実戦試験道中 八
到着するとローズマリーさんは見なくても俺の気配に気付き、姿勢はそのままで話し始めた。
「ラオフェン、わたしの方まで声が届いてましたよ。ともかくボイスが使えるようになったみたいですね。おめでとうございます」
「アリガトウ」
「それにマルコスくんが大人気なくて迷惑かけてます。わたしが居る時は勝手なことはさせないので任せてください。まあ、わたしも多少は目をつぶるので苦労を分けることになりますけど」
「ウン。ガンバロウ」
マルコスの知り合いはみんな苦労しているんだな。
まだまだ振り回されることはあっても派手に暴れてはいないから想像出来ないが、話ではいつ何をするか分からないのがマルコスらしいから注意しておこう。
しかしローズマリーはそれっきり口を閉ざしたので、隣に置いている籠に近づいて覗いてみる。
中には大きめの赤い魚が二匹と様々な小さい魚が五、六匹入っていた。
「タイリョウ」
「ええ、大漁です。この辺りは水辺を住み処にする中型の魔物が少ないのかよく釣れるんですよ。魔物が偏るなんて変な状況ですね。他のみんなは何か異常があったと言っていませんでしたか?」
異常のことならデビルオークのことがあったな。
内容は生まれたてのデビルオークがいるから大型がいるとか。
「イッテタ。デビルオークガイタ。オオガタモ、イルカモ」
「デビルオークに大型ですか。大型関係ならおそらく不審なデビルオークが出たんでしょう。元々時間に余裕は無かったですが、大型の魔物がいるとするならあまりゆっくりはしていられないですね」
予想以上に大問題なのかローズマリーさんは頭を抱えて考え出してしまった。
どうしようか見ていたら、その後ろにある地面に刺した釣竿の先端が微かに揺れるのが見えた。
「ツリザオ!!」
ローズマリーさんも振り向いて急いで釣竿を掴んだ。
すると丁度食いついたのかローズマリーさんの体がぐっと引っ張られる。
「くっ、これは無理っぽいなぁ」
体を傾けて耐えながらそう呟き、ローズマリーの体に強い魔力の流れが起きて煙のように立ち上ぼり始める。
そして、体に触れる煙から力がみなぎるような勇気に似ている感じがした。
風属性の魔力から爽やかなものを感じたのと同じような状況で、ローズマリーさんを見るからに何かの属性の魔力を作っているんだろう。
「ロゴネンルフ、来て」
釣竿を持って力一杯踏ん張っているせいで振り絞った声のローズマリーさんが何を呼び、それに応えた何かがローズマリーの後ろから魔力を吸い取りながらだんだんと姿を表した。
見た目は長い髭と鬣、小さい角を持つ青白い厳つい蛇で、何処からともなく現れたは良いが空中で欠伸をしたりと悠長にしている。
「あの、ロゴネンルフ?獲物が大きくて大変だから、雷で攻撃して。」
呼び出したローズマリーも変な蛇のようなものが何もしていないのを察し、耐えているせいで全身を震えさせながら指示をしたが何も言わない。
ちょっとしてようやくふわっと水面まで漂い、激しくいったり来たりグルグルしている糸の先を見てからローズマリーの顔の側まで来て口を開いた。
「それにしても相変わらず淡白で雑味の混じる属性の魔力だなぁ。それで、御用件を聞こうかなローズマリー。ああそうさ獲物はどれのことかはっきりしてほしい。糸の先の奴なのか、隣にいる黒猫のことなのか。はっきりとだよローズマリー?」
緩慢な動きと同じでマイペースで遅い口調だが、わざとなのかお喋りなのか嫌がらせのように長々と喋る。
「相変わらずなのはロゴネンルフのことですね……いえ、それよりも獲物は!当然糸の先の奴です!!もう限界が近いので早くお願いします!!」
本当に限界そうだ。獲物の方はまだ元気なようで水面を叩いて激しく暴れているが、ローズマリーさんは手の中の釣竿が持っていかれそうになりながら滑ってずれる。
「そうかい、わしも粗悪な魔力を食わされて調子が悪いからな。仕事を終わらせて帰らせて貰うわい」
喧嘩腰で不機嫌な厳つい蛇は吐き捨てるというのが似合う口調で言い放ち、必死の抵抗でガタガタ震える釣竿に巻き付く。
「ハァッ!」
その掛け声と共に厳つい蛇から魔力が流れた瞬間バリッと音を立てて、激しく暴れていた釣竿からも力が抜けていく。
その直後に水面から格闘していた獲物だろう頭だけが小さい鯉のような大きな魚が浮かび上がってきた。
「そいじゃ、お疲れさん。今度呼ぶ時はもっとましになってることを願うかね」
厳つい蛇はいつの間にか半透明になって消えかけており、消えるギリギリに言うだけ言って始めのように消え失せた。
嵐のように好きなだけ悪態をついて消えた厳つい蛇に唖然としていたが、ローズマリーさんを一息ついて魚を手繰り寄せ出してから俺も意識が纏まってくる。
「ナニゴト?」
