表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猫又旅   作者: 老猫
7/32

学院散歩 四

 学院で大きく場所を取られた運動場にて、グアルティエロは目の前で訓練用の短槍を持つ相手を鋭く見据えていた。

 現在は格闘魔術科の授業で試合の合図を待っている。

 格闘魔術とは近接戦闘に魔術を併用する実践的な戦闘技能で、言い方を変えれば魔術を用いる戦士が使う簡略化された似非魔術だ。


 相手は男で自分より上級生で体格も大きく訓練用の革鎧で身を包んでいる。

 対して自分は運動用の簡素な布の服に素手の格好で、こちらは一瞬の油断で勝負が決まるだろう。


 しかし、グアルティエロは武装は元より着けていない格闘家で対武器との戦闘に、ほどよく緊張した集中力はあれど相手への過度な恐れはなかった。


「両者とも構え……」


 審判の声で相手がどっしりと腰を落とし短槍を構える。

 こっちが相手に合わせ、わずかに腰を落として緩やかに開掌で構えると相手が浮わついた雰囲気が伝わってくる。


「……それでは、始めっ!」


 こっちから試合の号令と共に勢い突っ込む。

 相手は予想通り動かずに待ちの様子で、もう自分が勝ったと言わんばかりに、緊張をなくしてにやけ顔になっている。

 グアルティエロは少しだけ足を遅めて相手の間合いに入ると、相手が強く踏み込みながら真っ直ぐに突く。


 それをすんでのところ止まり手刀で軽く斜め上にいなすと、今度は少し焦ったように穂先振って狙いもつけず脇腹辺りを狙ってくる。


 しかし、グアルティエロは既に踏み込んで加速したところで自身の間合いに入っていた。


「グゥッ、ブーストッ!!」

 短縮詠唱により男が魔力を纏うと更に鋭く加速された槍が苦し紛れに振り上げられた。

 極端に振り上げられる短槍を見て屈みながら避けると、そのまま足払いをして転ばせて短槍を持つ片手を踏みつける。

「そこまでっ」

 審判の冷静な判定が下って試合を終えた。


 審判の声を聞いて格闘魔術科の教師の男がやってくる。

「そっちはもう終わったか。やっぱり早かったな。グアルティエロは魔術が無くてもさばけるようになってたか。その調子で頑張ると良いが、これは格闘魔術の授業だぞ?次は強化魔術でも万全に動けるようにしたらどうだろう」


「はい。すみません、精進します」


 先生は自分の返事に一つ頷くと表情を怒りに変えて、まだ倒れている相手の男を見下ろして大声で怒鳴り付ける。

 

「それと……おいっ!いつまで寝てるつもりださっさと立て!!お前はもっと早くブーストを使っていればまだやれたかも知れないだろうがっ!体を大きくして下手な慢心するくらいなら頭と技を鍛えろ。とにかく咄嗟の対応も戦術も酷すぎる。」


「くっ……はいっ!」


「よし、お前は次の相手のところに行け。グアルティエロはもう試合を終わらせたみたいだな。全員終わるまで適当に休憩か練習をしてて良いぞ」


 男は悔しそうに顔をしかめるが返事を返すが、先生は特に気にすることは無く次の命令を出し、男はそれに更に苛立った顔をして次の相手の元に向かった。


「わかりました。それと、向こうの巻藁を数本使わせて頂いてもよろしいですか?」


「ああ、三、四本位なら良いぞ。でもあまり無茶苦茶には壊すなよ」


「ありがとうございます」


 要求も伝え、礼を言うと、先生はそれで終わりだと言うように他の試合を見に去っていった。


 自分も運動場の端にある巻藁のある場に行き、さっそく技の一つ一つを確認しながら巻藁を打ち始めた。




 グアルティエロが一人巻藁で鍛練をし始める少し前、現在ラオフェン最初の棟から少し離れた広い運動場の脇の道で、屋根のある通路の途中で日射しを避けてながら授業を受けている学生達を眺めていた。


 遠く離れてるがよくものが見える。筋力だけじゃ無くて他にも良くなってるみたいだな。


「ニャーーォ(しかし暑い)」


 しかし、こんな暑苦しい中でよく外に出て取っ組み合いをやってられるな。

 それに、かなり気迫があるし、何やら色々と着込んだり棒っぽいものや手に持つ壁みたいなのを持って激しく打ち合っている。

 ここではこれが普通なんだろうか?


