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猫又旅   作者: 老猫
29/32

学院の日常 一

 ふと、目をつぶった状態で何かの箱か何に丸まって寝ていることに気がついた。

 

 収まりが良く、まだ眠たくふわふわとする頭でいると、この場所はこっくりこっくりと揺れていてなおのこと眠気を誘う。

 目覚めかけた意識がもう一度失われそうになっていたが、いきなり、上から体に何かを押しつけられてグイグイと押し潰さんというように、背中を上から下までえぐってくる。


 押し潰そうとする力は何度も繰り返して背中をえぐって来ており、あまりの衝撃に恐怖が高まって気持ち悪さから吐き気もしてくる。


このままでは死ぬかもしれない。

 恐れで身が震えてくる直前、頭の隅に浮かんだのは首をかっ切って飛び散るグレタさんだった。


 そう思って瞬きをし……はっと目が覚めた。


 さっきまであった強いストレスはすべて緩やかなものに変わっている。

 目に入る風景は学院の外にある緑の絨毯と人通りから土の露出した蛇行する道で、視線の高さは不自然に一定で道なりにしか上下していないが、景色は素早く後ろに消え、体は強風を浴びている。


 俺自身はどこにいるのか探れば、暖かく包む腕で人に抱き上げられているのがすぐにわかった。


 誰かに抱きあげられながら背中や頭を撫でられているが、手つきから緊張が伝わってちょっと力が強く下手であり、これが夢にあった押さえつける力だったとかと思い至った。

 じゃあ誰が、と思って見上げると逆光の影には金色の髪に赤い瞳、四人の中では一番若く、多少愛らしい子供っぽい顔つきを残している。

 ローズマリーさんだった。


「こんにちはラオフェンさん。目が覚めてしまいましたか」

 ローズマリーさんは名残惜しそうに撫でていた手を俺から離し、抱くのはそのままで顔だけ離れるように周りの風景に目を移した。

 しかし、気を使っているのかなんなのか、たまに横目でちらりと見ては俺と目が合い、また視線がふらーとどこかしらを向く。


 それが気になりながらもここがどこなのか俺も周りを見渡す。


 外の風景は緑の地面に土の道、遠くには森が見え、来る時にひたすら歩いてきた道と何の違いも無く、いま向かっている方向が戻っているのか他の道を進んでいるのかは分からない。

 次に下を見てみるが赤が基調で模様の入った布が広く長く伸びていて、周りには俺を抱いて座っているローズマリーの他、寝ているマルコス、荷物を漁って取り出しては戻しているロデリック、静かに座って本を読んでいるグレタさんがいた。

 布はひとりでに動いており、みんなその上に乗って各々で自由なことをしていて、無言でゆったりとした雰囲気が流れている。


 状況の把握にもならないものを終え、改めてローズマリーさんを見上げてから口を開く。


「ニャー(別に撫でると良いのに)」

 あれだけキョロキョロしてしていたものの、眠たくて億劫なのを理由にボイスを使わない。

 みんなまとまっていて、マルコスも側で寝っ転がっていたので気にして翻訳してくれるだろう。


「ローズマリーさん。ラオは撫でてても構わないだってさ。邪魔にならないなら別に良いんじゃないの」

 予想通りマルコスは目は閉じていたか

寝入っていたわけでは無く、俺の言いたいことを代わりに伝えてくれた。

 だが、寝転がる格好からわかるように眠たいのは変わらないらしく、ふぁーあとあくびをして手をを伸ばし、近くの背嚢から小さな紐のついた布を取り出すと輪にして頭から被り、目だけを覆い隠してもう一度寝始めた。


 あれで目だけを隠して暗くし、夜のようにすることで眠り易くしているのか。

 しかし、わざわざあれをしなくても布でも被ればそれだけで良くないか?


