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帝王様の、思い通りにならない世界  作者: 渋谷マコト><。
序章 王宮での非常識な日常と旅立ちに向けての準備
3/45

#3 接触と摂食

 俺が醜いデブだと思っていた、太った中年男はその名をアドニスという。40歳後半くらいかな。

 官職は主大臣しゅだいじん。主大臣は帝王を補佐し、国内の政治全般を管理する。

 帝王を除けば国一番の権力者だということになるらしい。

 

 デブの主大臣の後ろには文大臣ぶんだいじん武大臣ぶだいじんだという二人がいた。奇抜だけども賢そうなサイケな男と、いかにも強そうな日焼けした男だ。

 大臣ってからには年食ってそうなイメージだけども、ずいぶん若いな。三十前後ってとこか。

 

 更にその後ろにいた三人は地大臣ちだいじん水大臣すいだいじん風大臣ふうだいじん

 地大臣と水大臣はもっと若く見えて、二十代半ばくらいだろう。

 風大臣は主大臣と同じくらいだろう。風大臣だけひょろっとしているが、他はみんないい体格をしている。

 

 地位の順序を表わすかのようにピラミッド状に並んでいたこの六人が、国の中枢機関の長であるらしい。

 

 そんな、帝王なら知っていて当然のことを俺が質問してしまったものだから、全員たまげていた。

 で、その後お決まりのように笑い出した。

 

 どうやら本物の帝王はとんでもないことを言って、皆を笑わせる趣味を持っていたらしい。

 主大臣は、やれやれ、といった具合で冗談に付き合うのが日課だったようだ。

 

 どんな帝王だよ。ふざけてやがる。

 

 だが、それのおかげで必要な情報が入手できたのだからよしとしよう。本物の帝王がふざけた奴でなかったら、今頃牛さんと相撲取ってたのかもしれないし。

 

 冗談への悪乗りで各々の自己紹介が済んだ後は「もう夜も遅いことですし」とかなんとか言って出て行った。

 

 主大臣からすると、儀式の結果だけ聞いたらさっさと退散する予定だったらしいのだが、俺がこんな状態なもんだから予想外に時間を食ってしまったのだと言う。

 

 主大臣は、しきりに儀式の結果を気にしていた様子だったが、途中で倒れてしまったのなら失敗したんだろうな、と思う。

 

 細かいことは本人にしかわからないだろうが。

 

 

 六人の大臣が帰った後は、入れ替わりで俺が目を覚ました時に見た、あの美人さんが入ってきた。名前をカレットというらしい。

 

 彼女を再度見た時に思ったことは、やはり美人だな、ということだ。

 それもそのへんの女優やモデル顔負けの、とびきりの美人だ。スタイルだっていい。ほっそりとしてはいるが出るところはちゃんと出てる。

 はっきり言ってモロに好みである。

 

 最初はわからなかったが、彼女は小間使いなのだという。つまり帝王の世話をする下女の役目だ。メイドとも言う。

 こんなレベルの高い美女をメイドさんなどにするとは、さすが帝王様ってところか。

 他にも何人かメイドさんがいるのだが、今日はこのカレットが出番の日だと教わる。

 

 彼女は入ってくるなり平伏し、数秒した後に顔を上げた。社交辞令のようなものだろう。

 した後に「何か食べるなら作るけど、どーするよ?」みたいなことを聞いてきた。

 

 空腹感はない。

 十日も寝てたのであれば、空腹なんてとっくの昔に通り越しているのだろうが、感覚が麻痺してるんだろうな。

 かといって満腹のはずがない。頼んでみるか。

 

 ここで例の大好物のアレ作戦、を決行しようかとも思ったが、十日も何も食えずにいた体だ。

 帝王の好物がステーキとかだったらどうする。

 脂ギトギトの肉なんぞ出されても胃が受け付けないだろう。

 

 少し考えてから「とりあえずお粥的な物を……」と言いかけたところでカレットが眉をひそめたので「胃に優しいもの」と言い直した。

 

 なんだか“お粥”という単語が通じてないようだった。

 元の世界で常識的に使っていたのに、こちらでは通じない単語が他にも沢山ありそうな予感をさせる。その逆もしかりだ。

 

 現に先ほどの会話にも、創作でしか使われないような、聞き覚えのない単語がちらほら出てきた。

 毎度毎度聞き返していたら怪しまれるかもしれないから、頭の中で何度も反芻して覚えておかないといけないだろう。不便だなあ。

 

 

 了解の返事と共にお決まりの平伏で締めくくったカレットは扉の向こうへと消えていった。

 

 一人部屋に取り残された俺は、部屋を軽く見回した。よくよく見てみると確かに、いかにも西洋風ファンタジーに出てきそうな部屋である。

 

 特に気にも止めてなかったのだが、電灯からだと思っていた光源は、壁に取り付けられた半円状の容器からだった。

 

