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猫又旅   作者: 老猫
28/32

大口鯨虫 二

 大急ぎと言いながら無駄な時間を取られ、全員はようやく大口鯨虫と対峙することが出来た。


 遠目にも見えたように全身にかけてまばらにねじれた紫色の針が刺さり、口にも木が複雑に絡み付いて開くことが出来なくなっている。

 考え無しに砦を破壊しようと突進していた大口鯨虫は、思いに反して吹き飛ばされ、激痛と拘束に苛まれている状況を理解しておらず、傷口から黄緑色のドロドロとした粘性の高い体液を垂れ流しながら口を抑える木を壊そうと激しく身を振り、よじって、怪我をすることも省みらず地面に頭を叩きつけて割り砕いていた。


『ギギギギギッ!ギギギギギギギッ!』

 何度も頭を降り下ろしていると、その一つで頭を最も高く掲げてられ叩きつけたものの後にバリバリと木の折れる音がした。

 大口鯨虫も口を開く余裕が出来たことに喜び、気色悪い鳴き声を上げて更に力強く頭を振って暴れる。

 巨大さで現実感は薄かったが、喜んで怪我をする様は奇妙といった感情を煮詰めた程に強烈に気持ち悪く見えた。


 周囲には俺達以外にも大口鯨虫に止めを刺さんと弓矢や槍等、おのれの武器を手に取ったゴブリン達が続々と集まって来ていたが、狂乱の様子で地面を耕して暴れまわる怪物に誰も手が出せず、拳を握りしめながらも恐怖で見ているしかないようだった。


「コゴブさん、早くあれを止めなくても良いの。誰も行かないなら僕が一番乗りさせてもらうよ」

 急な丘のような怪物の頭と地面の衝突する常識はずれな破壊音は猛然と鳴り響く中、近くに立っているマルコスはそちらに頭を向け、さも当たり前と言うようにゴブリンのキングであるコゴブに言った。


 コゴブはそれまで大口鯨虫がもがき苦しんでいるだけの姿を見て、予想をはるかに超える異常に周りに集まってくる他のゴブリンに気づかずに、ただ死を直感したのか身を強張らせていた。

 しかし、マルコスが声をかけたことで力が入って少し丸まっていた体を弛緩させる。


「グハハ。ふざけんなよ。俺はキングなんで、ここにある全部を守りきる予定なんだよ。こいつ程度に後込みする訳ねえな」

 静かにも威勢良く発せられた言葉には、事情は知らなくとも何かを大切な言葉を思い出しながら復唱するように深く気持ちが乗せられていた。


 だが、熱の入ったコゴブを見たマルコスは自分で元気付けてやったのになんでコゴブに活が戻ったのかと一瞬考え込み、目をしばたたかせてから合点がいったらしくアハハと馬鹿笑いをして一つコゴブのしている勘違いを指摘する。


「なんか絶望したり気合い入ったりしてるけど別にあれなら勝てるよ?コゴブ達ゴブリンならまだしも、魔術師の僕等が四人も居るのにでっかいだけの虫に負けるとかあり得ないから。アハハハハ」

 最後に付け加えて笑ったマルコスの言葉にはいっさいの負けるといった気持ちが無く、まるで散歩と変わらない風に魔術師四人がいれば勝てるという軽い雰囲気だった。


「どうしたマルコスお前っ!?馴れ馴れしくなったと思ったら言ってっことがすげぇ失礼だな。負けないとか抜かしやがるが、さっきなんか柱みたいなの出してたが全然効いてなかっただろうが。ちゃんと見てたぞ」


「あれは大急ぎで作りが甘かったからで、力を合わせて時間が出来れば切り札を出せるよ!」


 いつもの軽薄な感じに戻って大口鯨虫に負けないというマルコスに、コゴブは頭を打ったのか心配だと詰め寄りつつ反論し、マルコスは本当かわからないようなことで言い返している。


