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ぐんまー(5月9日)

ぐんまー


「群馬の位置がわからない?」


 地理の勉強をしていた鈴が、秀一の袖を引っ張り尋ねました。

 その言葉に、他の勉強をしていた三人も反応します。


「群馬って、あの秘境ですよね?」

「群馬県民に謝れ」

「ええとじゃあ......日本最後の未開の地?」

「変わってねえよ!」


 かわいらしく小首をかしげて、危険な発言をするほのかに、秀一はツッコミます。


「群馬ね......旅行で行ったときに、ずきんを被った赤いお猿さんみたいなお守りを買った記憶があるわ。名前はなんて言ったからしら?」

「それは岐阜のさるぼぼだ」


 多分な、と秀一は訂正します。凜香は首をかしげ、


「あら? いつ改名したの?」

「廃藩置県以来、都道府県名は変わってねえよ!」


 秀一の言葉に、くすり、と凜香は微笑みました。


「ふふ、でも、勘違いしてもしょうがないじゃない、似ているんだもの」

「どこがだ」


 目を眇める秀一に、凛香は、いいよく聞きなさい、と言います。


「群馬、岐阜、群馬、岐阜、ぐんま、ぎふ、ぐんま、ぎふ、ぐんまぎふ、ぐんまぎふ......ほら、一緒」

「どこがだ!?」

「ふふふ、わからないの? おばかさんね」

「おまえがな!?」

「はいはい、それでいいわよ。まったくしょうがない人ね」

「なんで俺がおかしいみたいになってんだ!?」


 やれやれ、と凜香は一人勝手に納得しています。


「ハイハイ! アタシ、トウキョーはシってるヨ!」

「ああ、そうだな。知らなきゃ困るな。住んでるからな。知っててくれて俺もうれしいよ」

「アトアト、ヨコハマ! アサクサ! シンバシ、カブキチョー、リョーゴク......」


 思いつく地名を延々挙げていくエルに秀一はストップをかけます。


「都道府県と市区町村の違いは、わかってるよな......?」

「トドウフ・ケンとシクチョー・ソン? ......だれそれ?」


 そこからか......と秀一は悩みます。

 眉間にしわを寄せてどうやってエルに地域区分を教えるか悩む秀一の袖が、くいくい、とひかれました。


「ん?」


 秀一が呼ばれた方を見ると、鈴がスケッチブックに描いたイラストを見せました。そこに書かれたのは最近流行の目がちょっとイッちゃってる某くまを模したキャラクター。

 あのクマが「ぐんまー」と言っているイラストでした。


「............」


 むふ、とちっちゃな胸を張る鈴はちょっと自慢げです。多分、自分は他の子たちと違ってちゃんと群馬を知っている、というアピールのつもりなのです。


「うんうん、上手に描けたな」


 えらいえらい、と秀一は褒めながら鈴の頭を撫でます。鈴はとても満足げですが、これから秀一は悲しい事実をお知らせしなければなりません。


「でもな......くま○んは、熊本のキャラクターだぞ?」


 群馬は関係ない、と優しく伝えると、鈴がぽかんと口を開けて固まりました。


『くま、もと......?』


 なぜか四人から同時にその言葉が聞こえました。


「なんでみんなして『そんな地名初めて聞いた』みたな顔してんだよ」

「えへへ、も、もちろん聞いたことありますよぉ、クマモト! 熊の素を作ってるところですよね!」

「熊の素ってなんだ......ほのか、おまえ漢字わかってないだろ」


 ええと、えへへ~、とほのかは引きつった笑みを浮かべます。


「ハイハイ! モチロンしってるよ、クマモト! えーとえーと......ク・マ・モ・ト!」

『............』


 頭の上に三角形をつくり、謎のポーズを決めるエルに、秀一以下四人が無言です。


「ハイ、ゴメンナサイ、シりませんでした!!」

「最初から素直にそういえよ......」


 恥ずかしさのあまりエルは涙目で机に突っ伏します。


「ふふ、知らないわけがないでしょ、クマモト。何度も行ったわ。ええ、車で二時間程度だったかしら?」

「ほう、九州まで二時間で着く車か。俺も乗せてもらいたいな」

『きゅうしゅう......?』


 またも揃うその言葉に、秀一はくらりとします。


「九州も知らないのか......!?」

『し、しってますし』


 たどたどしく答える四人に、秀一の表情が曇ります。


「おまえら、そもそも都道府県の名前すらわかってないのか......?」


 場所がわからない、だけではなく名前もか!? と秀一は尋ねます。


『............』


 四人は白々しく、視線を逸らし、誰も秀一と目を合わせようとしません。

 秀一にとって、エルがわかっていないのは承知の上でしたが、まさか全員、都道府県の位置どころか名前すら知らないというのは想定外です。

 どうするか......、と秀一が悩み、部屋が沈黙で満たされます。


『............』


 突然、ほのかがスクッと立ち上がり、両手を挙げて、クマが襲いかかるようなポーズを取り、


「ぐんまー」


 まぬけた声を上げました。 


『............』


 唐突なほのかの行動に、四人はきょとんとします。


「なんだか、かわいくないですか?」


 ぐんまー、ともう一度やりながら、ほのかはそう言います。胸がほよんと揺れました。


「ぐんまー!」


 エルも真似をして両手を元気よく突き上げ、ぴょんと跳ねながら言いました。たゆんと胸も弾みます。


「ぐんま」


 いつも通りの冷ややかな表情のまま、凜香も立ち上がり、両手を挙げました。髪の毛だけが揺れています。

 三人がしたことにより、自然と視線は残る鈴に集まります。

 みんなの期待に満ちた視線に、え、え、え? と鈴は左右を見比べて、ブンブンと首を横に振りました。


「ぐんまー」

「ぐんまー!」

「ぐんま」


 クマのポーズを取り、さぁ、さぁ、さぁ、と無言の圧力をかけてずいっ、と鈴に近づく三人。

 三人に迫られて、鈴はよろよろと後退します。さらに迫る三人に、それ以上さがれなくなった鈴は、助けを求めるように秀一を見て、同じようにクマのポーズを取る彼の姿に色々とあきらめました。


「............ぐ」


 羞恥の底から音を絞り出すように、鈴は口を開きます。


「......ぐん、ま」


 照れに照れをかけて、照れ照れで躊躇いながら、両手をちょこんと挙げて手首から先を力なく前に垂らし、クマのポーズを取った鈴が涙目&上目遣いで言いました。

 その姿はかわいいとかいう次元を越えています。天使です。


『......かわいい』


 その姿に四人の口から同時に言葉がこぼれました。


「やばい......鈴、ちょっとこっちおいで。俺と隣の物置部屋に行こう。大丈夫やさしくするから」


 秀一の目が血走ってます。


「ダメです、秀くん。鈴ちゃんは今からわたしとちょっとお花を摘みに行くんです」

「スズはアタシがおもちかえりするの!」

「ふふ、スズ、こっちにおいで。私といいことしましょ?」


 全員が全員、目を血走らせ鼻息荒く鈴ににじり寄っていきます。

 さぁ、さぁ、さぁ、ほらほらほら。


「~~~~~!!」


 鈴の声にならない悲鳴が響き渡りました。


 今日の結論:鈴はかわいい。

 ちなみに、ひとしきり騒いだ後は、秀一によって四人に、日本地理の基礎が徹底的に叩き込まれたということです。

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