第零境界世界
不図顔を上げた時、カーテンの隙間から差し込む橙の光に、私は目を細める。
暗い此処には朝も夜もない。止まった時計は再び動き出す事はない。ただ、その隙間から差し込む光だけが、この場所を照らしていた。
薄目を開ける、瞼の隙間から見る外の世界はどんなだろう。
確かめようにも扉は閉ざされ、錠は重く、固い。
瞼の隙間。カーテンの隙間。昼と夜の間。
私は狭間で、境界を見ている。
床と、壁の隙間を虫が這う。その隙間に入り込もうとしているのか。僅かに羽を動かしながら、身体中の隙間を動かしている。
私はそれを、薄目を開けて見ている。
こうしていれば、見るものが違う世界の出来事のように感じられる。
薄暗い部屋が更に暗く、静かに思える。その静寂の中で、私は境界を見定めている。
私と、私でない生命の境。肌と、衣の隙間から私を見上げるその正体。橙の光の中から、私を見下ろすその正体。
私は、全ての境が知りたかった。
どうして相違するのだろう。どうしてどちらでもないのだろう。
境界という世界の在り処は何処なのだろう。私は、ずっと薄目を開けて考えている。
カーテンの隙間から覗き込む誰かは、何も言わない。
聞こえるのは音ばかり。言葉というには意味を持たず、騒音と呼ぶには意思を持つ。
それは境界から私に囁く。
『マージナルマン』
囁くというにはその声は大きく、声と言うには私の耳には聞こえない。
あれはマージナルマン。
男か女かは分からない。あるいはそのどちらでもあるのかもしれない。また、どちらでも無いのかもしれない。
薄目を開けて見るそれは、酷く不確かな姿形をしている。
カーテンの隙間に手を掛けて(あれがどちらの手なのかは分からない、彼の胸辺りから伸びているように見える)私に触れようとする。
私はここから出ることが出来ないのに。私は壁の境で、今自分の存在している世界が、何と、何の境界線上にあるのかを、ただ考えているだけ。
もし彼(彼女?)が私を、境界へと連れ出してくれるのら、壁と床の境を這う虫にも、時計と壁の隙間に住む小人にも、ベットの下の友人にも別れを告げないといけない。
彼らの協力が有っても、分からなかった
『この場所の正体』が、あの正体の分からないモノに連れて行かれれば分かる気がした。
ここは何と、何の境にあるの?
マージナルマンは答えない。
黒塗りの顔を私に向けて、指の無い手を伸ばす。私はそれに掴まれて、境界へと近づいて行く。
浮かぶ私と床の間には、私だったモノが薄目を開けて、私を見上げている。
締め切られた扉、窓、ボサボサの髪、伸びきった爪、痣、そこにある何もかもを見下ろす。
ああ、そうか。ここは生と死の境。
誰もここからは逃げられない。
けれど、私はこれから何処へ行くのだろう。
マージナルマンは答えない。