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猫又旅   作者: 老猫
26/32

コゴブとグァクバ 八

 五人と俺は、瓦礫を取り除き抜けた箇所に石レンガを嵌め直しているゴブリン達を横目に歩いていた。

 コゴブが部下一人一人に声をかけているので歩みは遅く、側に俺達がいると少なからず恨みがあるのか怪訝な顔をされるのでコゴブから数歩離れて進んでいる。


 だがグァクバは俺達と一緒なので、到着するまでにグレタさんとの戦闘を聞いておこう。


「グァクバ……サン。キキタイ」

 歩みを送らせ、最後尾で着いてくるようにゆっくりと歩くグァクバに近づいて話しかける。


「……ほい、ラオフェンくん。だったかの。何が聞きたいんじゃ」

 すると、前にいるコゴブを余裕綽々に眺めていたはずが様子が変わる。

 ボイスが伝わった直後に俺側にある腕がビクッと震え、慎重に片目を見開いてひどく緊張しているように見えた。


「グレタサン、タタカイシリタイ」


 力一杯開かれてた目で身動ぎ一つ逃さないと感じるほど睨んでいたが、次にボイスを使うとホッ?と呆気に取られた声を上げ、ぐりぐりと平手で鼻をこすってから何とか気を休められた位の焦りの残った表情になり口を開いた。


「おおそうかい、全く心臓が飛び出るかと思ったわい。コゴブは居らんが……まあよかろう」


 グァクバは足元の上手く嵌め込まれていなかった石レンガに視線を落とし、そのままの歩調の蹴りで擦りきってから顔を上げて語り始める。


「わしらはマルコスくんがあの壁を作ったと同時に駆けて勢いよくぶつかり合ったんじゃがの。わしは闘気と言うものを使っていて尋常ではない怪力になっとるんでグレタちゃんを吹き飛ばしたんじゃ。しかしの、そこでわしの肩口に痛みが走って痺れよったんで見てみればぁ、黒い煙が燻ぶり上がっていてまもなく空にとけた。煙に気を取られている内にグレタちゃんは正面にいたが闘気を集中するとスッと痛みと痺れが無くなったのに気づいて、闘気を使う滑掌っちゅう突き技でお返しで肩を貫いたんじゃ。ここまでが半分じゃが質問はあるかね。その滑掌についても聞くなら話そう」


 グァクバさんは何気に貫くと物騒なことを平然と言い、これで半分と付け加えて一気に言い切った。


 グレタさんの謎は後で本人に聞くとして、闘気については興味がある。


「カッショウ、モ。キニナル」

 根掘り葉掘り聞くことになるが、ついでに滑掌とやらも聞くことにした。


 その言葉を聞いてグァクバは総合を崩し、漏れる笑い声で体を揺すって口を開く。


「ひぇっへっへっ、そうじゃろうて気になるじゃろうて。これはわしが考えた技での……あいや闘気が先か。闘気は命の力、心の力じゃ。扱うには変えられん決まり事はあるが、反対に扱いが分かれば思いのままに動かせる。そうして生まれたのが滑掌じゃ。やり方は闘気を手に集めて渦のようにグルグル回す。そうすると渦の流れが力になる。ちょっとばかり分かりにくいかのぉ」

 

