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猫又旅   作者: 老猫
16/32

実戦試験道中 七

 石のドームに着くとその側にある石の机のようなものに収穫物の入った袋が置かれ、少し離れた川辺で二人がいるのが見えた。

 どうやら袋を置いてから本当に釣りをしているローズマリーさんを呼びに行ったらしい。

自分でローズマリーさんは植物の知識が無いと言っていたのに何のつもりだろうかと見ていると、マルコスがせっつく様子で口論をするが言い負かされ、少し話すと冷静になったようで一人とぼとぼ歩いて来ている。


 マルコスの勇み足はいつものことで馬鹿らしいが、ローズマリーさんは釣り係を続行するのか。これは今からでも釣果が楽しみになってきた。


 気づけばマルコスが戻ってくるのを見ていた間に二人とも仕事に掛かっており、ロデリックもグレタさんも椅子代わりの円柱の石に座って袋の植物を選り分けていた。

 俺はすることが無いのでマルコスが意味もなく着けたと思われる暖かいかまどの側に寝転がり、ロデリックの教えてくれたやり方のブレイドについて考える。


 実際には考える間もなくマルコスが戻ってきて話しかけてきた。


「いやー、ローズマリーさん今日は全員が賄える分が釣れるまで諦めないそうだよ。野菜だけのスープが嫌だからとか言ってたけど森に入れば何かいるよね」


「すまんマルコス。使えるものを片っ端に採っていたら量が多くなった。二人では徹夜しても終わらなさそうだからこっちを手伝ってくれ」

 話し出したマルコスだったが俺が答える前にロデリックが呼ぶ。


「確かに多いね。それに魔術に使う扱いが面倒なやつもあるみたいだね。それの処理をしようか?」


 やっていることが分かるマルコスは提案したが、それに話を聞いていたグレタさんが反応した。


「それなら選別をマルコスさんがやってくれませんか。私は魔女を学んでその端くれにありますのでこの中では処理に慣れていると思います。常に手を取られることもありませんので」


「グレタさんって魔女だったか。学院所属の魔女なら信頼しない訳ないよ。じゃあそう言うことで僕も始めようかな」


 話は纏まり、三人は同じ机で植物を分け始めた。

 グレタさんはさっそく処理が必要な物幾つもが出てきたようで、二人から渡された変な植物に何かをしている。


 気になり、机に登って近くで見ていると紫色で針のある葉っぱを魔術で粉にして袋にいれたり、どす黒く赤みのある小さな実を絞って小瓶に詰めたりする。


 その魔術はまた新しく見るもので、腰に差した木の棒を机に向かって複雑に走らせると動きに沿って模様が描かれていく。

 その後は、描き終えた模様の上に植物

を受け皿の紙に乗せて魔力を流すだけでみるみる形を変えていく。


「ニャニャニャ?(なんだこれ?)」

 気になったので邪魔になると思いながらも聞いてみる。


 するとグレタさんは手を滑らせて持っていた針を机に突き刺す。

 硬直したかと思っていたら、笑っていない笑顔を向けて静かに語りかける。


「あの、手元が狂うので変な鳴き声で喋りかけないで貰えますか?出来ればボイスで言葉を発するほうがましです」

 決めていたのに怒るなんて理不尽だ。


 しかし、グレタさんに逆らう気は起きないし、喋れるので元々逆らう必要も無いのでボイスを発動して喋る。


「ナンノモヨウ?」


「何かと思えば、これは大霊文字と呼ばれる文字ですわ。デビルオークに対して使った魔術と同じものですね」


「アレハコエダガ?」

 あの時は間違っても文字なんて無くて言葉で発していた。


「それは文字一つ一つに発音が振り分けられているからですわ。大霊文字には世界の在り方を押し退ける程の強い意味がを持っており、一字と発音として表すことが出来るようになっていますね。遠い昔は神々の使う言語であったとされています。デビルオークの時には火と礫と分散と放つの意味する四つの言葉を使ってました」


 言葉が世界を曲げるのか。

 豚顔の奴らに使った沢山の火の玉が言葉一つで生み出されたというのが凄い。


「オモシロイ。ソレハ」


「それ……というのは?」


 慌てていて言葉が足りなかったので、もう消えてなくなってはいるが大霊文字とやらを書いていた辺りに前足を置く。


「文字の方でしたか。しかし教えられることはありません。大霊文字はほとんど誤らず無く書かなければいけませんわ。もし、僅かなある一定以上間違えて書けば、魔力が暴走するだけでは無くて恐ろしい意味の文字になることがあるくらいなんです」


「トテモ、ザンネン」

 危なくてややこしくて難しいそうなので単純に惜しいと思って口に出す。

 出していた前足もつい名残惜しそうにカリカリと石の机を引っ掻いたが、どうしようも無いなら無理を強要することもない。


 だが、抑揚のおかしな声からではそう感じ無かったのか、俺の後ろ姿を見ていたグレタさんは真面目な説教顔から最初の印象からは想像出来ない感情的な困り顔になって口を開いた。


