からの空気にも不審な匂いがしない。

 どうしよう。外に出て様子を見てみるべきか?

 

 しばし考えて、部屋からは出ないことにした。

 火事なんて緊急事態だったなら、とっくに誰かが慌ただしくやってきて、避難を促すはずじゃないか。

 

 それがないのだから、きっと何かを知らせるための、信号のような意味合いの鐘だったのだろう。

 連絡手段も乏しいのだろうから、そういう装置があって然るべきである。

 

 下手に出ていって不審に思われる方が、よっぽど危険だ。ここは静観しよう。

 せっかく気持ちよく寝てたのに邪魔されてしまった。ばっちり目が覚めてしまったから、二度寝する気にもなれない。心臓バクバクいってるし。

 

 

 ひどく厚みのあるベッドは寝心地も最高だった。六畳一間に敷いてある薄い布団のそれとは、雲泥の差である。長時間寝込んでいたはずなのに、眠れるもんなんだな。

 昨日は一日中響いていた頭痛も治っている。快調そのものだ。

 

 ……さて、これからどうすればいいんだろう?

 落ち着かずにうろうろと部屋の中を行ったり来たりしてみる。

 ほっときゃ大臣か小間使いが来たりすんのかな。待機しときゃいいか。

 

 部屋内でできる対策として、改めて家具等を物色してみる。俺には帝王の趣味趣向などを知っておく必要があるからだ。

 今の所判明しているのは、突拍子もないことを言う癖があって、あだ名のセンスがひどいことくらいだ。

 

 本棚から本を取り出し、パラパラとめくってみたが、象形文字みたいな見たことも無い字で書いてあったので、すぐにパタンと閉じて元に戻した。

 また別の本を開いてみると、けったいな絵で半裸の男が獣と取っ組み合ってる様が描かれていた。ファンタジーな世界の中の、更にファンタジーな小説なんだろうか。

 絵だけでなく文章らしき文字の羅列もあったが、これも読めないので元に戻す。

 言葉は通じれど、文字は全く別物らしい。

 

 壁に飾ってあった剣を手に取ってみる。鞘から刀身を抜くと、スラリという音を立てて眩しいほどの輝きを放つ。……切れ味良さそう。これは本物だな。レプリカなんかじゃない。流石はファンタジーな世界だ。物騒なので元に戻す。

 

 

 なにやらわけのわからないものが陳列してある棚を調べてみる。貴族の王道を行くような、眩いばかりの装飾品、煌びやかな小箱、華麗な陶器製の食器などが飾られていた。

 

 あと人形。人形っていうかフィギュア。可愛らしくはあったが、元の世界の感覚で言えば“萌え”フィギュアだ。

 薄紫のカールがかった髪にクリクリとした瞳の少女は、背中に昆虫みたいな薄い羽を生やしていて、着ているものはといえば、ほどんど下着みたいなものだった。ようするにビキニだ。

 完全に“萌え”だ。

 

 それは恐ろしく完成度が高く、手に取ってみて間近で見てもリサルさを損なわない。

 肌や髪の質感もリアルで、今にも動き出しそうなほど。

 

 文明レベルが低そうなのに、この世界にここまでの技術があったのかよ。電灯もないくせに。

 俺はそっち方面に造詣は深くないけれど、アキバとかならいい値段で売ってそうだな、くらいには思う。技術の無駄遣いだ。

 そんなことよりも帝王の趣味がわけわからなくなってきたぞ。困ります。

 

 壁に鏡が設置されていることに気付く。例によって縁が豪華で金色のやつだ。歩み寄って覗いてみると、それは鏡ではなかった。

 壁を四角くくり抜かれた小窓だった。向こう側にもここと似たような部屋があって、その部屋にいた人間が俺と同じタイミングで覗き込んできている。バッチリ目が合ってしまった。同じ位の年頃だろうか。非常に顔立ちの整った男だ。誰だ。くそう。

 

 こんな顔に生まれたならさぞモテモテなんだろうな、と思わせるほどの美男子だ。悔しいです。

 男にしては少々長髪な気もするがイケメンには許されるのだろう。俺が真似しても似合いもしないに違いない。

 その頭髪は燃えるように真っ赤で、くせのある髪質が色と相まって炎を連想させる。

 

 激しい炎を連想させる髪型にマッチした彫りの深いキリッとした顔つき。

 身長は170くらいか。俺と同じくらいの背丈のようで、目線の高さも同じだった。

 

 帝王の部屋と連接している部屋にいるってことは、このイケメンも身分の高い人間なのかな?

 隣の部屋と窓で繋がっているだなんて、変な構造してんな。いつだって生着替え絶賛中継中じゃねえか。流石異世界だ。

 

 男は俺と同様に寝起きらしく、同じようなガウンを着ていた。

 この世界の寝巻きはみんなこんな感じなんだろうな。

 

 知らない人と目が合ってしまったのが気恥ずかしくて、小声で「すみません」と言って軽く頭を下げると、向こう側のイケメンも同じ行動を取る。これまた恥ずかしい。

 あの、と言うと向こう側のイケメンも「あ」の口と「の」の口をする。右手を上げると向こうは左手を上げる。その窓に手をつくと向こうもピッタリ手をつける。

 

 あるぇ? ……これは……まさか!

 

 とどめに鶴のポーズをすると、向こうも鶴のポーズをした。

 

 

 なんてこった……これは鏡だ。窓なんかじゃない!

 

 手の平を顔にやる。あちこちを覆う。ペチペチと音を立てる。鏡はそれを写す。

 

「これは誰だ……俺じゃない! 俺の顔じゃない!」

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