 コゴブの言うことはもっともで、マルコスがバチバチ閃光を放つものをまとった柱を何度も大口鯨虫にぶつけるが全て弾かれていて、あれを知っているからには勝てると言うだけ言われても信じられない。

 俺も、いま目の前で吹き飛んだあげくに全身に針が刺さって体液をまき散らしているにもかかわらず、ドッカンドッカン地面を揺らして暴れている芋虫がいる限りでは、到底マルコスの勝てるの言葉を信じれない。


 でもマルコス以外の作戦を聞ければあり得るかもと思ってロデリックやグレタさんに振り向く。

 二人ともコゴブとマルコスの話には興味が無かったようで、大口鯨虫の方を見ながら魔力を高めていた。

 良くみるとローズマリーさんも同じようにしており、ロデリックはあのデビルオークを穴だらけにしたナイフも取り出している。

 ロデリックは俺が見たことでマルコス達の会話が終わり気味なことを察し、まだ動きの衰えるない大口鯨虫に向けて足を進めながら口を開いた


「二人とも、あれが解放される前に片付けないか。マルコスが言う通り切り札だあるだろう。これだけやれる者が居れば大口鯨虫なら解放されてもどうとでもなるが、楽なうちに終わらせておきたい」

 ロデリックの言うことに名指しはされなかった二人は静かになる。

 よく考えれば楽なうちに終わらせるのが一番良いことを理解し、コゴブは力を溜める動作をして煙を上げ、マルコスは魔力を高める。


「コゴブさんがキングだそうだから聞いておくが、周りのゴブリン達は仲間なんだろう。槍や弓矢では支援にならないがこのままにしておくのか」


 コゴブはロデリックに言われたことで待機をしている仲間達に指示をするのを思いだし、ニヤッと笑ってから大きく胸を膨らませてのけぞって息を吸う。

 そのコゴブを見てまだかまだかと突っ立っていたグァクバが血相を変え、両手で耳を押さえて先に声を上げた。


「耳を塞げえっ!!」


 グァクバの変容にみんなが素早く耳を塞ぐが、俺は出来ない動作なので焦っているだけで何もせずにいてしまう。


「ミウフィ。クァー。風よけの壁」


『全員ンンンッ!!下がってなアアァッ!!!!』


 出来る者は誰もが耳を塞いで生まれた静寂の瞬間、グレタさん唱える魔術の後に前かがみになって大声で言っているような普通の声量のコゴブの言葉を聞いた。


 声が収まると自分の体にいつの間にか風の魔力がついていたらしく、その風の魔力が宙に解けるのを感じた。


「グレタサン、アリガトウ」

 グレタさんの方を見上げてボイスでお礼を言う。

 風よけの壁と言っていたのはグレタさんだった。

 この風よけの壁という魔術が無ければ、唯一耳を押さえられない俺は今ごろ耳が大変なことになってただろう。


「たいしたことではありませんわ。そうだ、ラオフェンさんも観戦します?」


 これから戦うのに観戦とはおかしな意味だ。

 そう思って前を向くと他のみんなはグレタさんに礼を言っている間にもう先に行っている。

 コゴブにいたってはミサイルパンチの叫び声と共に一番槍で拳を突き刺していた。


「元々人数が多いですから。私とラオフェンさんが休んでいても変わりませんわ」

 グレタさんはそう言うと、とても自然な動作で俺を抱き上げてそのまま撫で始め、高くなった目線でなんかボコボコにされている大口鯨虫を眺めた。




 少しもするとだいぶ弱っていた大口鯨虫は体力を失ってまさに虫の息になる。


「やはり早く終わりましたね。過剰戦力のなぶり殺しというのは見ていて面白味に欠けますわ」

 あれだけ元気に暴れまわっていたのに今は力無く這いずる大口鯨虫を見て言う感想が面白味の有無なのは、最近頭の回る俺からすると相手への同情以前に快楽の物差しを使っているようで恐ろしい。