聞いただけで複雑な事情があるらしくローズマリーさんは嫌そうな顔をし、唸りかけたが体面は残っているようでなんとか顔を戻した。
「あれはわたしの契約している精霊のロゴネンルフです。ラオフェンは精霊魔術については知っていますか?」
「シラナイナ。ケイヤク?」
「片手間になるけど精霊魔術の説明をしますか。精霊魔術は簡単に言えば属性の塊の精霊に同じ属性の魔力を渡すことで代わりに働いて貰うことです。要はお手伝いですね。それで契約はわたしと精霊で贔屓しようという交渉のことを言います」
精霊は属性の塊の生き物で、精霊魔術は精霊にお手伝いをして貰うことを言うのか。
契約も贔屓と言うが、それにしてはかなり酷い対応で邪魔ですらあったが、どういう理由であれだけ険悪になったんだろうか。
「シカシ、ソボウダッタ」
「ソボウ?粗暴ですか。そうですね、契約した直ぐから仲が悪いけど理由はわたしなんですよ」
ローズマリーさんはしかめたり落ち込んだり深刻そうな表情をする。
「ソウカ」
しかし、深く聞き入るほど喧嘩の理由の興味があるわけでは無い。
言いにくいなら聞くことも無いだろう。
「聞かないですか?」
「ウン。アト、マリョクノケムリワ?」
「それも喧嘩の理由に関わって来るんですが……あれはわたしが適性の無い属性の大きな魔力を扱いきれて無くて、精霊を呼び出すには多くの魔力が必要で制御が荒い分が漏れてしまっているんです」
「テキセイガナイ?ツカエナイノカ?」
おかしな話だ。
グレタさんも風の属性には適性が無くて良い気分では使えないと言っていたが、使うのに不都合だとは言わなかった。
てっきり気分が悪くなる位と思っていたが、たしかに考えれてみれば適性で使いやすい使いにくいから適性があるんだろう。
「言いふらされると困りますが、わたしは水属性の系統に適性を持っています。雷属性とは相性が悪い属性なので集めるのに本当に骨を折って大変なんですよ」
「ナンデ、ケイヤクシタ?」
「それは、とても浅い理由でわがままになるんですが。苦手な属性も克服出来るようにと思って。軽い気持ちでやったんじゃ無いですけど相手のロゴネンルフが小言以外にも頭が固くて」
「シカタナイ。ガンバレ?」
「そうですね。わかってたことだし頑張ります。しばらくの目下の課題は属性の変換ですね」
大分疲れているようではー、と少し項垂れていた。
だが又新しい話しが聞けた。
属性は風属性しか使っていなかったがそれ以外の属性もあるなら挑戦してみたい。
フェリシー先生と会った時に調べて後二つあるはずだから、同伴していたマルコスから聞き出すことにしよう。
そうやって考えている間にローズマリーさんは魚を籠に入れて荷物を纏めていた。
大物の鯉もどきは尻尾がはみ出ている。
「そう言えば、ラオフェンさんが向かってくる時にマルコスくんが何か言っていたようですが。なんでしょうか?」
何故荷物を纏めているのかとボーッと見ていて、言われるまで忘れていたがマルコスから伝言があった。
「マルコスカラ。ソロソロオワリ」
「まあそうですよね。向こうも終わりならわたし達も戻りますか」
「ニャーオ(そうだな)」
ローズマリーさんは荷物を持ってマルコス達の方に歩いていくので後ろから追いかける。
もうボイスを使うのも面倒になってきたから返事代わりに鳴いたが、何故か首をかしげ、振り向いて俺を確認すると納得したような顔をした。
「ラオフェンは猫でしたね。さっきから喋ってる忘れてた」
「ナーウ(それはおかしい)」
「猫の言葉で言われても何を言ってるのか分からないですよ?」
意地になってボイスを使わず伝えようとして、なんとなく察しているようにあしらうローズマリーさんとマルコスの下まで歩いた。
「ローズマリーさんは家柄にも見た目にも似合わないをよくことしてるよね。釣りとか解剖とか暴発とか」
戻ってきた早々にマルコスがいらないことを言う。
しかも、本人は悪気は無いようで一瞥をくれず、さっきまでは見当たらなかった大きな鍋で香りのある草を煮込んでスープらしきものを作っている。
「いきなりなんですか。解剖は関係ありません!マルコスくんだってわたしより年上で卒業間近なのに悪い噂が絶えないじゃないですか」
「うん。でもさすがに格闘魔術科に飛び込んで試合するのはどうかと思う。しかもあのグアルティエロに挑戦して負けたんでしょ?気概は良いかもしれないけど専門外なことで失態を起したのは実家からすると嫌がられるよ」
マルコスは追撃して脈絡の無いような説教を言う。
それにしては機嫌が悪くも面白がってもおらず、ずっと真面目に説教をしているのはどういうことか。
更にローズマリーさんから魚を受け取っていたロデリックが話しを聞いて口を挟む。
「なんだマルコスが真面目な説教か。記憶が正しければローズマリーさんの父親は侯爵位であらせられたか。俺に纏めているの訳をさせてもらえるなら、少しは落ち着けということか」
