#15 魔法と種族と新たな選択肢
「ところでユウトってば喋り方変わってない?」
「これが俺の普通の喋り方なんだよ」
こんなちんちくりんな奴に、のじゃのじゃ言う気にはなれなかった。今から思ったら、その点をとっても偽者ならではの言動だったな。やだもー馬鹿みたい。
「ふーん……そっちの方がいいと思うけど」
「そうもいかないんだよ。偽者だってばれたらやべえっつったじゃねえか」
「いつの間にすり替わったの? 昏睡中もアタシここに居たんだけど、全然気付かなかったわ」
「俺にも気付かないうちに、だ」
「どういうことよ?」
ビルっつってもわかんねえだろうから、とにかく全く異なる世界の高い建物から落っこちたら勝手にこうなっていて、みんなが勝手に帝王だと言ってきたし、偽者だったら殺される羽目になるから演じねばならなかったと説明する。
するとコロナは「そんな話は聞いたこともないわね。変なの」と感想を漏らす。変なのは重々承知だ。俺だってそう思うし、それ以上に変な生態系や習慣を垣間見ているから軽く泣きたい。
「んで、要件は何だ?」
「そうそう。アタシがこっちに着いたのって七日位前なんだけどさ。折角着いたってのに目標である帝王は寝たっきりで一向に目が覚めないじゃない? で、アタシなりに調査した結果、魔物退治に行こうとしたら豆腐の角で足を滑らせて転んでバナナの皮に頭ぶつけたって言うじゃない!」
「とんでもなく色々と間違い過ぎていてどこから突っ込んでいいのかわからんが、魔物退治に行こうとしてるのは確かだな」
何で豆腐とかバナナは通じるんだよ。どれが通じてどれが通じないのか本当にわからん。バナナとか言ったら七色の馬肉が出てきそうだけれども。
「だから、さ。目覚めたからには行くんでしょ? 魔物退治に」
「まぁそういう運びになってるな」
「じゃあアタシも連れて行ってよ」
「あん? 何だよそりゃ」
「そのへんの人間にイタズラしてるより、アンタの行動見てる方が面白いのよね。退屈しない。ねえ、いいでしょ?」
自然と溜息が出た。よくねーよ。お笑いライブカメラみたいに言われてるし。こいつを楽しませておくことに、何の得があるってんだ。
「どうしてお前を連れて行かなきゃならんのだ」
「ええーいいじゃん。減るもんじゃないし」
「精神がすり減りそう」
「ひっどーい」
そう言ってコロナは頬を膨らませた。風船みたいにびっくりするくらい膨らんでいたし、体の構造は本当に全然違うと思った。
「ユウトってばこの国の常識とか全然わかってないみたいじゃない。アタシがこっそり助言してあげれば、役に立つとも思うんだけどなあ」
ふむ。言われてみればそうだな。こいつを首元にこっそり忍ばせておいて、この言葉はこういう意味だ、とかここではこう言うしきたりだ、とか耳打ちしてくれれば助かる。異世界アドバイザーってわけだ。
「じゃあテストしてみるか」
「てすと?」
「実験」
コロナを服の中に忍ばせて、手身近に見張り兵に話しかけてみることにする。
適当に話していれば、高い確率で意味不明な単語が出てくるだろうから、その際にこいつがいかに役立つかの実験だ。
そうだな、とりあえず天気の話でも振ってみるか。
「見張り兵の名前とか、知ってるか?」
「出て左手側にいるのがボブって名前だったはずよ」
ますますモブっぽいな。
「で、右手側にいるのがアレキサンドラシュナウファー」
「なにそれすっげえ偉そう」
扉を開けてモブの兵士を交互に見渡す。どっちも個性の欠片もなく、・を二つ並べて間に_を挟めば似顔絵の出来上がり、くらいのレベルだ。
どっちでもいいが左手側に居た奴に声をかけてみた。アレキなんたらとか言いにくいし。
「のうボブや。明日の天気はおひょひょひょひょ!」
「……はっ!?」
「何でもない。何でもないのじゃサラダバー」
野菜食べ放題みたいに噛んだのも、俳句読んだみたいな語感になったのもどうでもいい。
どうでもいいから扉を閉めて部屋に戻った。服の中に手を突っ込んでそれを引っ張りだし、適当に投げつける。
「邪魔にしかなんねーじゃねーか!」
「ケラケラケラ!」
空中をくるくる旋回しながら一点で停止したかと思えば腹を抱えて笑いだす。
めちゃくちゃくすぐり地獄だった。おかげで単語を間違えるよりよっぽど変になってしまったぞ。
