学院散歩 六
フェリシー先生に促されて奥の休憩用の席に着き、フェリシー先生とロデリックの二人が三人分のお茶とお菓子を準備して揃ったところでフェリシー先生が口を開く。
「それで、今回呼び出した理由は二つあってな。先にマルコスお前に注意しとかないといけないことがある」
「何でしょう?何かありましたかね?」
「何かあったじゃないだろう。そこの黒ニャンコのことだ。わたしは学院内を自由に行動する使い魔の話なんざ聞いたこともないぞ」
「聞いたとこは無いだけで明確に禁止はされていないと思っていたんですが」
「常識だからに決まっているだろう。それに、学院内には基礎も出来ん魔術師には触らせない近づかせないとされているものがあるだろうに。理由は大小様々だが魔術師でもない者が学院をさまようのは危険過ぎるというのが最大だ。次からは先に案内してからにしてくれ」
「わかりました」
「ニャーァ……(なにか危ないのか……)」
危険なのに何も説明無しとはポンコツが過ぎるぞマルコス。普通に部屋で待機でいいと思うんだか。
「よし、それでは本題に入るぞ。使い魔の申請と試験について、今日ようやくマルコスが使い魔を召喚出来たな。だが、もう知っていると思うが使い魔の申請の期限が差し迫っている。四日後までには最後の試験になる実戦戦闘試験に向かわないと間に合わないだろう。ということで、善は急げと明日の朝食後直ぐに出発して貰うことになった。今日からでも準備しておけ。以上だ」
「やはりそうでしたか。マルコス、お前のせいで随分とギリギリになったんだから、それ相応に負担して貰うからな」
「うん分かってるよ。そう言えばフェリシー先生、試験には何人で行くことになるのでしょうか?」
「あぁ、錬金術師科からお前たち二人と精霊魔術科の一人、魔女術科の一人で合計四人で向かうことになる」
「まさか他の科の人にまで迷惑をかけていたのか……マルコスは反省して謝りに行くことだな。その精霊魔術科と魔女術科のお二方の名前とかはわかりますか?」
「常識で言えばそうだなあの二人が気にするか?そうだなちょっと待てよ、向こうからの資料があったはず……」
フェリシー先生は一度席を立って自分の席から紙を二枚取ってくる。
「あぁ、あったぞ。両方とも女で精霊魔術科の奴の名前はローズマリー・フェアマン、魔女術科の方はグレタ・エクだ。その二人の遅れた理由はフェアマンは最近まで少し学院を離れていたからで、エクは最近まで拒否していたが一週間ほど前にお前達を名指ししたらしい」
「お二人とも有名人ですか。フェアマンさんはむしろ良いですけど、エクさんは良い噂は聞かない上に理由も不明とはかなり心配ですね」
また一癖ある変人らしいか。まあそんなにかかわり合わないようだから存分に楽しめそうだ。
「ローズマリーさんなんだ……あの人真面目で絡んでくるから何だか気苦労が増えそうだよ。後、グレタ・エクっいう女性は有名なの?」
何を言うかこのポンコツは?不真面目過ぎるのを直せばいいだけだろうが。しかも知り合い以外には有名でも興味が無いか。
「お前はフェアマンさんと仲が良かったな。しかしグレタ・エクを知らないか。歴史の長い魔女の家系の女性だぞ。それくらいは聞き齧る位はしておけ」
「そうだなマルコスは自分以外に興味が無さすぎる。それに、わたしもマルコスとフェアマンの掛け合いの噂は聞いている。それはマルコスが少しだけでも真面目になれば済むことだろうが」
「そうだぞ。お前は色々と規則や常識に甘い。明日からの試験でフェアマンさんに矯正して貰ってこい」
「あはは、二人して中々きついな」
