#18 言語の乱れと武器の種類
秘石を持って主大臣と武大臣と共に武房へと向かう。眠い。
道中、主大臣が金の鎖が沢山入った小箱を手渡してきた。
ペンダントのチェーンにするためのものだ。
これは普段から祭事等で使う用途があったから、風大臣から貰ってきたものらしい。
俺はその中から、適当に鷲掴みにして何本か貰い、残りは返した。本数数えるのめんどいし、予備があった方がよさそうだし。
相変わらず武房は熱気がこもっていてムンムンしてる。
武具庫があるという地下へ行くと、その熱気は徐々に消え失せていく。
地下のほぼ全てが武具庫で、武器のエリアと防具のエリアに分かれていたが、防具は一瞥もせずに武器のエリアに向かった。
鎧とか装着するつもりないし。重そうだし、ただでさえ動き方なんかわからないのに、余計に愚鈍になりそうだ。格好の的になるじゃねえか。
数々の武器がズラーっと並べられているのを見ると、博物館に来たみたいな気分になる。
剣はもちろん斧や槍、弓や短剣などといったわかり易い物から、ハンマーや鞭やハルベルトみたいな物から鎖鎌めいたものまで、おびただしいほどの種類があった。
上の方を見ると、ブーメランらしきものまで置いてある。何に使うんだよこんなもん。
「さて、どちらからお試しなさりまするか。帝王様のお得意の武具になされますかな?」
武芸達者だったというが、帝王の得意の武器はなんだったのだろう。ここはスタンダードに剣だろうか。
「どれじゃったかのーう?」
眠くて変なテンションになってきた。オーバーリアクション気味に、こめかみに指を当てて眉間に皺を寄せ、梅干し食べたら酸っぱかったみたいな顔を作って唸ってみる。
そしたら元から変人ゆえの普通にスルーで返事がきた。
「双節棍でござりまする」
なんでヌンチャクなんかがあるんだよ!
これは却下だ。慣れもしないのにそんなもの振り回してしまったら、後頭部をカーンって強打して目玉がポーンって飛び出して、たんこぶが餅みたいにぷっくーって膨らんでドシャっと倒れる古典的なオチみたいになるだろう。その後カラスがカァと鳴いて通り過ぎるやつ。
「剣がいいのふ……」
「剣でござりまするか! 帝王様は剣技も達者であらせられましたな。して、背に携える重剣でござりまするか腰に携える軽剣にござりまするか」
視線の先には斬馬刀みたいなぶっとくて長い重そうな剣と、至って普通なロングソードみたいな剣があった。斬馬刀は無理だわ。
「軽剣……かのーん」
別に剣が好きなわけじゃなくて、消去法でいくしかないからこうなるんだ。
武道武芸全般の経験が皆無の俺には、ガキの頃やったチャンバラごっこが恐ろしく程度が低いものにして唯一の経験であって、まだどう振り回していいものやらなんとなく想像出来るものだったからだ。
斧とか槍とか扱いが難しそうなものは無理。ヌンチャクなんて論外。
「左様にござりまするか。では秘石を一つ、お貸しくださりませ。取り付けられるか試してみましょう」
俺が懐からそれを渡すと、主大臣はそのへんにあった剣を一つ手に取って、その剣の柄と秘石をくっつけたり離したりねじりこんだりさすったり、あらゆる手段を試しているように見えた。
それをしばらく行ったと思ったら、軽い溜息をつく。
「これはどうやって取り付ければよいのでござりましょうか……」
主大臣は言いながら両手に剣と秘石を持ち、呆然としたような困ったような顔をして、俺に視線を投げかける。俺に聞かれても困るの。
「わしにもわからぬじょ……言い伝えではなんてったって言われておったのかのう」
「宝玉は武具の一部となり、破魔なる力を宿すであろう……とござりました」
「ふむ、取り付け方法には触れておらなんだか。オラオラ」
「左様にござりまする」
主大臣に秘石を渡される。
秘石にかぶさっている金具は、台座から馬蹄錠の輪っかが何本も伸びているもの。
輪っかは完全に閉じていて、いくら握っても擦っても捻ってもピクリともその形状を変えず、確かに剣の柄に取り付けるのは不可能に思える。
くっそ。輪っかがくぱっと開いて柄に食い込んでもいいじゃねえか。なんでこんなとこでリアリティ醸しだしてんだよ。
それにしても何の変哲もない剣だな。王宮の騎士が使ってるような剣だったら、もっと豪華で華麗な装飾とかあってもいいのに。
