実戦試験道中 五
三者は豚顔の怪物を蹂躙した焦げ臭く血なまぐさい場を離れ、マルコスとローズマリーの向かった方向を意識してわりと歩いた森の中で木の実や草を採っていた。
荷物の一つである袋にある程度採れたところで、声かけをしながら静かに採取をしていたグレタさんが近づいてくる。
「もう夕食と朝食には間に合うので約束通り、ラオフェンさんに魔術を教えて上げます。ロデリックさん。悪いとは思いますが少しお任せしてもよろしいでしょうか」
「ああ、何か密談か。離れないようにして、それから後で毒草が無いか確認してくれるなら構わないさ」
「はい。ありがとうございます。それではラオフェンさん。どうやって意志疎通をしましょう?」
それはロデリックとなら決めてあるんだが、伝えるにはどうするべきか。
一瞬顔を見合わせ、グレタさんが何か言おうと口を開きかけた。
しかし、その前にロデリックがもう一言混ざって伝えてくる。
「その事ならわたしは返事の回数で決めていますよ。一回なら肯定、二回なら否定という風に」
「なるほど。それは良いですね。ついでに疑問なら三回にしましょう。それ以外なら一言目を短くしてもいいと思いませんか?ラオフェンさんがややこしく感じるなら結構ですが」
確かに少し複雑にはなるが難しいわけではない。会話が円滑に出来るなら何てことはない。
「ニャア(いいぞ)」
「それでは決まりということでよろしいですね。では何から話しましょうか」
グレタさんは話しをするつもりはあったが話しをまとめてはいなかった様で、よそ見をしながら考え始めてしまった。
話しが決まっていないなら先に聞きたいことを聞いておくか。
「ニャオ、ニャァニャーオ?(そう言えば、二人は豚顔に何をしたんだ?)」
正直すぐには伝わらないと思いながらも疑問に聞こえるように話しかける。
だが、伝わらないのでグレタさんは案の定不思議そうな顔をこちらに向け、興味深そうな顔をしていた。
「何か、質問のようですが。とりあえず魔術の質問では無いということでしょうか?」
「ニャ(そうだ)」
あらかじめ決めたやり方で返事をしたのにますます興味深そうな顔をする。
「私たちのことでしょうか?」
「ニャニャ(違うな)」
「では……さっきの大きな怪物のことでしょうか?」
「ニャ(あぁ)」
「意外と早く当たりましたね。私の力量に左右されますが会話が出来てるみたいで安心です。あの怪物のことですか。あまり言えることは無いのですが。怪物の何が知りたいのか分からないので軽く説明しますね」
「ニャ(頼む)」
ようやく聞きたい話しができる。まだまだ知りたいことは沢山あるから早く聞きたいが時間がかかりそうだ。
時間が無い訳じゃないからゆっくりいくしかないかな。
一度呼吸を入れてグレタさんのお話が始まった。
「あの怪物のことですがデビルオークと呼ばれています。理由はデビルが嫌らしさと見た目の醜さの両方からの嫌悪感からそう呼ばれていますわ。私たちには特に危険とは言えませんが、怪力で鼻が利き雑食なので非力な人族種は頻繁に襲われます。非戦闘職のなら逃げるのも辛くて並の戦士なら一対一でも勝てなくは無い相手でしょうか。まだ聞きますか?」
「ニャ(まだ聞きたい)」
あれが普通の出来事か。それが一番気になっていることだ。
その答えで二人の実力と現状を知れる。
「そうですね。森ならばよく現れる魔物ですが、この森では表層にいる魔物では無いですね。人を食べる以上リーダーが指揮をして街道まで出ることもよくありますが、この地域はいつまでも食材となる相手が豊富ですし、デビルオークが六匹にリーダーが一匹ならかなり暴れられると思いますわ。それにしてはリーダーの頭が普通より悪そうなことが気になりますね。生まれたての可能性はありますがリーダーが一匹に同種が五匹はおかしい状況ではありますね。まだ他に質問はありますか?」
「ニャニャ(もういい)」
早く魔術の話しまで済ませたいのか一気に言い切ったが、元から知りたいことは少なかったので十分聞きたいことは聞けた。
やはり危険な相手という認識で良いんだろう。そしてあのデビルオークと呼ばれる怪物六匹を圧倒した二人は並の戦士よりも強いのか。
並の戦士と強さは分からないし、鈍重で突っ込むしかないデビルオークとは相性も良かっただろうが、やり方次第で怪物を軽く捻る二人は頼れるが恐ろしくもある。