マルコスのポンコツ具合は皆に知れ渡っている位らしい。しかし相手のローズマリー・フェアマンとマルコスは知り合いで馬が合わないのか。余計に明日の出会いが楽しみになってきた。
「まあマルコスのそれは個性みたいなものでもあるからな。そんなことで、明日は試験なので準備しておくように」
「はい。これで終わりですかね。他に用事はありますか?」
「あ、いやまだ用があるぞ。使い魔のことだ。申請の書類のことで先に検査をしておこうと思ってな。後はその黒ニャンコと話をしたい」
「そうですか。まだまだ掛かりそうですね。それにラオと話したいと……それなら検査を早く終わらせた方が良いみたいですね。僕も検査の手伝いをしますよ。」
「そうか、抱える魔術具が一つあるからそれをよろしく頼むかな」
「それではわたしはお茶を入れ直して置きますね」
「おー、ありがとなー」
フェリシー先生はそう応えるとマルコスを連れて一度部屋を出ていった。
部屋にはお茶を入れているロデリックの音だけが響き、一気に静まった部屋になんとなく心地よい落ち着きを感じた。
フェリシー先生とマルコスは、ロデリックがお茶を入れ終えてからそれほど経たずして、紙の束や水晶玉、頭二つ程で抱える大きさの木製で台形の箱を持ってきた。
「よし、さっさと終わらせよう。まずは黒ニャンコはこの紙に触ってくれ。ロデリックも使い魔を出せ」
フェリシー先生がそう言って紙を一枚取り出すと差し出してくる。
「ニャーゴ(分かった)」
紙に触れていると何か流れが体から吸いとられていることを感じたが、特に害は無かったのでそのままにする。
「おぉ!?ロデリックの使い魔は水銀のスライムか!!こりゃ大当たりだな」
「名前はギンタと言います。大当たりじゃなくて自分で引き当てましたよ。しかも立派な雄です」
「それは……一介の学生が水銀スライムをしかも雄を指定して召喚するとは。ロデリックも何気に偉業の一つになりそうなことをしているな。とりあえず、ほら紙だ。黒ニャンコは終わったかな。紙に何か書いてないか?」
フェリシー先生の言葉で紙を確認してみると、何も書いてない。
「ニャー(無いぞ)」
「ラオ、それ裏だよ」
「ニャー、ニャーオ(そうだったのか。どれどれ)」
マルコスに裏だと言われてひっくり返すと確かに文字が書いてある。
しかし、ここの扉と同じように全く読めない。
思案しているとフェリシー先生が側に来て紙を取っていった。
「どうせ読めんだろ。内容は黒ニャンコとマルコスとの契約内容が書いてあるんだ。どうせ悪用はされないが必要な書類なんでな。ふーんって、おあっ!?マルコスお前契約具に賢者の石なんてもの使いやがったのか!?」
何か凄いことが書いてあるらしい。もうマルコスの問題行動には慣れてきたが俺も関係あるようだから気になる。
「はいそうですね。せっかくだし、似たようなものは三つもいらないんで使いましたよ?」
思ったよりも気にしなくていいかもしれない。
「三つもいらないんで使いましたよ?じゃねえよ馬鹿がっ!無駄遣いにも程ってものがあるぞ。価値観ぶっ壊れ過ぎだ!!」
フェリシー先生の反応を見る限りそうでも無かったか。
「そんなに怒られても。もう使ったからには戻らないですよ?だいたい僕の所有物じゃないですか」
「だからって使うにもそれなりの感覚があるだろうが!賢者の石を使うなんて前代未聞で無駄遣いの極致だわ!」
「あのフェリシー先生、ギンタの方も終わりました。次に進みませんか」
「なんだっ。そうか、じゃあ次に行こう。黒ニャンコ、次は水晶玉を触ってくれ」
ロデリックが勇敢にもキレてるフェリシー先生に話しかけると、フェリシー先生も溜飲は下がっていたのか台形の木箱を自分の前の机に置き、俺に水晶玉に触るよう指示してくる。