「むぅ、それはそうですが。そう言うマルコスくんは……」
ローズマリーさんが何か言おうとしたが、その前にマルコスが喋る。
「僕は弱小な伯爵家の三男だから気楽なもんさ。ここからも遠いから何か言われることも無いし。でも境遇が違うと言っても事情が分からないことは無い。むしろ本業の魔術師になれないローズマリーさんだからこそ言うんだよ」
マルコスの畳み掛けにローズマリーさんは黙りこんでしまった。
ローズマリーさんは机の側で固まったが、近くで作業していたロデリックがマルコスを小突く。
「さぁ、説教は終わったなマルコス。それならその謎スープを退かせ。他にもメインの魚料理があるんだ。メインを収穫したローズマリーさんにお礼を言うのが先になると思うが?」
「そうだね。ローズマリーさんお疲れ様。いま疲れが取れる薬湯が出来たから飲んで待っててよ」
マルコスは鍋を机に乗せ、これも又見掛けなかった石製の薄い器に薬湯を注いでローズマリーさんを促し、再びかまどに戻っていった。
「オツカレサン」
机に上がってローズマリーさんの側いって声をかける。
そうしてローズマリーも薬湯を飲み始め、ポツリと言葉を紡いだ。
「マルコスさん。不器用ですよね」
「ウン。スコシ、ヤッカイ」
「そうですよね。マルコスさんは非常識なんだからわたしが見張ってないといけませんね」
きっとマルコスとローズマリーさんはそれなりに知った関係なんだろう。
ローズマリーさんは薬湯のお陰もあってかすぐに元気をを出した。
待っているとかまどの方から魚の焼ける良い匂いがしてくる。
「オオキイサカナハ、オイシイカ?」
「えぇっ?」
魚の焼ける良い匂いを嗅いでいたら気になってきて、ゆっくりしているローズマリーさんに聞いてみると思いの外驚かれた。
「あの、わたしもよく知らないです」
色々知っている風なのに予想外の答えだ。もしあの料理している二人も知らないなら本当に無駄骨じゃなかろうか。
答えを利くのが怖いものの二人聞きに行こうと立ち上がったが、降りようと足を伸ばす前に目前にいつの間にかグレタさんが来ていた。
「あれは食べれる魚ですので心配しなくても良いですよ」
「アンシンシタ」
戻って来てから影も見なかったから不思議に思っていたが、どうやら何もなくて二つの意味で安心した。
「そうですか。それでは後はあの二人に任せて、ラオフェンさんは私の前に来てくれます」
突然現れて意図は読めないが言う通りにグレタさんの前に行く。
すると、くるっと回して寝転ばせられて撫でられる。
「わたしも撫でて良いですか?」
ローズマリーさんは撫でられている俺を見てウズウズと落ち着かない。
「ウットウシイ」
しかし、一度に二人に撫でられるのは多すぎるので拒否する。
「そうですか……次の機会があったらお願いしますよ?」
「オボエテオク」
撫でられてそんなに時間も経たずに焼き魚が出来上がりみんな食事を始める。
少し雑談も合ったがある程度してマルコスが話題を変える。
「そうだ。ローズマリーさんはまだ聞いてないと思うけど、ロデリックとグレタさんがデビルオークの群れに出会しておそらく生まれたてだったらしいんだよ。それで魔力溜まりになる大型の魔物がいる可能性が高いから明日も明け方に出て、次は早足で向かって帰路に着きたいんでもう早めに寝ることにしよう。みんなはそれで良い?」
「俺は構わない。急いで行くなら魔術を使うことも考慮しているのか?」
マルコスが一気に言い切り、唯一ついていけるロデリックが返事をする。
「そうだね魔術を使って行くよ。大型のタイプが分からないから余裕があるなら急いだ方が良いでしょ。最初の夜番は僕がやるけど二人ずつにする?」
「一人ずつで大丈夫だろう。二番目は俺がしよう。三番目はグレタさんとローズマリーさんどっちが良い?」
ロデリックの質問にローズマリーさんとグレタさんは顔を見合わせる。
口を開いてのはローズマリーさんだった。
「グレタさん、わたしが先で良いですか?」
「ええ、どうぞ。それでは私は最後になりますね」
「決まったね。明日は早足に遺跡探索で忙しくなるから今日中に十分英気を養って取りかかろう」
マルコスが締め、その後は黙々と食事を済ませてからマルコスと俺以外は石のドームに入っていった。
「ラオは寝ないの」
マルコスは時々薪を足したり、聖水と言っていたものを少し離れたところに撒いたりしていて、静かに口を開いた。
「ニャーォニャー(夜に目が覚めるんだ)」
「猫ってそうなんだ。試験が終わるまでつらいけど疲れたら言ってね」
「ニャ(分かった)」
マルコスは俺の横に来ると撫で始めて、パチパチと薪の燃える音を聴きながら一緒になって静かに耳をすましていた。