 そうやって少し考えたが、何にせよ寝やすい状態になったマルコスを見て、話す気が無いんだと察してそっとしておくことにする。


 色々考えていたらようやくローズマリーさんが撫で始め、俺もマルコスと同じくまた眠たくなってきて目を閉じる。


 目を閉じると、さっきの夢で起きたことについて頭がめぐり出した。

 今撫でられているのを感じて、夢の中ではかなり力が強いと思っていたがそれは驚いて勘違いしたからで、実際にはそれほど気にならない位の力加減だった。

 ムクッと恐怖が起き上がってくると同時に、さっき目を覚ました原因はグレタさんが飛び散ったことに恐怖を感じたからだと思い出す。


 肉片となって飛び散ったグレタさんを目の当たりにして、その時は何も考えなかったが思いの外自分にとって衝撃に感じていたらしい。

 よくよく考えればどうしてグレタさんが白刃鳥を誘き寄せる餌役を買って出たかも不明だ。

 自分で痛いと言っていたのにわざと痛い思いをするのは道理に合わない。


 考えていると気になってくる。

 体は疲れていて怠いが頭は冴えきっており、まぶたを開けてローズマリーさんの膝から降りてボイスでグレタさんに声をかけた。


「グレタサンニ、キキタイコトガアル」


 本に没頭していたんだろうグレタサンは、ピタリと動きを止め、ゆっくりと顔を上げてこちらを向いた。


「ラオフェンさんでしたか。えぇ私に何かご用がありますか?」

 声から感情が削ぎ落とされていると錯覚する程に冷たくも暖かくも無く、ただ平坦に告げたグレタさんの声には無いはずの威圧感をわずかに帯びていた。

 よっぽど読書に集中し、途中では声もかけられたくない性格らしく、また違うグレタさんの雰囲気にびっくりして固まってしまう。

 しかし、その威圧感も時間を経れば薄くなっている気がして、最後には変わったのは雰囲気だけのはずだがいつものグレタさんになっていた。


 そこまで来て、ようやく動いても問題無いと気がついて言葉を紡ぐ。


「タタカイデ、グレタサンハ、ジブンカラチラバッテイタ。ナンデ」

 悪夢の原因の風景をいざ伝えようとすると言葉が短いのが弊害になり、なんと表現したら良いか難しい。


 グレタさんも俺の言った言葉の意味を汲むために少し頭をひねるが、直ぐに理解して説明をする。


「あの時、実は急がないと良くない状況でした。早く終わらせたのでなんとか大口鯨虫と白刃鳥を倒したのはほぼ同時になったのですが、白刃鳥の何割かが大口鯨虫を餌と見なして別れられると、大口鯨虫で消耗しているロデリックさん、ローズマリーさん、コゴブさんでは一度に倒しきれたかわかりません。ですが、逃がしてしまえばその数羽の白刃鳥は仲間を呼び、この一帯をしつこく荒らすことになるかもしれなかったんですわ」


「アノトリ、ナカマヲヨブノカ」

 鋭い羽に頑丈な体だけでは無かったのか。

 あの時ですらあれだけ多くの白刃鳥がいたのに、たった数羽残ると他からも呼び寄せられるのはたしかに面倒事になると思われる。


 そうだったのかと納得し、次の疑問をぶつける。


「グレタサンノ、ツカイマ。ミテナイ」

 これは使い魔の試験なのにグレタさんの使い魔は見かけなかった。

 何処かにいると言っていた気もするがそれも忘れていて、興味本意だが正体くらいは聞いてみたい。


「私の使い魔は見なければ見ないほうなよろしいと思います。ラオフェンにとっては。気になっていると思いますが説明だけで我慢してもらえますか」


 隠したいんじゃなくて、見ないほうが良いとは益々意味が判らなくて凄そうだ。

 しかしそういう以上は意味があるのだろうし、グレタさんの言うことに従って説明を聞くだけにするのが良いだろう。


「ワカッタ」

 そこに至るまでの考えはあったが、話の内容を急かしてつい簡素に返事をして促す。


 それにグレタさんは眉もひそめず、いつもと変わらない様子で口を開いた。


「まず始めに私の使い魔の名前も教えられません。これは呪術としての関係からですね。私の使い魔の姿の説明のみになります。その姿は一番近いのは猿の形をした植物、とでも言いしょうか」


