表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帝王様の、思い通りにならない世界  作者: 渋谷マコト><。
序章 王宮での非常識な日常と旅立ちに向けての準備
1/45

#1 転落と転落

豆乳メンタルなんでおてて柔らかくして下さい!><。

 毎日毎日同じ景色ばかり見て過ごしている。

 

 同じ家で目覚めて同じ道を歩き、同じ電車に乗って出勤する。

 ぎゅうぎゅうの満員電車に押し込まれ、目の前にいたのが美女だったなら体を押し付けて僅かに伝わる柔らかさを感じ取り、「この人チカンです!」と手首を掴まれようものなら、そんなこともあろうかとブカブカのゴム手袋を装着しておいてスポっと抜けるようにしとくのも忘れない、実にマンネリの毎日である。

 

 ありきたりな駅前のオフィス街をしばらく歩けば目的の企業ビルにたどり着き、パソコンをカタカタと操作しながら「なんでゴム手袋はめてんだお前」とか怒られつつ、適当に指示された仕事をこなす。

 

 その量は半端なく多く、終わらせようと思って終わらせられる量じゃないから、残業は当然で休憩時間も犠牲になる。

 それなのに、休憩中に一服するくらいのことも作業と平行できず、わざわざ屋上に足を運ばねばならない。

 

 一服する間にも、何かしらの仕事を進めておいた方がいい。

 だから俺は書類の入った封筒を小脇に抱え、小走りで屋上へとやってきたわけだ。

 

 

 そこへ続く鉄扉を開ければ、熱風がブワッと吹き付けてきて、全身にまとわりついてくる。

 外はうだるような暑さだ。今日は風が強いのがせめてもの救いだが、屋上は中で涼んでらっしゃる皆さんのためにエアコン室外機が駆動中。騒音と共に容赦なく更なる熱風を吹き付けてくる。

 

 ゴミ箱を兼ねたスタンド灰皿はその真ん前に設置してあって、そこでしか喫煙が許されない決まりだし、きっと社長は嫌煙家だと思う。

 

 喫煙者はどんどん追いやられている。

 何かにつけて煙草は悪者にされて、喫煙者は罪人が如き扱いを受ける昨今。

 しかしながら喫煙者は相当数現存していて、中でもサラリーマン率が高いと思われるストレス社会。

 

 その中にあって、我が社の喫煙者率は80%を上回っていると思われるし、ストレスは半端ないと思うしむしろタバコ以外も吸ってそうな病んだ人がいっぱいいる。

 

 今現在、喫煙所にいる人も、何もない一点を見つめて瞳孔が開いている。怖い。

 

「どっすか、調子は」

 

「うへへ、真崎まさき君だっけ? いつの間に六つ子になったんだい?」

 

 もうダメだこいつ。

 話しかけてみたらこれだ。他にも顔色悪い人達がたくさんいるけどほっとこう。

 

 俺は普通に一人で立ってるし、六つ子じゃないし六つ子だとしてもこんなとこで並んでないし、リバイバルした設定にのっかってるわけないし、この人見えないものが見えているのだと思うし、精神的に参ってるのだと思われる。

 

 どうしてこんな危ない破壊力を有する会社に俺は居るのだろう。

 本当はこんなはずじゃなかったのに。

 本当なら俺は、ラーメン屋の店主になっていたはずのなのに。

 

 

 ラーメンの食べ歩きを趣味とする俺は、自ら至高で究極のラーメンを作るべく修業の日々に明け暮れていた。つまりバイトです。

 

 しかし、鬱陶しい客がムカついたから熱々のラーメンを投げつけたり、海苔の代わりにスティック糊をぶっ刺して渡したり、ご自由にどうぞで辛味調整の役割を持つ唐辛子味噌の中身をケチャップにすり替えておいたりしたら、あっという間に業界から永久追放されてしまったのだ。

 

 猛省している。けれどもスマホを使ってその様子を自画像含めつぶやいていたため、ラーメン業界どころか接客業飲食業全般から閉めだされていると知ったから、もうどうにも引き返せない。

 

 まとめニュースにも載ってたし。俺有名人になった! とか喜んでる場合じゃなかった。

 目線の入ってない画像使ってコラ画像とか作られてたし。頭悪そうとかコメントされてたし。

 

 

 そんなわけで、割とブラックだと知りつつもなんとか入社できた会社でデスクワークをするしかなかったのだ。ここ以外全部書類審査で落ちたし。

 

 悪い意味で有名になるほどヒャッハーしていた俺であったのだが、インターネットの恐ろしさを身を持って知って、それからはできるだけ個性を出さずに生きている。

 

 平凡に日々の仕事をこなし平凡に暮らす。生活は豊かではない、むしろ貧乏の類であったが、それも平凡の域をでない。元バイト先に大変な額の賠償請求されたから、たぶん一生抜け出せない。

 

 返済目指してがむしゃらに働こうとも思えない。頑張っちゃおうとかすると、悪い方向に行く気がするからできないでいるわけだ。

 

 だからなるべく波風立てないようにして、ありふれた日常生活の中にいるのだ。

 大きなミスもなければ大した功績もない、よくある小さなミスをして、鬼上司に叱られたりする毎日。

 

 今、俺が手にしているこの書類だってそうだ。平凡な日々の一環。後の会議で必要な書類。これの内容をよく読んでおかないと、会議中に話を振られたら大変に困ってしまう。

 

 腕時計をチラッと見てから煙草に火をつける。煙草が落ちないように甘噛みしつつ、封筒の中から書類の束を取り出す。少ない休憩時間の合間にも目を通しておかないと間に合わないのだから。

 