「役に立たん! よって、連れてかないし、真相を言いふらされたらたまらんから拘束させてもらう!」
そう言って鷲掴みにしようとしたのだけど、捕まえる直前でするっと抜けていってしまった。
手の届かない、上の方に逃げられる。
そして上の方から俺を見下ろして、笑いながらケツをプリプリ振っている。
「へっへーん。捕まえられるもんなら捕まえてみなさーい」
頭に血が上った。だからベッドのボヨンを利用したり、天蓋を支える柱を利用したり壁を蹴ったり、それはもう暴れまわった。
けれどもひゅるひゅる飛び回るコロナをとっ捕まえるのは至難の業のように思えて、どうやっても捕まえられないから疲労だけが蓄積し、いい加減疲れたからベッドに大の字に横たわって諦めた。
「くっそ……すばしっこいやつめ……」
「観念した? アタシを連れて行ってくれる?」
「どうしてそうなるんだよ。断るし」
「いいもん。勝手に付いて行くから」
「付いてくんな! 誰を連れてくか一人も決まっていないのに、どうして最初の一人がお前にならなきゃならんのだ」
「誰か連れて行くの? 護衛? そんなの片っ端から一万人くらい連れて行けばいいじゃない」
「そうそう。そしたら一個師団くらい結成できるしな……ってお前、経緯をどの程度知ってるんだ?」
「アタシ難しい話なんてよくわかんない。ただ帝王が魔物退治の旅に出るみたいだよーってことしか」
「ならば説明してやろう。まずは秘石というものがあってだな――」
おもむろにテーブルの方へ移動する。
喉が渇いたから水分補給だ。コロナもなぜだか付いてきて、テーブルの上に着陸した。
俺はテーブルに頬杖をつきつつ、一連の過程から適当にかいつまんで話す。
護衛は最大3人しか連れていけないし、だから良い人材をくまなく確保することは難しく、ゆえに悩んでいるのだと説明した。させられた。
「――じゃあなによ。その秘石ってのをアンタからもらってないとダメなのね?」
「そういうことだ。それがないと魔物には歯が立たないんだとさ」
「本物はそれを貰う為にハマー・ザ・ギシキってのをしてたら倒れちゃったんだ?」
「どこのプロレスラーだそれは。破魔の儀式な」
「てっきり豆腐の角が天から降ってきてぶつかって意識を失ったのかと……」
「さっきと違ってるぞ。そもそも豆腐は豆腐なのか。無理くりの当て字でもってとんでもないものが出てくるんじゃないだろうな?」
トウフと言われたから豆腐を連想しても、それが通じないようなトンデモ世界なのだ。豆腐が食いたいとか言ったら十個くらい腐った食い物が出てくる可能性すらあるし。
「豆腐は豆腐よ。大豆の搾り汁に凝固剤などを加えて固形化したもので、その形状は利便性等の観点から四角形の物が多く色は乳白色で、淡白でありながら奥の深い味わいと滑かな舌触りが特徴で――」
「なんでいきなり雄弁になるんだよ!」
テーブルをバーンと叩いたらコロナはビクッとして、頭を庇うような格好をした。そんなんしてもタライとか降ってこねえよ。降らせたいくらいだけど。
「アタシの知ってる豆腐の全てを教えようと……」
「こんなところで全力を尽くすんじゃあない。味噌汁によく入ってる豆腐だってのはよくわかった」
「実鼠歯瑠? それって瑠璃鼠の……」
「歯に似ている実だから実鼠歯瑠ってんだろ? 違うそれじゃない。あれはガムだろう。俺が言ってるのは味噌による汁物だ」
「なによそれ。ユウトの元いた世界にあったの?」
「もちろんだ。俺の住んでいた国では知らない奴はいない。ソウル・フードだな」
「どういう料理なのよ。どの鼠なの?」
「鼠は関係ないぞ。俺の故郷には味噌という伝統的な調味料があってだな――」
そんな逸れた話を続けていたら時間はぎゅーんと過ぎていってしまって、風呂やら晩メシやらの時間になってしまった。もうわけわからん。
この世界のピクシーってやつは、耳の器官が発達しているようで、それゆえデリケートな部分なのだと言う。
だからコロナは発狂マシーンのマイラが部屋内にいたらうるさいから嫌だと言って、窓からどこかへ飛んでいった。野鳥に食われてしまえ。
あの様子じゃ俺が偽者なんて言いふらしはしないだろうから、開放しても問題ないだろう。言ったら言ったで堂々とした態度で否定すればいい。
イタズラばかりする小動物と、帝王にしか見えない俺の言葉では重みが全く違うはずだ。
