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猫又旅   作者: 老猫
25/32

コゴブとグァクバ 七

 部屋に着き、コゴブが入ったのを追ってみんなも入り部屋を見渡しすと、あちこちに壊れた木材と石が散らばって何が機能しそうな物なのか分からない惨状が目に入いる。

 コゴブの様子がおかしなこと感じて部屋に静寂が落ちた。


「うーむ、これはひどい」

 しかし、誰もが少し気まずいと思って黙りこんむ中で、住み処にしているはずのグァクバの他人事な声が聞こえた。


 コゴブが客間と言っていた部屋に到着は良いものの、これまでの戦闘の余波で置いてあっただろう家具のうち木製の物のほとんどが石に当たって壊されている。


 いの一番に入り、一瞬固まってマルコスをそっと壁を背に座らせて、手をわなわなと震わせて部屋見渡していたコゴブが振りかえる。


「こりゃあ……俺のせいか。木彫りまでしてたんだがもったいない」


 言われてから、その散乱する木片を見れば、たしかに何かを模して作ったあとが残る曲線やでこぼこがある。


「オキノドクサマ」

 あの今は木片となってしまったものをよほど大事だったらしく、コゴブは事実を受け止められても憔悴をしているように感じ、関係性は知らないが、つい慰めの言葉を掛けていた。


「あぁ、ありがとな。後で職人達には謝らないとな。えっと、ほかは見繕って来るとして……椅子は残ってっから少し待っててくれ」


「手伝いはいらないのか。手持ち無沙汰になるのが苦手なんだ」

 一人で部屋を出ようとしたコゴブだったが、この中では真面目なロデリックが気遣いで申し出る。


「そうか悪いな。そこら辺で作業している奴にも適当に声かけっから一人だけニンゲンになるが、責任をもって問題は起こさせないから安心してくれ。ほかのみんなも待たせるがコフコの持ってくる食い物食べててくれや」


「はい、お気にならさず。」


 マルコスを見ていたグレタさんが返事をする間に二人は部屋を出ていった。

 



 二人がいなくなって、各々が好きなように動く。

 グァクバは座るのに良さそうな椅子を先に取ってすぐに船を漕いで居眠りしていて、ゴブリンを信じきれていない素振りの激しいローズマリーは窓の近くの離れたところに立っている。