 容器の中には油のようなものが浸してあって、そこに仕込まれた縄が煌々と燃えている。その仕掛けが壁に等間隔で多数設置されていた。

 こんなものを使っている、ということはこの世界には電気は普及していないのだな、と悟った。

 

 窓際にテーブルと四つの椅子がセットで設けられているのを見ると、落ち着かない気分でその椅子の一つに腰掛けた。

 他人の部屋にお邪魔しているようなものなのだし、異世界の知りもしない人間の部屋だ。さらにこんなにも高級な部屋なのだから気を落ち着かせることができなくて当然だ。

 

 例によって刺繍バリバリの豪華なカーテンをめくり、外の様子を眺めてみる。

 窓の外は真っ暗で何も見えなかったが、おぼろげな月明かりが空と地上の境界線を示していて、結構な高さの所にいるのだろうということだけはわかった。

 

 曇っているようだが、晴れていたならもっとはっきり見えるはずだ。人工的な光に邪魔されなければ、月明かりだけでも結構見えるはず。

 まあ異世界だからこれも通用しないかもしれないが。

 

 

 主大臣とやらは、魔物が世界に蔓延っているみたいなことを言っていたけれど、この部屋の豪華さを維持できていることから考えてみても、そんなに深刻な事態でもなさそうに思える。

 窓の外は不鮮明とはいえ、平穏無事のように見えるしな。

 

 帝王がこの国で一番偉いのはわかったのだ。魔物の件がなければ、帝王に成り代わった後に権力を振りかざして贅沢三昧、なんてのもできるんじゃないだろうか。

 果てはハーレムをエンジョイの酒池肉林。ドリームライフ。やったね!

 

 ヘタを打つことだけはしないように。決して偽者だということがバレてはならない。バレたら極刑ぎゅうほのけいなのだ。

 

 明日は起きたら主大臣にこの国の様子をそれとなく聞いてみることにしよう。

 それによって、ドキドキ帝王ライフが否かどうか、明暗を分けるのだ。

 

 外の様子をしばらく眺めていたのだが、ふと、違和感を覚えた。が、それはふいに聞こえてきた鈴の音と、重厚な扉が開閉される鈍い音にかき消されてしまった。

 

 

 銀色のトレイに椀とグラスを乗せてカレットが入ってくる。椀からは暖かな湯気が舞い上がっていた。

 手がトレイで埋まっているからか、平伏せずに会釈で済ませていた。

 頭の上にトレイを乗っけてでも平伏するのかと思った。「ほっ!」とか言いながら。

 

 カレットはこちらに歩み寄ると、俺の座っている椅子とセットであるテーブルの上に、トレイに乗っていたものを移す。それが終わると三歩下がってトレイを両手で抱えて待機した。

 

 陶器製で幅の広い高級そうなお椀の中にスープが入っている。それと木製の大きめなスプーン、グラスに入った透明な液体がある。水じゃなかったら嫌だな。

 

 俺の常識が通用しない素振りを見せる世界。

 とんでもない食い物が出てくるんじゃないだろうか、という不安もあったが目の前に差し出された料理は、見るからに美味そうで彩りも香りも良く、食欲をそそる物だった。

 

 細く切られた数々の野菜を煮込んだスープに小さい餅のようなものが多数入っていて、それはこんがりとしたきつね色に染められ香ばしい香りを醸し出している。

 

 それを掬って口の中に運んでみると、香ばしさが口の中全体に広がってゆく。

 余計な味はしない。ラーメンキングを志していた経験で思うに、塩のみだろう。

 

 シンプルな味付ではあったが、サクッとした焦げ目に中はとろりとした餅。

 野菜の組み合わせや煮込み時間も立派なものだ。食感を崩さず味わいを出している。

 

 シャキシャキ、ホクホク、ザクザクとした食感は快感そのもので、それに野菜の旨みをたっぷりと吸ったスープが相まって、口に運ぶたびに自然と笑みがこぼれてしまう。うんまい。

 

 気が付けば無我夢中でそれを一気に平らげていた。美味いのももちろんだが、腹減ってたんだな。平らげた後は、慣性でグラスに注がれていた液体を飲み干した。水でよかった。

 

 ふと前を見るとトレイを両手に持ったままのカレットが壁際に佇んでいた。

 なんだかずっとこっちを見てるけど。餅入りスープにがっついていた所をずっと観察されていたのかと思うと、なんだか気恥ずかしいものがあるな。

 

 カレットは、俺が食い終わったのを察してか、こっちに歩いてきた。

 そしてテーブルの上から空になった食器類を回収していく。ずっと黙っているけど、こっちから何か言った方がいいのかな。黙ったままってのも気まずいしな。

 

「た、たいそう美味であったぞよ。ええっと……」

 

