学院の日常 三
食堂にはラウナさんはおらず、当たり障り無く終えて、今は前にも来たことは無くて知らない広場の一角に来ていた。
そこには、多くの同じような格好の学生と、学生が引き連れるどう見てもおかしな怪物達が集まっている。
正面には人と同じ位の大きさをした羽の生えたトカゲ、右には尖ったものが一本額から生えている犬、左には俺くらいの大きさの赤黒いうねうね動くミミズが木みたいになった生物、後ろには軽く人を乗せられそうな程大きなネズミと、ぐるっと見渡して一番近くの奴を観察しただけでも理解の及ぶ存在がいない。
だが、恐ろしげなのは見た目だけのようで、どいつもこいつも主人の側でおとなしくしていたり、近くの使い魔と静かに交流していたりと理知的な様子をしていた。
特に上半身に薄っぺらい服を無理矢理着ている腕が羽の女性と、濃い紫色の背に橙色の腹を持つ雑な人型のヒルが、何故かにこやかに感じ取れる囲気でペラペラと喋っているのには無理に装った冷静さも削り取られて驚く。
というのも、交流するといっても話せる使い魔自体が少なくて身振り手振りや視線を交わしているものが多く、しかもその羽の腕の女性の声が大きめなことで対応して話しているヒル人間にも目が行き、ヒル人間は誰から見てもおかしいようでかなり見られていた。
「ニャァ、ニャアオ(これは、なんとも言えないな)」
この混沌に形容し難いがものがこみ上げ、何かを、とにかく何かを言って吐きださなければ恐怖というよりも謎の立ち眩みから正気を保てない気がし、横でのうのうと食堂で包んで貰った食い物を頬張るマルコスに声をかける。
「いふぁふぁひょっとふぁって」
一回が口一杯になるくらいに詰め込んでいたマルコスは片手で口を隠して答えた。
期待はしていなかったが返答してくれるならまだましだ。
気を紛らせれそうだし、これを食べ終わるまでは待っていよう。
マルコスはしばらくモグモグと口を動かしてゴクリと飲み下し、大きく口を開いたかと思えば、またサンドイッチにかじりつく。
絶句し、つい、何で話しかけてしまったのかと冷たい視線を送ってしまう。
パンに色んな具材を挟んだサンドイッチとかいう物だそうだが、俺との話を後回しにするほどなのか。
そんなにちょっとした雑談よりも食事を優先させたいのか。
そもそも、マルコスは食堂でもどれもが山盛りにした食事をしていたのにまだ入るのにもびっくりだ。
そうしてマルコスに揺さぶられ、目眩に、困惑に、驚愕にと、三つ同時に来た衝撃に頭を振って耐えさせられていた。
持ち直しては周りの現実を見て、ふらつく度に頭を振ってと、終わりの遠い循環に入っていたが、苦痛で時間の流れが伸びていたいたが、ようやくして話しかけてくるマルコスの声に気がついた。
「ラオ、何かこわいけど大丈夫?すごい勢いで頭振ってるけど、それで目は回ってこないの?」
俺が正気になろうと必死に頑張っているのを見てこわいか。
これが恐怖なのかも分からない中、目が回るよりも違う目眩を優先して抵抗しているんだぞ。
「ニャ……(疲れた……)」
しかし、今にも飛び出そうな荒んだ気持ちも疲労には勝てず、短く本当に大事なことだけが言葉になって出る。
「そうだったの。じゃっ、こっちにおいで」
マルコスは俺の様子と言葉に軽い出来事ではないと思ってくれたらしく、気分から疲れ果てた俺を呼び寄せられて抱き抱えた。
「おーっ、意外と薄いけどふわっふわしてる。そうだ、多分学生は全員集まってるみたいだね。もう先生も来るんじゃないかな。臭いし」
臭くないがどうしたんだろう。
最後の言葉を紡いだマルコスは建物がある方を注視しているが、この周囲は元から使い魔のにおいが充満しているからわかりっこ無い。
もしかして変化があったのかと思ったが、特に臭いと言うほど強く変わったにおいも感じず、何をもってそんなことをいうのが気になる。
そんな疑問を口に出す前にマルコスの向いている方に、気がついたら三人の見覚えのある先生が立っていた。
「お前らちゃんと集まってるな。知り合いがいない奴は理由を知ってるなら聞くだけ聞いてやるぞ」
そこにいたのは銀髪のおっさんことエラディオ先生だった。
欠席や遅刻の学生がいないかまず最初に声をかけて、前方の数人が動いている気配がしてエラディオ先生が受け答えする声が聞こえる。
横に一緒にいるのは大きな杖をついてニコニコと笑顔で佇んでいる髭もじゃ眼鏡のおっさんのインジフ先生、今も猫背で本に没頭している台無しで神秘的な雰囲気を発しているシャーリー先生だ。
試験出発前に軽く見かけた先生達三人だが、三者三様に印象的な人達なのでよく覚えている。
あの時に俺達の対応をしていたのは使い魔の専門だけじゃなく、インジフ先生は精霊術、シャーリー先生は魔女術の先生なのも理由だからか。
だけど、それならエラディオ先生、銀髪おっさんは何であの場にいたんだ?