 ラオフェンはこの地域で求められる力はかなり高いかもしれない、という考えに落ち込むような嫌な気分になった。


 しかし、さっきの素手の男、長い棒を持っている相手によく動けてたな。相手の男が酷かったのもあるかも知れないけど。

 今は何か立てられた棒を叩いているみたいだな。


 考えるだけ無駄だと面倒なことは予想するのを止めて、さっきまで余裕ある動きで圧倒していて、今は一人で何か棒を叩いている中背の男の方を観察する。


 背丈は普通だが筋肉は凄い。動きも遅くしてあるようだが妙に拍子の外される動きで見ているだけで疲れる。試合の通りかなり強いんだろう。

 しかし、ここからだとしっかりと見えないな。もう少し近づくか。


 十分涼んだラオフェンは、通路から離れて広場へと降りていった。




 グアルティエロが集中して動きを確かめていると、視界の端に黒い小さな物体が入ってきたのが見えた。

 動きを止めてそちらを振り向くと正体は額に宝石を持ち尻尾が二つある黒い猫で、自分に用があるらしく真っ直ぐとしかし悠然とトコトコ歩んでくる。


 いや、邪魔をしないなら関係ないことか。


 黒猫を見るのをやめると、再び目の前の巻藁と自分の動きに集中して慎重に想像しながら技を繰り出す。


 少しだけ黒猫の様子をうかがうと、近くの木陰でこちらの動きを睨むように観察していた。


 猫が人の動きを観察するか。


 多少の雑念があろうと集中していられるグアルティエロは、黒猫が見ている中での鍛練にむしろ魅せる位にやってやろうと気合いを入れた。




 一方、ラオフェンは乾燥した草を巻いた木の棒をひたすら打っている男の動きを見て、とっくに魅力されていた。

 改めて近くで見て、そのどれもが逃げ切れない必殺の一撃になると思ったからだ。


 凄いな。自分では俊敏なつもりだったが逃げれる気がしない。

 特に速さというよりも、一つ一つの技の拍子が奇妙だ。


 少しでもその技にある意図を掴もうと一心に見ていたが、男が急に動きを止めた。


 今までは技一つをじっくり何度も繰り返して次に進んでいたが、今は何か構えを取っている。


 ラオフェンが雰囲気を感じ取って息を潜めている。

 すると男はさっき行っていた技を連続して素早く繰り出し始めた。


 急なことの衝撃で固まってしまっていると、あっという間に棒が根元からぐらぐらと揺れ、最後には枯れ草が散り、ひびが入って綺麗に砕け散った。


 やはり凄い。速さも力も。


 ラオフェンが男の行った技の高みというものに感動していると、男はもう一つの木の棒に再び打ち始めた。




 男が打ち始めて今度はそれほど間の空けずに構えを取る。


 さっきのような連続した技にワクワクして待っていると、男はこちらを一度見て笑ってから動き出した。


 速さも重さも何もかもが比にならない。


 ラオフェンがかろうじて思えた感想はそれだけだった。


 全てが凄まじい。一度目とは違って今のは技自体は少ないが威力が高く鋭く打ち込んだらしく、枯れ草の散る前に木の棒ごと打った箇所がその通りに削り取られていた。


 その光景に絶句していたが、男はまだ止まらず次の木の棒の元に向かうと又こちらを見てから構える。




 次は考えることすら止めそうになった。


 男はなんと構えた状態から一つ、静かにしかし強く踏み込みながら横薙ぎに蹴りだし、たった一撃で木の棒を完全に砕いて見せた。


 その衝撃は音にも荒々しさとして表れ、鈍いバキバキッという、脚が折れたんじゃないかと勘違いするような爆音が響く。


「おいっ!!グアルティエロ何をしたっ!!」

 先生の怒鳴り声が遠くから聞こえる。


「ニギャッ!!」

 同時にラオフェンはたくさんの衝撃に驚き怖くなって走り去り、もと居た通路から屋内に逃げていった。




「やり過ぎたか?」


 そこには、観客の熱心な視線についやり過ぎてしまった男と、向こうから注意の為だろう目をつり上げて直ぐそこまで来ている先生が居た。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