#12 捜索と結果
渡された服は、色は違えど昨日と同じデザインのものだった。そう決まっているのだろうな。
そしてこれも助かった。昨日と同じならさっさと着れる。
この期に及んで、どっから引っ張り出してきたのかもわからない十二単なんて渡されたら30秒では済まないし30分でも済まされないから、マイラのあの剣幕だったらタダでは済まない。
頑張って早着替えして、外に出る。
「58秒!? 何をなさっておいでですか!」
「ごめんなさい」
ガウンなんて脱ぐのに1秒かからないし、すっげえ頑張ったしそんなにかかってないはずだけども、たぶん秒数数えるのが早かったんだと思うの。腕時計とかないし。
すげえな本物さんはどうやってこれを相手にしてたんだ。相手にしてなかったんだな、うん。
「ささ、参りましょう。朝食の儀が始まります」
マイラは俺を置いて行くつもりなのか、と思うくらいに早足でスタスタと歩いていく。まだ始まるまでには十分余裕はあるって知ってるし無意味なのだけども。
「帝王様!」
「はい!」
「朝食のご希望はございますか!?」
「任せる!」
「かしこまりまして!」
「はい!」
なんだこれ。軍隊かな?
「ささ、着きました。扉を開けてもよろしいですか? 開けますね」
返事を待たずに開けるのなら聞く意味はあるのだろうか。
自動的に開かれた扉の向こうには、昨日見たのと変わらない光景があった。
俺が姿を見せると皆が平伏する。面を上げよ、と言うと顔を上げる。
昨日と違ったのは、主大臣が早足に寄って来たことだ。
「帝王様、例の準備の方は滞り無く完了してござりまする」
目の下にクマを作ってげっそりしてる。
よく見れば他のみんなも疲れているように見える。
みんなして夜中まで仕事があったのだな。
俺は快眠してました。
「主大臣よ。夜も遅うまで大儀であるぞえ」
「有り難う存じまする」
「うむ。席に着くが良かろう」
主大臣が着席するのを見やって、昨日と同じ席に腰掛ける。
着席するのは俺が最後だった。これも昨日と同じだったし、鐘が鳴ったら主大臣が前口上を述べて会議が始まるのもまた同じだった。
今日の議題は秘石捜索の話で持ち切りになった。20人程の顔ぶれも昨日と変わらないように思える。
俺がその気になって捜索に乗り出したのだ。と主大臣は誇らしげに言う。会場が沸いた。ミュージシャンのコンサートみたいに沸いた。
「帝王様には朝食を終えられた後に、これを行って頂きたく存じ奉りまする」
「うむ。よきにはからえ」
盾祭りばっかりかよ。行きたくないなあ。
ほどなくして朝食が皆に配膳された。正しい美女軍団の、メイドさんたちが何人も調理場から出てきて、せわしなく動き回っている。
その中に、カレットの姿も見つけた。目が合うとにこりと微笑みかけてくれたから、キュンとした。
それに比べて俺の横にいるマイラは憮然とした表情に口は「へ」の字だ。これはチェンジを希望したい。
で、俺の眼前に置かれたこれは何だ。
指定したら大惨事だったから、任せればいいと思っていた。しかしそれは間違いだった。
じゃがいもを丸ごと焼きましたみたいな塊、キャベツを丸ごと焼きましたみたいな塊、そしてデザートには西瓜を丸ごと焼きましたみたいな塊だ。でけえよ。西瓜真っ黒になってるし、何故か黒光りしてて爆弾かと思ったし。
どうしてこんなに丸いものばっかり丸焼きにしてくれたのだろうか。それが大、中、小と並べられているし、数学の授業かと思った。それか美術。遠近感の勉強みたいな。
「如何なさいましたか。何かお気に召さないことでも」
「すまんのう。大いにある」
流石に意味がわからないから文句を言った。こんなに食えるかって言った。それ以外にも問題点は多数、っていうか問題点しかないのだけども、とりあえずそう言った。こいつが他の偉い人に怒られても別にいいし。
そしたら丸いのみっつ持って下がっていって、しばらくしたら半円状のものをみっつ持ってきた。減らしゃいいんでしょって言われているのと同じだ。
それにしてもトレイを使っているようでもないのに、でっかい皿を含めたみっつを一体どうやって運ん――ミサイルの使用許可が降りているだと!? 国防総省はどこだ! ミサイルの斬新な使い方をしているぞ!