刀身には文字みたいなものやら紋章みたいな模様が刻まれているけど、グリップの部分やら鍔の部分は至って平凡だ。
それこそ、ゲームとかだったら最初の村に売ってそうな。
せめて飾り紐くらい付けないのかな。赤くてフサフサのやつ。
……あ、それでいいじゃん。
「鎖で繋いだら委員会でないかのう?」
「なるほど!」
「流石は帝王様にござりまする」
俺が言うと二人は目を丸くした。よく通じてるな。
手を叩いて武大臣は納得したようで、社交辞令を述べたのは主大臣だった。
そんなに大層なことは言ってないし、わあ凄い! みたいに言われても逆に困惑するし、こんなところで優しい世界観を見せられても意味ないしもっと他のとこで発揮して欲しかった。他のとこが厳しすぎんよ。
「では、柄の部分に鎖を通す穴がある剣を仕立てなければ。武大臣殿、お頼み申す」
「かしこまりまして」
「うむ、頼んだぞえっす。エルフの分はどうすればいいのかのう?」
「魔法具のことにございますな。鎖で繋げれば効果が得られるのであれば、エルフの魔法具に問題はございませぬ」
こっちで用意してやる必要はないってことか。きっとどこかに穴が空いてるデザインなのだろう。
「して、残りの二つは如何様になさりまするか」
「ほっほう……」
全然考えてなかった。
コロナにあげるつもりだから使うってことにしとかないとまずいんだけども。要らない武器とか増やしたくないなあ。
「ビジューは何か言っておったでござるかの?」
「いえ、彼は帝王様にお任せすると言っておりましたが」
ビジューもメンバーなのにどうしてここに居ないのか。
どうして俺だけ選定しているのかと不思議に思ったし、ビジューが夜勤だったのを思い出して適当に丸投げして惰眠を貪っているのだと安易に想像できた。
よーし! じゃあビジューに要らない武器持ってもらえばいいじゃない!
「ではビジューには、重剣とハンマ……いや、鉄槌をこさえてたもれ」
「重剣と鉄槌……でございますか? 彼はそのようなもの扱った試しがございませんが……。彼の得意は槍でして」
「それは別として、その二つもこさえてタモロコ。そうじゃな、超絶な破壊力を有するよう、可能な限り重量のあるものを」
「はっ……? それはどういった意図で……」
「魔物ともなれば、硬く厚い鱗があってもおかしくなかろう。それを打ち砕くだけの重力と、それを扱うだけの技量をわしはビジューに期待してオルデノン神殿」
今考えたことをそれっぽく言ったら、武大臣は不思議そうな表情をしつつも納得したみたいだった。なんで通じてるのかこっちが不思議になってきた。
「かしこまりまして」
「制限時間いっぱい沢山たんまり使って、最高の武具を仕立ててやるが良い。最高に重い武具を」
別にビジューにそんな技量は求めてないけど、ただ単に重いの頑張って運ばせて俺は涼しい顔して横を歩きたいってだけ。ただ適当なものを造らせるのはつまんないっていう、俺イズム。
ふふふ。完成が楽しみだ。
「これができれば、いよいよご出発と相成りまするな、帝王様」
主大臣は満足気な笑みを浮かべて手を合わせている。きめえ。
「どのくらいで出来上がるかのう?」
「おおよそ三日もあれば十分かと。帝王様の武に恥じぬ、立派な剣をこしらえてみせましょう」
プラスチックでもって横から押せばぐにゃっと曲がるようなオモチャが俺には合うと思う。振り回したらすぐ折れるやつ。
それはさておき、後三日で俺は旅に出なければならない、ということなのか。
それまでに後光を携えた神様がステテーンと現れて、走って体当たりすればなんでも倒せる能力授けてくれればいいのだけど。
「あいわかった。主大臣も武大臣もご苦労であったぞえ」
二人が平伏して、俺の仕事は終わりとなった。喋り方について何にも言われないから寂しくなった。
武具庫から王宮へ向かう道のり。俺は主大臣と連れ立って歩いていた。
さっきまで一緒だった武大臣は武器制作の指揮を執るらしく、武房へ残った。これからすぐに取り掛かるんだってさ。
つまり、武大臣が言った三日ってのは、今日を含めるって意味だ。
「主大臣よ、一つ聞きたいのじゃが」
「如何なさりました?」
外は太陽の光が降り注いでいてポカポカと暖かかった。こんなシチュエーションなのに隣を歩いてるのは主大臣か……。犬の散歩かな?
