同音異義語(5/11)
ある日の放課後です。
今日は全員が揃って、今は国語の勉強をしています。
「キツネ、ってヒトにバけるの?」
キツネの子どもが、手袋を買いにいくお話を読んでいたエルが、そういいました。
「人間に化ける生き物なんていねえよ」
「え、じゃあ、キツネいないの?」
いやいや、そういう意味じゃない、と秀一は慌てて否定します。
「キツネ、って動物はもちろんいるぞ? ただ、化けはしない、ってことな」
「フムフム、なるほどー! キツネ、ジッサイにミてみたいな!」
「機会が合ったらな」
「キカイがあるの?」
ブルンブルン、と機械のエンジン音をまねてエルが言います。
「ああ、そっちの機械じゃなくて......こっちな」
そう言いながら秀一は『機会』と漢字を書きます。
「キカイ・キカイ? どっちもいっしょ?」
「こっちの『機会』は、ええと......チャンス、とかそういう意味の言葉だ」
「オオ、チャンス! それならワかるよ!」
ハイ! と元気よく手を挙げてエルは言います。
「キカイがマシーンで、キカイがチャンス......イッショなのにチガうイミ......そんなはずないじゃん!! バカにして!!」
ダンとエルが机を叩きました。
「おこだよ!! ウソつき!」
「怒るなよ。ウソついてねえよ」
激高するエルに秀一は頬杖をつき、やれやれと答えます。
「......ホントなの?」
「ホントホント。チョーマジだから」
「ホントのホントのホントに、キカイがマシーンで、キカイがチャンスなの?」
「ホントのホントのホントのホントだって」
むー、とうなりながらエルは秀一の目をじーっと見つめます。
それから凛香、ほのか、鈴、と順番に見て、彼女たちが頷くのを確認して、
「ホントなんだ」
ようやく信じました。
「もうちょっと俺の言うこと信じろよ......」
「デモデモ、いっしょだとコマらない?」
「そうだな......確かに、ややこしいよな。でも同音異義語はたくさんあるんだ」
「ドーオンイギゴ?」
「キカイ、みたいに、同じ発音で、違う意味を持つ言葉のことだ」
「ナルホドー?」
フンフンと頷くエルに、本当に理解しているのか? と秀一は怪しく思います。
「箸と橋と箸、とかな」
「ハシトハシトハシ......」
「ほかにも、『意外と以外』とか」
「イガイトイガイ......」
秀一が黒板に書いた文字をノートに写しながらエルは復唱します。
「はいはい! わたし思いつきました!」
そんなやりとりを見ていたほのかが、挙手して言いました。
「『秘書と避暑』......どうですか?」
「ああ、あってるよ」
ほのかが理解してくれていることに、秀一はほっとします。
「イケナイ恋の予感がしますよね!」
「ダジャレかよ!」
てへ、とほのかは可愛らしく自分の頭をこつんとグーで叩きます。本当にわかっているのか、秀一の中でさらに疑問が生まれます。
「私も思いついたわ」
スッと手を挙げて凛香が言いました。
「『励ますとハゲ増す』」
「何で俺の頭見ながら言うんだよ!?」
「ふふ、あなたなら大丈夫よ、頑張りなさい」
「励ますな!」
「ふふふ」
「うわ、そのドヤ顔マジうざい」
くっそ、と秀一は毒づきます。
ふと視線を横へ移すと、鈴がスケッチブックになにかを書いていました。
「お、鈴も思いついたのか?」
こくこくと鈴は頷きます。きゅ、とサインペンで文字を書き終えた鈴が、ドンとそれを掲げます。
『道程と童貞』
凛香ほのか秀一が凍りました。
「ねぇねぇ、それなんてヨむの?」
無邪気に尋ねるエルに鈴は『ドーテー』とカタカナで教えてあげています。
「ふーん? どういうイミ?」
知らない、と鈴が首を横に振ります。
自然と二人の視線が他三人へと向かいます。
全員が黙ります。
「ねぇねぇ、どういう――」
「鈴も意味しらないのかぁ、しょうがないなー」
「ほんと鈴ちゃんはしょうがないですねー」
「本当に鈴は仕方ないわね」
三人は口々棒読みでそう言います。
「ムー。なんでコタえてくれないのー!!」
質問を無視されて、エルはぷくっと頬を膨らませてしまいます。
「鈴は他にはなにか思いつかないか?」
『......猿が去る』
「よしよし、あってるぞ、鈴。ほんと鈴はいいこだなぁ」
と言いながら秀一は鈴の頭をよしよしします。いいこだなー鈴は。もうほんとかわいいなぁ、よしよしよしよし。なでなでなで。
「ムー!」
さらにエルの頬が膨らみます。
「エルはなにか思いつかないか?」
同音異義語、と秀一はふくれっ面のエルに尋ねます。
「......むー」
「なんでもいいから、ひらめいたら、言ってみてくれよ?」
「うー」
唇をとんがらせながらも、秀一に言われてエルは考えます。
「............あ!」
「ひらめいたか?」
ブンブン、とエルは力一杯、顔を振ります。
「ひらめいた!」
「そうか、ひらめいたか!」
よかった、よかった、と秀一は頷きます。
「教えてくれ?」
「ひらめいた、のナカに、ヒラメ、いたよ!」
エルの目がキラキラに輝いています。
「おまえなぁ......」
はぁ、と秀一はため息。
「ひらめいた、ヒラメいた!」
あはは、あはは! と元気いっぱいに笑いながらそういうエルを見ていると、突っ込みたくてしょうがない気持ちが秀一の中で収まっていきます。
「オー、ナルホドー、これがドーンイギゴーかー」
「違うから。そもそもドーンイギゴーってなんだ、怪獣か」
「アハハハ! ドーオンイギゴーがカイジューなわけないじゃん!」
シュウもしかしておばかさん? とエルはコロコロ笑います。
「本当にわかったんだよな? 同音異義語がなにか」
「モッチロン!」
確認する秀一に、大きく頷いてエルは自信満々に答えます。
「ドーオンイギゴーはキカイのナマエだよ!」
「全然わかってねぇ! 違うから!」
え、なに? もしかしていままでの会話全部無駄? 最初っからわかってなかった? と秀一は頭を抱えます。
「もーシュウはまたそういうコマかいこという!」
「細かくねえよ!?」
「ちいさいこときにしてるとハゲるよ?」
「ハゲねえよ!」
「いいえハゲるわよ」
「ハゲちゃいますよ」
『つるっつる』
三人もここぞとばかりに同意します。
「やめて......大丈夫だよね、俺、平気だよね? まだまだいけるよね?」
「イケるイケる!」
「そうね、大丈夫よ。まだまだ平気」
「大丈夫です! わたし、髪の毛のあるなしで人を差別したりしません!」
鈴は無言で秀一の肩にぽん、と手を置きました。
「励ますな! ――はっ!」
言わされたことに気づいた秀一が、くそぉぉぉ、と歯がみするのを四人はものすごく楽しそうな笑顔で見ていました。
後日、以前の宣言通り、凛香が育毛剤を秀一にプレゼントして、秀一が本気で不安になり、結果抜け毛が増える......という悪循環に陥りましたがそれはまた別のお話。