他の人にはとっくに配膳が済んでいるのに食いだす様子を見せないのは、帝王である俺を差し置いて先に食っちゃったらいけないからだろう。
ズラッと並んだおっさんどもが、おあずけ食らった犬みたいになってるわけだ。重圧半端ない。
マイラにまともな食い物を持ってこさせるまで大変な時間がかかりそうだと悟ったし、もう諦めた。
そして誰からも叱られる様子がないし、昨日必死に食った妬き魚の意味を問いたくなりました。
仕方ないから食ったさ。じゃがいもやキャベツは大体想像通りの味だったが、西瓜を焼いたら美味いってのは新発見だった。分量的にサラダとメインディッシュとデザートが逆転してるけども。
まあデザートは別腹って言うし、甘いものが多くても問題ないよね。
あっさり食い終わって食後の茶をすすりつつ、今日は大事なイベントデーだってことで会議は早々に幕を閉じた。
主大臣を始めとする何人もの人間に連れられて部屋を出る。すると目の前にマイラが憮然とした顔で立っていた。
「帝王様におかれましては、朝食の儀、お疲れ様でございました。それでは参りましょう」
朝食が終わると一旦王室に帰るのが通例なのだ。だが、今日はこのまま儀式の間へ行くので王室には立ち寄らない。それをマイラに伝えたいのだが、もう遥か彼方へ行ってしまっている。
俺は駆け出した。駆け出しながら叫ぶ。
「待つのだ! 待ってくれ!」
聞こえないのか聞いていないのか、マイラは歩く速度を緩めない。
「マイラ! 待て! 待ていら!」
マイラはサイドブレーキを引いたかのようにピタリと止まった。人間業じゃない。
「何か」
「わしはこれから主大臣らと用事があっての。そなたは、」
「それでは雑務などしていましょう。終われば待機しておきますので」
マイラは早口で言い終わると踵を返した。
話が早いというかなんというか。
マイラは恐ろしいスピードで小さくなっていく。昨日の朝窓を開けた時、マイラが外をジョギングしていたなら「外を車が走ってやがる!」と俺は大変に驚いただろう。
「帝王様、よろしゅうござりまするか。参られましょうぞ」
禊ぎを行う為に王宮の外へと向かう。
他の大臣も全員同行した。
主大臣は俺の補佐。文大臣は禊ぎの段取りをし、武大臣は護衛をする。水大臣は俺の体調の管理で地大臣は薬草の管理。風大臣は儀式の間の管理者だ。
その6人に、更に兵士だの学士だのを大勢引き連れて大移動となった。
戦闘や力仕事を主に行う人達は兵士で武房に属する。要するに武房のモブ。
これとは反対に、知識を蓄えた人達は学士と呼ばれて文房に属するのだそうだ。これは文房のモブだな。
兵士は護衛の補佐で学士は禊ぎの補佐をするらしい。
どうでもいいが文房という響きは文房具みたいでなんだか滑稽にも感じるのだけども、文房具は勉強する為に使われるのが主なので妙に合っている気もするのだった。
ちなみに文房具、という単語はこっちの世界には存在しない。書用具、と言う。めんどくせえ。
全く異なる世界なのだから、文房具を指して「これはパラポキョフと言うのでございます」くらい言われた方がかえって潔いのだが。
連れられるままにしばらく歩き、防壁の外側を通って王宮の裏手に回る。そこからさらに歩くと、右手にはキラキラした神々しい建物が見え、これが儀式の間なのだと言う。
先導するのは主大臣。俺の横に護衛の為か、武大臣のスターリーがぴったりとついていた。はっきり言って歩きにくい。こいつガチホモなのかな。
キラキラした建物を横目に見ながら進むと、ドーム状の石造りの建物があった。ここで禊ぎを行うらしい。
大きな扉が開かれると、中には石造りの円形で成された半径1メートルくらいの湯船があって、俺の背後から躍り出た数人の学士がそれを取り囲む。兵士達は反対側に散って、建物の警備に当たるらしい。
ここでやっと武大臣が俺から離れる。ようやくか、と思っていたら、今度は水大臣が俺に張り付く。体調管理のためかな。ためだよね? ガチホモじゃないよね?