「大霊文字は一朝一夕では覚えられませんが、まだ扱いやすい現代魔導言語というものもあります。これはラオフェンさんでも問題無いですよ。一つだけ今のラオフェンには有能な文字を教えるので許してくれませんか?」


 いきなり心変わりや親切になった理由が掴めない。

 と、最初は意味がわからないと思っていたが、よく見ると俺が気になって高ぶりで揺れていた尻尾を見ているのに気づいた。


 ずっと俺の感情はバレてたのか。


 分かったからにはいつまでも振っているのは気恥ずかしいので止めた。


「ドンナモジ」


 俺の尻尾が収まって返事をしたのを見て、ほんの少しだけだがよく見るとグレタさんも安心したのか雰囲気が緩む。


「ええ、まずは説明からさせて頂きますね。現代魔導言語は百数年前に開発された歴史的に一番新しい魔力に干渉する言語で、大霊文字に比べると力は弱いですが文字が簡単ですわ。そもそも目的から違っていて単体で使うものではなく、むしろ魔術の補助として使われることが多い言語となります。後、これから教える言葉はブレイドと同じ刃を表す魔導言語にです。使用するにあたっての注意として魔導言語の中でも弱い言葉なのでブレイドの魔術と併用して使って下さい。いいでしょうか?」


「ワカッタ」


「よく注意をして無理に魔力を込めないようにお願いしますね。それで刃の言葉になりますが、発音はブダーブラーグです。別に発音するだけなら何も起きないので練習してから使うと良いですよ」


「ゴベンタツ、アリガタキ」

 時間を割いて新しい魔術を教えてくれたお礼に向こうで中学生が使っていた言葉を使う。

 記憶が正しければとても丁寧な言い方だと言っていた気がする。


「いえ、かしこまることでは無いですので。それに私もラオフェンさんもはまだやることがありますから、一緒に集中して頑張りましょう」


「アァ、ホントニアリガトウ」


 最後に一言言って机を降りてかまどの前に陣取る。

 みんなの机からは離れてはいないがそれぞれが静かに作業をしていた。




 安心出来る場所で全く何もすることが無くなったので腰を据えてブレイドの練習を始める。


 最初は出来るだけ正確さを意識しながら魔力の操作をじっくりと行う。

 既にボイスである程度のところまでは出来ていたので、何回か慣らしていると更にスムーズになる。


 次に固めた風と爪のイメージ何度も何度も行い、発動まではしなくても直前まで魔力を操作して練習する。


 それも簡単に慣れてきたので最後にブダーブラーグの発音をしてみる。

 やはりボイスが出来るからなのか簡単に出来る。


 ここまでして、魔術が発動できると確信したのでようやく本気で準備する。


 まずは風属性の魔力を作り、工夫として爪の延長をイメージするように魔力を形成する。

 少しずつ伸びて形作る魔力が完成するが強度が頼りない。


「ブダーブラーグ」


 魔力を込めて刃を意味する言葉を発すると、その爪に魔力が集まって刃として強化された。


「ブレイド」


 最後にブレイドと唱えると爪は更に魔力が流れる。

 感覚としてだが自分で満足できる出来になったと感じていると、それを見ていたマルコスが話しかけてきた。


「ラオ、強化されたブレイドが見事に発動しておめでたいね。ものはついでなんだけどこの枝を三つくらいに切ってくれない?」


 せっかくの感動に水を差すとはマルコスは空気が読めないのか。いや読めないか。

 悪気が無いのは分かっているが、待っていたと思っていたら手伝だいがしてほしいからとはモヤモヤする。


 腹が立ったので襲い掛かるようにしてマルコスが手に握っていた枝を三つに切る。


 初の試し切りとなる。

 肝心の切れ味は抜群で、手応えが無さすぎて切ったか心配になる。


「おお凄い、これなら自衛もバッチリだね。他に何かあったら任せるかもだから待機よろしくね」


 マルコスはかする位の勢いで枝に飛びかかったのに動じる所が図々しいお願いまでしてくる。

 この一連の流れに俺がどれだけの抗議の意味を乗せていたのか伝わっていないのか。


「イヤダ!」


 ここにいるとまだまだ仕事を任されそうなので逃げるに限る。

 目的は無いがとりあえずローズマリーさんの様子を見に行くことにした。


「そっかー、ラオさー!!ローズマリーさんの方に行くならそろそろ終わりって伝えといてー!!」


 いつでもマイペースなマルコスの能天気な大声で言伝てされる。


「……そうだ、これが本当の猫の手も借りたい借りたいなのか……」


 それと同時に、高性能になった耳にはロデリックの呟きも聞こえ、マルコスの言葉に気分をかき乱される頭の隅でこれは向こうでも聞いたことがある言葉だなとラオフェンは思った。


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