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カチューシャ(5/12)

 いつもの放課後。

 今日は全員が揃っています。


「風が吹くと、桶屋が儲かるって、どういうことですか?」


 国語の問題を解いていたほのかがそう尋ねました。秀一は、ああ、と頷き答えます。


「世の中、全く関係のないと思うことでも、実はどこかでつながってる、ってことの喩えだな」

「そうなんですか? でもなんで風が吹くと桶屋が儲かる、っていうのがそういうことになるんですか?」


 いい質問だ、と秀一は喜色を浮かべます。


「風が吹くと、土ぼこりが立つ。その土ぼこりが目に入り盲目の人が増える。盲目の人は三味線を買う」

「もうもく?」

「目の見えない人のことな」


 秀一の説明に、ほう、と四方から納得の声が聞こえます。


「どうして盲目の人は三味線を買うんですか?」

「昔は、盲目の人が就く仕事で一番メジャーなのが三味線の奏者だったからだ」

「そういえば、盲目のレイシストだかエゴイストだか、そんな人も居たわね?」

「ピアニストな」


 ピアノを弾く動作をしながらそういう凛香に秀一は突っ込みます。


「凛香の言うとおり、今も昔も世界的に有名な盲目の音楽家っていうのはいる。目が見えない分、耳が鋭くなるんだろうな、きっと」


 へぇ、とほのかは感心したように頷きます。


「それでだ。三味線は材料には、ネコの皮を使う」

「ネコを!?」

 二人の話を聞いていたエルが驚いたように叫びました。


「そうだ」

「ナンでそんなことするの!?」

「いい音がするからじゃないか?」

「ネコがかわいそうでしょ!? ウッタえるよ!?」

「お、俺に怒るなよ......」


 エルは髪を逆立て、ぐるるるとのどを鳴らします。


「う、うちに三味線があるんですけど...も、もしかしてそれもネコの皮を......」


 ほのかが顔を真っ青にして言います。


「最近は合成皮も多いらしいぞ」


 秀一のその言葉に、ほのかはほっとしたように表情を緩めました。ほのかの家にあるものなら高級な代物に違いないので、十中八九、ネコ皮なのですが、あえて秀一はそう言いました。


「まぁ、だから三味線をたくさん作ると、ネコが減る。ネコが減るとネズミが増える。ネズミは桶をかじる。だから桶を買う人が増える。それで『風が吹くと桶屋が儲かる』ってわけだ」


 だから、と秀一はまとめます。


「世の中、全く関係のないと思うことでも、実はどこかでつながってる、ってな」

「そうなんですかぁ」


 わかったのかわかってないのか。おそらくちゃんとは理解していないながらも、ぼんやりと理解しているらしいほのかはうなずきました。

 うんうん、なるほどー、と言いながらノートにメモしているほのかを見ていて、ふと思いつき秀一は声をかけました。


「そういえば、ほのか」

「なんですか?」


 ナチュラル上目遣いでほのかが秀一を見ます。


「今日はカチューシャしてるんだな」

「ええ、最近湿気が多くて髪が膨らんじゃうので、これで押さえられるかなって」


 あんまり効果なかったですけど、と言いながらほのかは髪の毛を気にしてなでつけました。


「そうか」


 そう頷き、ちょっと考えてから秀一はもう一度口を開きます。


「そのカチューシャ」


 はい、なんでしょう? とほのかは小首をかしげます。


「似合ってる」


 秀一にとっては別段、意識した言葉ではありませんでした。ただなんとなく、今日はほのかの雰囲気がいつもと違うな、と思っていて、その原因がカチューシャだとわかり、あぁなるほど、と得心して、思った言葉がつるんと出てきたのです。


 しかし、ほのかにとってはそうではありませんでした。


 彼女は秀一に言われた言葉にしばしほうけて、それから、言葉の意味を飲み込み理解すると、ボッと顔を真っ赤に染めました。


「な、な、ななに言ってるんですかぁ!」


 完熟トマトも裸足で逃げ出すほど、ほのかの顔は真っ赤っかです。


「だから、似合ってる」


 そんなほのかの様子を気にもとめず秀一は繰り返します。

 ふぁっふぁっ、とほのかはよくわからない音を発して目をぐるぐる回しました。


「ウンウン、ほのかにあってる」 

「えぇ、そうね。ほのかはかわいいから大抵のものが似合うけれど、今日のカチューシャは特に似合っているわ」

「そ、そうですか?」


 こくこく、と鈴も頷きます。


「ああ。俺はファッションのことは何もわからないが、それはいい」


 秀一は、グッとサムズアップして言い切りました。


「ッ! ......つ、次、次の問題解きます!」


 ほのかは恥ずかしそうに、誰にともなく宣言をして問題集へと向かいました。



 翌日から。

 ほのかは毎日、カチューシャをしてくるようになりました。

 それを見た彼女に憧れる女生徒たちが、次第に真似はじめ、学園周辺の雑貨屋ではカチューシャが飛ぶように売れました。 


 カチューシャをつける女生徒が増えると、通学路や校内でそれを目撃した男性諸君のヤル気が大幅にアップしました。男性諸君のヤル気が大幅にアップすると、それを発散するために仕事に励んだり、また、夜のお仕事に励むようになり、少子高齢化に歯止めがかかり、長年不景気にあった日本経済が活性化されたということです。


 これが本当の「風が吹くと桶屋が儲かる」

 お後がよろしいようで。



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