他二人の先生は血を垂らしていたから手順か何かで必要だったと分かるが、銀髪おっさんはずっとそこにいただけと記憶している。
「ニャアゴ、ニャーオ?(銀髪おっさんは、何してる人だ?)」
ごく小さく微かな声でマルコスに聞いてみる。
銀髪おっさんはまだ欠席と遅刻者を聞いていて全然こちらを見ておらず、周りからも多少話し声が聞こえるが気にならない程度なら許されていた。
魔術なので密着してれば声の大きさは関係なさそうだが、マルコスは思ってたよりも気にしているのか熟考してからひっそりと喋った。
「アレは医療魔術の先生だからね。あの先生三人は使い魔が専門みたいなものだから、銀髪の先生は外見が可笑しいけどこの授業にいるのはおかしくないよ」
銀髪おっさんを指してアレというか。
悪口の必要は無いのに付け加えていうあたりに印象を操作したいような悪意を勘繰ってしまう。
「ナー(外見は言ってない)」
マルコスが銀髪おっさんをどう思おうが、俺は別によく知らない相手でなんとも思っていない。
「まあ珍しいだけだからね。そういうなら先生達全員の使い魔の方が珍しいし」
なぜか本人も軽い口調で気にしていない様子をする。
関係無いから興味無い俺が悪口を言わないのは普通だが、見かける度に喧嘩していそうなマルコスまで悪口を言った上でそんな態度なのは変だ。
が、どうでもいい。
マルコスの銀髪おっさんへの複雑な思いなんかよりも、先生達の使い魔が珍しいというのがとても気になる。
この衝撃的な使い魔が多くいる場所でも奇妙そうな顔一つしないのに、ここにいない先生達の使い魔は言及するに、それはそれはひっくり返るに思える。
「ナーオ(それも気になるな)」
面白そうだ。
その気持ちを存分に乗せて質問する。
「そんなに期待するものでも無いんだけど、見れるかな。今日の授業の内容で変わるから無理かもね」
珍しいのに期待は出来ないということは、見た目が珍妙では無くて数が少なくて珍しいの意味だったか。
興味のわいたものが見れないかも知れないことと、それが期待外れかもかも知れないことを聞かされ、少しも実物を見ていないのにがっかりしていたら、銀髪おっさんの方が終えたらしく声を張り上げて注目を集めて授業の説明を始めた。
「よしっ、こっち向け!!これから今日やることの説明をすっからしっかり聞いてろよ。質問は最後に聞くが、後から聞きに来たら忘れられん位じっくり説明してやるからな」
銀髪おっさんの大きな声で周囲は話し声が失せてしんと静まり、声量を戻して前置きをする。
「使い魔を欠片も知らないお前らがこれからやることは、要は魔術師が使い魔をどう扱うか。それを知っていれば便利という幾つかの基本になる。言わなくても良いと思うが、そもそもこれまでに習った使い魔とは関係が段違いに重く、気を許す相棒になるんだ。色々とアホな考えしてるやつは雑な真似は絶対にさせないからな」
最初に使い魔との関係を厳重に伝える銀髪おっさんは俺から見て左側、特に厳つい使い魔を従えており、派手の改造された制服を着た四人の男達を見て言った。
男達も使い魔もはた目にも強情そうで嫌な雰囲気を発しているが、銀髪おっさんがほぼ名指しと同じで注意するからには外見通りに問題を起こす性格をしているんだろう。
言われた四人の態度は多少はつまらなさそうに気まずげになったが、姿は銀髪おっさんの言葉を意に介していないように思える。
だが、銀髪おっさんも一度警告してそれだけだった。
「普段、使い魔にやってもらうことは他の使い魔とはほとんど変わらない。些細な雑務や手伝いだな。そして、相棒の使い魔にのみ出来ることだが三つある。感覚と思考の共有、使い魔の召喚、魔術の貸付で、今日はこれを実際にやって、次までに使えるようになることだ」
相棒の使い魔と言えば俺もそうなるはずで、他の使い魔に対して俺しか出来ないことがあるというがそういう実感は感じられない。
ならば、魔術師側で何かをするに決まっているが、どれもこれからそれを受ける身としては乱暴で物騒でとても安全は信じられないものに聞こえた。
マルコスが下手だったら抵抗させてもらおう。
「教える前に、集中して出来るように俺達に合わせて三組で分ける。希望もあると思うが良い感じに別れてくれ……出来なかったら時間が減るぞ。わざとのろのろしやがったらまず初めにやらせるから覚悟しろよ。はい、分かれろ」