「サル?」

 グレタさんの猿の形をしたという表現で、猿を知らないので口を挟んだ。


「ラオフェンさんは猿を見たことが無いようですね。猿は人に毛皮が生え、顔をしわだらけにすると近いでしょうか。ともかくそんな猿の形をした植物。それが私の使い魔ですわ。普段はとある容器に納めてあります。種族の名前としてはマンドレイクというものがありますが、ラオフェンさんはそちらは知っていますか?」


「シラナイ。デモシラベル」

 しかし、猿とかいう変な人の形をした植物とは凄く変だ。

 グレタさんはあくまでも植物と言っていたから植物の特徴も持っているんだろうが、どこがどんな生き物なのかも想像がつかない。


 凄いと感心して一人考えていたが、グレタさんはまだ何かあるかも知れないと待ってくれていた。

 大慌てで声をかける。


「グレタサン、アリガトウ。モウナイ」


「そうでしたか。私は読書をしていますので、気になることがあったら質問なさってくださいね」

 にっこり笑顔をして言い、読書に戻ったグレタさんだった。


 妙に緊張感のあったグレタさんとの会話を終わったが、まだ残っていた質問はロデリックにしよう。

 ロデリックも何やらしていた荷物の整理は終えて、暇そうに右の義手を動かして様子を見ている。


「ロデリック、イイカ?」


 近づいてボイスを使う。

 この動作でほんの少し時間を取られ、丁度義手を外したところで声をかけることになった。


「作業をしながらになるが、それでも構わないか」

 ロデリックは義手を手に取って接続部を見ながら言い、その次に義手を足で挟んで固定してから側に置いていた小瓶から液体を差している。


「イイ。アノアト、ドウナッタカト、コノヌノガ、シリタイ」


 むしろ作業中に話しかけるほうが悪い気がする。

 だが、ロデリックは揺れない義手のどこかに液体を差すのは難しくは無いようで、更に細長い棒を取り出して義手の接続部側から差し込んで作業しつつ、口を開いた。


「ラオフェンは寝ていて知らないんだったか。戦闘が終わってもあっさりとしていてマルコスが帰ろうとうるさくなった。意外に時間は経っておらずコゴブさんと別れる前は昼時前後だったんだが、歓待はいらないかと聞かれてな。それでマルコスに合わせて先を急いでいると答えて出てきたは良いが食べ物が無い。昼食は食べないとやる気が出ないとまたマルコスがうるさくなってどうするか考えたんだ」


「ウン」

 ロデリックが一呼吸置き、俺も間が気になって相づちを入れる。


「そこで偶然荷物を入れ換えるために通りかかったゴブリン達がいて、いつかは忘れたらしいが略奪品の一つにこの絨毯があった。それを見たマルコスは乗り物に使うから寄越せ、と直接コゴブに言って快諾をしてもらいゆずり受け、それでこの絨毯に乗っているわけだ。大きさについても実は元はこの大きさでは無くてな。グレタさんの魔術で大きく変えられている」


「ホカノモノジャダメナノカ」


「物には魔力の流れやすさがある。この絨毯かなり良い素材を使っているらしく魔力か流れやすい。だからマルコスも目をつけたんだろう」


「コゴブイイヤツダッタナ」

 出会いは良く無かったが、色々としてくれようとはしていたし、最後にはマルコスのわがままでも良い絨毯をくれた。

 寝てしまう前に一言でもお礼を言っておいたほうが良かったな。


「たしかに、中々頭を回るゴブリンだったな。ラオフェンの言うように良い奴だったが、あの砦は離れろと助言したからもう会えるかも分からない。別れの挨拶はまだ丁寧にしても良かったか」