 グレタさんもマルコスへの処置が終わって、グァクバとローズマリーの間となる位置の椅子に座り、拾った木片を眺めていた。


 ローズマリーさんは警戒で余裕を失い情報の交換をする様子も無く、誰も話さ無いので少し時間が空く。

 色々と知っていそうなグレタさんは平常心に見えるので聞きたいことを聞いておこう。


 木片を持つグレタさんに近づき、ボイスを使うために魔力を集中する。

 が、その前に俺に気づいたグレタさんが片手をこちらに伸ばしながら口を開く。


「あら、ラオフェンさん土埃を被って大変なことになってますよ。少し待って下さいね」

 そう言ってグレタさんが取り出したのは、鋭い牙を剥いた口が精巧に掘られた掌の石ころだった。


 それを背に当てられ、不安になって逃げようとしたが片手が首根っこを掴んでいて大きく動く気配がするだけで力強いが込められる。

 命を奪える手の感触は恐怖を煽ったが、動くこともままならないので背中を撫でる石の動きを感じていた。

 数度撫でられると体にこびりついた汚れが無くなり、なんとなくさっぱりとした感触がしてグレタさんが離れた。


「はい綺麗になりました。それで何を言おうとしたんでしょうか」


 どうやらグレタさんは戦闘で汚れた体を何かの魔術で綺麗にしてくれたらしい。


「アリガトウ」

 すっきりしたと思うと今度は毛並みが気になってくる。

 グレタさんには悪いが毛並みを整えながらボイスで話しかけた。


「ウン。ブンメイシュ、トハ?」

 何か別のことに集中しながらのボイスは初めてなのに中々上手くいった。

 そのつもりは無いが器用なことのようで、グレタさんもちょっと驚いた位の顔を見せて応える。


「そうですね……まずは魔物には短い期間に姿を変える「進化」と、呼ばれるものを行える種族が存在します」


「シンカ?」


「進化は本来、変進化という名称がありまして、簡単に言えばたくさん体力を蓄え、それを材料に何かのきっかけで生まれ変わると言いますか……ある程度望んだ姿に変わることを言います。ちなみに準備すれば何度も繰り返すことができ、魔物のよく見る最大の敵対種族は人族なので、進化を重ねた者は人に近い場合が多いですね」


「ナルホド」

 つまりは人に近い姿をしているコゴブとグァクバやチラッと見たコフコは、進化を重ねて今の人に近い姿になっているのか。

 それにしてはコゴブは人並みからは外れた巨大な体躯をしていたが、人の中にそんな者がいるんだろう。


「少し嫌な話になりますけど、人に近い魔物ほど人を嫌っていて頭が良いと言いますわ。理由は見た目で人を騙すためや繰り返し人に襲われることで強いものが人になったからだとか」


 じゃあ、コゴブはわりと人から離れているが、グァクバやコフコは人が嫌いだったりするのか。


 そこまで考えたところでコンコンコンッ、と扉が叩く音がしてゆっくりと開かれた。


 入ってきたのはコゴブやグァクバと同じく人に近い見た目をしているコフコで、手には山盛りの白い果物の入った大きなかごを持っている。


 コフコは家具の残骸の落ちた部屋に絶句して固まったが、間も無く気を取り戻して残っている椅子の一つにかごを乗せる。


「失礼します……キングは、いないようにですね。こちらにラフフラクをお持ちしました。ひとまず、ここに置きますのでご自由にお取りください。わたしは部屋の片付けをしておりますので御用があればいつでも言って下さい」


 長身のコフコは、見映えの良い美しい所作で一度部屋を出て掃除道具と数人のゴブリンを連れ、てきぱきと部屋の掃除を始めた。




 掃除を始めてそれほど経たない内にコゴブが大きな石製の板を、ロデリックが足にする石の円柱を数本宙に浮かし従えて帰ってきた。


「おうっ、コフコも来てくれたな。お前たちもご苦労。この部屋は後で良いんで他の重要なことから先に終わらせてこい」

 コゴブは素早い動きで掃除を進めているコフコ達に声をかけるが、言外に部屋を出るように伝える。


「はい。みんなも他の作業に戻れ。失礼しました」

 コフコも意を汲んで何も聞かずに部屋を去っていった。




 部屋の中心に机を作り、椅子を集めてからコゴブが喋る。


「コフコ達のことは気にすんな。良いんだよお客人と喧嘩させる訳にはいかんからな。それよりもだれもラフフラク食って無いのか。別にこのくらい構わないから遠慮するなよ。それで冒険者以外で来たニンゲン達の話だったか。うちに来たのは壺針会に属する機関とか名乗ってい……」


「壺針会か……」

 ようやく出始めた話をぶった切って呟いたのはロデリックだった。

 その声は実際には決して大きいものでは無かったが複雑な気持ちの混ざった深いため息に似ていて、そのつもりは無いと思うものの気を使わずにはいられない重たさを持っている。


「何だ知ってのか。なんかあるみたいだが、気分悪いなら聞きたいのか聞きたくないのか決めてくれ」

 わざとでは無くても、気になって止まってしまった以上は聞き逃した振りは出来ず、コゴブも変に気を使う。


 妙な間の途中で、ふと、グァクバが動いたのに気づいて目を向けると、空気を読まずラフフラクを一つ取って貪っていた。

 長老と言って並んでいるがキングのコゴブとのこの差はなんなのだろう。


「すまない。話を続けてくれ」

 いらないことを考えていたらロデリックも持ち直して話を促す。


「ああ、あいつらは確か文化のことを聞きたいと言って現れた。だが、それ以外にも、嫌だと言っても俺ら神の詳細を聞かれたり、処分する死体を欲しいと交渉されたりして胡散臭かったぜ。格好も変な模様のある布で顔を覆ってるしで、あんな不気味なもん二度と関わりたいとは思わねぇなあ」