銀髪おっさんの掛け声で、学生達はいつの間にか離れていたインジフ先生とシャーリー先生に歩いていく。
だが、女性はおおよそ均等に三分割されているが、男性は明らかにその大半がシャーリー先生に向かっていて思い切り偏っている。
周りの様子を見れるましな男性は途中気がついて他二人に変えているが気がついても無視している者もいて、こんなに欲望に忠実になるかと、まだまだ目の当てられない偏りで、流石に銀髪おっさんが怒って大声をあげた。
「男共はシャーリー先生に固まり過ぎだ馬鹿か!俺に近い奴はこっち来い。おい話を聞いても分からないか!インジフ先生の方もだ……さっさとしろ!!」
急に響いた銀髪おっさんの怒鳴り声で男達は驚かされて動揺したらしく、言われるがままに近くになる先生に改めて分かれていく。
「僕達は真ん中で選べるけど、どうしようか?」
マルコスは俺に質問するが選べないから困っているとか、少し意見を取り入れようとかそんな気遣いとは違うどころか困っている風でも無く、ゆるい視線で見据える様子は俺の反応を見るために感じた。
「ニャー(シャーリー先生だな)」
マルコスはこれで俺から何かを知りたいらしいが、本心から包み隠さずそのまま言った。
これは集まっている者達が真面目そうな者が多いだからで、授業を順調に進めたいならこの選択で間違いない。
口に出さずに自分へ言い聞かせているようにも見えなくも無いが、ただ効率を考えてのことで他意はない。
「えー、まさかの女好きなラオにはがっかりしたよ」
しかし、口に出さない俺の考えは僅かも知られる訳は無く、マルコスは俺を地面に降ろすと、少し悪態をつきながら先に歩き出した。
マルコスも失礼なことを言う。
それではまるで、俺があのシャーリー先生に群がった間抜けで欲望をさらけ出した男共と同列みたいじゃないか。
「キントウナンダ、イイダロウ」
どうせマルコスは銀髪おっさんと仲が悪いから選べず、インジフ先生は思っていたより女性が多い。
数合わせなのでおかしい部分は無い。
今度は言い訳を口に出してから早足でもう結構前にいるマルコスを追った。
シャーリー先生は集まった学生に今気がついても本から顔を上げた。
間が空いてボーッとしたが目の前の学生と他の先生の学生を見渡して、ちゃんと数が良さげになっているのを確認してから薄く口を開いた。
「……それではまず、感覚と思考の共有について説明します」
声は普通の女性のものだが小さくか細くて、若々しくもひしひしと伝わるやる気の無さが陰気に感じる。
声のあまりの小ささに少しの雑音でかき消えそうなほどだったが、むしろ聞き取れないと困るので誰もが身動ぎをしないで聞き入っていた。
「と言いましても、既に学習している使い魔との接続とやり方は同じになります。使える魔力量と操作の自由度が上がりますから練習しておこうということです。これは一度やってみて下さい。相性の悪そうな使い魔の方にだけ個別でお教えしますので、問題が起きたら言ってください。はぁふ……」
それほど長くはない事と思ったが、喋るのは苦手なのか浅い息継ぎで一気に言い切ったシャーリー先生は疲れたらしくため息をつくと、本を開いてしまった。
そう言えば前から自由な感じの行動だけ見た覚えがあるが、更に猫背と早口が足されるといっそう不器用そうな先生に思える。
本を読み出してこっちを全く見ていないがこれはもう始めろということなのか。
だが疑問に感じるよりも、他の学生はどうしているか参考にすれば言いと気付いて様子を伺う。
シャーリー先生の奇行は平常もしくは些事らしく、周りはもう自分の使い魔と向かい合って魔力を操作していた。
ついでにマルコスも他と同じく俺に近寄ってきているのも見る。
「僕が魔力を流すから抵抗しないようにね。あっ、でも変だと思ったら逆に押し返すとどうにかなるから」
説明をしたマルコスは俺の額の石に触れて魔力を操作した。
じんわりと慎重に流れてきた魔力だったが、額の石を通された魔力はどこかに引っ掛かったような感覚がして急に荒れ狂って酷い頭痛になる。
それは、ここに来て食らったものよりも激しい目眩で倒れそうになって、倒れる直前にふと思い出して力一杯魔力の流れを押し返した。