 そんな風にグレタさんに対する恐怖を又増やしながらいつ大口鯨虫に止めが決まるのか待っていたら、上空からヒョーヒョーと高い鳥の鳴き声が無数に聞こえてくる。


「トリ?」

 ここに来てから会うもの会うものが危険で鳥あっても見逃すわけにはいかない。

 鳴き声の鳥を探して顔を上げて目に入ったのは、真っ白でキラキラと光を反射する綺麗な鳥の大きな群れだった。

 初めて見るので大きさや飛翔する速さは定かでは無いが、見立てが正しければ自分よりも大きくかなり素早く飛んでいるように見えた。


「あれは白刃鳥。マルコスさん達……も、すでに気づいているみたいですね」

 その通り、白い鳥こと白刃鳥には気づいているようだが様子がおかしい。

 目を凝らしていると魔力と共にふと力が入ってよく見えるようになり、鮮明になったロデリックがそれぞれ間にいて、コゴブとグァクバ、マルコスとローズマリーで向かい合って何か腕を振っている。

 指の折る数も変えてあり、俺はそれがなんなのか見たことがあった。


じゃんけんしてるのかよ!


「大口鯨虫と白刃鳥。どちらが良くてどちらが嫌でじゃんけんしているのでしょうか?どちらにせよマルコスさんとローズマリーさんを分けるのはロデリックさん相変わらずですね」


 グレタさんが言っているとじゃんけんは終わり、グァクバとマルコスの二人がこっちに飛ぶように走ってきた。


「白刃鳥は嫌だけどラオがいるならまあいっか」

 不機嫌な顔をしていたマルコスは俺は見て機嫌を直したみたいだ。

 マルコスがいやがるにも理由はあるだろうし、白刃鳥は面倒な何かを持っているに違いない。

 しかし、対象となる白刃鳥は頭の上の空高くでぐるぐる回りながら飛んでいるが何もして来ない。


「ほっほっほっ、ちっとの間よろしく頼むわい。それであれが何なのかあんた方は知っておるようじゃが、いったい何をしてくるどんな鳥なんじゃ。図体は大きく見えるが、早くは無いし多くもないようでな」

 グァクバの疑問にグレタさんは白刃鳥と大口鯨虫の様子を数度見比べ、何かの予測を立ててから喋った。


「まだ時間はありますので私が説明しましょうか」


「いきなり折って悪いが、時間があるとなぜ分かるんじゃ?」


 前置きがあり、これから本題の初めだがグァクバが口を挟んだ。


「白刃鳥は大口鯨虫のおこぼれか大口鯨虫自身の死骸を狙っています。大口鯨虫が生きて抵抗している今はまだ余裕が残っていますわ」

 なるほど白刃鳥は弱い奴等か。


 だがそれならマルコスがいやがっていたのがなぜか分からない。

 片手間に倒せる位弱い相手なのにマルコスは面倒になるだろうか。

 ますます説明を待ちながら考えているとようやくグレタさんの話が始まった。


「白刃鳥は見ての通りラオフェンさんより少し大きい位の体に白い羽で、早いと言えるほどの速さはありませんわ。通常は群れで様々な場所に飛びさって行きますが今回は大型の大口鯨虫のおこぼれを掠めに来たのでしょう。これまでに特徴はありませんでしたが、特徴はその羽にありますね。あの白い羽は軽く鋭い刃で出来ており、見た目とは違ってかなり頑丈です。その羽を活用した体当たりを得意として、体も体当たりに耐えるほど頑丈で、風の魔術も使いますのでそのまま飛び立てますわ」