湯船からは当然大量の湯気が発生して、扉を開けて空気が入れ替わるまでの間は視界を遮られてしまうくらいだった。そしてやっぱり臭かった。やばい。
外からは異臭が感じられなかったし、煮込んだためか昨日嗅いだ悪臭よりかは幾分マシになってたように思えるが、入るのが思いっきり躊躇われる程度にはくせえ。
「湯の具合はいかほどであるか」
主大臣が問うと、湯船を取り囲んでいた学士達は湯を手ですくい取り、難しい顔をする。うん、臭いよね、それ。
文大臣と地大臣がそれに歩み寄って、何やら話し込んでいる。少しの間話し込んで、地大臣は振り返った。
「非常に良好かと」
よくねえよ。
それを聞いた主大臣も頷いて、俺に向きを変えた。
「帝王様、こちらへ」
促されるままに湯船の真前まで行くと、学士たちは今度は俺を取り囲む。
「失礼致します」
とだけ言って、俺の着衣を剥がし始める。
こんなに大勢の前で全裸になるなど思ってもみなかったのだし、恥ずかしいに決まっているのだが、皆が皆して神妙な面持ちでもって一連の動作をするものだから、平然を装っていなければならない空気になる。
造作もなく俺は生まれたままの姿にされた。俺の裸体を水大臣が恐ろしい眼光で見てくる。これはガチホモだわ。
「帝王様、恐れ多くも薬泉の中ほどへとお進み頂きとうございます」
なんでみんな気にしないの。こんなに臭いのに。
嫌々ながらも学士に促されるままに湯船の中へと足を踏み入れる。薬草で煮詰まれた水面は鮮やかな緑色がとぐろを巻いて僅かに波打っていて、くっせえし薬泉じゃなくて毒の沼だと思った。
温度は温めだったが、それにしても湯量が少ない。あぐらをかいて座っても腰の少し上くらいまでの湯量しかない。多くても嫌だけど。
「帝王様、この布を薬泉に浸し、お体をお清め下さいませ」
学士は言って、フェイスタオルくらいの大きさの、長方形の布を手渡してきた。
こんな腐ったみたいな湯に浸すにしては勿体無いくらい質の良さそうなものだ。
所々キラキラと光っていて、目を凝らしてみると銀の糸がふんだんに織り込まれている。こんなんでゴシゴシやったら痛いんでねえの。
ゴシゴシせずにやんわりと、それを湯に浸しては体を拭き、浸しては拭き、を繰り返す。
それを何回か繰り返している内に俺の体は緑色がまとわりつき、苔むした風な具合になる、というか呪われている気分だ。
薬草のせいなのか、こすり続けた結果なのか、なんだか体がヒリヒリしてきた気がする。
俺の毛って至る所が真っ赤なのに、それが緑にまみれたら毒々しい配色だな。やっぱり呪われている。
「そろそろ良い具合になったと存じまする」
主大臣に言われて湯から出た俺だったが、まさか呪われたまま行くはずもあるまいと思っていたのに、そのままの状態でガウンを羽織る羽目になる。
サンダルのような履物を履かされ儀式の間へと向かう。
ぬるま湯に浸し続けた体には、外の風は肌寒く感じられた。自然と体を抱え込む様な形になる。
赤い人が緑になって、寒そうに歩いている図はカオスすぎるだろ。ドッキリじゃねえよな。
ここでは主大臣は同行しなかった。
以前、本物の帝王が儀式中に倒れてしまった時に、緊急手段として主大臣が中へ入り、帝王を助けたことがあったらしい。
何をしようが帝王以外の人間が儀式の間へ立ち入る事は禁忌とされているのだが、もしまた俺が倒れてしまった時のことを考え、自身もせめて禊ぎを行うつもりなのだという。
つまり俺の出た湯船にこれから主大臣が入るのだ。それが終われば後を追うと言い残していく。
デブが緑まみれになるつもりらしい。緑の怪人めいた主人公が活躍する映画もあったかもしれんが、そんなんしてもハリウッドから出演依頼来ねえよ。
しかし脳内ミュージアムには出演可能だ。そこでは草大福マンが粒あん派とこしあん派の戦争を止めつつヒロインの粒あん派の城の姫、きんつば姫と恋に落ち、結婚を約束したにも関わらず最終的には命を落としていた。
俺の脳内ミュージアムはメンテナンスが明けたらしい。
主大臣に代わって先導したのは風大臣だ。しょぼくれた背中を見つつ、歩いて行く。儀式の間へはすぐに着いた。