「魔物には親玉がいると思う、と言ったな」
「左様にござりまする。奴らには統一した意思が感じられますゆえ。手綱を握っている者がいるのではないかと存じまする」
「ならばそれを討ち果たせば終いなのかのう」
俺の言葉に、主大臣は低く唸った。
「もし親玉がいれば、それで終わりにござりましょう。親玉なる存在がなくとも、魔物が降って湧いたには何かしらの原因がござりますでしょう。それを絶って頂きとうござりまする」
なにそのフワッとした感じ。全然わかんないかもしれなくて、それの原因究明もよろ! ってことじゃねえか。丸投げ過ぎぃ!
「すると、片っ端から一匹残らず退治せねばならぬやもしれぬな?」
「仰る通りにござりまする」
魔法士が仲間にできたとして、それをたったの三人で成すのはひどくオーバーワークだな。俺は戦力にならんから実質二人だ。まいっか。ビジューはタフそうだし、魔法士もタフだったらいいな。
「魔物は遥か東方よりやってまいりました。東方へ向かえば何か分かるやもしれませぬ」
まずは東へ行ってみればいいのだな。そういやコロナの言っていた、魔法士がいるスイッセスってのはどの方向なんだろうか。
「秘石も入手した。武器もこれから作る。後はわしは出発までの間、どうすれば良いのじゃ?」
「帝王様におかれましては、お好きなように過ごして頂ければ、と存じまする」
束の間の休息をせいぜい楽しんでくれってとこか。あと三日の。
もうややこしいことしなくていいのかな。それなら気が楽だけど。
「帝王様。あそこへいかれると良いでしょう」
「あそことはなんだ?」
あんじゃねえかよややこしいこと。
また儀式の間みたいに行かなきゃならんとこがあるのだろうか。面倒な手順を踏むのはもううんざりなんだがな。
「お心残りにならぬように、とも存じますれば、後宮へ拝顔を賜りますよう……」
「いや、いい」
俺は即答し、自然と真顔になった。何回もゴリ押ししないで頂きたい。
「ですが、出発されたらしばらく会えなくなってしまいまするぞ?」
しばらくどころか永久に会えなくても構わないし、どうしても会わなきゃならんのなら帰ってきたくないし、そのためだったら帝王の座を捨てて蒸発する選択肢すらある。
帝王とかいっても、いい目なんてロクに見てねえし苦行ばっかじゃねえか。ふざけてやがるぜ。
「ブルドッグ様も帝王様に一目お会いしたいと申しておりました」
吹きそうになった。
真剣な顔で「ブルドッグ様」とか言わないで頂きたい。生類憐れみの令かよ。子犬めいた目で生類憐れみの令とか言うって自演じゃねえか。
「今ここで、後宮に、行って、しまったら、決心が揺らぐと言うものじゃ。我慢しようではない、か」
適当に考えた苦しい言い訳をしたら、主大臣は納得したようだった。むしろまたなんか高尚ですねみたいなことを言って感激してる。割とちょろい。
ちなみに後宮ってのは卑猥なことするためだけにあるんじゃなくて、音楽聴きながら美女の舞いを見るって娯楽もあるらしい。
それはちょっと見てみたいけど。獣のダンスとか面白そう。単独かつ遠目で見て帰れるなら行ってもいいんだけど、絶対そうはならないから無理っす。
そして王室へと帰ってきたら、寝起きと思しきコロナが目をこすりながらベッドに居た。そこ俺の。
「お帰りい。アタシ今起きたとこー。二度寝しちゃってー」
「そうか。じゃあ交代だ。俺は寝るぞ。適当に隠れておけよ」
「ふあーい」
着替えながらそう言うと、あくび混じりの返事がした。いいなあ自由な奴は。学校も試練もなんもねえんだから。
ガウンに着替えて布団に潜り、寝入る前にふと気になっていたことを聞いてみた。
「あ、そうだ。メンポーって何だ?」
「めんぽう? ああ、今朝言ってたやつね。食べるやつでしょ?」
「食べるやつ……だと思う」
「それなら。麺麭は麺麭よ。小麦粉などを材料として、ほんの少しの塩と酵母を加えて水で捏ねて発酵させてから焼く、この国の主食ね」
「……そうか」
「どうしたの?」
「何でもない……寝る」
「おやすみー」
くっそ! パンじゃねええええかああああ! くっそ!
どうしていっつもこうなるんだああああ!