役に立ちそうでは絶対ないけれど、久方ぶりに普通に喋れたのは気分がいい。
ああして普通に喋ってくれる奴がそばにいるのも悪くないかもしれないな。脳内ミュージアムも未発動だったし。
どうでもいいが、晩メシ時にコロナから仕入れた情報を元に豆腐を所望したところ、冷奴がバランスブロックみたいに積まれてきたのには驚いた。
どうやって運んできたのか知らないが、食うのに神経を集中させなければならなかった。豆腐自体は質が良くて濃厚で、焼肉のタレみたいなのがかかっていて美味かったのだが何かが違うと思った。
そしてどうしてかマイラとバランスゲームみたいなことして遊ぶ羽目になった。まあ俺がメシに誘ったんだけど。
崩したほうが負けとなり、それでも豆腐は崩れていき、焼肉のタレが飛び跳ねて――食べ物で遊んじゃいけません。
それからマイラが出ていった後、“パンパカパーン”の音と共にコロナが戻ってきたわけだ。演出音かよ。
「護衛を選ぶんだっけ?」
「そうだ。騎士と医師と農士と策士が有力候補だな」
「えっ魔法士は?」
「えっ」
なんかサラッと重要なことを言われた気がするけども。魔法っつったよな。また妙な当て字の単語ってわけでもなさそうだ。
「魔法士よ。……ああ、ユウトの元いたとこじゃ居なかったのね。魔法っていう、何もないとこから炎を出したり雷を落としたりできる――」
「知ってる知ってる。すげえ知ってる。魔法がこの世界にあるわけか? 誰も使ってるところを見たことがないぞ」
「そりゃあそうよ。人間は扱えないもの」
「じゃあ誰が使えるんだよ」
「魔法士といえばエルフに決まってるじゃない」
「エルフだと? 尖った耳をして切れ長の目で色白のやつか?」
「そうそれよ。知ってるのね。ユウトの故郷にも居たの?」
「いねえけど知ってる。しかし誰もそんなこと教えてくれなかったんだけれども」
「自分の手柄にならないからじゃない? エルフはここには居ないもの」
大人ってやーね。本当に世界の平和を考えてるなら、さっさと言うべきじぇねえのかよ。部外者とか言ってる場合じゃねえだろ。
連中、帝王の記憶がどっか行ってるってんで、わざと隠してやがったな。折檻してやろうかしら。
「じゃあどこに居るんだよ」
「スイッセスっていう、エルフの里ね」
「行くとして、どのくらいかかる?」
「ここからだと……そうね、三日から三ヶ月ってとこかしら」
「なんだその振り幅は。まったく距離がわからんぞ」
「いい風が吹いてると三日で着くけど、そうじゃなかったら三ヶ月くらいかかるもの」
「……それはコロナがピューっと飛んで行った場合だろう」
「そうよ。そうとしか言い様がないじゃない」
「つまり俺が歩いて行くとしたらどのくらいかかるのかは見当もつかないってことだな?」
「アタシ人間じゃないからねえ。まあ三日で着かないのは確かかもね」
「そうだろうとも。それじゃあ俺がそこに着くまでに魔物に襲われて死んでしまうぞ。言っとくが俺は戦闘能力なんて高尚なものは持ち合わせていないんでな」
「えっそうなの? やだー奇遇。アタシもー」
「あっそうなんだーあたし達似たもの同士ね! ……なんて言うわけないだろうが。その村に行くまでの護衛が必要だな」
「誰かに頼めばいいじゃない」
「それを誰にするかで散々迷っているわけなんだよ」
結局同じところで躓いてしまった。
エルフってやつは自由を好み、組織に組み込まれることを嫌うため、人間社会から断絶された里にひっそりと暮らしているのだと言う。
それなのにパーティに加えられるものなのか疑問なのだが「けっこういっぱいいるから誰かしら付いてきてくれんでしょー」とはコロナの弁だ。うさんくせえ。
しかし魔法があるなら使い手を是非とも勧誘したくなったぞ。見てみたいし。
俺の中では騎士と魔法士が確定枠だな。うん、これなら戦力も十分だろう。
騎士、魔法士、医師ないし策士もしくは農士。やっぱり迷うことに変わりないけど。
魔法そのものは存在しているものの、傷を癒やしたりする、いわゆる回復魔法の類はないようだった。「そんな都合のいい魔法ないと思うけど」と言われてしまう。
攻撃魔法だって……というか魔法自体が十分都合がいいだろうが。
そうやって話しているうちに窓の外では太陽が傾き、空の色は藍となり紺となり、夜の帳が下りていた。