分かれて行動するマルコスとローズマリーもそれ位出来るんだろうか。
「それで魔術は何からにしましょう。ブレイドやボイスに関係のある基礎の基礎からお教えしますか?」
「ニャ(頼もう)」
「ではブレイドの魔術をとって魔力のことも交えつつ説明しましょうか。いきなりですが魔力については操作が出来る程度は知っていると言うことでしょうか」
「ニャ(そうだ)」
「それならまず魔力を操作すると何故魔術になるか知る必要がありますわ。どうやっても無闇に魔力を操作したところで魔術は発動しません。感覚派のマルコスくんは詠唱破棄なら何となくで出来ると思っているかも知れませんが、どの魔術にも厳しい決められていて変えられない形は存在しますから」
やっぱりマルコスの説明は足りていないのか。刃のイメージというのがそもそも分からないのに魔術にある規則が厳しいなら発動しないのも当たり前だろ。
「ほとんどの魔術に当たりますが、属性を操る魔術には共通する規則がありますわ。それは、起こしたいイメージを詳しく想像すること。次に魔力を操作してイメージに近いかたちに変えること。最後にイメージそのものとなる属性を魔力に含ませること。この三つを順番行って最後まで維持し、同時に行っている状態にすることで魔術として成り立ちます。この工程はかなり大雑把なもので、実際には更に細かい操作が必要になりますが、詠唱破棄をする詠唱魔術だと操作の難度が上がって単純な工程になります。何か気になることはありますでしょうか?」
「ニャニャ(まだ大丈夫だ)」
はっきり言えば単語自体の意味についていけないが、想像しながらの魔力を操作はもうしているので属性と魔術の規則が何か大事なことになるんだろう。
「無いようすですので続けますね。そこでラオフェンさんの使いたいブレイドについてですが、想像は分かりませんが魔力の操作は十分のように見えましたので属性と決まりをお教えしますね。それではブレイドを例に説明をしましょう。」
これからが本番に入れる。まだ使えるないが一瞬先にの説明が待ち遠しくて興奮し、自分でも二本ある尻尾が揺れるのが感じられた。
「ブレイドの決まりは魔力が繋がっていることと魔力が刃の形をしていること。属性は決まっていませんが適性のある属性が楽に使えますね。魔力の操作では精巧な刃の形に高い魔力の密度が必要になりますわ。ここでそれなら何故ブレイドが発動しないのか?と疑問に思われるかと思いますが、実はそれは魔術における魔力と属性の関係が関係しています」
「ニャーォ?(関係とは?)」
「気になるようですね。これは魔術の基礎になる大事なことなのでよく聞いて下さい。まず、ただの魔力と魔術の時の魔力は属性の有無で違います。属性の無いただの魔力は体外では曖昧な形した保つことが出来ず、ろくに操作は出来なければ霧散さえしてしまうんです」
「それで想像の通りですが、魔術に使う前のでも属性を持つ魔力には形を保つ力があるんです。これがラオフェンさんの悩んでいる部分だと推測していますわ。だいたいブレイドの魔術は詠唱破棄で難しくなると言っても、ラオフェンさんの魔力の量を見ると無理矢理でも発動出来るように感じられますから。属性が多くて魔力が少なくても、属性が少なくて魔力が多くてもどちらでも魔術は発動する位雑なものなんですよ?」
「ニャオ(つまりは属性か)」
「分かりやすく伝えたつもりなので、ラオフェンさんには属性が必要だと理解してもらった前提で話しを進めます。それでラオフェンさんの得意な属性を知りたいのですが既にご存知では無いのでしょうか。もし分かるなら火、風、水、土のどれかはありましたか?」
「ニャ(あるぞ)」
「あるみたいですね。火と風のどちらかですか?火なら一回、風から二回返事をしてください」
「ニャニャ(風だな)」
「風ですか……では実際に風の属性を多く含ませた魔力をお見せします。いえ、別に離れなくても」
グレタさんが魔力を指先に集めたことで戦闘の時を思い出し、思わず後退りしたことを止められる。
あの時は冷静に見れなかったが今の魔力は爽やかな雰囲気を感じた。
よく思い出しながら観察すれば、あの魔力には何か恐怖を煽るものがあったように思う。
