学院散歩 五
さっきの男の蹴りは驚きすぎて逃げてしまったが、とても感動した。
それでも、衝撃の余韻で若干ビビりながら通路を歩いていた。
どうするか、帰るか進むか?今ので疲れたからもう帰るか。
ゴーンゴーンゴーン……
時間はまだ多少あるはずだが、今日一日が変人達との出会いでどんどんと濃くなり、精神的にはお腹いっぱいな気分になっている。
よし、今日の散歩は終わりだ。部屋に帰って寝るか。
そうと決まれば早い。一度通った道を戻るだけなのでラオフェンは直ぐに元の棟の三階まで戻った。
これまでとは違って本当に何も起こらず、とても順調に戻ってマルコスの部屋の前まで着いた。
さて、入るか。
そう思い、歩く勢いそのままに扉を頭で押し開けようとする。
ゴンッ
「ニギャ!?(いてぇ!?)」
しかし、予想に反して扉は全く動かず派手に頭をぶつけた。
「ニャーオ?(何で開かないだ?)」
順調に戻れた矢先にこの仕打ちか。
散歩から戻ってきて最後の最後のこんなことが待っているなんて腹が立つ。
ラオフェンが怒りに任せて爪を立てて引っ掻くが、表面に小さな傷がたくさんつくだけでどうにもならない。
「ニャア!(いいから開けよ!)」
眠るつもりのことで気が立って、ついつい声が出てしまったと思ったら宝石のある額辺りが一瞬微かに光り、扉からキィと音が鳴って揺れる。
開いたのか?
見た限りはそうだと試しに扉を触れると今度は軽い力なので押された。
わざわざ口に出さないと意味がなかったのかよ。
マルコスが帰って来るまで待つのかも知れないなんていらない心配までしてしまったのに。
説明不足なマルコスに若干うらみを感じたが、いい加減眠気も限界に近づいていたのでそんな考えも流される。
部屋に入ってフラフラしながら寝床を探して二つある内の一つのベッドに乗ると、マルコス以外の知らない臭いがしたが気にせず、クラッと気を失うように倒れて眠りについた。
「……て……ラオ。ねぇ、ラオ起きてよ」
誰かに揺さぶられ、声を掛けられている感覚で意識が覚醒する。
「ラオ、やっと起きたね。ずいぶんぐっすり寝てたみたいだけど疲れてたのかな?」
やっていたのはマルコスだった。視界がマルコスで埋まって分からないが、後ろには誰かいるらしく別人の男の臭いがしている。
臭いはベッドからするものとかなり似ているので、この部屋の同居人なんだろう。
「ニァーォ(色々あったさ)」
「へーっ、それは是非とも聞いてみたいけど、何かフェリシー先生が呼んでるらしくて向かわないといけないんだよ。ついでにラオのことも報告したいから一緒に行こう」
「ニャア、ニャーオ(あぁ、いいぞ早く行こう)」
「本当に会話しているのか。マルコスはかなりの大当たりを引いたみたいだな」
よし向かおうと立ち上がるとマルコスの後ろにいた男が喋ってきた。
「そうでしょ。最初っから知能が高い使い魔を持てる人なんて一握りの天才位しか例が無いよね」
「ニャーア。ニャオン(俺を物みたいに言うなよ。それに天才とか嫌味になるぞ)」
「あはは、そんなつもりは無いよ。ただラオが来てくれて嬉しいって意味で……そうだ、紹介するよ。この目付きの悪い頑固者っぽいのは同居人でロデリック。怖くて冷たいけどいい人だよ」
マルコスは体をずらしてようやく後ろの男を紹介する。
確かに、黒髪黒目でオールバックの髪型をしており、顔つきは向こうにいた人達に近いほりの浅い童顔だが目付きが鋭く悪人面だ。
身長はわりと高いマルコスに少し低い程度で高く、腕や首を見る限りでは鍛えているらしい。
更にオールバックにしてるせいで余計に威圧感が出ており、これではいくら本人が優しくて相手の感じ方に個人差があれど怖じ気づくだろう。
「目付きの悪い頑固者とはずいぶんな言い方をしてくれるな。それに俺がいい人なら世の中の半分位は悪人ではないことになりそうだが」
自ら悪人を自称するとは自覚の上で余程の悪行を重ねているらしい。これで今日見た危険人物は三人目だ。
ちなみに、そのうち一人は油断ならないという理由でマルコスのことだ。
「ニャオン(これからよろしくロデリック)」
ロデリックを見据えて喋り、早く伝えろとマルコスの方を向くと、ロデリックもマルコスを見て聞く。
「なんて言った?」
「よろしくってさ」
何故か素っ気なく聞こえ無くもない言い方に短縮する。
「ニャーッ(その位ちゃんと伝えろよっ)」
「マルコス、何か短縮しただろう」
ロデリックのほうが分かってるじゃないか。悪い奴だがロデリックとは気が合うタイプかもしれない。
「まあ似たようなものだよ。それより二人とも早く行こうよ。きっとフェリシー先生も待ちくたびれてるよ」
「ニャーオン?(ロデリックも一緒なのか?)」
「うん、ロデリックも昨日召喚に成功したばっかりで一緒になんだ」
ポンコツには見えないロデリックまで遅かったとは何でだ?