 ロデリックも別れは淡白に済ませてしまって、それが気になってきたようだ。

 なんとなく残念な気分になり、二人してふーむとうなっていた。


「なぜわたしには聞かれないのでしょうか?」

 ゴブリン達を思い出して感傷に浸っている中をローズマリーさんの言葉が聞こえた。

 なにも知らなさそうだからだよ。とは口が裂けても言えない。


 そうしていると、わりと早く進んでいる絨毯は夕方頃の夕焼けには学院に到着した。




「いやーっと、思ったよりは早いのかな。僕としては夕方には帰ってこれで胸を撫で下ろしている気分なわけだけどね」

 学院に着くなり起きたマルコスはかなり速く動いていた絨毯をまだ遅いと感じたようだ。

 これ以上速く動かれても振り落とされかねないじゃないのか。


「終わったと安心するのはまだだろうマルコス。終わりはフェリシー先生に戻ったことを報告するまでじゃないか」


 報告までが試験か。

 マルコスはもう終わったつもりでいるようで、報告するまでと言われて明らかに嫌そうな顔になった。


「終わりが若干遠退いて喜びが急に消え去ったよ。仕方ないさっさと報告しに行って僕はお湯が欲しいな。それから夕食。お腹が空いてるんだ」


 マルコスはおしまいと思えばずいぶん先のことまで想像したらしい。

 それに疲れたふりだろうか、過剰にふらふらとしてだらしがない。


「マルコスくん。シャキッとしてください。絨毯はマルコスが頂いたものですから自分で持ってくださいね。はやくフェリシー先生に報告に行きましょう」

 全員が絨毯から降りて、グレタさんが元の大きさに戻した絨毯をローズマリーさんが受け取り、魔術を使って空中でくるりと丸めてマルコスに渡し、三人は先に進んでいった。


 押し渡された絨毯を撫でつけて魔術をかけ、絨毯はふわりと浮いて後ろを追随するようになる。


 マルコスは絨毯も持たないで良いようにして、自分だけ帰ろうと思ったのか足が全く違う方を向いたが、思いとどまって三人を追う。


「僕達も着いてかないとねー」

 俺もマルコスの後ろを絨毯と並んで歩き出した。




「四人ともナイフは無くしてないな。石碑の内容も間違ってない。これでバッチリ試験は合格したわけだ。最後にマルコスに、ラオフェンについてのことだが、最近、有名な対魔師と戦闘中にあった悪魔が消えたらしい、と獣竜大教からひっそりと噂が流れている。ラオフェンとその悪魔に何の因果関係もないと思うのが普通だが、何かあると面倒なのでこの話はここまでで終わったとしよう」

 フェリシー先生は念押しするかのようにマルコスにぐっと近寄る。


「やばそうなのはそうですけど。何の解決にもなってないですよね」


「よし、ご苦労、荷物は隣の部屋に置いといて、自分達で採取したものは持って帰るかここに置いていってくれれば良い。そいじゃさよならー」

 体を戻したフェリシー先生はそのままマルコスの言葉を無視し、ナイフと紙を持ったフェリシー先生は手をひらひらと振って部屋を出ていった。


「終わったね。どうしようか僕は先に帰ろっかな」


 マルコスがそう言って踵を返し、扉に手をかけた時にグレタさんが口を開いた。


「薬草が残っているんです。一応人数分には分けていましたがみなさんいりますか?」

 そういえばグレタさんとロデリックで食材調達をして、他にたくさん取ればものを分別していた。

 あれはあの後、人数分にも分けられていたのか。


「あの時見た限りでは僕は使わないかな。じゃっ先に帰るから、今日はありがとうございました。また今度!」

 草の受け取りを拒否したマルコスは次こそは扉を開き、パッと片手を上げて外に出る。


「今日はお疲れ様でした。ですが、だからと言って気を抜いていらないことはしないように」


「ええ、お疲れ様です。また会いましょう」


 グレタさんとローズマリーさんが最後に挨拶をした、ロデリックはこの後も部屋が同じなので何を言わない。


「マタコンド!」

 俺も同じ別れの言葉を言い、開けっ放しで待ってくれているマルコスについて行って廊下に出た。

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