暗記パン(4月25日)
「ねぇ、暗記パンってあるでしょう?」
花園にて放課後の授業中。
歴史の問題を解いていた凛香が唐突にそう言いました。
「藪から棒になんだよ」
「ほら、なんでも、パンに書いた内容を食べれば覚えられるというアレよ。あるでしょ?」
「ない」
即答で否定する秀一の目の前で、はい、とほのかが手を挙げます。
「わたし、聞いたことあります!」
「ハイハイ、アタシもアルよ!」
「............」
鈴も首を縦に振って同意しました。
「ほら、あるでしょう?」
凛香がドヤ顔を決めました。秀一は、はぁ、と小さなため息をこぼします。
「あれって本当なのかしら?」
「そんなもん、覚えられるわけ――」
「試してみたの?」
秀一が否定するよりも先に、それを妨げるように凜香は言葉を重ねます。
「その昔、覚えたい内容を紙に書いて食べる、という暗記方法もあったというじゃない」
「それは都市伝説――」
「例え伝説だとしても、いわれるからには何かしらの理由があるのじゃないかしら? ほら、よく言うでしょ、火のないところに起こすのが不審火、って」
またも秀一の言葉にかぶせるように凛香は言います。
「なんだその物騒な諺......火のないところに煙は立たず、な」
「そうとも言うわね」
「そうとしか言わねえよ!」
声を張る秀一に、まったくうるさいわねぇ、と凛香はため息。
「なんにしても、多少の効果はあるのじゃないかしら? ......ということで、今日は食パンを用意してみたわ」
「は?」
そんなわけないだろ、と秀一が一蹴する間もなく、机の下から凜香がパンを取り出すと、
「わたし、偶然チョコペンもってます。偶然」
応えるようにほのかはチョコペンを取り出し、
「ハイハイ、アタシ、トースターもってる!」
エルはドン、と机の上にトースターを置き、
「......牛乳」
鈴は鞄から一Lの牛乳パックを取り出しました。
「お、おまえら......」
怒りを通り越してあきれる秀一をよそに四人は、せーの、で言います。
『材料が揃ったので、レッツトライ!』
おー、とグーを作ってかけ声と同時に四人は食パンに各々文字を書いていきます。
「......全部書き切れないわ。少しくらい省略してもいいでしょう」
よくない。
「うーん、うまく書けません~、ええと、あれ? わたしなんて書こうとしてたんでしたっけ?」
知るか。
「ウゥ、ジがわからないヨー! マァ、テキトーでイイか☆」
いいわけあるか。
「............」
鈴に至っては文字ですらありません。チョコペンを器用に使い、絵を描いています。
悪戦苦闘すること十数分。
『できた!』
四枚の、チョコを塗りたくられた食パンが出来ました。
文字を書かれた食パン、にはどう頑張っても見えません。
『............』
四人もその自覚があるのか、出来上がったそれらを見て、お互いに無言です。
書き上がったものを四人はトースターにいれます。
そのまま待つこと三分――チン、と音がしてトーストが焼き上がりました。
取り出したトーストを見た四人の目が丸くなります。
『............』
チョコが溶けてどろどろになり、もはや何が書いてあったのかわかりません。もともと読めない代物なのですが、先ほどにもましてどうすることも出来ない状況です。
そんなこと焼く前に気づけよ、と秀一は思いますが、この四人には無理な話です。
『とりあえず実食!』
もぐもぐ、と四人は食パンを食べます。
「味がいまいちね」
「そうですか? わたしは好きですけど」
「ギューニューとあわせるとイイカンジ!」
「............」
鈴は無言で一生懸命はむはむしています。
「ところでこれ、食べていると字が崩れていくのだけどいいのかしら? というかすでに溶けてしまっているのだけど」
「うーん、でも一口で全部は食べれませんよ?」
「ヘーキヘーキ! どうせおなかにはいったらトけちゃうヨ!」
「............」
鈴は無言で一生懸命はむはむしています。
『ごちそうさまでした』
みんながトーストを食べ終え、一息ついたところで秀一はようやく声をかけました。
「......で、どうだ?」
秀一に聞かれて四人は顔に疑問符を浮かべます。
「覚えたか?」
四人はその言葉に、しばらく考えるようにして、お互いに目を見合わせて、
『............思い出せない』
がっかりしたように言いました。
だろうな、と秀一は頷きます。
そもそも、暗記するため必要なのは「暗記パン」ではなく「アンキパン」という某青いネコ型な機械仕掛けの神様が腹部に装着した半球状の袋から取り出されるあのアイテムなのですから、この実験は失敗するべくしてしているのです。
「休憩はもう十分か?」
秀一の言葉に四人は、はーい、と返事します。
「じゃあ、続き進めるぞ」
花園は今日も平和です。