「お前とは一緒にするなよ。俺は使い魔を選定していただけだ。それにしっかりと設定通りの魔物を召喚した」
「確かにロデリックの使い魔はすごいよね。雄の水銀スライムなんて僕は初めて見たよ」
「当たり前だ俺も初めて見たさ。だからこそのこいつさ」
ロデリックはポンコツでは無かったか。それにすごい魔物とやらを召喚して使い魔にしたらしい。
しかし、これではいつまで経っても先に進まない。
「ニャーア、ニャーオ?(マルコス、早く行くんじゃないのか?)」
「そうだ、よし二人ともフェリシー先生が怒る前に早く行こう。いつ行こうがタイミングが悪いと怒る人だけど」
「あぁマルコスいつ言い出すか待ってい たぞ。時間の無駄にならないよう早く向かおうか」
そう言うと二人と三匹はようやく部屋を出て、フェリシー先生という人のいる場所に向かって歩き出した。
通路はもう人がいるが、おのおの自由にしているからか学生はそんなにはいない。使用人も今はほとんど厨房にいるんだろう全く見かけない。
それほど人のいない通路に部屋から漏れ出す人の話し声だけがざわめいていた。
「ニャ、ニャーオ?(そう言えば、ロデリックの使い魔はどこだ?)」
「ロデリック、ラオが使い魔はどこにいるんだ?ってさ」
「俺の使い魔はいつでも側にいるぞ。右腕の中だ。訳あって義手にしてある」
「ニャーア(それは凄く不意打ちになるな)」
「そうだよねぇ、実際戦闘するとなるとかなり容赦無いやり方だよね」
「これが俺のやり方さ。効率が良くて利便性のあるように作戦立てるのは当たり前のことだろう」
「それを普段からしてるからロデリックは怖がられてるんだよ。もっと愛想よくニコニコしてみたらいいんじゃない?」
「ニャー、ニャーア(それはそれで怖がられるし、逆効果になりそうだ)」
「俺がやるには的外れだし、余計に不気味がられて終わりそうだな」
「二人とも合わせたように否定するなんてそんなに酷いかな」
「あぁ、あり得んな」
「ニャ(あり得ん)」
「また合った。ロデリックとラオは絶対気が合うよね。ラオが話せるようになったらどれだけになるかも分からないよ」
何を言ってるんだマルコスは。猫が話せるわけが無いだろうに。
「本当にラオフェンが話せるようになったら一度じっくり話し合ってみたいにものだな。だが難しいだろうからいったい何時のことになるか。」
ロデリックまで何を言っているんだ?
「ニャー?(ここでは猫が話すのか?)」
「いやさすがに猫は話さないと思う……思いたいけど。でも知能があるなら変身の魔術があってそれで人になることがあるよ。有名なものと言えば強力なドラゴンは生まれながら使えるらしいけど」
「ニャーア?(ドラゴンってのは?)」
「ドラゴンは蝙蝠の羽と鱗を持つ蜥蜴みたいなもので、大抵は体がおっきくて強いね。間違っても今の僕じゃ一人で近づけないかな」
「一人は無理でもお前が六人も集まれば亜竜を倒せそうだ」
「亜竜ならこの前フリーダとラニサヴ王子の三人で狩れたよ。フリーダが壁役で危うく追い詰められたけど何かラニサヴ王子が覚醒?してた」
「マルコス……お前もとっくの昔に化け物級の仲間入りしていたんだな。お前が先んじるのは悔しいから今度亜竜探しに行かないか?」
「同じ日に予定が空いたらね?それに亜竜も偶然襲われただけで、次は簡単には会わないかも知れないから何度か挑戦することになりそうだ」
「それが聞けただけで十分さ。俺は自由が利くがマルコスはフリーダもラニサヴ王子もいて忙しいからな」
階段を降り、教師の棟に向かいながらそんな色々な話で盛り上がる。
ほどなくして目的の部屋の前に着くが、そこは昼間に訪れた白髪白衣の女性と出会った部屋だった。
「ニャーァ……(呼ぶとは言ってたが早すぎないか……)」
「ラオ、昼ここに来てたの?もしかしたらフェリシー先生と会ってたかもね」
「ニャア、ニャーオ(多分、そのフェリシー先生なんだろうな)」
「誰だろうと直ぐ分かる。とっとと入らない……か?」
ロデリックがそこまで言うと扉の向こうからドタドタと大きな音が聞こえ、力いっぱいにもっと大きなバタンッという音で扉が開かれる。
「やっと来たかマルコス、ロデリック。お前らのお陰で今日まで順番待ちで詰まってるんだと教頭にせっつかれていたんだぞ!これでやっと小言から開放されるってな。それでちゃんと使い魔は連れて来たか?」
「ニャーオ(フェリシー先生はあんただったか)」
「よしよし黒ニャンコは来てたな。後はロデリックの使い魔は何処だ?」
「右の義手の中に収まっています。ちゃんと出しますから先に部屋に入りませんか?」
「そうだな。よし三人?……三人とも部屋に入れ、話と確認はそれからしよう。黒ニャンコのことを待ってたんだぞ」
「そうですね。フェリシー先生もラオと話したいようですし入りましょうよ」
「ニャーア、ニャ?(そういえば、この部屋はなんてついてるんだ?)」
「ん?ここは錬金術師科教員室だよ。それがどうかしたの?」
「ニャア(気になっただけだ)」
フェリシー先生は昼間とテンションが違うような気がするがまあ良いだろう。
楽しいお話し合いの始まりだな。
ラオフェンは期待から二本の尻尾をゆったりと尻尾を揺らしていた。