「ワカル。ウン、スゴイ。オレノ、トオキハ?」

 要は素早くと大きな奴に四つ付いていて、早く回っている丸いものと同じことだ。

 早く動いているから強いのだ。

 しかし、肝心なのは自分もそれが出来るかどうかであって、話を聞くのも楽しいが実際に使えないと教えてもらった意味が半分になる。


 グァクバはあらかじめ見ていたらしく聞くと直ぐに応えた。


「おぬしは小さいからか闘気は少ないの。代わりに魔力は多い。それに何が何やら不思議なことになっとるわい。残念がるな成長すれば良くなるわい。かっかっかっ!」


 大丈夫と言って励ましてくれるが使えないとはもったいない。

 グァクバは成長すればと言うが、はたして長く体が変わったことは無い俺は成長するのか。


「セイチョウ、デキルカ」

 魔物と動物が違うとか進化をするのは魔物と聞いているので当然の疑問が浮かり、この思いをそのまま伝える。


 今度の質問は考えていないのかグァクバはしわくちゃの顔を少し寄せ、じっとしわでほとんど隠れている目を凝らした。


「ムムッ、出来るか出来ないか……さてどうかのう。無茶苦茶な魔力のおかげでさっぱりじゃ。それよりも話の続きをしよう」

 唸ってまで出たのは降参の言葉とすり替えだった。


 だが、色々と知っていそうなグァクバが分からないなら他の人に聞くしかない。

 続けて黙り、グァクバは話すのを待った。


「続きじゃな。わしがグレタちゃんの肩を滑掌で貫いたところまでか。その後も手を引き抜いて蹴ろうとするが、グレタちゃんは黒い煙を大量に出してから飛び退いた気配があった。わしも闘気をみなぎらせて逃げた方向に勘で蹴りを入れ、グレタちゃんはいたがまあ避けられる。煙も直ぐに散って膠着したが、そこでわしのもう一つの技なんじゃか名前を三境返しと言う」


「サンキョウガエシ?」

 また、新しい技が出てつい口を挟んでしまう。

 グァクバも一瞬止まったが、にこりと笑って何かをごまかすように手を降って喋る。


「ほほほ、そんなに気になるなら先に教えてやろう。と、言っても長くなるので短く続けながら話すがの。三境返しは三段階からなる。まず、グレタちゃんは殴りかかって来たんじゃが相手の動きを止められる殴打で死に体にしてやる。次に背後から全身を固めて締め上げる技で外れないように密着する。最後に滑掌を凄くした技で体を細切れのバラバラにねじり飛ばす。こうしてグレタちゃんは死んだはずだったんじゃがな」

 意味深に言葉を切る。

 しかし、本当にグレタさんがバラバラにされたなら今の怪我一つ無い状態ではないとしてもおかしい。

 これからが吐きそうになったという部分になるのだろう。


「ドウシタンダ」

 沈黙の余韻に好奇心がかき立てられて次をせかす。


「それはのぉ、部屋中に散らばったグレタちゃんがひとりでに動きだし、わしの目の前で少しずつ戻っていったんじゃ。血肉が大部分を占めておったが骨は大きいものが多くての、ぐちゃぐちゃと集まった肉塊に骨が突き刺さって埋もれていく様はこれは奇妙じゃったな。のうグレタちゃんや。あれはいったいなんなのかの?」


 グァクバが話しかけたことで、いつの間にかグレタさんが近くにいることに気づく。

 グァクバの話に驚いて寒気があるのに、更にグレタさんがいることで胸がバクバクと激しく動き出す。


「差し支えなければ、わしも煙やら何やらと簡単に聞いておきたいのぉ」

 グレタさんはいつにも増して妖しげな微笑を浮かべており、話とグレタさんで寒気の止まらない俺を見て、口を薄く開けた弧の字にしてから話す。


「触り程度なら構いません。要約して、まず微かな黒い煙と言うのは呪術の一つで友人のものなのですが、呪術纏いと名付けられています。その通りただ呪術を煙の形に生み出していますわ。もう一つのバラバラになった体がより集まって元に戻ったのは壊身芽と言ってこれもそのままの効果ですね。私自身に術をかけているます」


 何を言われるのかと、これまでとは違う威圧感では無いものに震えていたが、グレタさんはとても簡素にそういう呪術であると説明だけをする。


 聞いた通りの効果で状況が恐ろしいことは同じで特に聞いてみるようなものは無いと思ったが、グァクバは顔色を変えずに質問を口にした。


「ほほう。それじゃあ、元に戻ろうが痛いとは違うのかね?」


 言われてみれば確かに、当たり前で素朴だからこそ思い当たらなかった。


「えぇ実は我慢しているだけです。でもずいぶん長い付き合いになりますし、頭が無くなれば痛いのは元に戻っている時だけなんですよ。それにこれが無いと死んでいたと思いますから」