 聞けば厄介そうな相手だ。

 凶器の羽に頑丈な体、魔術を使えば直ぐに飛び立てると白刃鳥に好き勝手攻撃される風景が見えた。

 他のみんなもだから困った表情なのかとこれで理解した。


「何の心配もいらんのぉ。じゃがあれだけ居ると、何かの拍子に破片が目に入ったりするのが怖いわい」


「僕は何匹や落としてもその他に逃げられることが怖いかな。報告しても逃がしたとか言われたら全体の評価に響くんだよ。特に僕は」


 マルコスもグァクバも本人にしか分からないことで悩んでいるだけだった。

 緊張した空気にグレタさんも悩んでいたと思っていたが、しっかりと見れば別に平然としていた。

 だが、一応作戦を考えはしていたらしく口を開いた。


「文字通り一網打尽すれば良いでしょう。降りてきたところを網で捕まえて、んなで遠くから攻撃すれば、破片で怪我しませんし逃がさないですよ。」


 グレタさんの作戦は二人の願いを考慮したものだったが、それにしてはえげつないくらいちゃんとしたものになっていた。

 そもそも考えた作戦にマルコスとグァクバの願望を付け足したのかもしれない。


「僕はもう少し楽したいな。そうだ周りのゴブリン達は弓矢持ってたでしょ。あれを使うように命令出来ない?」


 もう十分楽に聞こえたがまだ楽をしたいマルコスから名案が出る。

 作戦の遠くからの攻撃に矢を追加するのは良さそうだ。


「良さそうじゃのう。あやつらはまだ側にいるみたいじゃな。コフコおるかね」

 コゴブの大声を境に影も形も無かったので誰もいないと思っていたが、グァクバが張り上げない普通の声で名前を呼ぶとあの女性のゴブリンがどこからともなく現れた。


「網であの鳥共をまとめる。合図をしたら矢を撃ち込め」

 グァクバの命令にコフコは頷きだけを返して再び何処かへ消えていく。


「仕掛けの用意は出来たみたいですので引き寄せる撒き餌は私がしましょう。」

 グレタさんは返事を聞く前にローブの裏から取り出したナイフで首をかき切り、そのことに驚く前に次には爆発していた。

 肉片は俺達のいるところは綺麗に避けており、飛び散った肉の量が多い気がしたが、白刃鳥に取っては気になることでは無いのかヒョーヒョーという鳴き声からギャーギャーに変わり、一気に急降下してきた。


「クストバ。メャルタ。バプラ。エディボノア」

 マルコスが唱える間にも白刃鳥は地面にこびりついたグレタさんの肉片を求め、気色悪い鳴き声を上げながらみるみる近づいて来るが、唱え終えると同時にマルコスが掲げた手のひらから網が発射されて突っ込む白刃鳥を全て包むこんで閉じる。


「撃てぇい!!」


 グァクバが号令をかけるとそこら中の物陰からゴブリンがわらわらと現れて近くに俺達がいるのも構わず矢を射かける。


 俺達は矢をどうやり過ごすのかマルコスの方を見るが、何故かあっという間に元に戻っていたグレタさんがおり、僅かに呪文を唱えたのが聞こえた。


「クァー・ベーカゥ。壁よ」

 言葉と共に四方から魔力の動きのみを感じ、上の白刃鳥を外して飛んできた矢はその魔力に弾かれている。


「結構下手なんだね」

四方からカンカンと矢の当たる音を聞いてマルコスは言ったが、グァクバはニコニコとしてかわしていた。


『ロケットパンチッ!』

 やっと尽きてきた矢の音を押し退けて向こうの方からコゴブの声が聞こえ。


 ここではなんだが気になっていたのでグァクバに聞いてみることにする。


「ロケットパンチッテ、ナンダ?」


「わしが知り合いに読んでもらったぼろぼろの本にロケットについて書いてあったじゃ。それから真似しておるんじゃな。最後には決まって言うんじゃ」


「フーン」


 ロケットパンチのロケットのことは分からなかったが、大口鯨虫も白刃鳥もほぼ終わったことは理解して安心しているとグレタさんに抱き上げて撫でられた。


 変なところでとは思ったが、そのまま目をつぶると気づくと眠ってしまっていた。

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