 はて、なんて言うべきなのだろう。「うまかったぜごっそさん。さんきゅー」って帝王言葉でなんて言うの。

 王様になんかなったことないし、昇進すら経験がないし、せいぜい後輩に偉ぶっていた経験しかないんだけども。「よきにはからえ」? なんか違うな「よきかな」。もっと違うな。もういいや。

 

「あ、り、が、と」

 

 感情が芽生えたロボットみたいになっちまったじゃねーか。死亡フラグ立ってるやつだろこれ。

 見ればカレットもなんだか目を丸くしているし。言い直すか。

 

「ごちそうさま。ありがとう」

 

 もう普通に言えばいいや。思いつかない。

 で、普通に言ったと思ったのに、カレットは余計に目を丸くしている。

 なんだか俺が発言するたびに、みんな驚いてばかりいるなあ。礼を言ってはいけなかったんだろうか。

 なんか食器の乗ったトレイを持ったまま固まってるし。重いんじゃね?

 

「カレットよ。立ちっぱなしもなんだから、座ったらどうじゃね」

 

 残り三つの内の一つの椅子を勧めたら、カレットは顔面蒼白になって口をぱくぱくさせてしまった。金魚みたいだ。美人金魚だ。

 

 瞳がうるうるとしてきて、それが溢れそうなところで膝を付き、トレイを置いて平伏する。

 その後に絞りだすような、悲痛な声を上げた。

 

「て……帝王様におかれましては、どのような心境でお怒りのこととは存じませぬが、私のような端女を名前でお呼びになるとは……いかなる処罰をお考えであらせられますのか、お聞かせ下さいませ」

 

 こっちの人達は言い方がまわりくどくてわかりにくい。

 別に怒ってないんですけど。

 

「座ってはどうか、と勧めただけではないか。何を申しておるか」

 

「いいえ……いいえ! 帝王様は一度だって名前で呼んで下さることなどございませんでした。さればよほどお怒りなのだとしか考えが及びませぬ」

 

 カレットは平伏したまま首をぶんぶんと横に振った。

 まずったのかなあ。帝王だったら絶対にしないことだったってわけだろ?

 

 あまりにも帝王っぽくないことばかりしてると、偽者だと疑われるかもしれない。

 だからここでも記憶が曖昧なことにしておこう。便利だな。

 

「ああ……すまないのう。目覚めてからあまり記憶がはっきりしなくての。良ければなんと呼んでおったか聞かせてもらえないだろうか。怒っているわけではないので安心されよ。……さぁ、面を上げい」

 

 安心させるために努めてやんわりと言うと、カレットはおずおずと顔を上げた。

 そしてゆっくりと首を横に振った。

 

「記憶が欠け落ちている、とは大臣様よりお聞きしておりまする。帝王様の心中もお察しせずに大変失礼を仕りました。……呼称については、その、私の口からはとても……」

 

 彼女はそれっきり黙りこくってしまった。

 

「なんじゃ。呼び名が無いと不便ではないか。別に怒らぬから申してみよ」

 

 静寂で先を促していると、カレットは目を伏せつつ、顔を赤らめて静かに口を開く。

 

「恐れながら……最近は“ブス女”にございます」

 

 なにそれひどい。すんげえカジュアルな罵倒だね。

 こんな美人とっ捕まえてそりゃないってもんだ。

 今、眼前にいる女性はこれ以上ないくらいの美人に思える。それが“ブス女”なら帝王のお眼鏡に叶う女性は一体どれほど美しいというのであろうか。

 

「最近は……とな?」

 

 問うとカレットは観念したかのように饒舌になった。

 

「それの前がクソ女、その前がアホヅラ、更にその前が……」

 

「わかったわかった! もう良い!」

 

 慌てて両手を振ってこれを制す。

 そんなことを言われても、とてもその名で呼ぶ気にはなれないし、呼べない。ドSじゃねえか。

 

 俺は涙目になっている彼女を慰めることにした。

 疑われる危険性もあるけども、せめて呼び名をちゃんとしたものにしとかないと、モロに好みの美人にナチュラル罵倒の日々を送ることになってしまうじゃないか。そんなんで喜ぶ変態じゃないぞ。

 美人には優しく。これは正義なのである。

 

「あーその、なんだ……これからは普通に名前で呼ぶことにしよう。……カレット、とな。小間使いだからといって、そのように呼ばれていたのでは苦痛であったろう。……許せ」

 

「て、帝王様……恐悦至極にございます。……これを他の下女達が耳にしたら、さぞ喜ばれるでしょう」

 

 カレットはそう言って表情をぱぁっと明るくし、潤んだ瞳を向けた。

 

「ちなみに……他の者もそのように呼ばれておったのか?」

 

「ええ。スットコドッコイ、馬鹿女、変顔大賞、顔面崩壊の楽園、などと」

 

 どうやらボキャブラリーは貧困だったらしい。

 俺はしばらくの間、絶句するしかなかった。色んな意味でひどいもん。

 

 

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