 痛いのか。

 全身を小さく引きちぎられる痛みと言うのは想像もつかないものの、攻撃が強かったり鋭かったりするほど痛いのは知っている。


 驚いて信じられず、グレタさんの全身におかしなところは無いか何度も往復してみていると、グァクバが大きく無いのにハキハキと聞こえやすい声で口を開いた。


「へへーっ、それは大変じゃの。ところで知ってそうなグレタちゃんにわしも聞きたいことがあっての。その黒い猫のことでな」

 的外れに感じるようにグァクバは俺のことをグレタさんに聞こうとする。


「私もあまり知りませんわ」

 グレタさんもグァクバと同様にはっきりとした口調で応える。


「いや、少しの。ラオフェンくんの魔力がおかしな理由を知りたいんじゃ。魔力がある獣が障気を持たない理由をな」


 はて、どういうことだ。

 前の説明では障気に適応したのが魔物とマルコスに聞いたので、障気を持たないのが他の動物と勝手に解釈していたんだが違うのか。

 そう言えばマルコスがいないな。


「それが変であること以外は本当にわかりませんの。主であるマルコスさんならもう少し深く知っていると思います。そう言えばマルコスさんがいませんね」

 グレタさんは曖昧な微笑になっていたものの目だけが笑っていない。

 しかし、それよりも大事なことを俺と同時に思い出して口にして、固かった雰囲気が失せる。


「……ふむ、たしかに部屋に忘れてきたかの。おーいっ、コゴブ!」

 聞いたグァクバも客間から忘れてきたと思い当たり、前方でゴブリン達に近づいてあっちこっちフラフラしているコゴブに向けて声を張り上げる。


 大声でグァクバの声だったこともあって気づいてパッと顔をこちらに向け、話していたゴブリン達に一言二言かけてからやってくる。


「どうしたよ。もう倉庫に着くって言うのに」


「マルコスくんが居らん。客間に忘れてきたんじゃろ」


 コゴブはグァクバの言葉で周りを見渡し、数え終えてから若干不安そうな表情で喋った。


「あー、家の奴らが喧嘩を売るかも分からねえ。そんなに心配はしなくても良いと思いたいが急ぐか」




 そしてよそ見はせずに真っ直ぐと進んで部屋に入り、コゴブは入ってからすぐそこにある大きな石の板を指差して言った。


「マルコスも忘れて来ちまったからさっさと文字を読んで早めに戻ろう。誰が読めんだ。一辺に見てもいいんだが文字自体は小さいんでな」


 コゴブがそう言うとグレタさんが一歩前に出る。


「この中では私が多く知っています」


 聞きようによっては傲慢にも聞こえる言い方だが、他のロデリックとローズマリーもそう思っているようでその場から動かず手でどうぞと促し、グレタさんも石碑に近寄って下辺りにある文字を眺める。


「ゲールカイ・カルェチオでお疲れ様。クイーク・イェアンカで帰りない。と、書いてあります。これは大霊文字ですね」


「それだけか?」

 読めない文字が面白くも凄くもないと知り、コゴブが平静な声で聞く。


「意外ではありましたが、それだけです。私達は試験で文字を読む必要があったのですが、あまり危険な意味を持つ文字は使えませんから、神秘を極力隠匿とするなら妥当と言えば妥当でしょう」


 再び確認してその訳まで教えられるとコゴブも何も言うことは無かった。


 期待外れな文字の意味に空気が固まってしまって、ロデリックが動いて姿勢を正して話を進める。


「文字も読めたことだ、帰ろうか。コゴブさんには悪いが元の場所に戻して置いてくれないですか。余裕を持って早く戻れる方がいいですから」


 ロデリックが歩いたのに合わせてみんなも部屋を出ようとした。


『ギーーッ!!ギッギギギギギッ!!』


 突然、甲高い嫌な音が辺りを支配する。


 コゴブはいち早く聞こえてきた方の窓に向かい外のようすを見に行く。


「鯨頭に芋虫野郎。馬鹿でっけーじゃねえかよ……クソッ!」

 呟いたコゴブはそのまま身を乗り出して外に出ていく。


 みんなも後を追って窓に駆け寄るがその正体を見る前に声が聞こえた。


『なんだおらーっ!!』

 ふざけた声は紛れもないマルコスのものだった。


「何しているんだ。あいつはっ!」


 ロデリックが走った勢いで飛んで外に出るのに従って俺も窓から飛び出した。

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