俺が水晶玉に触るともう一度流れが吸い取られる感じがして、次は水晶玉の中を満たす程に煙が現れ、緩やかに流れて渦巻く紫色の禍々しい煙が猫の顔を象っている。
「三属性で全て基礎属性か。魔力量も凄いな。しかも風、邪、獣で二種が希少属性とは素晴らしい。自由で衝動的で欲望に忠実。黒ニャンコには過激に感じる属性だが」
「ニャーア?(悪そうだが凄いのか?)」
過激に取れる属性か。なんか嫌だ。
邪なんて伝わったが安心出来るものなんだろうか。それと基礎属性は意味が全くわからないがそれも良いことなのか。
「えぇ、基礎属性で三属性。魔術師にしなければもったいない。そして外聞の悪い属性でもあります」
「大丈夫でしょ。どうするかはラオの自由だけど意外としっかりしてるみたいだから自分で管理するよ。そうでしょ?」
「ニャーア。ナォ(危ないのか。それなら気を付けないとな)」
「まあまあ良いさ。それじゃギンタも早く済ませよう」
妙な空気になったがフェリシー先生がまとめて次のギンタも水晶玉に触れる。
ギンタも不思議で水晶玉の中に雨が降っていて属性も雨と言うらしい。
雨の属性は忠義と誠実さがあるとのことだがギンタのほうがよっぽど良い属性のようだ。
二つの検査を終え、今はフェリシー先生が台形の箱に紙を挟んで何かカチカチといじり、マルコスは勝手に懐から出した宝石を触り始め、ロデリックは静かにお茶とお菓子を楽んでいて再び静かな空間となっていた。
「ふぅーっ、終わった終わった。これでやっと黒ニャンコに移れる」
カタカタッカチッと切り良い音が聞こえてフェリシー先生が顔を上げる。
「終わりましたか。それでわたしは先に戻ってもよろしいでしょうか?」
「待たせてすまんな。ロデリックはもう問題ないから戻っても良いぞ。マルコスは黒ニャンコとの通訳をしてもらうからまだだけどな」
「ではわたしはお先に。失礼しました」
「おーぅ、お疲れさん。」
ロデリックはギンタを腕に戻して素早く帰ってしまった。
「それじゃあマルコス。黒ニャンコの言葉の通訳を頼むぞ。昼の約束通り自己紹介しよう。わたしはフェリシー・オリヴィエという。マルコスやロデリックが基本にもしている錬金術科の教授をしているな」
「ニャーオ。ニャー(ラオフェンだ。黒猫だな)」
「名前はラオフェンです。黒猫をしているそうですよ。後、口調のイメージは全然荒いです」
「そーか、ラオフェンといって黒猫をしていて荒い口調ね。それで聞きたいことがあるんだが。ラオフェンは昔からその姿だったか?違うなら召喚される時に真っ直ぐここまで来たか?それとも何かあった?」
「ニャァ?ナーオ(どういうことだ?昔は尻尾は一つで今はやけに体の調子が良い。後はまあ、ここに来る途中で変な弱い意識の塊とぶつかったか)」
「前は尻尾が一つで今は体の調子が良いそうですよ。それと召喚時に何か弱い意識の塊とぶつかったそうです。やばいでかね?」
「少しだけやばそうだ。事故だろうが今は何とも言えんな。後で調査しとくからもう帰っても良いぞ。ラオフェンは暇なら何時でも遊びに来て良いぞ。わたしがいな時もあるがな」
「そうですか、それでは失礼しました。ラオフェン、帰ろうか」
「ニャー、ニャーゴ(そうか、今日は妙に疲れたから眠いぞ)」
「おう、明日の試験のために準備は怠らずに、寝るのもちゃんとしろよ。お疲れさん」
フェリシー先生は最後の質問をしてガチャガチャと紙やらペンやらで何かしていたが、また眠気の大きな波が来ていたのでマルコスに抱かれて部屋を出る。 ラオフェンは眠気に抵抗せず、そのままマルコスの腕の揺りかごで眠りについた。