 煙草を持っているがゆえ、片手で書類を支えていたのだが、風が紙を暴れさせていてとてもじゃないが目を通すことができなかった。両手持ちスキルを発動する。

 

 文面に目を通しているうちに煙草はその長さを3分の1ほどに減らしている。それに伴って先端の灰は徐々に長さを増していった。

 頭を垂れた灰が風で払われ書類の表面をかすめていく。細かな灰が書類に付いた。

 

 大事な書類なので汚れたままにはしておけない。残留した灰を片手で払う。空いた片手のついでで、一旦灰皿に煙草を置こうとした瞬間、突風が吹いた。

 風はひゅうという音を立てて、俺の手中にあった紙束から一枚を抜き取りさっていってしまった。

 

 ――やっべえ。

 

 この書類は後の会議で使う重要なものだし、一枚でも無くしたとなれば、かなり大ごとになってしまう。

 無くしたなんてことがばれてしまったら、鬼上司は顔を真っ赤にし、赤鬼にクラスチェンジして俺を地の果てまで追ってくるだろう。

 

 鬼を斬る剣なんてレプリカしか持ってないから、空白の1ページを取り戻すべく駆け出した。地面に這ったダクトを越え、フェンスを越え、跳躍し、やっとそれを掴んだ。と思ったら地面がなかった。ビルの外にまで飛び出してしまったのだ。

 

 次の瞬間急降下した。

 

「今年も出たか……毎年出るんだよな……」

 

 さっき話しかけた人がなんか凄いこと言ってる。どうして傍観してるわけ?

 

 遠くにオフィス街の路肩が見える。それは恐ろしい速度で俺との距離を詰めていく。

 あそこに叩きつけられるのかと思ったと同時に、俺の意識は遠のいていった。

 

 

 こうして俺、真崎悠斗まさきゆうとは26年の短い人生を終えた。

 

 

 □

 

 

 ――と、思ったのに。

 

 

 気がつくと俺はフカフカのベッドの上にいた。

 

 まず、生きているということに仰天した。

 俺はビルの屋上から落下した。夢なんかじゃないはずだし、あのビルは20階建てだったはずだ。

 そこのてっぺんから落っこちたわけだから無事なはずがない。

 にも関わらず、生きているだけでなく包帯でぐるぐる巻きにされてるでもなく点滴をあてがわれてるでもなかった。事実、体のどこにも痛みを感じない。

 

 しいて言えば頭がぼうっとするし、若干の頭痛もするし、喉の調子もおかしい気がした。風邪でも引いたのかな。

 しかし、そんな些細な不調を除けば至って健康体だったのだ。

 

 

 なにかおかしい。そう思った。妙だ。

 

 まずここはどこだ。俺の記憶にこんな場所はない。

 なんだこの豪華の結晶のような部屋は。

 

 電球で照らされたような暖色の光の中、目に飛び込んできたのはベッドの天蓋だった。

 天蓋付きのベッドなんてものは実際に見たことはない。俺はそんなブルジョアじゃない。

 

 恐ろしく立派な天蓋を、これまた立派な白い柱が四隅から支えていて、柱には優美さを感じさせるような彫刻が施されている。

 

 そしてこのベッドのサイズはなんだ。デカけりゃいいってもんじゃないだろうに。

 六畳一間の俺のアパートの部屋だったら、このベッドだけで埋まってしまいそうなほど、デカい。三人寝てもまだ余裕がありそうだ。

 

 奇跡的に一命を取り留めて病院のベッドの上にいる、とかではないだろう。こんなものが普通の病院にあるわけない。あったらあったで法外な部屋代を請求されそうだから、それはそれで困っちゃう。

 

 俺の体を包んでいる布団にしても。絹を思わせるそれは赤を主体に所々繊細な刺繍が金色で成されていて、かなり分厚いのに重量を感じさせないほど軽い。たぶんこの布団一式だけで俺の年収に匹敵する。

 

 上体を起こし辺りを見回してみると、想像よりずっと豪華な部屋だった。

 見るからに高そうな壷、存在感のある観葉植物、見事な絵画が飾られており部屋の隅には西洋風の甲冑が白い輝きを放っていて、床にはこれまたご立派な絨毯、壁は壁で大理石のようである。

 

 その他にも扉や窓やカーテン、壁に飾られたなんだかよくわからないもの、家具の一品一品、どれをとっても高い品質を感じさせるもので、これほど贅の尽くした部屋は俺にとっては想像、妄想の中のものでしかなかった。

 

 むしろ今のこの状況こそが夢なんではないだろうか。そう思わせるほどにこの部屋は非現実的だ。

 

 夢か否か。確かめるべく行動を起こそうとした時、どこからかリン、と鈴の音が響く。その後少しして扉がギィという音を立てて開かれた。

 

 

 重そうな扉を開けて入ってきたのは、目を見張るような美女だった。手にはガラス製の水差しを乗せた銀色のトレイを持っている。

 

 俺と同じ歳くらいだろうか。栗色の長い髪を後ろで束ねていて、白を基調としたメイドのような格好をしている。ほっそりとしていていかにも女らしい、といった感じだ。

 その端正な顔立ちは、誰に見せても美人であると言わせるだろう。

 

 うつむきながら扉を閉めた美人さんが顔を上げると、俺と目が合った。

 美人さんは驚愕の表情を浮かべて、手にしていたトレイを床に落とした。水差しが悲惨な音を立てて割れる。

 

「て……帝王様……! お目覚めになられたのでございますね……!」

 

 そう言って美人さんは平伏する。

 

 俺は意味がわからなかった。この部屋には俺と、この美人さんしかいない。しかも俺の目をしっかりと見据えて「帝王様」と言ったのだ。俺のことを指しているとしか思えない。

 

 

 帝王様……って……俺が?

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