それに一番重要なことは、グレタさんは魔力を指先に玉を乗せるように操作している。
これは俺が全く出来なくて悩んでいた魔力を外に出すことだった。
「これが風の属性になりますわ。適性を持つ者には軽やかで清々しい気分になると言われますが、私には風の適性が無いので気分が散って意識が散漫します。このように属性にはそれだけで影響を与える力があり、見ているように属性は魔力が外界で形を保つ為の役割もあります」
「ナーォ!(これは凄い!)」
興奮のあまりついつい声を荒げてしまい、グレタさんが少し慌てて口に指を当てて注意してきた。
「あの、周りにどんな魔物が潜んでいるか分からないので声は小さくしてくださいね?それで属性の集めかたですが、風の魔力は周囲の風を意識することと、魔力の動きが激しくて全て均等になっているようにすることで集まりやすくなりますわ。それと攻撃の意思や守りの意思等の雑念が無いようにする必要もありますね。説明は面倒なので省きますが。ブレイドとボイスなら風との相性も良いので問題ないでしょう。これで説明は終わりですね。質問はありますか?」
「ニャニャ(何も無いな)」
長くもないし、纏めてしまえばかなり単純な話しで属性の集め方まで知れた。
これで魔術が使えるだろうから、ボイスの魔術を使えるようになれば意志疎通も楽になりそうだ。
「もう良いのでしたら、少しだけ私からの質問に答えて貰ってもよろしいでしょうか?」
「ナー(そうだったな)」
しかし、一体何が知りたいのか見当がつかないが、質問というからには危ないことはしないと思いたい。
「ラオフェンさんも色々と大変だと思って三つに絞ってあるので心配しなくてもいいですわ。一つ目は額の宝石には自分の数倍の魔力の流れがあると思いますが風や私がデビルオークに使った魔術のように属性の気配はありませんか?」
そう言われてから意識してみると、宝石には荒々しくて不意に暴発しそうな例えば様々な興奮を煮詰めた爆弾と形容できそうな何かがあった。
「ニャ(何かがある)」
「そうですか……二つめですが、それは風の属性のように安定していますか?」
「ニャニャ(してない)」
サッと答えれたようにわかってしまえ容易なことで、極端に片寄っているわけではないが少し揺れている感じがある。
むしろ、その小さな揺れがあったからこそ爆弾と思ったほどだ。
「賢者の石が安定していない?それは一体……最後になりますが、それは揺れていますか?流れ辛いですか?それともたまに流れが変わったりしますか?あっ、順番に一回、二回、三回でお願いしますね」
「ニャ(揺れている)」
これで何が分かるんだろうか?
わけが分からず様子を伺ってみたが少しボーッとしていたと思えば、突然愉快そうにニヤッと笑ったので不気味になって見るのを止めた。
せっかくなので魔術を教えてくれたグレタさんに最初に話しかけてみたい。
思い立ったら行動し、ついさっきグレタさんが見せてくれた感覚を思い出しながら魔術を行使する。
最初は、教えてもらったようにグレタさんに見せてもらった風の属性を意識しながら、魔力を激しく動かしつつと均等に分散するように操作する。
今までとは違い、操作によって魔力には風の属性が籠ったのが感じられる。
ある程度出来たと思ったところで喉に集めて声をイメージし、頭の中で先に言葉を言って実際に復唱する。
「グ……」
「もう魔術を?」
グレタさんは驚いているがボイスの魔術に集中して返事をしている暇がない。
「グ、グレタサン。アリガトウ」
妙に少年みたいに幼くて、声も上手く出せてないのか片言になったが、何とか魔術を使えたことに満足する。
「あの……はい。どういたしまして。初めての魔術のお手伝いができて良かったです」
一人ニヤけていたグレタさんはまた微笑んだが今度は優しさのある微笑みだった。
この嬉しさを共有しようとグレタさんの足元にすり寄る。
グレタさんは何も言わずに撫で、そのまま軽々と持ち上げてからお気に入りらしい喉元を撫でた。
恐怖を感じる嗜好だが害が無ければ何も言わない。
「ロデリックさんも終わりそうなのでそろそろ合流しましょうか」
変なところもあるが優しいし悪い人では無い。全くの勘でもグレタさんは信用できる相手と思う。
どうも現在無力な俺にはそれだけで良いんだろう。