幅が広くて円筒状の、寸胴みたいな石造りの建物。円錐状の薄紫の屋根はガラス製のようで、光を乱反射させてキラキラと光っている。
風大臣は扉に近づいて施された鍵を開け、扉の脇に立ちすくむ。武大臣は反対側の脇に仁王立ちすると兵士達にも指示を出し、警備に当たらせる。
「どうぞ中へお入りくださいますよう」
風大臣に言われるがままに扉を開ける。
俺が入ったと同時に後ろでバタンと扉の締まる音が響く。屋根の薄紫もガラスで出来ていたようで、太陽の光が降り注ぎとても明るい。
中はなんてことのない石造りの小部屋だったのだが、誰も立ち入れないはずなのに、毎日の手入れが成されているかのように蜘蛛の巣一つ張ってなければ塵一つ落ちていなかったのが、何か不思議な力が作用しているんじゃないかという気にさせる。
この小部屋には何もなかったが、奥にもう一枚扉があった。ここは前室なのだと把握する。
二枚目の扉を開けると屋根の薄紫と同様のガラスが壁一面を埋め尽くしていて、これには複雑な彫刻があった。
広く粛然とした不思議な空間の真ん中に一段高くなった台座があって、それを背の低い鉄柵が取り囲んでいる。
多分そこに立って神聖なる言葉を綴るのが儀式の内容なのだろう。
ここで秘石が見つからなければ詰みになる。
また新たに儀式を行おうにも、俺にはこの世界の文字が読めないので、馬鹿げた厚さの巻物を読み上げるなんてのは不可能。
文字が読めないとは、流石に記憶喪失でもそこまではいかない。これを申告すると偽者だとバレてしまう。すると待ち受けているのは極刑だ。
それともせめて字が読める程度にまで記憶を回復しようと躍起になって、後宮へ放り込まれるかも知れない。これも俺には極刑だ。下手すりゃ死ぬより恐ろしい。
恐る恐る台座に歩み寄ると、それの中央に光を反射してキラキラと光る物体があった。
近寄って手に取ってみると、小さなガラス玉のようなそれは、中は僅かに白く濁り渦巻いていて、冠みたいな金色の金具が付いていた。泡立て機みたいになってるやつ。
手に包み込めばすっぽりと姿を隠せてしまいそうなほど小さなガラス玉が、権威をもって冠をかぶっているかのようだった。
俺は安堵してその場にへたり込んだ。
――あった。
これだ。これに違いない。一目見ただけで、そう直感させる雰囲気のようなものが、それにはあった。
それを陽の光にかざしてみると、白い濁りがぼんやりと光ってうねりを見せる。
こんな不思議なものが不自然にここに置いてあるはずがない。これが秘石に相違ない。
それも同じものが八つも置いてある。これには首を傾げた。
秘石とは一つとは限らないのだろうか。それにしても八つとは、多すぎないか。何に使うんだろ。
主大臣はこれを武具に取り付ける、と言っていたが、八つも取り付けなければならないのかな。邪魔くさそうだしカチンカチンぶつかってうるさそう。ケータイにストラップわんさか付けるのなんて、もう流行ってねえぞ。
念のため部屋中をくまなく捜索してみたが、それらしきものは他に見当たらなかった。
八つのガラス玉を握りしめて扉を開けると、目の前にはガウンの端から毒々しい緑色を見せている主大臣が寒さゆえなのか、俺を心配してのことなのか、捨てられた子犬のような瞳を際立たせて突っ立っていた。
その様子があまりにもカオスで思わず吹き出してしまったのだが、周囲の人間には俺が秘石を見つけ出したので歓喜のあまり高笑いしているように映ったのだそうだ。
「このような物は初めてお見受け致しまする……これは破魔の宝玉に間違いござりませぬ!」
主大臣は瞳を爛々と輝かせて言う。
その言葉を聞いて、俺は更に安堵した。とりあえずは首の皮が繋がったのだ。
だが相変わらず草大福マンのままなので、俺は直視することが出来なかった。
直視し続けたら草大福マンのストーリーは三部作では済まされないし、第二部として“俺の顔の一部を食え”みたいな話は目下製作中だし。
とにかく見つかったのならさっさと風呂に入らなければ。もう嗅覚が麻痺したのかあまり気にならなくなってしまったが、すげえ臭いと思うし。
そんなわけで、俺と主大臣は朝風呂と洒落こむことになった。