「それだけ?」

 ロデリックが反応するくらいに重要そうなものだったがかなり要約され、しかも感想で終わったので、何かを隠されているのかと勘繰ってしまう。


 だが、コゴブはこのことは終わりという風にラフフラクを手にとって休憩をしていて、とても何かあったとしても見抜ける気がしない。


「それだけだ。相手さん方も俺達の文化が合わなかったみたいでな。顔を布で隠してんであんまり見えなかったが終始顔を歪めていたと思うぜ。終わったら荷馬車に死体突っ込んで帰っちまったよ。まあ、わざと身だしなみが出来てない下っ端をつけてやってたんだが」

 最後にガッハッハと笑ってラフフラクを口に放り込み、又一つとって白い果肉にかじりつく。


「秘密の多い機関だ。詳しく分からないのはいつも通りか」

 ロデリックもこれ以上は無いと分かり、自分も休憩とラフフラクと食べる。


 ローズマリーさんも同じくラフフラクに手に取り、グレタさんと俺だけがボーッとしていた。


「コゴブ」


 せっかくの時間もあり、コゴブに対しても気になっていた疑問をぶつけてみよう。


「あー……ラオフェンか。何か質問かい?」


「オマエノナカマ、シンデイル」

 気になっていたこととはコゴブの仲間への扱いだった。


「そうだな俺の家族が何人か死んだみたいだな。こいつら強かったからどうしようもねぇよ」


「キニナラナイノカ」


「気になるぜ。だからちゃんと供養をしてやる。だが、こういうことはよくあるんだ。それにキングまで戦いに負けたんだ。文句は言わねぇ」


 俺も言うことが無くなり静かになり、コゴブは又果物をかじり出したり




 よっぽど美味しいらしく四人は食べ進め、十数個もあったラフフラクはもう数個になった。


 少ないながらも何個か食べていたロデリックが手を止め、コゴブに向かって喋りだした。


「そうだ、砦はともかく遺跡は学院のもので、これからもこういうことはあるだろうから場所を変えた方が良い」


「へー、こんな目にあうのは勘弁してほしいな。しゃーない砦は中間地点くらいにしておくか」


「それが賢明だ」


 食べ物が尽きかけ思い出したように話すのは言いが、果物を食べている二人は大事なことを忘れている。

 グレタさんがさっきから口を閉じているのはその事からのようで、分かりにくいが目が冷めている。


 本当に目的を忘れているのか?


「セキヒ」

 話題に出ない上にシャクシャクと果物をかじる音だけになった部屋で俺のボイスが響き、残り二つから取っていま食べようと口を開けたローズマリーさんも動きが止まる。


 ローズマリーさんは恥じ入っているようでラフフラクを握りしめ、ロデリックが口の中のものを飲み込んで喋る。


「そうだった。遺跡にあったはずの文字の書かれたものを探している。おそらく石碑と思うが心当たりは無いだろうか」


 相変わらずグァクバはラフフラクを頬張っていたが、コゴブは石碑を知っているようですぐに応えた。


「ずいぶんと前にどいつかが持ってきてたのがある。それに、石碑ならいらないぜ。長老をもってしても全く何も一切読み解くことが出来なかったからな。そうだな、良ければ何が書いてあんのか教えてくれねえか」


「何てことは無いが、不味いことだと教えられない」


「良いさ良いさ、石碑は三階の倉庫にあるから行こう」


 マルコスはいまだに気絶していたが、ようやく石碑にたどり着けそうな気配がした。

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